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自宅で見た馬鹿女……課長は、フツーの女じゃなかった。
独りで生活している者だったら誰でもしている家事一般さえも、マトモに出来ない超ルーズな女だった。
まあ、大手企業の社長令嬢なんだから、お手伝いさんが週に何度か来てくれるらしいが……それって自活してるって言うのかな?
俺は社内での凛々しくもカワイゲのナイ課長しか知らなかったのに、自宅でネット小説を読んで嬉しそうにしている課長の姿につい、欲情してしまった……
第6話 計略?
俺は殴られた左頬を手で押さえて壁にモタレ、片膝を立てて座り込んでいた。
 
頬がチリチリとうずき、血の味が口中に拡がっている。

「う……そ」
 
両肩から力が萎えた。
 
……そうなんだ。
 
課長は俺とは違う――
 
三人姉妹の末娘で、二人の姉とは違ってただ独り『白石』という母方の姓を名乗っている。
 
『社長の娘……そんな目で見られるのはイヤ』
 
そう言って『木村』の姓を名乗るのを嫌ってはいたが、課長は正真正銘の大企業、木村工業株式会社のご令嬢――
 
本来なら、SPセキュリティが傍に控えてたっておかしくは無い。
 
ダラシナイ本能に任せている俺とは全く違う。
 
別の世界の女なんだ……と、この時にハッキリと思い知らされた。 
 
今までの俺なら、そんなヤバイっつか、面倒な女……コッチから願い下げだった。

『ウゼ〜ンだよッツ!』
 
その一言であっさりとカタを着けられるホド。
 
なのに俺は……課長を意識して……いる?
 
……ナンでだ?

「も……う。や……止めてよね? い、いきなりこんなコト……するの……」
 
必死に強がっているのがモロ判り。
 
終わりの方は、声が震えて涙声だった。
 
いつもの獲物を追うキツイ瞳がくすんで見える。
 
あれ? ……課長ってコンナに女っぽかったっけ?

「……ごめ……」
 
それだけ言うのが、精一杯だった。
 
居心地が悪ィ……
 
普段のチャラチャラしていた俺はどこかに消え去っている。

今更謝っても……きっと課長は俺の事、許してはくれねーんだろうな……?

「あ? う、ううん……び、びっくりした……だけよ?」
 
慌てて課長はそう言って俯いた。
 

「……」
 
暫らくして、俺は立ち上がった。
 
そしてハンガーに掛けてあったヨレヨレの俺のスーツを手に取った。

「どこに行くの?」
 
背中に課長のすがるような視線を感じていた。

「帰る」
 
サラリとカッコ良く言ったつもりだった。
 
……だけど、下着姿のままでカッコもナニも……ねーよな?

「……」
 
課長は俺のその姿をじっと見上げた。

「……ふっ……」
 
ベソを掻いていた顔が、徐々に緩んで来る。

「?」
 
ひょっとして、俺のこの格好でウケてるのか?
 
いつまでもメソメソされるのは困るが、俺の格好をサカナにして吹き出されるってぇのもなんだかな?

「ぷぷっ……」
 
遂に課長が吹き出した。
 
オイオイ、勘弁してくれよなー?

「くすくす……帰るの? でもどうやって? ここって、会社から二十キロ以上も離れているわよ?」
 
課長の言葉に俺の動きが停まった。

「……ウソ?」
 
二十キロ……かぁ……
 
途端に憂鬱になった。
 
車が無い俺に残されているのは自分の足だけだ。 

やっと空腹が満たされたとは言っても、徒歩での二十キロはチト辛過ぎる。

「また仮眠室? 今頃行っても正門は閉鎖されているし、裏門だって正式な上司からの承認許可が無いと開かないわよ?」

「今ここで、課長が承認を俺にくれれば良い事じゃないっスか?」
 
俺は口を尖らせた。

「それは上司として出来ないわ!」
 
課長は毅然とした態度でぴしゃりと撥ね付ける。
 
おっ? 元の課長に戻ったのかぁ?

「ナンで?」

「理由が無いもの」
 
……おっしゃる通り。

「理由……ですか。それなら、どうして俺をココに連れて来たんです? 部署内でひっくり返ったから? メシ喰って、もう元気になったんだから、自由にしてやっても良いようなものでしょう?」
 
ってぇ、俺って犬・猫と同レベルかぁ? ……チョット我ながら悲惨だなぁー。 

自分で言っててナンだかおかしくなった。
 
今度は俺が吹き出しそう。

「……出来ないわよ……そんな……」
 
課長は小声でそう言った。
 
そして少し困った顔をして、視線を俺から逸らせる。

「課長が自宅に俺を連れて来たってぇコト自体、俺は未だにナットク出来ませんが?」
 
ま〜だ言ってら……俺ってシツコイ?
 
実を言うと、俺はトックにおおよその察しは付いていた。

課長が俺のコトを……その……まあ、雰囲気で判るだろ?
 
だけど、敢えて俺は課長の口からソレを言わせようとしているんだ。
 
……意地悪か?

「あ……だからそれは……」
 
答えに困りながらも、課長は俺に向き直った。
 
暫しの沈黙。
 
二人の視線が絡み合う……
 
おっつ? ナンだか良いカンジ?


「その……」
 
ピンポーン
 
言い掛けた課長の言葉を遮る形でチャイムが鳴った。
 
二人の良いカンジの『間』が寸断される。


「ちわーっ、宅配便でぇーす」
 
課長は「助かった」とばかりに玄関へと急いだ。

「ちえっ」
 
インターフォンから聞える明るい声が、恨めしく思えた。

 
大きなダンボールを抱えて、課長はリビングへと遣って来た。
 
見た目のワリには軽そうに抱えているが……何だろう?

「良かったぁ。今日中には届かないのかと思っちゃったぁ」
 
カッターでガムテープを切り、ガサガサと中を開ける。

「ほら」
 
中から取り出したのは、男物の衣類ばかりだった。
 
その一つを取り出して、得意そうに俺に見せる。

「なかなかの見立てでしょ?」
 
デザイナーズブランドの薄いグレーのスーツ。
 
へぇ……携帯の彼氏へのプレゼント……か?  

……それにしても、まだ一杯中にあるみたいだが……?
 
俺は携帯の彼氏がチョット羨ましくなった。


「サイズ、大丈夫だよね?」
 
課長が嬉しそうに言った。

「は?」

「横幅は無いから、Lで大丈夫でしょ?」

「? んな……何のコトっスか?」
 
一瞬、俺は話が見えなくてポカンとした。
 
課長は黙って下着姿の俺を見詰めた。
 
眼が覚めた時から、ずっと俺はランニングにトランクスで居る。
 
……チョット情けない格好だよな?

「その格好でウロウロされると困るわ」
 
課長は今更だが、目のやり場に困った素振りを見せた。
 
ナンだよぉ〜、俺が(未遂で)襲うまで平気だったクセに……

「……だから、ナニ?」
 
話が読めねぇ〜

「これ、着換え」
 
課長は手にしたスーツを俺に押し付けた。

「はあ?」
 
ひょっとして、俺の???
 
ウソ、マジで?

「えっ? これ……俺のなんスか?」
 
俺は箱にまだ入っている衣類の山を見て嬉しくなった。
 
おおっつ、下着から着換え一式揃ってら。

「ええ。全部」
 
俺は手放しで喜んだ。
 
さすがは一流企業のご令嬢。

どれもが一流ブランドだ。品揃えが違っているのは俺だって判る。

これだけでもかなりな金額になるハズだ。

「気に入って貰えた?」

「いや〜、気に入るもナニもナイッショ。助かります」

「そう、良かった」

「結構な金額だったでしょ?」

「まあね?」
 
課長は軽く顎を引いた。

 
そして、俺には思いも寄らない冷酷なコトを課長は平然と言ってのけた。

「全部、貴方の今月以降の給与振り替えだから」

「えッツ?」
 
手に持っていたスーツがバサリと落ちる。


「な……何ですかあぁあ?」

「これ、全部今月以降の貴方の給与からの引き落とし。天引きするようにって、経理には言ってあるから。自分の給与だから、気兼ねする事ないでしょ?」
 
課長は全く悪意のナイ笑顔でにっこりと笑った。

「……」
 
一瞬で、俺の頭が白髪になった気がした。
 
ちょっと……待て。

今月からの給料って、俺、車の修理代にと思って、当てにしていたんだぞーっつ!

 

実は俺、もう一台、旧式なのだが※ランエボを持っている。
 
学生時、いつも入り浸っていた修理屋のオヤジに「邪魔だ」とか「さっさと廃車にしろ」とか言われながらもオヤジのガレージに勝手に置きっ放しにしている。
 
燃費の悪い、しかも故障しているランエボが……
 
コイツを真っ先に修理してやろうと思っていたのに……

「……」
 
俺はガックリと肩を落とした。
 
……せっかく初任給で修理しようと思っていたのに……


「あら、ナニ落ち込んでるの?」

「……」
 
小首をかしげて不思議そうに課長は俺を見上げた。

「……」
 
ワザとじゃないんだ……ワザとじゃ……
 
課長は良かれと思ってのコトだろうし……俺だってこの状態のままだと困っていたハズだ。
 
……何かウラがあるのか? スンナリと納得出来ねぇ〜〜〜
 
いつもなら、ヤバイと勘ぐってサッサと「逃げ」に奔るのが俺のモットーだ。 

なのにこの課長ときたら、俺の勘を妙〜に狂わせちまう……


「どうしたの? 不満そうね?」
 
課長は腕組みをして俺を見上げた。
 
さっきのしおらしかった課長は、ドコに行っちゃったんだあ? 

しかも、その視線はなんだか俺の様子を見て面白がっているような……

「こんなに要らないですけど……?」

「あら、必要でしょ? だって……日高クン、ココで暮らすもの」

「え……???」
 
はいい?  

今、なんて……?

「行く当ても無いのでしょ? アタシは日高クンが家事をしてくれる条件でなら構わないけど?」

課長はそう言ってこれ見よがしに車(多分、フィット)のキーを俺に見せ、自分の顔の横で軽く鈴を鳴らすように振った。

「運転手さんもヨロシクねぇ〜」
 
くすっと笑った。

「……」
 
俺は絶句してフリーズした。

ココで暮らす? 

同居?

……それって同棲……?

「言っておくけど、さっきみたいにヘンな気は起こさないでね。手加減しないわ」

「……」
 
俺は、後から言った課長の言葉は全く耳には届いていなかった。

 
……ひょっとして……俺は課長に……拉致られたのか……???

※『ランエボ』=三菱ランサーエボリューション
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