警告
この作品は<R-18>です。
18歳未満の方は
移動してください。
ーー人はいつも間違った選択をしたと後悔する。しかし選ばなかった答えを選択しても後悔するのだ。
〜母の死〜
「ちょっとここで待っててくれるかな」
二人で友紀の部屋まで行くと、少年はそう言って襖を閉めた。
すると、中から何やらゴソゴソと物音がする。
部屋の中で何かを探している様だ。中の様子が気になったがそれでも水穂が待っていると、やがて友紀が脇に何かを抱えて部屋から出てきた。
「お待たせ。この子が火燐さ」
少女の隣に座りながら友紀が置いたのは一冊のアルバムだった。
かなり古い物らしく、赤と金糸を施した表紙は所々破れている。
少年が開くと、そこにはまだ幼い友紀と共に写る一人の少女がいた。
真っ赤な髪と浅黒い肌が良く似合い、元気いっぱい神主姿の友紀に抱き着いている。
友紀達の後ろには、これまた神主姿の若くて人の良さそうな男性と、巫女姿の髪の長い女性が共に微笑んでいる。
男性の髪が真っ白なので恐らく友紀の両親だろう。
「火燐は俺の二つ下の妹で、いつも俺の後ろをくっついてた。
元気で甘えん坊で泣き虫でそのくせ強がりで・・・。でも誰よりも優しく人の痛みが分かる奴だった。
・・俺も昔はこんな眼帯付けて無かったしね」
写真を見ながら友紀が笑う
確かに写真の中にいる友紀の眼に、眼帯は無かった。火燐や両親と同じく普通の眼をしている。
10年前に何かがあったのだ
そして少年は両親を失い、大切な妹まで失踪してしまった。
(これが友紀さんの・・・)
水穂は初めて見る火燐の姿をまじまじと見つめた。
周りの反応や友紀の態度から見ても、少女が少年にとってどれだけ大事な存在だったか分かる。
聞いて良いのかどうか悩んだが、自分の記憶にも関係ある事だったし、少女は思い切って聞いてみる事にした。
「あの・・・10年前に何があったんですか?」
すると、一瞬友紀の肩がピクッ!と震える。
自分から話すとは言ったものの、心の何処かで決心が着かなかったのだろう。
少女の言葉で一度大きく深呼吸すると友紀は静かに語り出した。
「10年前。冨ノ澤は珍しく嵐だったんだ。
俺と火燐は家にいて、父さん達の帰りを待っていた。
父さんと母さんは大事な儀式があるんで『悲桜神社』の方に行っててさ。
決して外に出るなと言われていたんだけど、火燐が熱を出して俺は父さん達を呼びに家を飛び出したんだ。
・・・そして、事件は起こった」
「事件?」
水穂が聞き返すと、友紀は頷きながら自分の掌を見る
少女はその時、少年が何を思っていたのか分からなかった。
ーーそして友紀が笑顔で呟く。
「そう、忘れもしないあの日。俺は父さんを殺したんだ」
ーーピシャーーン!!ゴロゴロ〜〜〜!!
「うわぁ!!」
鳴り響く雷鳴と一向に止みそうにない雨に、友紀は思わず頭を抱えた。
止まってはならないと分かっている筈なのに、恐怖でつい足が止まってしまう。
慌てて周りを見回すと、幸いな事に怪しい影は無い。
いつ何が襲って来るか分からない不安に、少年はすぐに走り出した。
ーー普段は穏やかな街である富ノ澤だったが、今日だけは富ノ澤御三家と、赤寺家が組織する狛犬衆以外は外出を禁止されている。
それは今日が500年に一度『悲桜』の力が最も弱まる日だからである。
普段、富ノ澤は『悲桜』の加護により、『悲桜』の中の霊界や様々な異世界との入口を隔ている。
その中には、にゃあ達妖怪が住む「異界」や悪魔達が住む「魔界」などと言う世界もあり、普段は強力な結界で凶悪な妖怪達が来られない様になっている。
だがその結界が今日だけは薄れ、街に様々な妖怪達がやって来てしまう。
それら妖怪達を退治し、幾月家が新たな結界を張るまで街を守るのが、十夜家と赤寺家の役目なのだ。
「父ぉさーーん!!」
決して後ろを振り向かず、全力疾走で両親のいる『悲桜神社』に向かう友紀。
屋敷から神社までは大した距離は無いのだが、いつ妖怪と遭遇するかと思うと心臓が跳ね上がり、足が竦みそうになる。
家には幾月家が施してくれた結界があり、少年だって本当は出たく無いのだが、火燐が恐怖で熱を出してしまったのである。
耳が異常に良い分、自分には聞こえない妖怪の叫び声を聞いて、妹はショックを受けてしまったのだ。
(いた!!)
屋敷を抜け神社の境内まで行くと、そこに両親の姿を見つけた。
道場の前に佇む二人は間違いなく友紀の父、智則と母、京香である。
近くにあった『悲桜』に身を隠し、辺りを見回したが両親の近くに妖怪の姿は無い。
今がチャンスと少年が声を発しようとした時だった。
(止めておけ、少年。今叫んだら命は無いぞ)
と、突然凜とした女性の声が友紀を止めた。
見ると『悲桜』の中に巫女服を着た女性がぼんやりと映し出されており、少年を見ている。
自分と同じ白く短い髪に、頭から小さな角を二本生やした女性は、友紀の知り合いだった。
「お、鬼の巫女さん。どうして止めるのさ!?」
驚いた少年が巫女の霊に話し掛けると、鬼の巫女は静かに道場の方を見る。
この人物はいつも無表情を崩さず、必要最低限の事しか言わないのだ。
(黙って見ていろ。そうすれば分かる)
淡々とした口調で巫女が答えると、友紀は思わず巫女の態度にヤキモキしてしまう。
今がチャンスなのだ。
早くしないと一人で屋敷に残している火燐の体調がドンドン悪くなってしまう。
焦る気持ちを抑え切れず友紀が駆け出そうとしたその瞬間・・・。
ーードォン!!
「うわぁ!!」
突然だった。道場の入口が轟音と共に吹っ飛び、中から巨大な鬼が出て来たのである。
身の丈は10mはあり、ギラギラと金色の眼で両親を睨みつけている。
道場の中には異界とこの世を繋ぐ鏡、八咫の鏡が奉られており鬼はそこから出て来たのだ。
「な、何あれ!?」
(だから言っただろ。静かにしていろと)
一方、予想外の大物の出現に、友紀はその場でへたり込んでしまった。
鬼の巫女が止めてくれなかったら間違いなく気づかれていた所である。
へっぴり腰のまま、何とか『悲桜』に戻り、絶対に見つからない様身を隠す。
すると道場の前にいる鬼が雷の様な雄叫びを発した。
グオオオーーーーッ!!
「行くぞ!京香!」
「はい!!」
それを合図に父、智則が正面から鬼へと突っ込む。
父の手には黒く変わった刀が握られていて、その刀から発せられる黒いオーラが父の体を包み込む。
向かって来る父を見て鬼が手を振り上げると、何と父は一瞬で鬼の頭までジャンプし、腕を切り裂いてしまった。
ーーザシュ!!
「よし!!」
ボトリと、丸太より太い鬼の腕が地面に落ちると、黒い炎が一瞬で焼き尽くしてしまう。
地響きにも似た悲鳴を上げながら鬼が父目掛けてパンチを繰り出すと、今度は父の周りを赤い結界が覆った
「諳!!」
ーーバチバチバチッ!!
小さな結界が鬼の拳に当たると、攻撃が跳ね返され、逆に鬼の方が吹っ飛ばされてしまう。
幾月家直伝の結界術だ。
元々幾月家の生まれである母は人々を護る結界や回復術が得意だった。
「貴方!大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう京香。だが油断するな?奴はまだ死んではいない」
「ええ、分かっております!」
短い会話を交わすと二人は立ち上がろうとする鬼に抜群のコンビネーションで向かって行った。
智則が攻撃し、京香が守る
体格差や力では圧倒的優位である筈の鬼が全く相手にならず徐々に追い詰められて行く。
そんな両親の姿を見て友紀は興奮せずにはいられなかった。
(ほお・・さすがは十夜家当主夫妻。見事な動きだ)
「当たり前だよ!父さんと母さんが組めばあんな鬼、目じゃないさ!」
冷静に称賛の言葉を投げる鬼の巫女に、自分の事の様に友紀が胸を張る。
少年から見ても両親の勝利は目前と思えた。
だがーー。
グオオオーーーッ!!
攻撃を食らい、怒り心頭の鬼がまた雄叫びを上げた。地響きが起こり、その場の空気が一気に揺れる。
そのせいで一瞬、両親の動きが止まった。
その隙を突き、鬼が口から巨大な火球を吐いた。
ーードォン!!
「くっ!京香!!」
「はい!!」
飛んで来る火球を察知して、母が素早く駆け寄り結界を作る。
間一髪、火炎弾は結界に当たり弾き飛ばされたがそれでも構わず、鬼は炎を吐き続けた。
「父さん!・・うわぁ!!」
「っ!!あれは・・・友紀!?」
怒り狂い鬼が吐き続ける炎を、両親達は結界で全て弾き返すが、跳ね返った炎は神社のあちこちに飛び、友紀にも当たりそうになる。
思わず恐怖の叫び声を上げた少年に気づき、父が友紀の方を見た瞬間、またしても炎が『悲桜』に飛んで来た。
「友紀!!」
「涼香!?待て!!」
子供の危機に結界を解いた母が脇目も振らず友紀の元へと駆け出した。
父が止めるが、全く聞かず走りながら印を結ぶ。
すると炎が当たる瞬間『悲桜』を巨大な結界が包み込み、炎から友紀を救い出した。
「友紀、大丈夫!?」
「か・・母さん!」
結界に守られ、友紀が手を振ると母もホッと安堵の表情を浮かべる。
だが、次の瞬間その表情はすぐに驚愕に変わった。
「いかん!涼香、後ろだ!!」
「!?」
父の言葉に母が振り向いた瞬間、目の前に巨大な炎があった。
友紀の救出に向かった母に鬼が追撃の手を加えたのである。
素早く印を結ぼうとするがとても間に合わない。父が駆け寄ろうとした瞬間、炎が母を包み込んだ。
「しまっ・・・きゃああああっ!!」
「母さん!」
「涼香ぁーー!!」
炎が爆発し、神社一帯に爆煙が立ち込める中、煙の中から小さな陰が屋根の壊れた道場の中に落ちる。
攻撃を食らって吹き飛んだ母だ。
一瞬しか見えなかったが全身ボロボロで、危険な状態の様だ。
「い、嫌だ!!母さぁーーん!!」
「京香・・・うおおおぉーーーっ!!」
ーードォン!
母の無残な姿を見て、友紀が泣き叫んだ瞬間、父に異変が起こった。
突然、体を纏っていた黒いオーラが火山の様に吹き出し、左目に異様な痣が現れる。
それはまるで木の根の様な恐ろしい痣である。
そして、父が鬼の方を振り返った瞬間、その眼が血に塗られたかの様に真っ赤だったのも少年は見逃さなかった。
「貴様あアァァーーー!!」
父が鬼の方に刃を向けた途端、一瞬で姿が見えなくなる。
そして、次の瞬間ーー。
ーーザシュ!!
「グ・・・グオオオォーーーーッ!!」
山の様に大きな鬼が真っ二つになって、倒れる。
鬼が轟音と悲鳴を上げて倒れると、そこには刀を携えながら立つ父の姿があった
父が、一撃で倒したのである。
やがて黒い炎に包まれると鬼は跡形も無く消えて行った。
「と、父さん!大丈夫・・?」
「ぐっ・・・友紀、母さんを」
ようやく危機が去り、片膝をついた父に駆け寄ろうとした友紀だったが父に言われ、慌てて道場へと向かう
今にも崩れそうな道場に入るとそこには、血まみれで倒れる母の姿があった。
「母さん!!」
「う・・・ゆ、友紀?」
友紀が駆け寄るとそれまで閉じられていた母の眼が開き、少年を見つける。
遠目でも分かったが、近くで見ると母の傷は想像以上に酷かった。
「母さん、しっかりして!母さん!!」
「ゆ・・友紀。貴方は無事なの・・ね?良かった・・・」
自分の方が瀕死なのにそれでも気遣う母に、涙ぐむ友紀。
綺麗だった巫女装束はボロボロに破れ、所々から血が吹き出している。
全身もほぼ火傷状態で、脇腹には着地の時に刺さったのか道場の床板が深々と刺さっていた。
「待ってて母さん!すぐにでも静さんを呼んでーー」
すぐ救助を呼ぼうとした少年だったが、それを母が優しく止める。
幾月家の当主である静なら母より強力な回復術を使える筈だ。それなのに、母は力無く首を横に振り拒絶した。
「良いのよ・・友・・紀。静様は今・・大事な儀式の最中・・。それに・・母さんは・・もう手遅れだって・・分かるでしょ?」
優しく笑う母の言葉を信じたくないのか友紀は激しく首を振る。
静達がいるのは町の中心である社だ。今から行っても間に合わないし、妖怪達がうようよしている町を進むのは危険過ぎる。
「ごめん・・ごめん母さん!!俺が・・俺が言い付けを守らなかったから・・こんな事に!」
こぼれ落ちる涙も拭わず、友紀は頭を床に擦りつけた
自分が悲鳴さえ上げなければ、母が傷つく事もなかった筈だ。悔やんでも悔やみ切れない後悔の念が少年を襲う。
「友紀・・・顔を・・上げなさい。男の子が泣いては・・駄目」
しかしそんな息子を母は労り、優しく頭を撫でた。
本来なら喋るのだって辛い筈なのに余計に友紀の心が痛む。
「友・・紀・・貴方は優しい子・・。火燐を・・火燐を守ってあげて・・。あの子は・・貴方がいないと・・・駄目だから」
「・・うん!分かった!!絶対守るよ!母さん!!」
自分の頭を撫でてくれていた手を握り、友紀は泣きながら頷く。
それを見て、安心したのか母は笑顔を浮かべ、ゆっくりと瞳を閉じた。
「ああ・・・母さん、少し疲れたわ・・。父さんが来るまで・・休ま・・せて・・」
その瞬間、友紀が握っていた手からスルリと母の手が落ちた。
少年が顔を上げると母は穏やかな顔をして眠っている
その安らかな顔が、友紀に母の死を実感させるには十分だった。
「母さん・・・母さーーーん!!」
壊れかけた道場に少年の悲痛な叫びが響き渡る。
友紀は泣いた。心の底から泣いた。
昨日まで笑っていた母が自分のせいで死んだのだ。その罪の重さと悲しみに耐え切れず、少年は母の亡きがらにしがみつき泣き続けた
「ううっ・・・ゆ、友・・紀」
と、突然泣いている少年の背後で誰かの足音が聞こえた。見ると、黒い剣を持った父である。
先程の戦いで何処か怪我をしたのか?父は頭を抱えながら苦しんでいた。
「父さん・・・母さんが!!」
「ぐうっ!ゆ、友紀・・逃げろ!・・早く!!」
ーーガキーーン!!
友紀が母の死を告げようとした途端、何故か父が黒い剣を床に突き刺す。
その剣幕に少年が圧倒されていると、突然父に異変が起きた。
「ぐうぅ!・・・ぐおおおぉーーーー!!」
父が天に向かって咆哮した途端、体中から黒い炎が吹き出した。そのせいで道場の屋根の一部が吹き飛び、友紀は危うく潰されそうになる。
先程、鬼を一撃で倒した時と同じ光景だが、さっきまでとは父の雰囲気が明らかに違っていた。
本能的な恐怖と身の危険を感じ、少年はその場から動けなくなる。
『くクく・・・はハハはハっ!!』
すると、顔を上げたままの父が突然笑い出した。
しかし、その声はまるで地の底から出ている様で、友紀は体が震え出すのを抑え切れなかった。
『愚カナリ桜の長ヨ!憎しミに飲マレ我を解放スルとハ!!』
「と、父さん?」
母をしっかりと抱きながら友紀が恐る恐る父に声を掛けると、父は狂笑を浮かべながら少年の方を見た。
姿形は同じだが、それはもはや父ではなかった。
いつも穏やかな表情を浮かべていた眼鏡の奥で真っ赤になった左目と、木の根の様な禍禍しい痣を浮かべたその男は、黒い剣を引き抜きながらこう言い放った。
『童、我ハお前ノ父デハなイ。我の名ハ蛮月!!全ての人間ト桜の民ヲ滅ぼス者ナり!!』
引き抜いた刀をそのまま少年に向けながら父ーー蛮月がゆっくりと歩み寄って来る。
友紀が罪を背負い、全てが狂ってしまった嵐の夜・・・。その夜はまだ明けそうにないーー。
〜続く〜
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