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警告   この作品は<R-18>です。 18歳未満の方は移動してください。
えー、前編の続きです。
すぐ続きです。

……ちょっと長くなりました。バランス悪くてすみません。
嫁入り (後編)
 彼女は不審に思いながらも、寝台から起き上がった。
「どなたですか?」
 粗末な木の扉越しに誰何すると、思いがけない声が返ってきた。
「レナードです。夜分に大変申し訳ございません」
 強烈な既視感を覚えた。
 ただ、扉の向こうから返ってくる声は、あの夜のくぐもった甲高い声ではなく、よく通る涼やかな声だ。
 シェリルは扉を小さく開けた。
 レナードは外套を肩に掛け、小さな燭台を持っていた。その明かりが彼の白皙を照らしている。
「このような時間に訪ねる無礼を、どうかご容赦ください」
 公子が口を開くと、吐息で蝋燭の炎が揺らいだ。
「どうかなさいました?」
 早鐘のように打ち始める鼓動に、声が震えそうになる。レナードの返事が返ってくるまでの時間が恐ろしく長く感じられた。その間、凄まじい早さで、シェリルの頭にはいくつもの思考と感情が入り乱れた。
「実は、従者がやはり川熱にかかったらしく、先ほど寝込んでしまったのです」
「まあ」
 動悸が幾分治まったのは、その答えが全く見当外れだったからだ。それにより安堵しているのか、落胆しているのかは考えたくなかった。
 レナードは微苦笑を浮かべて続ける。
「どうも、川熱は側にいると感染するようです。ご主人に従者の面倒を見ていただけることになり、私は感染しないようにと部屋を追い出されてしまいました」
「まあ、そんな……申し訳ございません。私の侍女の為に」
 思わず扉を広く開き、彼女は廊下に半歩踏み出した。
 レナードは驚いたように首を振る。
「とんでもない。私の従者の鍛え方が足りないのですよ。侍女殿にもご無理をさせてしまって、私の行き届かなさに恐縮するばかりです」
「いいえ、こちらこそ。私が侍女の様子まで把握していなかったことが原因です。申し訳ございません」
 互いに詫び合っているのが何とも珍妙に感じた。
 次の瞬間、青年は吹き出した。少しの間、彼は口元を押さえて笑っていた。シェリルの顔も自然と笑みを形作る。常に微笑んでいるレナードだったが、本当に面白そうに笑う彼を見たのは初めてだった。
「いえね」シェリルを見下ろして、口元を覆ったまま青年は続けた。「あなたと無事結婚できた後には、このように喧嘩もせずに、毎日お互いにお詫びしているかと想像したら、つい……失礼致しました」
 それを聞いて、彼女も口元を押さえて、声をあげて笑った。涙が出そうになる。
 どうして私は伯爵令嬢ではないのだろう。

「本来なら、そちらのお連れの方々の部屋へ入れてもらうべきなのでしょうが、生憎寝台が塞がっていまして……」ひとしきり笑い合った後、レナードは再び話し始めた。「どうせ床で寝るなら、フィリス様のお部屋の前の廊下で眠ろうと思った次第です。また辺境伯の暗殺者が来ないとも限りませんからね。どうもあなたが視界にいないと不安なのですよ」
 まるで子供を見守る父親だ。貴族に取っては、女性とは子供のようにひたすら一方的に男性が守るものなのだと知っていたが、誇り高い彼女は、その扱いにさすがに小さな反感を覚えた。
 しかし決して不愉快ではなかった。むしろその小さな反発は、シェリルのレナードへの好意をさらに膨らませた。
「そういうわけで、お差し支えなければ、お部屋の前で休ませていただいてもよろしいでしょうか?」
「そんな、とんでもない。公子様を廊下で休ませるなんて。どうか、寝台をお使いください」
 私なら、供の者の部屋に参りますので。
 レナードに訴えたが、次の言葉は飲み込んだ。万が一にも彼にあっさりと頷かれ、ここに彼だけを残して、仲間たちの部屋へ行くのは避けたかった。反射的とも言える速さで、彼女は計算した。だが何故なのかまでは考えない。答えはとっくに知っているからだ。
 分からなかったのは、レナードの真意の方だった。彼女と似たような気持ちなのか、それとも礼儀と慎みを越えられないほどの友愛しか持たないのか。
 知りたかった。
「それこそ恐れ多い。女性の寝台を私が使うなどと……あなたがお休みになる場所が無いではありませんか」
 レナードの言葉に対し、シェリルは返事をせずに黙った。
 沈黙が流れる。 
 最も望まない答えをもらう恐れから、シェリルの方から口を開いた。
「私は……床で休みます。野宿が続きましたから、大丈夫ですわ」
「どうか、そんな気遣いをしないでください。未来の妻を床で寝かせるなどと、私の一生の不名誉です」
「ですが、廊下は深夜には冷えます。未来のご主人となる方に、そこまでおつらい思いをさせたくないのです」
 シェリルは一気に次の言葉を続けた。
「公子様、せめてお部屋の床で休んでください」
 レナードの表情が困惑に固まった。
 これで慎みを知らない女だと思われて、婚約が破棄にでもなれば、フィリスに合わせる顔が無い。しかし自分から今の発言を撤回する気はなかった。
 やがて、レナードは苦笑いと共に言った。
「……ありがとうございます。それでは、未来の奥方様のお気遣いに、今回だけ甘えさせていただきます」

「実は私は寒がりなのです。フィリス様のお心遣いに感謝いたします」
 室内に入ったレナードはそう言いながら、後ろ手に扉を閉めた。
 シェリルは口元を綻ばせただけで、声をあげて笑うことはなかった。息詰まるような緊張で、それどころではない。
 しかし公子はゆったりとした口調で話し続けた。
「フィリス様は、お見かけによらず、体力はおありのようですね。ここまでの旅で体調を保っていられるのはご立派です」
「ありがとうございます」
 形式的な礼を述べたものの、助けのいらない、頑丈な女と暗に言われているような気がする。
 胸に生まれた彼への僅かな反感から、シェリルはまたひとつ小さな賭けをしたくなった。
「あの……何故私との婚約を受けていただいたのでしょう? 家は名前ばかりですし、私はその……この通り、頭でっかちの知識ばかりで、容色も冴えず、方々から縁談を断られている身です」
 喋りすぎてはいけない。正体が露見したら一巻の終わりだ。だが、シェリルはその答えを聞いてみたかった。
「正直に言えば、理由は父が決めたからです」
 若者は彼女の不躾な問いに眉を顰めることもなく、いつもの緩やかな微笑みを浮かべた表情で答えた。
「ですが、もちろん私は父の計らいに感謝しています。あなたのような、賢く愛らしい女性を妻にできるとは、光栄の至りです。
 暗殺者に襲われながら、果敢に短剣を抜いたあなたを見た時には、雷に打たれたようでした。こんなに勇敢で、しかも可愛らしい女性がいるのかと思いましたよ」
 レナードの言葉が、シェリルの心の奥深くまで染みた。あの時、短剣を抜いて立ち向かったのはフィリスではない、シェリルだ。その行動に向けられる称賛は、間違いなく彼女自身に向けられているのだ。
 もう十分だ。
 感激に溢れ、言葉も出ないシェリルは、微笑み返しながら頷くのが精一杯だった。
 毛布を提供しようとするシェリルを断り、公子は纏っていた外套を壁際の床に敷くと、その上に横になった。彼女には背を向ける格好だ。
 シェリルはその背中をいっとき見つめ、公子に挨拶をする。レナードは就寝の挨拶を返したが、礼儀正しく、振り向くことはなかった。
 燭台の炎をそっと吹き消し、シェリルも寝台の上で毛布にくるまる。レナードには背を向けた。


 生暖かさがシェリルを目覚めさせた。
 緊張で眠れないと思っていたが、やはり旅の疲れは激しく、いつしか深い眠りに入っていったようだ。
 肩に誰かの手がかかっている。その感触が、シェリルを静かに覚醒へと導いた。
 しかし彼女はそのまま動かずにいた。
「フィリス様……」
 暗闇で、背後から囁き声がした。そこには緊迫したものは何ひとつなく、どこか秘密めいた響きがある。彼女を目覚めさせようとする呼びかけではなく、むしろ眠っていて欲しいと祈るような声であった。シェリルは目を閉じて、相変わらずそのままの姿勢を保った。
 毛布の上から肩に触れていた温かい手が、腕を滑る。体が震えそうになるのを必死でこらえた。
 二の腕を撫でた手は脇腹を撫で、さらに慎重な動きで腰の横に触れた。
「フィリス様、起きていらっしゃいますか……?」
 再びレナードの囁きが聞こえる。
 無視していると、腰に触れていた手が横に滑り、シェリルの柔らかな尻に触れた。少しの間、そこを撫でていた手は、一度彼女から離れると、今度は毛布の下へ侵入してきた。夜着の上に人肌の温かさを感じる。
 あの礼儀正しいレナードが、こんなことをしているのが信じられなかった。僅かに幻滅すると同時に、勝利感のような高揚した感情が静かに湧き出てきた。寝息を立てる振りをしながら、シェリルはそれを噛み潰そうとした。
 寝台が微かに軋む。背中に温かさを感じた。レナードが、背を向けた彼女に寄り添うように、寝台に横たわったようだった。
 彼はゆっくりとシェリルの尻を撫で、反対の手で髪を優しく撫でた。壊れ物に触れるような、遠慮がちで繊細な手つきだ。
 レナードの体温がさらに近づく。彼は背後からシェリルを抱き締めるように、手を前に回し、彼女に体を寄せた。
 臍の上辺りに回された手は、しばらくすると、ためらいがちに静かに体を上に滑り、シェリルの豊かな胸をそっと押さえた。抑えた温かい吐息が首の後ろにかかる。鳥肌が立ちそうだった。
「フィリス様……」
 三度名前を呼ばれた。今度も彼女は返事をしなかった。首筋に温かいものが押し付けられた。幾らか湿った熱い唇だった。
 柔らかさを確かめるように、何度か乳房をそっと押した手は、五本の指を蠢かせ、静かに握るような動きをした。
 知識だけは豊富だったシェリルは、そこから快感が流れ込んでくるかもしれないと、体を強張らせたが、溢れてくるのは純粋な喜びだった。それは、自分を誉めてくれたレナードが、肉体に興味を持ってくれているという、ごく精神的なところを源にしていた。
 一向に目を覚まさないように見えるだろうシェリルの様子に、レナードの動きも徐々に大胆になった。胸をまさぐる手の動きに力がこもる。
 先ほど口づけされた首筋を、もっと濡れた生暖かいものが滑った。同時に幾らか荒くなった吐息も感じた。
「フィリス様……柔らかい……」
 囁かれた独り言は、彼の手と同じく、熱を帯びて熱く湿っていた。
 
 
 夢見心地だったシェリルも、もはや完全に覚醒していた。
 鼓動が早い。熱くなっていく吐息を、規則正しい無邪気な寝息に装う。
 そうして待っている。執行を待つ哀れな生贄なのか、罠をかけた仕掛け人としてなのか、どちらの気持ちの方がより近いのかは分からなかった。いずれにしても、待っているものは同じだ。
 理知的な公子が、自分に対する欲望の為に、どこまで無礼を働くか。薄汚い好奇心を自嘲した。
 あの見苦しい暗殺者には、屈辱的で許し難かったことを、レナードには期待している。
 背中の毛布が動き、初秋の夜の涼しい空気を感じた。寒さに震えが来る前に、そこにぴたりと温かい体が寄せられる。毛布の中にレナードが背後から潜り込んだようだった。寄り添った二つの体を隔てるものは、互いの服だけだ。
 心臓が増々激しく打ち始める。鼓動ひとつごとに、息苦しくなる程甘いものが、血流に乗って全身に送られていくようだ。無意識の内に身体が汗ばんできていた。
 レナードの手が、乳房をさらに強く掴んだ。ゆっくりと揉む様に動かされる。シェリルのまだ若い体は、やはりそこから快楽を探すことはできなかったが、耳元に届く若者の興奮した呼吸が、顔を熱くさせた。
 胸の膨らみを弄んでいる彼の指が、その中心をかすめた。何度かそうされる内、そこはやがて徐々に固くなっていき、下腹部に力が入るような快感が伝わってくる。
「すごい……手に余るくらい大きい……」
 背後から聞こえる熱い囁きが耳を打った。
 小柄な割に胸が豊かなシェリルは、周囲の冒険者や傭兵の男たちから、からかわれ、侮られることが少なくなかった。賢明な彼女はそれを無視するという、最適の対処法を学んではいたが、傷ついていなかったわけではない。
 同業の女たちから嫌味をもらうことも稀にあった。別のパーティーの女戦士に「胸が大きすぎて娼婦みたい」と言われた時には、さすがに怒りを押し殺すのに苦労した。厠にこもって一人で泣いて耐えた。
 できれば少年のような体になりたいと、彼女は常々思っていた。胸が大きいということは、この地方では、男には好まれたが、それは遊び相手としてであって、あまり妻や恋人には望まれない。どこか不身持な印象があるらしい。
 男性にとって、愛や優しさではなく、欲望しかかきたてない、そんな自分の体をシェリルは嫌いだった。
 けれど、こうしてレナードに弄ばれていると、自分の体への嫌悪や劣等感が、薄れていく。自分の肉体が嫌いだったのではない、愛して欲しかっただけなのだ。
 レナードがシェリルを愛して、こんな真似をしているのかどうかは分からない。単純な欲望しか抱いていないのかもしれない。でも今は、彼の気持ちがどうであるかよりも、自分の彼に対する気持ちの方が、重要なのだ。望まない相手に溢れんばかりの愛を向けられるよりも、望む相手に欲望を向けられた方が、ずっと誇らしいと思った。
 仲間に「惚れっぽい」と言われた通り、シェリルは少々見栄えのいい男性に出会うと、すぐにのぼせてしまうことが多い。
 しかし感情を表すのが上手でない彼女の想いは、素直に相手に伝わらなかった。相手を意識しすぎて距離を取ったり、素っ気無い態度に出てしまう。理由の一つは、彼女の小柄で豊満な体型にもあり、簡単な遊び相手と思われたくないという意地もあった。
 遊び相手でも何でもいい。ただ触れて欲しい、抱き締めて欲しいと思ったのは初めてだ。
 自分の持っているもので、彼を喜ばせることができるのなら、何もかも差し出していい。
 今まで彼女は、男性にそうして欲しいと望んでいた。自分の為に何もかも捧げて欲しいと思っていた。彼女自身がそうしたいと思うことになるとは、考えてもみなかった。
 そう思える相手に出会ったことを幸せだと思った。たとえ彼が同じ想いを自分に抱いてくれていなくても。その先がどこにも繋がっていなくても。


 レナードの手はやがて乳房から離れ、再びシェリルの体を下へ滑って、腰を撫でた。背中に全神経が集中する。全ての感覚を使って、レナードの動きを探り、感じ取ろうとしていた。
 彼は慎重に腰から前に手を回し、太ももをそっと撫でる。くすぐったさに似た感触が這い登り、思わず膝がぴくりと動いた。驚いたようにレナードの手がそこから離れる。
 シェリルはひとつ大きく息を吐いて身じろぎすると、また規則正しい寝息を立ててみせ、寝入った振りを装った。
「フィリス様……?」
 やや間があって、レナードが呼びかけたが、無論返事は返さない。
 様子を伺うような気配がした後、再び静かに太ももに手が伸びてきた。
 寝入った女性の体にこっそり触れて、欲望を満たそうとするなんて、なんて卑劣な男なのだろう。公子に対する幻滅は、ひどく甘く、熱かった。そして寝入った振りをして彼の動きを待っている自分は、彼以上に卑劣で救い難い。
 レナードは、彼女の肉付きのよい太ももにそっと手を置き、軽く押した。柔らかい肉にしなやかに彼の手が食い込む。再び体が震えそうになる。閉じた唇を噛んでそれを耐えた。
 彼はそっとそこで服をつまむと、静かに、裾を手繰り寄せるように、布地をたくし上げ始めた。綿の夜着が脚を軽やかに淫靡に滑っていく。くすぐったいのに、それをこらえると、どうしてこんなに罪深いような切なさがこもるのだろうと思った。
 すんなりとした脛が、膝がむき出しになる。暗闇の中、しかも毛布の中だ。背後にいるレナードには見えないはずだと知っているが、恥じらいに顔が熱くなった。
 レナードが彼女の服をつかんだまま手を引き上げると、腿まで服の裾が捲れた。彼はそこで服から手を離し、露わになったシェリルの太ももに直に触れた。温かい掌から、あのこそばゆい感覚がざわりと全身に伝わり、またそれをこらえる為に唇を噛み、こっそり左手の親指の爪を人差し指の腹に食い込ませなければならなかった。今度体が震えれば、彼女が目覚めることを警戒したレナードは、もうこのいたずらを諦めてしまうかもしれない。
 男が彼女のなめらかな肌に手を滑らせる度に、身をのたうたせたい程の感覚が駆け抜ける。息が微かに弾み、喉の奥からかすれた声すら漏れそうになった。
 レナードの手は脚の裏側へと滑り、腿の裏を撫でた後、彼女の丸く形のいい尻に移った。そのためらいがちで、触れるか触れないかという動きは、さらにシェリルの体の感覚を鋭敏にさせた。
 下着の上からレナードの手が尻に触れる。
 今穿いているのは、庶民が着るような小さな薄い綿の下着だ。間違っても貴族が身につけるようなものではない。巡礼の身では仕方無いが、服はともかく下着が粗末だと、自分の身も同じように乾いて愛想が無いような気がして、それだけが残念だった。フィリスがくれた、手触りのいい絹の下着もあったというのに。そっちを身に着けておけばよかった。
 その考えは、一瞬後にシェリルを赤面させた。一体、何を考えているのだろう。相手は一度会っただけの男だ。実際には彼女の婚約者でも何でもなく、この仕事が終われば、縁のない人間だ。その男にどこまで何を曝け出す気なのだろう。
 レナードの手の温かさを感じる。隔てるものは薄い布だけで、時折彼の指先は、下着に覆われていない素肌の部分に触れた。尻の下の柔らかい場所を軽くつまみ、上に滑って、腰に近い、なだらかな曲線を撫でられる。
 そこから流れ込む感覚で、呼吸も苦しいほどだった。
 レナードの手は腰から、シェリルの体の前に回された。彼女のふっくらとした、しかし引き締まった臍の下を何度か撫で、そのまま夜着をたくし上げながら腹を滑り上がる。
 顔が熱くなった。レナードが背後にいることがありがたいと思った。顔は見えなくても、彼女の吐き出す息は熱を持って荒い。目の前にレナードがいたとすれば、すぐに彼女が目覚めていることに気づかれてしまっただろう。
 彼の手が再び、今度は素肌の上から胸に触れた。緊張と快楽への期待で、手足に力が入って強張る。
 レナードの手が、静かに彼女の乳房に埋め込まれていく。その意外に硬くざらついた掌が乳首を刺激し、そこは再び尖り始めた。
「手に吸い付くみたいだ……」
 背後の彼の囁きは宙に溶けずに、シェリルの耳に留まって澱んだ。レナードの体がさらに寄せられ、背中に熱いほどの体温を感じた。綿の夜着を通して、レナードが着ている厚手の麻の服の感触も分かる。
 青年はシェリルを起こさないように、慎重な動きで、横向きに寝ている彼女の首の下からもう片方の腕を通し、背後から両腕でしっかりと抱き締めた。
「フィリス様」
 吐息が首筋の産毛を逆立て、囁きが耳の奥を波立たせた。二人の体はいかなる隙間も許さない程にぴたりと重なる。尻のあたりに、レナードの温かい体の中で、最も熱く硬い部分が押し付けられている。
 体の中で音も無く花が開いていくような気がした。今まで感じたことのない感情が満ちて、シェリルを涙ぐませた。それは喜びに最もよく似ていたが、この十六年の間に彼女が感じたどんな喜びとも違っていた。

 一体レナードは、自分がどれだけ破廉恥な真似をしているのか、分かっているのだろうか。
 公子の動きはもはや不敵な程だった。背後から両手でシェリルの乳房を揉み、首筋や耳に舌を這わせて、時折軽く歯を立てた。そして硬く立ち上がった彼自身を、彼女の体に突き入れようとするように押し付けてくる。夜着よりも薄い下着一枚を隔て、服に包まれたレナードのその部分を感じる。幸か不幸か、シェリルはそれを見た事も触れた事も無かった。
 伯爵令嬢が目覚めて騒ぎ出しても構わないと思っているのだろうか。それともそこまで考えられない程、我を忘れているのだろうか。
 今まで温厚で優雅だった公子の、この恥知らずな程の動きは、シェリルに感染したように、彼女の体を熱くさせた。
 青年の指先が乳首をつまみあげる。悲鳴をあげそうになるのを、シェリルは唇を噛んでこらえた。そのまま親指と人差し指で、何度も転がされると、敏感な先端は増々尖り、固さを増した。
「こんなに固くなってる……可愛い」
 乱れた息の間から聞こえる厚顔無恥の男の独り言は、情熱的にシェリルの頭に響く。
 彼は相変わらず左手で乳房を弄んだまま、右手を彼女の臍の下へ伸ばし、さらに下へと滑らせた。下着の上から陰毛の生え揃った恥丘を軽く撫で、柔らかさを味わうように軽く爪を立てる。レナードの指先が僅かに肉に沈み込んだ。
 もうだめだ。
 体が訴える快楽と心が訴えてくる喜びの中、シェリルはそう思った。さすがにいけない。
 自分の体なら、このまま得体の知れない流れに身を任せてもいいかもしれない。けれど今は伯爵令嬢なのだ。いかに婚約者が相手といえど、寝ている間に秘部をまさぐられるような行為を許してはならない。フィリスに不名誉を着せることになる。
 しかしどうやってこの状況から、お互いに気まずくならないように脱するか。温まった頭には、よい考えは浮かばなかった。おもむろに起き上がり公子の行為を非難して彼の面子を潰しては、今後の旅が気まずい。恋愛の経験が無いシェリルには、機転の利いた方法が思いつかなかった。
 考えるうちにも、レナードの指先は緩やかに盛り上がったシェリルのそこを慈しむように撫でている。
 胸や尻は用心していても、ごくまれに好色な荒くれ者に、いたずら混じりに触れられてしまうことがあったが、唇同様、その場所だけは、他人に触れさせたことはなかった。生まれて初めて男の手で触れられ、彼の前に少しずつ自分自身を曝け出しているような感覚に捕らえられた。
 レナードの指はさらにシェリルの閉じた脚の間へと伸ばされた。固く脚を閉じる。ふくよかな彼女の内腿に阻まれ、彼の指はそれ以上奥へと進めなくなった。何とか彼が指を潜り込ませようとすると、内腿の付け根や陰唇の端が男の指先で強く刺激されて、濃密な快感が伝わってくる。
 それに簡単に身を委ねないように、息を微かに弾ませながら必死で脚を閉じていると、やがてレナードの手はそこから離れ、再び尻へと回された。
 横向きに寝て、軽く腰を前に曲げているシェリルの尻は、若干レナードの方に突き出される形になる。彼の手は丸い二つの尻を撫で、その間、彼女の最も大切な部分に伸ばされた。
(だめ!!)
 恐怖と恥じらいから、シェリルは思わず腰を引いた。レナードの手がびくりと彼女の体から離れる。
 できればレナードに恥をかかせずに、彼にこの場を諦めて欲しい。そんな考えから、シェリルは小さく唸り、寝ぼけた振りを続けた。
「フィリス様」
 レナードの僅かに震える囁きが聞こえる。シェリルは沈黙を保ち、わざとらしいほど正確な寝息を立てた。
 しばらく顔を覗き込む気配がした後、静かに温かい体が彼女から離れた。
 寝台から一人分の重みが消える。床に裸足の足が降り立つ密やかな足音がした。背中に涼しい夜の空気を感じる。


 レナードの体が離れ、シェリルは息をついた。
 安堵と落胆が同時に押し寄せる。
 ここで彼が諦めなかったら、どうなっていたか。
 これからどうなるのか、彼が何をするつもりなのかということばかりで、先のことなどシェリルは今の今まで考えてもいなかったが、増長したレナードが、彼女に取り返しのつかないことをしたとしたら、誰にとってもあまり良い事態にならないだろう。
 そこまでは分かるのに、果たしてその前にシェリルはレナードを拒否できたかどうか。それは分からなかった。
 シェリルはまだ弾んでいる鼓動を落ち着けようとしながら、毛布の下でそっと服の乱れを直そうとした。

 閉じたままの瞼の向こうが明るくなる。
 夜の匂いのする冷たい空気が流れ込んできた。
 窓が開いている。レナードが開けたのだろうか。
 シェリルは動きを止め、薄目を開けた。霞む狭い視界に、床に差し込む月明かりが見えた。
 寝台が軋む。背中の方に重みを感じた。
「フィリス様」
 囁き声と同時に、頭に温かい手が置かれた。シェリルは慌てて再びしっかりと目を閉じた。
 頬に唇が触れる。
 そのまま肩を掴まれ、体を転がされて上半身を仰向けにされた。膝もまた掴まれ、腰と脚も上向きにさせられる。頬に温かな手が押し当てられ、斜めを向いていた顔も仰向けにされる。
 唇が柔らかく、僅かに湿ったもので覆われた。

 毛布が取り払われる。
 服をたくしあげられたままのシェリルの体は、胸のあたりまで露わになっている。月明かりが彼女の白い肢体を照らし出していた。
 彼は夜着をさらにめくりあげ、先ほどまで弄んでいた乳房をむき出しにした。
「可愛らしい……本当に」
 囁きが耳を打つ。レナードの指先が臍から鳩尾に触れ、顎の先に触れた。
 シェリルの膝の裏が痙攣するように僅かに震える。
 レナードは諦めたわけではなかったのだ。
 どころかより大胆不敵に、窓を開けて明かりを入れ、彼女を仰向けにして自分の手で半裸にした婚約者の体を見つめている。
 止めなければ。拒絶しなければならない。
 目を覚ました振りをして、彼を静かに諭さなければならない。
 早く。
 何度も自分を急かすが、シェリルの体は意のままには動かなかった。
 温かい手に再び胸のふくらみを押さえられる。そこに熱い吐息がかかり、濡れた舌が触れた。彼は舌で柔らかい乳房を撫で、固くなったままの先端を舐めた。思わず体が震え、腰が一瞬僅かに浮く。しかし青年は今度は動きを止めずに行為を続けた。
 正面を向けられていては、歯を食いしばることもできない。乳首から流れてくる快感をこらえる為に力を入れる場所は、四肢を広げて仰向けになった状態では、もう下腹しかなかった。しかしそうすると体に慄きが走り、熱いものが徐々にせり上がってくる気がした。
「こんなに固くして……なんて可愛くていやらしい姫様なんだ」
 呟きながら乳首を口に含まれ、乳児のように吸われる。快楽をこらえながら、それでも顔に血が上るのは止められなかった。
 優雅な公子が、まるで玩具で遊ぶように自分の肉体を弄び、夢中になっている。一体何が、冷静なレナードにこんな恥知らずで幼稚な行為をさせているのだろう。
 それは彼女自身だ。忌々しかった彼女の肉体。体の底が熱くなる。
 しばらく乳房を弄んだ後、彼の手はまたしてもシェリルの股間に伸びた。横向きの姿勢から仰向けに、レナードのなすがままにされた彼女の両脚は、膝を立ててだらしなく半端に開いている。閉じたかったのはもちろんだが、そんな不自然な動きをすれば、彼女が目覚めていることが容易に知られてしまうだろう。
 レナードの手は軽く恥丘を撫で、躊躇もせずにその奥へと伸びた。体の中心に指先が触れ、シェリルはこれまで以上に身を固くした。
 こんな不埒な真似を許してはいけない。
 でももっと触れて欲しい。彼女がそうすることを許し、相手もそれを望んだ初めての男だ。
 時が過ぎ、体が熱していくほどに、後者の欲求は抑えがたい程に膨れ上がってきていた。
 熱くなった彼女の秘唇をそっと撫で、青年は呟いた。
「すごい。眠ったままこんなに感じて濡れてる……。こんなに淑やかそうな方なのに、こんなに淫らだなんて……」
 その言葉は、シェリルの静かに張り詰めた体のどこかを弛緩させた。なにかが許され、さらに快楽が溢れる扉がひとつ開いた。今、自分の体のそこは、男性を受け入れる為に潤っている。彼が彼女に対して興奮しているのと同じく、彼女も彼に対して興奮している。
 ずっと何を待っていたのか、ぼんやりしていたその正体が、形を成してくる。
 レナードの指は下着の上から、シェリルの秘唇の奥へ入り込んで、前後に何度も撫でた。そこが潤っていくと、下着もだらしなく湿って張り付き、彼の骨ばった指の感触を鋭敏に伝えてきた。
 指が裂け目の端にある肉の突起を探り当てた。生理学を学んだシェリルは、それが女性の体の中で、快楽を呼ぶために存在する器官だということを知っていた。
 爪の短い指先で軽く押される。痛みと尿意、そして切ない快感が突き刺さった。未知の感覚に思わず彼女は息を呑んだ。
 彼の指は容赦なくそこを小刻みに刺激し続けた。体が僅かに揺れる。次々と上ってくる快楽に、頭の中までかき回されている気がした。
「う……」
 こらえ切れず、シェリルは寝息に似せて僅かに声を漏らした。
 幸いそれはレナードには気づかれなかったらしい。彼はそのまま指を動かし、彼女の陰核を刺激し続けた。シェリルは必死で快楽をこらえる。息が弾んでいることはもう隠しようが無かったが、レナードはまだ彼女が夢うつつにいると思っているようだ。
 彼女が限界に達する寸前でレナードは動きを止めた。
 シェリルの体から手を離し、彼女の顔を覗き込んでいる気配を感じる。そのまま目を閉じていると、衣擦れの音が聞こえた。
 何をしているのか。気にはなったが、目を開けることができなかった。このままもう少し彼にされるがままになり、全てを委ねていたかった。

 レナードの唇が彼女の唇を覆う。
 唇が押し広げられ、そこから柔らかい舌が忍び込んできた。あの偽者の公子との口づけを思い出した。口の中に他人の体の一部を無理に押し込まれている嫌悪は同じだ。なのに、何故こんなにも甘美なのだろう。
 反感と好意。嫌悪と快楽。反対の感覚のようでいて、容易に同居できるものだと知った。
 レナードの唇が離れる。
 乳房に、温かく柔らかく、しかし硬いものが触れた。指でもない。唇でもない。それは何度か彼女の乳房をするすると撫でると、同じものが彼女の唇に触れた。
 鼻腔に入り込んだ微かな生臭い匂いを嗅ぎ取り、シェリルはその正体に思い当たる。先ほど沈黙に包まれた衣擦れの中で、やはり彼は服を脱いでいたのだ。
 なんて汚い男だろう。屈辱から僅かに唇が震えた。
 それほど悔しいのなら、起き上がって彼を罵ればいいものを、しかし相変わらず体は動かせず、胸に湧いた屈辱は、甘く全身に広がった。
 レナードにどんなことをされても、なすがままだ。こんな状態を許すような、はしたない自分は今まで知らなかった。そして誇りを捨てて、レナードの意のままになる快楽も知らなかった。
 しかし、レナードはそれ以上彼の分身を彼女の口に押し込むようなことはせず、腰を引いた。
 青年の手は、今度は彼女の下着の紐を解きにかかる。
 さすがに全裸を見せるわけにはいかない。
 けれど先ほどから何度、これ以上はいけない、止めなければと思っているのだろう。その度に結局体も動かせず、口も開けずにいる。
 今度も結局シェリルは声もあげず、レナードが下着を剥ぎ取るのをおとなしく待っていた。
 むき出しになった恥丘に、唇が触れた。
 彼の指が今度は直に陰唇を広げ、陰核に触れる。シェリルはまた吐息を漏らし、顎を僅かに反らせた。その時、囁きではない、はっきりとした声が響いた。
「フィリス様、目を開けて、声をあげてもいいですよ。誰にも聞こえません」
 その言葉に逆らいようもなく、シェリルは目を開いた。 

 月の光は夜空の色を含んで青白かった。照らされているレナードの顔も体も、まるで棺から甦った死人のように白い。
 予想していた通り、レナードは下着まで脱ぎ捨てて、全裸だった。
 細身に見えた色白の体だが、肩や腹には、いくらか鍛えた筋肉がうっすらと浮かんでいる。
 シェリルの上で彼女を見下ろす表情は、あのいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。彼の股間で、繁った恥毛から立ち上がったその器官は、彼の表情とは不釣合いに荒々しく見える。初めて見る異形のそれが、自分の胸と唇に押し付けられたと思い、彼女はさらに顔を赤らめた。
 恥辱と恐怖に瞳を潤ませ、無言で問いかけるシェリルに、穏やかな声で公子は答えた。
「起きているのを気づかれていないと思っていました? 随分前から目覚めてらっしゃいましたよね? 体を固くして寝ている振りをするあなたは可愛かったですよ」
 それでは、独り言だと思っていたレナードの囁きも、全てシェリルに聞かせる為だったのだ。 謝ればいいのか、恥じればいいのか、何と言っていいか分からず、シェリルは黙り込んでただ体を震わせた。
 レナードはそんな彼女に手を伸ばし、優しい手つきで髪を撫でた。
「あなたがこんなに素敵な体で、イタズラ好きだなんて思いませんでしたよ。寝た振りを決め込んで私の動きを待ってるなんて、まるで小悪魔だ」
「ごめんなさい……」
 羞恥から涙までにじませ、シェリルは首を振って謝った。その頭を撫でたまま、レナードは尋ねた。
「どうして? あなたが謝ることはないでしょう」
「でも私……こんな失礼な……」
「あなたが恥じることはありませんよ。こんなに……」レナードはシェリルの固く尖った乳首を軽くつまんだ。喉の奥から小さな声が漏れる。「正直に反応してくれるなんて、嬉しいです。あなたは聡明そうですが、あまり夫婦生活には興味無いのではと、それだけが心配でしたから。これなら結婚後も楽しみです」
 灰色の後悔が胸に落ちた。フィリスの性的嗜好まではさすがにシェリルも知らない。もしフィリスがあまりそちらに興味が無いなら、今自分が公子に持たせた期待は罪深いと思った。
 レナードが彼女の股間に再び手を伸ばした。
 シェリルは慌ててその手を押さえる。
「公子様、待って。もう駄目です。これ以上……」
 青年は驚いたように目を見張り、やや皮肉を込めて微笑んだ。
「フィリス様。目を開けたからといって、急に慎みを思い出さなくてもいいですよ。嫌ならさっきみたいに寝た振りでもしていてください」
「そういう話ではありません……。まだ、私たち、夫婦ではないのに」
「同じようなものでしょう。大丈夫です。万が一にもあなたとの婚約を破談にさせるようなことは、決してしませんよ。何が何でも私の妻にします」
 温和な青年の力強い言葉が、シェリルの胸を貫いた。
 こんなに。こんなに望まれているのに、彼が妻とするのは自分ではないのだ。何が何でも妻にすると言ってくれているのに。
 レナードに取って、今彼が組み敷いているのはフィリスである。この瞬間、どこにもいないシェリルという人間を哀れんで、彼女は涙を流した。普段隙を見せないように振舞っている彼女が、物心ついてから、男の前で泣くのは初めてだった。
 泣いているシェリルをあやすように、レナードは片手で彼女の頭を撫で、数度顔に口づけを落とすと、彼女の脚の間に潜り込ませた指を、愛液にまみれた入り口に押し当てた。
 内部を探るように、ゆっくりと長い指が侵入してくる。
「あ……あ……あ……!」
 涙を流し続けながら、シェリルは叫んだ。
 好奇心旺盛な彼女は、一度だけ、自分の性器に触れてみたことがある。世に語られる自慰がどんなものか試してみたかったのだ。女性の自慰は最悪の罪と世間では言われていたが、偏見や迷信と無縁の魔術師の彼女は、あまり気に留めなかった。
 当時惚れ込んでいた旅の騎士を頭に思い浮かべながら、彼に触れられているつもりで乳房や秘部を撫でていると、内部から愛液が漏れてくるのが分かった。恐る恐る、指先を体の中へ差し入れてみた。だが未熟な彼女のそこは、自らの指さえ、苦痛無しには受け入れなかった。指先を辛うじて飲み込んだ膣は、痛みしか伝えてこなかった。
 しかし、今、自分より太く長い指をそこに差し入れられて、僅かな苦痛と同時に流れてくる深い快楽に、めまいがするようだ。その悦楽は、乳房や陰核から伝わるものとは次元が違った。魂を揺さぶられるような、深く重い快楽だった。
 体の中で指が優しく動く度に、シェリルは身をくねらせ、声をあげた。恥じらいはどこかに飛んでいってしまった。
「はああ……あっ……あ……!」
「フィリス様……僕の妻。なんて可愛い……」
 レナードの情熱的な囁きが、脳を焦がした。涙が止まらない。もう何の為の涙か分からない。
 彼はもう片方の手を彼女の太ももにあてがい、さらに脚を開かせた。
 月明かりの下とはいえ、秘部を曝け出すのが恥ずかしく、シェリルは快楽の奥の理性を呼び起こして、必死で脚を閉じようとしたが、彼の手はそれを許さなかった。
 右手で彼女の体内を愛撫し、左手で内腿や脚の付け根を撫でられる。
 不意にレナードが動きを止めた。
 シェリルが訝る前に、彼はさらに彼女の膝を立たせて脚を広げさせると、顔を屈めてそこを覗き込んだ。
「レナード様……、待って……いや……」
 自分で見たことがない場所を、他ならぬ彼に見られるのが恐ろしく、シェリルは脚を振りほどいて閉じようとした。その度に妖しく蠢くその場所が、男の目を楽しませているのには気づいていない。
 男は忍び笑いを漏らした。
 青年は広がった陰裂の端で、小さく膨らんだ肉の突起に舌を当てた。
「あ……駄目です……恥ずかしい」
 シェリルは顔を真っ赤にし、激しく首を振ったが、レナードはさらにそこを掬い取るように舌を這わせる。指で刺激されるより、柔らかく切ない快楽が襲い掛かった。
 シェリルは顎を反らせて喘いだ。動物のように息が荒い。頭の中を溶かしてしまうような快楽から逃れようと、無意識の内に彼女は腰を引いた。だがレナードにしっかりと腰を抱えられてしまう。
「逃げないで」
 熱い囁きと吐息がさらに陰核を刺激した。シェリルは全身を震わせた。
 逃げたくなんかない。でも本当はここにいて、彼と肉の快楽を分かち合う立場にはないのだ。
 前の暗殺者の時と同じように、迂闊に扉を開けるべきではなかった。彼を招き入れてはいけなかった。
 後悔が溢れた。しかし、同じような状況に陥れば、彼女は何度でも同じ失敗をし、同じ後悔に苛まれるだろうと思った。それほどにこの青年に惹かれていた。
 シェリルのそこから顔を離し、レナードは再び彼女に口づけた。微かに自分の愛液の酸っぱい味がした。入り込んできた彼の舌に、今度は自分の舌をからめる。このまま溶けてしまいたい。
 情熱的に口づけを交わしながら、レナードは腰を動かし、その性器の先端を彼女のそこへあてがった。
 レナードが服を脱いだのを知った時から、ただ体を愛撫するだけではなく、彼がこうして彼女と繋がるつもりだと、彼にとって肉体的な意味での初夜をここで迎えるつもりだと分かっていたが、実際に直前にせまると、途方も無い罪悪感が溢れた。
 レナードは身代わりとも知らず、初夜を迎えることになり、本物のフィリスは身代わりの女にそれを託すことになるのだ。二人を騙しているのとおなじではないか。
「レナード様……やっぱり……これ以上は……」
 シェリルはもう一度彼を拒絶しようと試みた。
 そして心の裏側では、レナードがそれをまた断ることを祈っていた。拒絶しようと試みることがそのものが、シェリルが二人に見せられる精一杯の誠意だった。
 実際に行為を激しく拒絶し、この場から逃げ出す、あるいは正体を明かしてレナードに詫びる程の美しい誠意はもはや無い。レナードの肉体に対する欲求にはとても勝てなかった。それは彼女にとって初めての欲望だった。
 果たしてレナードは軽く笑って、彼女の言葉を退けた。
「今さら何言ってるんですか。ここまで来たら同じですよ。私のここも、あなたのそこもこんなに熱くなっているのに、今もう一度離れて眠るんですか? 本当に、そう望んでいるのですか?」
 シェリルは答えられなかった。ただその沈黙を肯定と捉えられないように祈った。
 彼の手が首あたりまで遠慮なくまくれあがった彼女の服にかかる。彼はそれをさらにたくしあげ、彼女の両腕を差し上げさせて、すっぽりと夜着を彼女の体から抜いた。
 二人は生まれたままの姿で向かい合った。
「フィリス様」
 レナードは再び穏やかな声に戻り、シェリルの髪を撫でる。この後、彼は本物のフィリスの髪をこうして何度撫でるのだろうと、重い嫉妬が沈んだ。
「絶対に軽蔑しません。もちろん、怒りもしませんから、正直に答えてください」
 レナードの言葉に、大きな偽りを持つシェリルの心臓は弾んだ。彼は穏やかな表情のまま続けた。
「男性と寝るのは初めてですか?」
 拍子抜けするその問いに、一片の嘘いつわりもなく、シェリルは頷いた。彼女はフィリスと同じく処女だ。それは間違いなく、レナードに誇れるものだ。
「本当に?」
 もう一度訪ねる青年の顔に、安堵と喜びを見た気がした。
「天地神明にかけて。本当です。ずっとあなたのような人を待っていたんです」
 再びシェリルの瞳からは涙が溢れた。全くの偽りもなく、レナードの前で話せる、多分最初で最後の、そして唯一の問答だろう。
 レナードは目を細めて笑い、撫でていた彼女の黒く豊かな髪を、もてあそぶように自分の手にからみつけた。
 
「本当に、処女なのか? 魔女め」
 レナードが拳を握り締めると、巻きついた髪の毛が引っ張られ、頭に軽い痛みが走った。
 シェリルは目を見開く。
 一瞬前まで彼の顔に浮かんでいた笑みは、全く種類を変えていた。慈愛に満ちていたはずのそれは、氷のように冷え、彼女をあざ笑っている。
 今度こそ、体の芯から彼女は戦慄した。
 見破られた。
 彼女がフィリスではないということに気づかれた。
 恥や貞操を越えて、命の危機を感じ、シェリルは身をすくませた。
 だが熱に当てられた頭は、いつものようにうまく回転せず、シェリルはこの場を切り抜ける手段も考えられずに、再びただ沈黙するばかりだった。
 我に返った頃には、その沈黙は取り返しがつかない程長く伸びすぎた。もう彼に真実を確信させるには十分な長さだった。
「古語や伝説には詳しいと話しただろう。魔女の印に気づかないとでも思ったのか」
 レナードの言葉に、シェリルは自分の失敗を悟った。
 魔術師はギルドで奥義を授けられる際に、魔力の源となる印を師から授かる。それは体のどこかに刻まれる。常人には肉眼では見えないが、魔術に明るいものなら、意図的に隠さない限り、それを見つけ出す手段はいくつかある。レナードはたまたまそれを見分ける方法を知っていたのだろう。
「あんな場所に印を授かるとは、考えたな。だが、迂闊だ」
 レナードは低く笑った。シェリルは顔を赤らめる。彼女のその印は、内腿の、脚の付け根辺りにあった。通常なら、誰かと風呂に入るか、男と寝るかでもしない限り、見つからない場所だ。まさか初めてここまで許した男が、それに気づくとは。
 彼は嘆きに目を閉じる彼女に向かって続けた。
「フィリス様の振りをして、私から金でも巻き上げようとしたのか? 生憎路銀は大して持っていない。残念だったな」
「違います」
 シェリルは首を振った。声が震える。
「では何が目的だ。このまま私を騙して、公爵家へ入り込めると思ったか。婚礼の際に伯爵を呼べば、貴様の正体などたちどころに露見するぞ」
 穏やかだったレナードの顔は、別人のように冷たく締まっていた。やはりあの暖かい笑みは、婚約者であるフィリスにだけ向けられていたのだ。分かってはいたことだが、それでも悲しかった。
「そうではありません。私たちは、伯爵に雇われて、フィリス様の影武者として、辺境伯への囮の為にこの巡礼路を通ってきたのです」
 呆然とするレナードに、シェリルは事情を全て話して聞かせた。
 互いに全裸のまま、そして性器を触れ合わせたまま、そんな話をしているのが、妙に滑稽に感じられた。
 話を聞いたレナードは、苦笑いを浮かべてみせた。
「なるほど……私は伯爵の策とも知らず、囮である君をご丁寧に暗殺者から助け、ここまで連れてきたというわけか。本物の令嬢は、主街道を先に進んでいるとはね」
 彼の心を思いやると、シェリルの胸も痛んだ。
 辺境伯の元へ潜り込んでいる間諜から、フィリスが巡礼路を進んでくることを極秘に聞き、父の許しもそこそこに、従者と二人だけでここまで婚約者を迎えにきたのだ。それが囮に過ぎないと知れば、誰の悪意のせいでなくとも、腹は立つだろう。
「申し訳ございません」
 無論、シェリルにも詫びる筋合いなどないが、少しでもレナードの慰めになればと、自然に口をついて出た。自分やフィリスも含め、彼を傷つけ、心遣いを台無しにした人間全てを許せないと思った。
「君が謝ることではない。詫びは茶番を考えた伯爵から存分にしてもらおう」
 彼女の髪から手を放し、にこりともせずに青年は言った。その瞳には依然と──いや、心なしか膨れ上がったように見える怒りが据わっており、シェリルを怯えさせた。
 萎縮するシェリルをなだめるように、レナードは僅かに目元を緩ませた。汗で額に張り付いた彼女の髪を無造作な手つきでどける。その指先で彼女の唇をなぞった。
「伯爵にも告げずに、勝手に迎えに出た私も悪い。そうだろう」
「でも……公子は、フィリス様を思いやって、こうしておいでになったのに……」
 その言葉を紡ぎながら、胸が詰まった。溢れそうになる涙をやっとこらえる。雇われた魔女の分際で、この青年の前で泣くことは許されない。
「その心遣いを踏みにじるような結果になってしまって……申し訳ございません」
「そうだな」低く冴えた声で彼は答えた。「私が君を愛しいと思って、こんな真似に出たのも、とんだ恥さらしだったわけだ」
 自嘲するレナードに向かって、またシェリルは激しく首を振った。
 レナードが出会ってからのフィリス──つまりシェリルに、婚約者であるという前提の上にしろ、ある種の好意を向けてくれていたのは、うぬぼれではないだろう。彼にとっては、それをも裏切る結果になってしまった。シェリルにとっては、彼の好意に対する裏切りなど何ひとつない。全身全霊をかけて応えられる。
 けれど、雇われ魔術師が公子の好意に応えたところで、彼には何も意味が無いのだ。フィリスでなければ意味が無い。
「決して他言はしません。それに、これは公子の罪ではありません」
「当たり前だ」
 冷たい声がすかさず打ち返される。緩んでいた彼の体に再び力がこもるのが分かった。やにわに乳房を掴まれる。
「私を誘惑したのは、魔女である君だ」彼の指が彼女の秘所を探り、湿った音を響かせた。「私の婚約者を騙った罰だ。甘んじて受けろ」
 指の代わりに、熱く、固いものがシェリルの脚の間にゆっくり押し込まれた。体を引き裂かれ、熱した杭を差し込まれたような激痛が彼女を襲った。

 悲鳴をこらえ、呻きすら噛み殺したのは、彼への愛なのか意地なのか、よく分からなかった。
 声を立てまいと、シェリルは必死で歯を食いしばってこらえる。しかし健気な彼女の忍耐を試すように、容赦なくそれは体の奥へと突き込まれた。
 レナードの呼吸が獣のように荒くなる。彼は彼女の中に差し入れた器官を、腰を揺すってさらに荒々しく突き入れた。
 その度にシェリルの体の奥底には、火を放たれたように熱くひりひりとした痛みが走る。たまらずに彼女は小さな呻きを漏らした。
「魔女の癖に本当に処女だったのか」
 頭上から降ってくる声に、閉じていた目を開き、シェリルは嘲笑を浮かべているレナードの睨み返した。
 魔術と処女性は何も関係が無い。女魔術師が淫乱だというのも迷信だ。
「余計なお世話よ……」
 初めてシェリルは、この青年に弱々しいながら挑発的な言葉をぶつけた。実際に重なるまで求めてやまなかった青年に、処女を差し出してしまったことを、この一瞬、彼女は後悔した。
 レナードはその視線に全く怯まず、むしろ面白そうに受け止めると、劣情に顔を歪めながら彼女に口づけ、彼自身の腰の動きに合わせて揺れる豊かな乳房を握った。
「名前は? 君の名前」
 はあはあと荒い息の下、レナードが耳元で問いかける。
「……シェリル」
 彼女の声も、痛みと分けの分からない重い感覚に揺さぶられ、囁くように小さなものになった。
 レナードは薄く笑った。
「綺麗な名前だ。君にぴったりだ」
 シェリルとは、この辺りの伝説では悪女の代名詞だ。若い愛人への劣情の為に、夫を寝所で刺し殺した貴婦人とされている。
 無論、彼女にこの名前をつけた両親が聞いている伝説は、全く違った。だがそれをこんな場所でこんな青年に長々と説明しても仕方ない。シェリルはレナードの皮肉な笑いを無視した。
 レナードはシェリルの両腿をつかみあげ、抱えるようにして増々激しく腰を動かし始める。さらに鋭い痛みが体の奥を突いた。
 やめて。抜いて。
 魔女である自分がそう悲鳴をあげれば、彼は満足だろうか。絶対に言ってやらない。シェリルは唇を噛んで叫びを押し殺した。
「シェリル……」
 先ほどフィリスの名前を呼んだのと同じ熱、同じ甘さで青年が囁いた。それを耳にした瞬間、彼女の中で凍っていた炎が溶け出した。こらえる間もなく涙が溢れてくる。
「レナード様」
 そんな権利もないのに、シェリルは彼の名を呼び、彼の背中に縋った。
 再び唇が触れ合う。彼女の体内で混じるふたつの性器のように、二人は舌を絡ませあった。
「レナード様……熱い」
 痛みを訴えることがためらわれ、ただ彼女はそう喘いだ。実際、彼女に何度も突き刺さってくる彼自身は、猛って熱く、彼女の体の芯を通じて全てを焼き尽くし、揺さぶって破壊するようだった。
「シェリルの中も熱いよ。濡れていて……柔らかい」
 幸せだと思った。
 レナードのうわ言のような喘ぎを聞いて、これ以上の幸せは無いと思った。彼にこのまま体を壊されて死んでもいい。今、この場で世界の終わりが来ても構わない、むしろ今こそ終末が下りてきて欲しいと望んだ。 
 こんなに愛している人とひとつになれたのだ。もう何もいらない。
「レナード様……レナード様……」
 彼の名を呼びながら、彼に揺らされて、シェリルは泣いた。涙に霞む視界の中で、レナードが何度も頷くのが見えた。
「あ……」
 レナードが荒い息を吐き、呻いた。腰の動きが一度止まった後、何度か深く彼女の中に突き入れるように動いた。その度にシェリルも小さな声をあげた。


 しばらくの間、彼はシェリルの上で呼吸を整えるように、そのまま彼女の胸に顔を埋めていた。
 やがて、転がるように体をずらして、彼女の隣に横たわる。まだ彼の肩が上下しているのを見ると、また胸の奥が絞られる気がした。
 レナードの手が伸びる。
 彼女はびくりと身を引いたが、彼の手はシェリルの髪を撫でただけだった。
 月明かりに浮かぶその表情は、またいつもの通り微笑んでいたが、それでいて今までとはどこか違っている。目の端に浮かんでいるのは、皮肉なのか諦観なのか、もっと別のものなのか。それは今までの彼には見受けられなかった、あまり前向きな感情ではなかったが、彼女はひどく惹きつけられた。
 青年は口を開こうとして、一度噤んだ。
 彼女を見つめるほんの数瞬の間に、その瞳に様々な感情がよぎるのが分かった。けれどもちろん、それを読み取ることはできなかった。
 黙ったまま、二人は寝台の上で見つめあった。
「君が……」
 一瞬も視線をそらさないまま、公子は静かに口を開いた。
 彼女は次の言葉を待った。
 公子の唇が弱々しく続く言葉を紡ごうとしたが、それは形を成さずに消えた。
 彼は言葉の代わりに、彼女の首の下に腕を差し入れ、腕枕に彼女の頭を乗せてやると、その体を引き寄せた。シェリルも逆らわずに身を寄せる。軽く触れた彼の胸が、呼吸に合わせて僅かに動いている。
 旅は続く。
 だが明日のことなど今は考えたくない。
 レナードも同じことを考えたのだと思いたかった。
 だから彼は言葉を飲み込んだのだ。
 君が。
 もし。
 彼の唇はそう言葉をなぞっていた。
 しかし『もし』などという仮定は全く意味がない。この一晩限りの愛よりも。決して現実にならない、崩落を待つ大地のような無意味な言葉を、レナードはついに発しなかった。
 シェリルは彼の聡明さに感謝した。

 やがてレナードの静かな寝息が聞こえてくる。
 シェリルはそっと頭を持ち上げ、腕枕を外してやった。
 彼の寝息を聞きながら、彼女はやっと力を抜いて、涙をこぼした。彼を起こさないよう、嗚咽をこらえながら、自分の中の彼への想いを哀れんで、長いこと静かに泣いていた。


 翌朝、シェリルが目覚めると、公子の姿も服も消えていた。開け放した窓から早朝の清らかな日差しが、無慈悲に誰もいない部屋を照らしていた。
 予想はしていた。
 寒々しい部屋に散らかった自分の衣服を拾いながら、昨晩の余熱を想い、シェリルはもう一度だけ短く泣いた。
 身支度をして、階下に下りると、仲間たちが大騒ぎをしていた。公子と従者が消えたというのだ。早起きの主人が目覚めた夜明けには、従者の姿は無かったというから、その前に出て行ったのだろうと、彼らは話していた。
 シェリルは仲間と伯爵家の護衛に、夜中に公子が彼女の部屋を訪れ、今後の話について問答になる内に、困った事態になり、内密に自分たちが替え玉であることを打ち明けてしまったと告げた。
 語っていない部分は多いが、ほぼ真実である。
 ただし、公子と自分の名誉の為に、自分たちの間に何かがあったような言い回しは一切否定した。
 言葉をぼかしておいたが、彼らは、公子が夜中に、彼女に込み入った話をするか、口づけでもせまって、それを彼女が拒んだぐらいに考えているだろう。 
 婚約者が囮であることを知り、公子は本物を迎える為に慌てて故国へ帰ったのだ。
 ひとつ気になったのは、従者が川熱で夜中に倒れたことを、宿の主人は覚えがないと言っていたことだ。従者は公子と同じ部屋で眠っていたはずだと彼は語った。
 それでは、昨夜レナードが従者が川熱にかかり、部屋を追い出されたと言っていたのは、彼女の部屋を訪ねる為の作り話だったのだ。
 誠実そうな青年の意外に手の早いところを知り、シェリルは心の中で苦く笑った。



 旅は続いた。
 元通り、シェリルと仲間たち四人、伯爵家の護衛二人の旅人たちは、盗賊と暗殺者に怯えながらも、順調に旅を続けた。
 荷馬車を持ち、主街道を進んでいる本物の令嬢はそろそろ公国に着いているだろうかと、シェリルは考えていた。恐らく公子より令嬢の方が先に着いてしまうだろう。わざわざ偽者を迎えにきて、本物を迎えるのが遅れてしまう公子が気の毒で、また少々滑稽でもあった。
 レナードが姿を消した、三日後の昼前。公国までの旅路も半分を越えていた。
 彼らは前方から走ってくる二騎の馬に気づいた。
 辺境伯の暗殺者か。
 瞬時に身構える彼らの横で、伯爵家の護衛が歓声をあげた。
「あれは、わが主の紋章です! 伯爵家の人間ですよ」
 それでも用心して構えを解かない冒険者たちの横に、二騎は止まり、二人とも馬上から下り立った。
 その顔を見て、やっとシェリルも息をついた。見覚えがある。名誉ある本物の伯爵令嬢の護衛隊の人間だ。出発時は旅芸人の扮装をさせられていたが、今は正装している。
「無事だったか!」
 シェリルたちと同行していた護衛は、握手を交わして、互いの無事を喜んだ。
「ああ。喜べ。フィリス様は無事に公爵と公子と面会され、正式に結婚が決まった。婚礼の日取りも決まったぞ」
 喜び合う伯爵家の人間の言葉に、シェリルは隣の仲間の女と顔を見合わせた。公子が出発したのは三日前だ。もう公爵家に到着するとは、途中で馬を手に入れるなどして、余程急いだのだろうか。
「では、我々の仕事はこれで終わりなのですね」
 仲間の一人が、護衛に尋ねると、彼は大きく頷いた。
「そうだ。後は伯爵家に戻るだけだ。ご苦労だったな」
 仲間も歓声をあげた。
 だがシェリルは背筋が冷えてくるのを感じていた。
「あの」彼女は馬を飛ばしてきた護衛に尋ねた。「あなた方は、何日前に公都を出発されたのですか?」
「ここまで五日ほどかかった。道が悪かったのでな」
 彼女は雷に打たれたように立ち尽くした。
 五日前に、この令嬢の護衛は既に公爵家にいて、フィリスと公子の正式な婚約を見届けてきたのだ。
 では、自分たちに三日前まで同行していた公子は誰なのだ。
 一目でシェリルの心を奪い、彼女が処女を捧げた男は。
「ねえ、シェリル……。おかしくない?」
 仲間の女も、矛盾に気づいたらしい。シェリルの顔を覗き込む。しかし彼女に答えてやれる余裕はなかった。
 ひとつだけ。
 シェリルの心に最初から引っかかっていて、しかし彼女が気に留めないよう、無意識に心の奥に沈めていたささいな出来事がある。
 
 初めてレナードに会った時、偽者のレナードを引き離した彼は、彼女の元に跪いて名を名乗った。
 しかし、一度も彼女の名を尋ねていない。どうして彼女が伯爵令嬢のフィリスだと分かったのだろう。
 巡礼路を歩く人間は、まれに貴族もいる。いかにさびれた巡礼路の泊り客といえども、即座に彼女をフィリスと決め付ける理由は、彼には無かったはずだ。
 もちろん、彼の単純な早とちりや思い込みかもしれない。今まで彼女はその矛盾に気づきながら、そう解釈して、それを押し込めてきた。
 しかし。
 彼もまた本物のレナード公子ではないとしたら。 
 狡猾な辺境伯は、最初に見苦しい太った暗殺者を婚約者の扮装をさせて、フィリスの元へ送らせる。
 彼はわざとらしいほどにフィリスに襲い掛かる。
 そこに本物の公子を名乗る人間が助けに入る。見苦しい偽者の暗殺者から救ってくれた、こざっぱりした、いかにも貴族風の青年が本物の婚約者だと名乗れば、大抵の女は彼に心惹かれ、容易にそれを信じるだろう。その彼もまた暗殺者だなどとは夢にも思わずに。
 第二の暗殺者は全員で雑魚寝が続く野宿の間は、おとなしく、ひたすら令嬢の信頼を得ることに努めた。
 侍女が体調を崩し、巡礼宿で、令嬢が一人で個室で休むことになった夜は、千載一遇の機会だったに違いない。
 彼は令嬢の部屋を深夜に訪ね、どうせ殺してしまう女だからと、ちょっとした下心を出して彼女を組み敷いて、令嬢が偽者だと気づいた。
 そして彼女をつまみ食いだけして、手は下さずに姿を消して逃げたのだ。

 全てシェリルの想像だ。だが、真実からそう遠くないだろう。
 考えてみれば、偽者に襲われた時に助けに入ったのも、あまりにも折りがよすぎた。それを愚かな彼女は運命の出会いかもしれないなどと考えていたのだ。
 馬鹿だ。
 第一の暗殺者と第二の暗殺者は既に打ち合わせ済みで、助けに入る頃合も合図も決めてあったに違いない。だから第二の暗殺者は、名前を聞かずとも彼女がフィリスだとすぐに分かったのだ。勿論、従者が引き摺っていった第一の暗殺者は、殺されてなどいないだろう。どこかに逃がされたのだ。
 本当に馬鹿だ。そんな男に好きなように触らせて、挙句に処女まで奪われてしまうなんて。
 しかし彼女が彼に体を許していなければ、暗殺者は彼女の内腿の魔術師の印に気づくこともなく、彼女を偽者だと見破ることもなかった。勿論、その場合はとっくに彼女はこの世のものではないだろう。
 あるいは彼が余計な下心を出さずに仕事に徹していたなら、あの夜、扉を開けた時点で、シェリルは喉を掻き切られて殺されていたに違いない。
 誰に感謝すればいいのか。愚かな自分か。同じくらい愚かなあの暗殺者か。
 考えも感情もまとまらず、シェリルは仕事の完遂を喜び合う仲間たちを見つめながら、フィリスの無事を喜ぶのも忘れて、まだ呆然と立ち尽くしていた。


長くなりましてすみません。

誤字脱字いっぱいです。じきに直します…。

このお話はあと四話ほど続く予定です。



※…で、この後五話続くことになりました。
初回掲載時より、シェリルの年齢を十六歳に訂正させていただきました。
計算が合わなくなってしまいました…初歩的なミスですね。とほほ…。
web拍手

作者ブログ『椰子の実ライブラリ』


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