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この作品は<R-18>です。
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3・酒屋の噂
「また娘が襲われたって」
「首に牙のあとがあったらしい」
「やっぱり吸血鬼の仕業だ」
「あの異国から来た伯爵夫人が怪しいのに、このまま野放しにしていていいのか?」
村の飲み屋では、毎夜吸血鬼の噂で持ちきりだった。今夜も、鍛冶屋と赤ら顔の猟師がひそひそと話していた。すっかり夜も更け、雪も降りしきり、客はこの二人の他に旅人らしき若い男の泊り客が、一人静かに酒を飲んでいるだけだった。
静かな酒屋内に、暖炉の薪がはぜる音が響いた。
「なんでも、エッカルトザウ伯爵が引き止めているってえ噂だ。不思議なことに嫉妬深いあの奥方も何も言わないそうだ」
「魔力で操られているのかもしれん」
「何とかしないと、村の娘がみんな餌食になる! わしの娘も――」
ほろ酔いを通り越し、酩酊状態になっている猟師は突然大げさな声を出し、両手で顔を覆った。
「そのことだが、実は神父様に協力してほしいと相談してみた」
鍛冶屋がしーっと口に人差し指を当ててから、真顔で言った。
「神父って、バートリ神父様のほうか?」
「そうだ」
「だめだ、あの人はいい人だが、シャナンと夫婦になるんだぞ。ってえことは、エッカルトザウ伯爵の息がかかっているってことだ」
鍛冶屋の話を聞いて、酔いがすっかり吹っ飛んでしまった猟師が、日に焼けたいかつい手を大げさに横に振って顔をしかめた。シャナンはエッカルトザウ伯爵の愛人の子。伯爵に会ったこともないこの猟師でさえ知っている、公然の秘密だ。まかりなりにも、シャナンは伯爵の娘だ。バートリ神父が伯爵に逆らえば、結婚を反対されやしないかと猟師は思ったのだった。
「爺さん神父はもうろくして役に立たん。頼れるのはパウル・バートリ神父様だけだ。神父様はまず伯爵夫人に会って確かめるといっていた」
「信用できるか?」
「俺は神父様を信じる。身分の差など関係なく接してくれるお方だ。きっと、正しいことをしてくれる」
鍛冶屋の話に、不信を抱いていた猟師も、納得して大きくうなずいた。
「しかし、バートリ神父様は何故、シャナンなんかを嫁にするんだ」
「神父様はお優しいから、あの娘を不憫に思ったんだろうさ」
「そうだなあ。エッカルトザウ伯爵夫人は酷い仕打ちをしたっていうじゃないか」
「あの娘に罪はなかろうに」
「今でこそ、城への出入りも許されたが、男爵の養女なのに伯爵夫人が口出しして、質素な服しか着させてもらえないそうだ。あの気弱な男爵は、伯爵夫人の言いなりだもんなあ」
「それにしても、あの娘、日増しに綺麗になると思わないか? 着飾らなくても、なんというか、鈴蘭のような、俗世離れしている可憐さが……」
「柄にもないことを口にするな。お前、見たことがあるのか?」
猟師は、鍛冶屋の樽のような腹を小突いた。
「教会で、ちょっとな。まあ、エッカルトザウ伯爵夫人の娘より、遥かに美人だね」
「エッカルトザウ伯爵んとこの娘は母親譲りのちっこい目に、鼻が低いっていうからなあ」
「自分の娘より愛人の娘のほうが綺麗じゃ、伯爵夫人も面白くないんだろう」
「そうだなあ、伯爵の娘と比べりゃ、うちの娘のほうがよっぽど器量良しだね」
「お前んとこのが? 吸血鬼だって敬遠するね」
「お前の娘よりは美人だ!」
「あんた達、もう店じまいだよ。早く帰りな」
店の女主人が目の前のテーブルの上を片付けながら二人に声をかけた。
「おい、この雪が止むまで、もう少しいいだろう? しょっちゅう来てやってるんだから。あっちの隅っこにいる客はまだいてもいいのか?」
「なに寝ぼけているんだい。酔いが回って幽霊でも見たのかい。ずいぶん前からあんた達の他に誰もいないよ」
「そんなはずはないぞ。あそこの席に若い旅人が一人いたじゃないか」
「もう、ごちゃごちゃ言わないでとっとと帰っておくれ!」
「おっかしいなあ」
二人は雪の降りしきる青白い闇夜に放り出されて寒さで一気に酔いが醒め、首をかしげたのだが、思いつく答えもなく、寒さに肩を丸めてとぼとぼと歩いていった。
「シャナンの夫となる男が、まさか神父とは」
酒屋兼宿屋の店先にある老木のこずえに、若い男が腰掛け、帰路に着く二人の姿を見下ろしていた。その男は、鍛冶屋達が見たという旅人だった。その高さまで上るのは容易ではない。ましてや、先ほどまで酒を飲んでいて数分のうちにするすると登っていくなど、到底無理な話だ。それを成し遂げられるのは、人ではない。その男は、姿を変え、村の様子を伺いに来たカルンシュタイン伯爵夫人だった。
「それにしても、奇妙だ。この狭い村に同胞がいるというのか? それとも、我が一族を語る輩がいるのか」
村の吸血鬼の噂は、カルンシュタイン伯爵夫人の耳にも届いていた。だが、伯爵夫人には身に覚えのないことだった。この村は血で汚さない、あの娘がいるから。そう決めてこの村を訪れたのだった。
「バートリ神父か……こちらから出向いてやろう。あの娘を本当に幸せにできる男なのか、私が見定めようではないか。そして、あの娘の幸せを確認したら、早々にここを立とう。私は災いの種になるだろうから」
寂しい笑みを一瞬浮かべ、音もなく地上に降り立った伯爵夫人は、雪煙と供にその場を立ち去った。
こうしてバートリ神父とカルンシュタイン伯爵夫人は顔をあわせることとなり、運命の歯車があらぬ方向へと動き出したのだった。