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第1話 最悪の出逢い
「ヤベェ、あと五分も……ねーぞ……」

俺は焦った。

入社式に、よりにもよって朝寝坊してしまったんだ――

いつもなら深夜の峠を攻めている俺は、所謂いわゆる通勤ラッシュがこんなものだとは夢にも思っていなかった。

この時間帯はいつも寝てたもんなー。


一台前の車が結構車間距離を空けているのに……俺はそこに行きたくても、前は勿論左右の車に挟まれて身動きが取れねー。
 
コノヤロー遅刻したらどーすんだ?
 
俺は自分の事を棚に上げ、苛々しながら、左右のドライバーを睨み付ける。
 
「!」
 
視線が合った。

自慢じゃないが、タダでさえ目付きの悪い(=視力が悪いとも言う)俺のガン付けは半端じゃねー。
 
左車線を走行していたドライバーが俺の視線に反応した。

俺の目の前に自分の走行ラインが見えて来る。

よっしゃ!

一気にシフトレバーをセコに落してアクセルを容赦なく踏んだ――

駆動部が呼応して車体にパワーを送り込み、改造インテグラが軽く沈む。

「うあ?」

一瞬、視界がスローモーションを見ている状態になった。

俺の車が車線変更するよりも先に白い車が通過して、俺の侵入ラインを封鎖する。


――そのパールホワイトに輝くフィットのドライバーが、俺と視線を合わせた。

間抜けなツラをした俺を見て、その女は口元をゆるめてニヤリと笑う。

俺の全身の毛が逆立った。

事故る!

咄嗟とっさにハンドルを切り返す。

俺の車は情けなく白煙を曳いて、元の車線におどり込んだ。

「んぎっ?」

タイヤからアスファルトのグリッド感が失われた。

インテグラのパワーに押されたのか?

単なるいつものドリフトとは、明らかに違うこのカンジ。

ケツがブレて流される!
 
やべぇ!

車体後方からの突き上げられるミョーな感覚。

 
目の前で星が散った。



遠くで緊急車両のサイレンが鳴る――

あの女……俺を見て笑いやがった……

無性に腹が立った。
 
これでも俺は運転テクには一寸した自信を持っていた。

峠の日高ひだかって言えば、この辺で名前くらいは知っている奴も多い。
 
あの時だって、あの女さえ加速して来なければ……
 
待てよ? 

これって……ひょっとしてあの女の方が運転テクが上って事かぁ???


  *  *


「……君? ……日高君……」

遠くで俺を呼ぶ男の声が聞こえた。

「……は……い?」
 
俺は情けない返事をする。

「……?」

ぼんやりと俺の意識が現実に引き戻されて来た。

見た事の無い、白い天井……ココ何処だ?


「気が付いたかね?」

「……?」

誰だ? 

このオッサン……???

俺は親しそうに話し掛けて来る初老のオヤジに、何処かで会った気がしてならなかった。
 
濃いグレーのスーツをビシッと着こなしている上品そうな小柄のオヤジ……
 
うん? 待てよ? この人は……

「……ってぇ、し、し、社長?」

この人は、俺がこれから末永くお世話に……(なる予定)の木村工業(株)総取締役の木村総司社長本人だ。

思い出すのに時間が要った。

それもその筈。直接には、俺は採用試験で一度しかお目にかかった事が無い。

しかも会社の所有する体育館での社長挨拶に、遠すぎて米粒くらいにしか見えなかったぞ?

後は、TVや雑誌なんかのメディアで見かけた事があるくらい。
 
木村工業株式会社は、医療機器関連の自社開発・製造を一手に担い、海外でも幅広く活躍している、業界でも最大手の大企業なんだ。
 
その大手企業のCAD設計技師として、俺は見事この会社に採用されていた。

 
一気に俺は恐縮して飛び起き、怪我人である事も忘れてベッドの上で正座する。

「あ……」
 
俺から「社長」と呼ばれた紳士が、慌てて俺に腕を差し伸べる瞬間が見えた。

「ん、ぎゃー」
 
途端に激痛――
 
俺は無様にベッドから転げ落ちた。
 
傍に控えていた看護師が驚いて手を差し伸べる。


「きゃーっつははは……」
 
社長のすぐ後ろで控えていた人物が、甲高い黄色い声で派手に馬鹿笑いする。

「こ、これっ、恵理!」

「だあってぇーこの人、おっかしーんだもん。も、もお駄目……きゃはは……」
 
慌てて社長が、俺を見て馬鹿笑いしている女を諭した。
 
けど、もう遅い。
 
あンだとぉー?
 
俺は凄まじい激痛に顔をゆがめながら、その馬鹿笑い女を見上げて睨み付けた。


「くすす……ふーん」
 
一頻ひとしきり大笑いしてやっと落着いた馬鹿女は、俺に品定めをするような視線遣した。
 
野郎でも退いてしまう俺の眼光にも、全く怖じ気付かない処か逆に不敵に笑って睨み返して来る。
 
ナンだよ? 

コイツ……

「……?」
 
視線が合った俺の心臓がドキリと大きく鼓動した。
 
栗色のふんわりとしたユル巻きレイヤーカットに、パッチリとした二重の大きな瞳は、猫の様に気持ちつり上がっている。

スッと通った鼻筋に、ふっくらとした唇。
 
身長は百六十前後の標準。

体型はすらりとしたスレンダー体型で、腰の張りもイマイチなのに……胸だけはデカイッ!
 
ナンだよコイツ……
 
馬鹿女の外見は……その……詰まり……
 
……俺のタイプだった……(強調するが、『外見だけ』だからなっつ!)

 
「娘が失礼をした。大変な目に遭ったな? 折角の入社式にも間に合わなかったそうだね?」
 
社長はそう言って、馬鹿女を「娘」だと言った。

「失礼って何よ? アタシは自分の車線を真っ直ぐに走っていただけじゃない。コイツがイキナリ車線変更なんかしようとしたから後の車にぶつけられたんじゃない」
 
馬鹿女は口を尖らせて社長に抗議した。

『コイツ』って誰の事だよッツ! 

言い様にムッとなる。
 
そして馬鹿女の言葉に我に返った。

 
え? ナニ……じゃ、あの時のフィットはこの……

恵理えり!」
 
社長は馬鹿女の頭を軽く押え付けて、俺に頭を下げさせようとしたが、馬鹿女は社長の手を高慢に払い除けた。

「もぉ! チョッと! 止めてよ! だから、何度も言っているけど、アタシは何にも関係無いってばぁ!」

 
――馬鹿女は、本当に冗談抜きで社長の娘……だった。


 
制御不能になってスピンした俺の車は後続車に「オカマ」された。

その後、勢いで対向車線に押し遣られ、偶然にもスピード違反していた対向車両と映画のスタント真っ青に、派手に接触。
 
俺の車は廃車確実に大破した。

 
入社式の当日……
 
俺は、利き腕である左腕と鎖骨、そして肋骨二本の骨折と右足の裂傷他合わせて十七針の怪我をした。
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