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第86話 新しい思い出
冴子の言葉に、俺は血の気を失った。

『当たり屋』だったアオイを、今も連中は探してる。

水守がいる成和会だって、ひょっとすると水守から留守を預かっている地元居残り組みが、逃げ出したアオイのコトを探しているかも知れない。

どちらにアオイが捕まっても、いい状況だとは言えないし。

マズイだろ。


冴子に火の元を預けて、俺とコウは手分けをして海岸の一帯を探した。

防砂林の松林から、民家の細い路地裏。

まさかとは思ったが、点在する数箇所のコンビニも、店内までクマナク探す。

「どうだ?」

俺は焦る気持ちを抑えながら携帯を握った。

−「コッチには来ていないみたいだぞ?」

「……そうか。もう少しアシを伸ばしてみるから、ソッチ、ヨロシク頼む」

−「了解」

全く……ドコに行っちまったんだよ?

こんなに心配させやがって。

時間だけが無駄に過ぎて、一向に手懸かりの無い状況に、俺は焦燥感を募らせた。



携帯での何度目かの遣り取りの後、俺達は示し合わせて冴子の許に戻って来た。

食い意地の張ったアオイのコトだ。

もしかすると、バーベキューの匂いでアオイが釣られて出て来やしないかと思った。

だけど、幾ら待っても、そこにアオイの姿は無かった。



日が傾き、水遊びに来ていた数組の家族連れも、いつの間にか姿を消していた。

満ち潮になって、波が幾分高くなっている。

海から吹いて来る風も、昼間の頬をなぶる熱さが消えて、肌に気持ちよく感じられる。


アオイがいなくなって、既に三時間近くが経過していた。

取りきしておいた肉もクーラーの中の氷で冷やされて、カチカチに固まりかけていた。

「どうする? これだけ探して居ないんだぞ?」

「判ってるって」

コウと冴子の視線が俺をさいなむ。

俺は居心地が悪くなって、ツイと視線を逸らせた。


海が見たいと言ったのはアオイの方だ。

俺はただ、アオイの希望を叶えて遣っただけ。

最後に見たアオイの様子からは、俺達から『逃げ出した』って風には見えなかった。

自分の意志で消えたって言うよりも、意に反して連れ去られたと見る方が自然だ。

しくはココに戻って来られない状況。

って言うか……俺的にはまだこの近くに居るような気がしているし。

「どうする?」

もう一度コウが訊ねた。

アオイが見付からないと、俺達だってココを動けない。

俺は返事が出来ずに視線を落とし、波打ち際を睨むようにして見詰めた。


アオイはこの砂浜を走っていたんだ。

俺の視線が、波打ち際で消え掛けている、アオイの点々と続いている足跡を見付けて停まった。

あの後アオイが走って行った方向に向っている足跡を辿る。

ずっと砂浜が続いていて、その先にはコンクリートで出来た三角形の巨大なテトラが整然と並び、海側に突き出して防波堤の役目を果していた。

足跡はそこで途切れている。

防波堤が置かれている場所は、それなりに波も高くなっている危険な場所だ。

子供なら、簡単に波に攫われてしまいそうだ。

三角形のテトラはかなりデカクて、入り組んだ中は、場所によっては人の背が届かなくて出られない場合もある。

まさかとは思ったが、俺は念のためそのテトラの防波堤に向かって駆け出した。


ドコからか、みゃーみゃーと仔猫の鳴き声が聞えている?

……気のせいか?

砕ける波の音で、よく聞えない。

俺は静かに眼を閉じて、聞えてくる音に集中した。

=「たす……んあ! あぶぶっつ!」

断続的な波の音に紛れて、消え入りそうなか細いヒメイが聞えた。

アオイ?

この声……って溺れてるっ???

俺は生きた心地がしなかった。

「アオイっ? 居るのかっ?」

俺は何箇所もテトラの穴に頭を突っ込んで、波音に消されまいと大声を出した。

「っあ、かさぁ!」

俺の声に反応した。

「アオイ!」

水面が上昇してしまい、頭だけ出して波に揉まれているアオイを見付けた。

両手を自分の頭より高く上げて、何か黒いモノを持っている。

それが仔猫だと気付き、俺はアオイの今までの経過がスグに飲み込めた。

アオイはココに居た仔猫を助けようとして、出られなくなり潮が満ちて来てしまった……ってコトらしい。

「コウ! アオイが居た! テトラの下だ!」

俺はそう言って携帯を切ると、砂浜で待機しているコウ達に向って大きく腕を振り、ココだと合図を送った。

コウが腕を振って、了解の合図を送って来る。

俺は海水で錆びると困るフィットのキーと携帯をその場に置き、Tシャツを素早く脱いだ。

躊躇せずに、アオイが溺れ掛けているテトラの中に脚から飛び込む。


海水は思っていたよりも深く、爪先で立つと俺の顔が出せるくらい。

アオイに至っては、両腕が遣え無いため、立ち泳ぎしか出来ない水位になっていた。

溺れ掛けのアオイの腰に片腕を廻し、顔を水面上に引き揚げてやる。

「げほ!げほごほ……」

アオイの戻した海水が唾液と混ざって俺の頭に掛かるが、この際仕方が無い。


「司ぁ! 大丈夫か?」

頭の上からコウの声が降って来た。

「おう、手ぇ、貸してくれ」

「よっしゃ! コイ!」

コウがテトラの上に寝そべると、冴子がコウの身体を抑えているのがチラリと見えた。

コウは半身を大きく乗り出して、俺達に両手を差し出す。

俺はアオイのウェストを両手で持つと、タイミングを見計らってひょいと持ち上げた。

「猫ちゃんが先ぃ!」

「へっつ?」

アオイは自分よりも先に、コウの手に黒い毛玉を渡した。

「イデデデ!」

黒い毛玉はコウの腕を素早く爪を立てて駆け上がり、引っ掻かれた痛みに、ぎゃー! と悲鳴を上げたコウは、俺達に差し伸べていた腕を引っ込めてしまった。

「っちょっとおおぉっつ?」

俺はコウがアオイを受け取ってくれたと思って安心していたのに、両手に掛かったアオイの重さは変わらない。

「う、うわ?」

波が俺のバランスを崩し、ぐらりと身体が傾く。

そのまま俺とアオイは、テトラの中の海水をイヤというほど飲まされた。


「このバカっつ!!!」

アオイを無事助け出した俺は、ベソを掻いているアオイに向ってキツイセリフを吐いた。

ぐっしょりと頭から濡れてしまったアオイは、セーラー服の生地を通して地肌がホンノリと透けている。

ノーブラだったアオイの乳首のピンク色も、幼児体型の腹にあるヘソの窪みも、肌に張り付いた布地から、薄っすらと透けて見えていた。

思わずドキリとさせられる。

アオイの幼児体型は風呂場で見て確認済みだが、このシチュエーションはサスガに俺を煽ってくれた。

俺は、ナンだか恥ずかしくなって、ソレをゴマカスために、一層キツク言い放つ。

「心配掛けさせやがって! あのまんま俺達が気付かなかったら、どーするツモリだっつ!!!」

「ふぇ……」

俺のケンマクに驚いたアオイは、冴子に抱き付いてわんわん泣き出した。



「そんなコト、アオイちゃんだって判っているわよ。クドイわよ? 司」

冴子がアオイを庇い、ジロリと俺を睨み付けて凄んだ。

……おっ……

気勢を殺がれる俺。

「ンだよ。お前シツコイぞ?」

☆おおっ!?

コウまでアオイの味方かよ?

俺って何気に悪役にされてンじゃん?

「んな……俺はアオイに注意をだなぁ……」

「っだぁー。判り切ったコト言うなよ。ウゼーし」

言い掛けた出鼻をくじかれて、俺は二人の言い様にムッとなる。

「ってゆーかさぁ、コウと司、服脱ぎな?」

「えっつ???」

冴子の大胆な発言に、俺達の声がハモった。

「いいから早く脱げっ!」

苛々しながら冴子が鋭く言い放つ。

「……怖ぇえ〜〜〜」

コウがボソリと呟いた。

俺達はワケが判らずにTシャツを脱ぐと、続いてそれぞれがベルトに手を掛けた。

まだ昼間だって言うのに、冴子ってば大胆な……

って思ったら……☆

「ダレが下も脱げって言ったのよ? 上だけでいいのよ! 上だけで!」

顔を真っ赤にした冴子が興奮して激怒った。

俺達からTシャツを引っ手繰ると、アオイに優しく声を掛けて立ち上がる。

「覗いたら、殺すわよ?」

「……う」

殺気を放った視線で、冴子は俺達を一睨みすると、アオイと一緒に防波堤の向こう側に消えてった。

冴子とはえっち関係も在った俺なのに、ナンだかヨソヨソしくってイヤだなぁ〜と思ったら……

俺よりももっとショック受けていたコウが隣に居たし。


  *  *


「おいしい〜んっつ☆」

俺達の身ぐるみを奪い取ったアオイと冴子も加わって、四人プラス仔猫一匹の食事が始まった。

事前に連絡を受けていた冴子は、気を利かしておにぎりまで用意している。

いつもの雰囲気とは違った食事に、アオイは大袈裟過ぎるくらいに感激していた。

「アオイちゃん? こういう外での食事ってある?」

「ううん、遣ったことないよ?」

「そう。でも、こういうのもナカナカでしょ?」

「うん!」

コウ達と仲良く馴染んでくれたアオイに、少しだけホッとする俺。

俺の思惑も達せられて、ナンとか明日からの仕事に専念出来そうだ。

「それはそうと……」

俺はアオイが抱っこして放さない、真っ黒の仔猫に眼を向けた。

既に仔猫は、生意気にもバーベキュー用のカルビ肉を三枚もタイラゲて、ちっこい腹が、パンパンに膨らんでいた。

「その猫、どうすんだ?」

「……え?」

アオイは仔猫をぎゅ! と抱き締めた。

『ウチは猫なんて飼えねーぞ?』なんて言い出せない空気。

「あの……か、飼っちゃダメ?」

上目遣いでおずおずと言うアオイ。

「……」

俺は困ったって顔をして、ジッとアオイを見下ろした。

「う……こ、この子、ケガしてるの。だからあそこから這い上がれなくって……」

アオイは嫌がる仔猫の右脚を軽く引っ張って、傷口を俺に見せた。

「アオイ? 野良猫だろそれ。エサ遣って飼い馴らすと、独りでエサを獲れなくなっちまう。下手に親切心出すの、良くないぞ?」

「だ、だからケガが治る間だけ……」

「……」

俺はマジで困ってしまった。

俺だって恵理のマンションの居候なんだ。

その居候にアオイって言う女の子が転がり込んで、今また仔猫を飼いたいと……

「アオイちゃんはその仔猫どうしたいの?」

冴子が優しく訊ねる。

「あのね? ……ずっと……ずっと一緒に居たいな?」

そう答えた後、アオイは不意にソッポを向いた。

ずっと独りだったアオイの身の上を知っている俺は、それ以上何も言えなくなってしまう。

「よっしゃ! じゃ、ちゃんと世話をして遣るんだぞ?」

「って?」

な、ナニぃい???

隣で食ってたコウが、絶妙のタイミングで口を開いた。

「オ、オイ! この場合お前が許可してどーすんだよっつ?」

俺はコウを睨んだが、先に『ダメだ』って否定出来なかった俺の負け?

ナンだかハナシの流れで、アオイには仔猫のオマケが付くコトになってしまったし。

「コウさん……ありがと」

アオイがコウに擦り寄った。

「見たか司ぁ〜! 美少女ゲットだ!」

冗談っぽく笑って親指を立てたコウだったが、次の瞬間には冴子に殴られていた。

「いっだぁ〜☆ 冴子ってばジョークなのにぃ〜」

涙眼になったコウ。

殴られた頭を撫でながら、持って来たエコバックから打ち上げ花火を取り出した。

「仔猫ちゃん連れて、少し離れていなよ? 音でビックリして逃げちゃうかも知れないからな?」

コウはアオイに優しく放し掛ける。

「ふーん、アタシにはそんな事言ってくれないんだぁー」

コウの背後で腕組みをして、上からコウを見下ろす冴子。

冴子に首を絞められ、コウの悲鳴が上がる。

……ナニ遣ってんだか……

でも、凄く仲がヨサゲで羨ましかったりする。


俺とコウは手分けして、音の出る打ち上げ花火の棒を、砂浜に一列に刺して並べた。

二十連発の打ち上げ花火や噴水みたいに地上三メートルもの火の粉を吹き上げる花火に、ネズミ花火、線香花火。

落下傘が落ちてくる仕掛け花火や、人形の尻からモコモコと妖しい物体を出す花火(?)なんかで俺達は大いに愉しんだ。


「じゃ、またな?」

「愉しかったわー?」

片付けをして、それぞれが二台の車に別れて乗り込む。

アオイの行方不明騒動で迷惑を掛けてしまったが、コウと冴子は『そんなの気にするな』って笑ってくれた。

「おう! 冴子、明日から頼む」

「いいわよ? アオイちゃん、明日ねー?」

「うん! ありがとー。おやすみなさーい!」

コウのランエボが先に出発した。

ハザードを三回点滅させると、曲がり角に消えて行く。

俺は片手を上げてランエボを送り出し、ふと顔を上げて夜空を見上げた。

満天の星空が、初秋の澄んだ夜空一面に、散りばめられていた。

綺麗だ……

珍しく、素直に思った。

久し振りにコウ達と愉しかった時間を過ごせた。

心がクリーンになって洗われた気がする。

……序盤は納得出来なかったが……な?

「おい、アオイ? 空見てみろ」

ドアを開けて、先に乗り込んでいるアオイを覗き込んだが、アオイは既に寝入って夢の中だった。

両腕で抱いている仔猫までが、軽い寝息を立てている。

俺は安らかに眠る天使みたいなアオイの寝顔を、初めて見たような気がした。

ま、しょーがねーか。

イロイロあったもの……な?

俺はアオイの寝顔で納得すると、運転席に身を滑らせて、ハンドルを握った。

「……う?」

ケツからモモの辺りに、湿った厭な肌触りがして、俺は思わず顔を顰めた。

そういや俺、アオイを助けようとして、ジーンズのまま海に飛び込んだな?

簡単にはパンツごと乾かねー。

キモチワリィ☆


  *  *


「アオイ〜、着いたぞ? 起きろ?」

「えぇ? う……ん」

寝惚けた返事が返って来る。

仔猫が先に目覚めて、アオイの膝から俺の膝へと身軽にジャンプした。

仔猫は全身が真っ黒で瞳の色が碧色。

すらりと伸びた長い四肢は、アオイと同じ外国の洋ネコか?

「お? オヌシ出来るな?」

冗談で言った言葉に、仔猫が『ふみゃ〜ん!』 と返事する。

……っあ、ナンか……いいっつ!

甘える仔猫の鳴き声を聞いた俺は、へなへなと脱力してしまった。

コイツ、恵理やアオイよりも手強くなりそうだ。

「はっつ? ネコちゃん?」

膝の上から消失した存在感に、寝惚けていたアオイは一瞬で眼が覚めた。

「ほらよ?」

俺は仔猫の首根っこをチョイと摘んで手渡した。

う〜ん、いいライバルになりそうかなぁ〜。


マンションに戻った俺は、海水で毛並みがゴワゴワになった仔猫を先に風呂に入れるようアオイに言った。

「ほら、アオイ〜、ノミ取りシャンプーだ」

猫用のノミ取りシャンプーを片手に風呂場のドアを開けた俺は、そのまんまコウチョクしてしまった。

真っ裸のアオイがコッチに背を向け、洗い場にぺたんと座り込んでいた。

前に置いてある洗面器の中には、湯を嫌がって暴れている仔猫が、洗面器のフチにシッカリと爪を立ててしがみ付いている。

あっつ、アオイが猫と一緒に風呂に入ってるぅううう〜〜〜!!!

「ナンで一緒に入ってンだ?」

一応、ソイツは野良ちゃんだろ?

ノミもさっき見付けて、大騒ぎしたばっかなのに。

気持ち悪くねーのかよっつ???
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