警告
この作品は<R-18>です。
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ーー憎しみは人を醜く変えてしまう。しかしそれは時に何物よりも強い力となるのだーー
〜悲桜の由来〜
ーー今日も月が綺麗だ。
「・・・・」
夜空を見ながらため息をつく。水穂は一人、十夜家の縁側で待っていた。
友紀と、話をするためである。
聞きたい事が山ほどあるのだが、少年は現世に戻って来た途端、静と悲桜神社に篭ってしまった。
町の長ともなると色々言えない事があるらしい。仕方なく少女は友紀が出て来るまで待つ事にしたのだ。
(友紀さん・・・)
胸の辺りを掴み、先程浮かんで来た記憶を思い出す。蘇った記憶のパーツは見事に水穂の中に残っていた。
ただ不思議なのだが、それが何となく『自分の記憶』と言う気がしない。
あの頭の片隅にある淋しげなイメージとは合っていないのだ。
パズルのピースが噛み合ってない様な、そんな妙な気分になる。
(でもあれは確かに友紀さんだった)
断片的だった記憶の中で、笑顔を浮かべる少年の姿が思い出される。
少し幼かったが、あれは確かに友紀だった。
ボロボロになりながらも精一杯作った少年の笑顔ーー
今、思い出しても胸が痛くなる。
もしあの記憶が、本物だとしたら一体、友紀達兄妹に何があったのだろう?
いくら考えても水穂の中に、答えが浮かび上がる事はなかった。
「ここにおられましたか、水穂様」
と、少女が物思いに耽っているとその前で立ち止まる人物がいた。
白雪だった。
友紀を守るため『悲桜』より生まれた彼女の銀髪は、満月の光に晒されて美しい光を放っていた。
「白雪さん!怪我はもう大丈夫なんですか?」
突然現れた白雪を気遣い水穂が、思わず立ち上がる。
さっきまで酷い傷を負っていた筈だ。普通ならまだ動いて良い筈が無い。
しかし自分よりも頭一つ分身長の高い麗人は、微笑を浮かべ、深々と頭を下げた
「お気遣いありがとうございます。しかし私は友紀様の霊力を戴きこの世にいる存在。
友紀様がいる限り不死身なのです」
淡々と語る白雪の言葉に、水穂は納得するしかなかった。
以前、友紀や静から説明を受けたのだが桜の民、特に御三家は霊能者が持つ力、霊力と言う物を多く持っているらしい。
それを使って妖怪を退治したり、怪我や病気を治したりして人々の役に立てているんだそうだ。
「・・少しお話をさせてもらってもよろしいでしょうか?」
少女の隣に座ると、珍しく白雪の方から話を切り出す
いつも皆から一歩引いている彼女にしては有り得ない行動だ。それだけ彼女が言おうとしている事が、重大な事に違いない。
「お話って・・・何ですか?」
興味を惹かれた水穂が聞くすると白雪が無表情のままこちらを見た。
「はい。妖刀の事についてです。水穂様も恐らくお聞きになりたかったのでは?と思いまして」
少女の心を言い当てた様な言葉に、水穂の表情が変わる。
確かに水穂は知りたかった
何故、友紀があの様な刀を封印しているのか?桜の長の役目とはなんなのか?
ひょっとしてその事が自分が見た記憶ーー友紀達の過去に関係しているかもしれないからだ。
「本来なら、水穂様には妖刀の存在を隠し通すつもりでした。
しかしその存在を知ってしまった以上、水穂様のためそして友紀様のためにもお話せねばなりません」
恐らく自分の意志でそう判断したのだろ。
白雪の言葉はまるで友紀がこの事を知らないと言っている様だった。
そして水穂にも聞く覚悟があるかと眼で問いている気がする。
それに答える様に水穂が無言のまま頷くと、銀髪の麗人はまた微笑を浮かべながらゆっくりと語り始めた。
「この事は御三家以外の者には他言無用でお願い致します。
聞いて下さい。友紀様が一人で背負われている重荷をそして、桜の長に続く千年の呪いをーー」
『そうですか。水穂が・・』
一方、悲桜神社の中では悲桜の精を宿した静が友紀から霊界での経緯を聞いていた。
普段、慈愛の笑みが浮かべられている表情も今は悲しみに暮れている。
「はい。水穂が口にしたのは間違いなく10年前、俺が蛮月を継承したあの日の事でした。
御前様!これは一体どう言う事なのでしょう!?」
正座したまま友紀が『悲桜』に問う。
あの後、大変だった。
混乱する水穂から何とか事情を聞き、害風の中にいた霊が彼女を呼んでいた少女だと分かり、霊界中を探索したのだが見つからなかった。
その後、すぐに現世に戻り天達は傷の治療のために帰宅させ、こうして静に二日連続の神降ろしを頼んだのである。
「水穂は火燐なのでしょうか・・・?」
今まであった事をまとめ、考え着いた答えを少年は神にぶつけてみた。
思い当たる節はいくつもあった。
友紀が『悲桜』に願いを言った時、現れたのが火燐では無く水穂だった事。
外見も性格も違うのに何故か妹に似た雰囲気を持ち、少年が救われた事。
そして水穂が火燐にしか知り得なかった記憶を持っている事・・・。
考えれば考える程、辻褄が合ってしまう。
もし、それが事実ならどんなに嬉しい事か。
友紀はただ真っ直ぐに『悲桜』を見て、答えが出るのを待った。
『友紀・・・貴方にはいずれ、ある決断が待っています』
と、友紀の質問には答えず『悲桜』が背中を向けたまま、ぽつりとつぶやく。
聞き逃す訳にはいかなかった。相手は千年もの間、桜の民を導いて来た神である
友紀もまた、今は妹を想う一個人としてでは無く、桜の民の長としてその言葉に耳を傾けた。
『その決断は貴方にとって身を削るよりも辛い思いをさせるでしょう。ですが決して諦めないで下さい!
貴方の諦めない心が、皆が幸せになれる本当の奇跡を起こすと、私は信じているのです』
振り向いた悲桜の精が、少年に向かっていつもの慈愛の笑みを浮かべる。
それは神が桜の長にだけ見せる本当の笑顔だった。
それだけで、友紀は心に強く勇気が宿るのを感じる。
「俺の諦めない心・・・」
『悲桜』の言葉に友紀は静かに手に力を込める。
試練ならもう慣れっこだ。
今までどんなに辛い状況だって諦めない気持ちで、何とか乗り越えて来た。
もしその試練を乗り越えて火燐が帰って来るのならどんな事だってやってやる。
友紀は新たな決意を心の中に秘める。
『友紀・・何故、願いには対価が必要だと思いますか?』
少年の表情を見て、微笑した悲桜の精が珍しく質問して来る。
普段は多くを語らず、自分の問いに意味深に答えるだけの神の質問に、友紀は面食らってしまった。
「対価が必要な訳?それは・・・」
少年が答えに窮していると『悲桜』は静かに歩み寄って来る。その遠くを見る様な瞳は、相変わらず見ているだけで吸い込まれそうだ
『それはどんなにその願いが正しい物であろうとも、たった一人の願いは身勝手な欲望に過ぎないからです
遥か昔の桜の民は一年に一度、皆で決めた願いを長が代表して私に叶えさせていました』
穏やかな口調で真実だけを口にする悲桜。願いを言った本人を前にして、少し厳しい内容を話すが彼女には悪意も怒りもない。
むしろ今言っている事も、自分に対する助言と受け取って友紀は耳を傾けた。
『たった一人の願いは対価を必要とする欲望です。ですが、それがたくさんの人々の共通する願いだとすれば、欲望は純粋なる想いに変わり対価を必要としません。
この事を決して忘れないで下さいね』
『悲桜』が笑みを浮かべたまま少年の肩に手を添える
静の疲労もあり今回の神降ろしはここでお開きとなったーー。
白雪が語ったのは『悲桜』に纏わる昔話だった。
遥か1300年も前、神木は芽吹いた頃は『悲桜』とは呼ばれておらず、管理しているのも桜の民では無かった
その頃、この地に住んでいたのは鬼の一族だったと言う。
鬼は神通力を持ち、天災や災厄を予言し、里の村人達に教えていた。
村人達は食料の一部を供え物として渡す代わりに鬼達のお告げを聞き、時々自分達の願いを『悲桜』にお願いする様、頼んだりもしていた。
人間と鬼、種族は違えど友好な共存関係は300年も続いたが、ある時鬼一族の若者がとんでもない事を言い出す。
ーー神木に人間を滅ぼす様お願いし、この世を自分達の物にしてしまおう、とーー。
鬼達をまとめる鬼の長の息子であるその若者は、前々から自分達に媚びへつらう人間達を馬鹿にしていた。
どうせなら全ての人間を滅ぼし、里だけでなく国をも支配しようとしたのだ。
鬼の長はもちろん反対した
だが気性の荒い若者は自分を支持する者達と手を組み、鬼の長を殺してしまった
そして自らが鬼の長となり逆らう者達を虐殺し始めたのである。
それを見た人と鬼のパイプ役だった鬼の巫女は、里にいる人間達にこの事を知らせ、村人達は有名な妖怪退治の侍を都から呼んだ。
侍は鬼の巫女に薬の入った酒を渡し、若者達に飲ませた。
薬が効いて若者達が眠ってしまった隙に、侍達は鬼の屋敷に火を点け、飛び出して来た鬼達を次々と討ち取って行った。
若者も体に酷い火傷を負い、侍達と闘ったが鬼と同等の力を持つ侍にはとても歯が立たなかった。
そして事切れる瞬間、断末魔の叫びでこう言ったのである。
ーーおのれ!人間!!この恨み、決して忘れんぞ!!いつの日にか必ず貴様らを根絶やしにしてくれる!!
若者は自分の命と引き換えに、神木に願いを言った。
神木はその願いを叶え、若者を邪悪な刀に変えてしまった。
これが妖刀・蛮月である。
蛮月は自分を殺した侍に呪いをかけた。
ーー末代まで一族を祟り、人間共を滅ぼす死の呪い。
自分や村人を救ってくれたにも拘わらず呪いを受け、都にも帰れなくなってしまった侍を不憫に思った鬼の巫女は、侍と夫婦になり神木を守り続ける事にした。
他の鬼達も侍の部下や村人達と交わり、二度とこの様な事が起きない様に自分達を戒めた。
やがて鬼達と交わり、不思議な力を手に入れた村人達は自分達の事を桜の民と名乗り、侍とその部下二人はその上に立つ存在、富之沢御三家となった。
そして神木の桜はやがて悲劇を呼んだ桜ーー『悲桜』と呼ばれる様になる。
「その鬼を討ち取り、呪いを受けた侍の姓は十夜・・・友紀様のご先祖です」
長い長い昔話を終えて白雪が水穂の方を見る。水穂も『悲桜』に纏わった壮絶な話を聞いて驚きを隠せないでいた。
「そして、鬼達を裏切り侍の大将と夫婦になった鬼の巫女の名は白雪。・・・つまり私です」
「ええっ!!」
と、白雪の口から出た衝撃的な事実に、水穂がようやく顔を上げる。
その反応は恐らく予期していたのだろう。
白雪は顔色一つ変えず、少女の言葉を待った。
「え?でも、そのお話は千年も前の話ですよね?それならあの・・・」
あまりの驚きにしどろもどろになる水穂を見て、白雪が微笑を浮かべる。
普段無表情なだけに、その笑みは本当に格好良かった
「私は人では無いため死して尚、転生せずに霊界から富之沢を見守り続ける事が出来ました。
そして友紀様の願いにより九十九神として新たな生を受けたのです。
今では鬼でも人でも無い存在ですが、戦う力を得えて下さった友紀様に心から感謝しております」
笑いながら話す白雪の言葉には、何か凄みの様な物があった。
それは千年もの間『悲桜』と共に、この町を見守り続けた者の重みなのだろう。
水穂は何故彼女がここまで強く格好良く見えるのか?始めて分かった気がした。
「・・そこで水穂様にお願いがあるのです」
水穂が感心していると、白雪が急に地面に座り込み土下座をする。
少女の突然の行動に、水穂はまたも声を失ってしまった。
「し、白雪さん!?何を・・・!」
「どうか友紀様をお嫌いにならないで下さい。
友紀様は火燐様がいなくなられてから、皆に心配をかけない様気丈に振る舞われていました。
ですが、水穂様が住まわれてからは本当の笑顔を見せる様になられたのです。
友紀様には今、水穂様の存在が必要です。私にはお願いする事しか出来ませんが、どうか友紀様のお心をお救い下さいませ」
完璧な姿勢で誠心誠意、友紀の事を懇願する白雪。
そこに媚びへつらう心は一切無い。ただ主の事だけを思う忠臣の姿があった。
その健気な姿に水穂は思わず心打たれる。そしてすぐに白雪に近付き、慌てて頭を上げさせた。
「や、止めて下さい。私は友紀さんに感謝してるんです。
記憶の無い私を友紀さんは受け入れてくれました。自分が何者かも分からなくて不安だった私を友紀さんは救ってくれたんです!
だから安心して下さい。私もただ友紀さんに守られるだけじゃ無く、家族として力になりたいんです」
「水穂様・・・ありがとうございます」
水穂が笑顔で言うと立ち上がった白雪がもう一度礼を言う。
今言った言葉に嘘は無かった。だが友紀を「家族」と言った時、胸がズキリと痛んだのは何故だろう?
何故かこの感覚に覚えがある気がして、少女は戸惑いを隠せなかった。
「そろそろ屋敷内に戻りましょう。夏と言えど風が強いですし、友紀様ももうすぐ戻られる筈です」
立ち上がった白雪が水穂を横目に屋敷の中に戻ろうとする。
恐らく少女が風邪を引かない様気遣ってくれたのだろう。水穂はその心に感謝しつつ、屋敷に入る前に聞きたい事があった。
「あの、白雪さん。・・・火燐さんてどんな人だったんですか?」
火燐の名を口にした途端、白雪の歩みが止まる。友紀の前でもその名を口にすると、辛そうな表情をするが、やはりその名前は十夜家の中では禁句の様だ。
「・・火燐様はとても明るく皆に元気を与えてくれる方でした。人間にも妖怪にも訳隔てる事無く優しくされて」
振り返った白雪が昔を懐かしむ様に、火燐の事を語る
恐らく火燐と言う少女は皆からとても愛されていたのだろう。言葉少ない白雪の話し方でも、それが伝わって来た。
「そして誰よりも友紀様を愛されていた方でした。友紀様が全てだったと言っても過言でありません」
白雪の話を聞いて、火燐と言う少女がどう言う少女なのか頭に浮かんで来る。
たった一人の肉親で友紀にとっては最愛の存在。そんな少女が突然いなくなった時、友紀はどんな気持ちだったのだろう?
そして火燐は、何故自分の兄を置いて失踪してしまったのだろう?
記憶の断片を見た時の、あの友紀の笑顔がまた思い出されて、水穂の胸は痛んだ
「あれ?白雪、水穂ちゃん?」
と、突然背後から声を掛けられて少女は慌てて振り返る。
見ると当の本人である友紀が水穂の後ろに立っていたのだ。
「ひゃっ!ゆ、友紀さん!?」
「二人共、こんな所で何やってるんだ?」
少年が怪訝な顔をしながら首を傾げる。せっかく聞きたい事があって待っていたのに驚いて上手く言葉が出せない水穂に、白雪が助け船を出した。
「水穂様は友紀様の事をずっと待ってらしたのです」
「俺の事を?」
九十九神の少女の言葉を聞き、友紀が水穂の顔を見る白雪のおかげで少し落ち着いた少女は顔を赤くしながらもコクリと頷いた。
「は、はい。ちょっと聞きたい事があって」
水穂の表情や白雪がいる事を見て何か察したのだろう友紀の表情が少しだけ厳しくなる。
だが、それは別に怒っている訳では無く大切な話をするべきかどうか思案している様だった。
「そうか。ちょうど俺も水穂ちゃんに話したい事があったんだ。
白雪、悪いけどちょっと席を外してくれないか?」
「はい。友紀様」
少年が言うと白雪は一礼をしながら去って行く。
二人きりとなった友紀と水穂の間に僅かな沈黙が流れた。
「えっと・・・体の方は大丈夫?」
沈黙を破る様に友紀が水穂の体を気遣って来る。話をする事を決意したが、何から話せば良いのか悩んでいるのだろう。
「はい、おかげさまで怪我はありません」
「そうか、良かった。それで・・・白雪から俺の話は聞いた?」
取り留めの無い会話から少年が意を決した様に核心を突いて来る。「友紀の話」と言うのが何処までの事か分からないが、水穂は正直に答える事にした。
「いえ、妖刀と『悲桜』の昔話を聞いただけです」
「そうか・・・白雪も俺の事、気遣ってくれたんだな」
何故か自嘲気味に友紀が笑うと一陣の風が二人の間を通り過ぎる。
外にいたせいで体が冷えてしまったのか水穂がブルッと体を震わせた。
「ああ!ごめん。ここじゃ何だから俺の部屋に行こうか。
・・・そこで全て話すよ。10年前、俺達兄妹に何があったのか」
また辛そうな笑顔を浮かべながら友紀が自分の部屋へと歩き出す。
その姿を見て、水穂も一瞬本当に聞いて良いのか躊躇ってしまう。
だが・・・。
(どうか友紀様のお心をお救い下さい!)
さっき白雪と交わした約束が思い出される。もし自分の中に火燐の記憶があるのだとすれば、友紀を救えるのは自分しかいない。
(そうだ。今度は私が恩返ししなくちゃ・・友紀さんに!)
自分が出来る事を捜すため、そして自分が何者かを知るため、水穂は力強く友紀の後を追った。
〜続く〜
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