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第2話……待合室の長い時間
2
荻窪駅から中央線で神田駅まで入った俺は構内を抜け、山手線のホームへと向かった。
山手線に乗る頃にはすっかりアルコールが体に回ったようで、気が大きくなっていたような気がする。
鶯谷駅で俺は降りた。
山手線区内東側よろしく、この駅も山手線と京浜東北線が併走している。
しかし、この駅の雰囲気は他の山手線の駅とは、趣きを異にしていた。
どこか寂しい雰囲気は、乗降者が少ないだけではないだろう。
俺はホームを歩きながら、携帯電話を出し、リダイアルでさっき電話した店にもう一度電話した。
呼び出しのコールが二、三度鳴ったところで威勢の良い男の声が耳に届いた。
「いらっしゃいませ。エンジェル・ベルです」
「さっき予約した者ですけど、今鶯谷駅に着いたんで……」
「わかりました。これからお迎えに上がりますから、お待ちください」
電話が切れたところで駅から出た俺は、自動販売機でお茶のペットボトルを買った。
半分ほど飲んだところで黒塗りの車が駅に横付けした。
運転席から男が降りてきて、近づいて来た。
「エンジェル・ベルですけど」
「あ……お、僕です」
堅気じゃない雰囲気に圧倒された俺は、気圧されたように声を上げ、車内に滑り込んだ。
車に乗って、数分経ったところで車は見せ、ソープランド『エンジェル・ベル』に着いた。
吉原は日本でもっとも知られた歓楽街である。
その起源は江戸時代の初期に始まる。
もとは幕府の公認の遊郭として、現在の日本橋人形町辺りに開設されたのだが、一六五七年の明暦の大火によって全焼したことにより当時の江戸の端にあたる浅草に場所を移動して、現在に至る。
俺は車を降り、周囲を見回したが、そこは別世界である。
煌びやかなネオンが辺りを照らし、各々の店が腰を落ち着けたようにデンと構えた雰囲気だ。この場所はまさしく異世界だ。
『風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律』、略して『風適法』によって、東京都内で公に営業できるソープランドはここ、吉原しかなくなってしまった。
それも二〇〇六年の法改正によって、客引きが禁止されてしまったために以前のような活気が見れない。
これは吉原に限らず、日本中の歓楽街に共通して言えることだろう。
店に入った俺を案内役であろう男二人が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。本日はどういたしましょう?」
迎えてくれた男の一人が俺に尋ねた。
「六〇分のコースで」
「総額で二万三千円になります」
最近、ソープランドは総額表示が主流となった。
特に激安店はその価格がリーズナブルである。
ソープランドは元来、入浴料とサービス料の二種類の料金が存在する。
特殊浴場という名の銭湯であるため、客はまず店の入り口で入浴料を払う。その後、個室に通された時にソープ嬢にサービス料を払うという手筈になっている。
こうすることによって、店は客に対して風呂を貸しているだけであり、売春を斡旋しているわけではないという逃げ口上が使えるわけだ。
あくまでその場での行為はお互いの責任で行われているということである。
そのため、以前の風俗雑誌等での価格表示は入浴料のみだったため、客とのトラブルが絶えなかった。
俺も一回、入店したときにカウンターで怖いニイさんに捕まっている客を見たことがある。
今は明朗会計の店が増えて、客としては本当に安心だ。
俺は靴を脱ぐと、案内の男に促されて、店の奥に通された。
待合室は程よく広くなっており、四方の壁にぐるりと趣きのある椅子が並べられている。
待合室にはすでに何人かの客がそれぞれ好きなことをやっていた。
テレビに目を向けている客。マンガを読んでいる客。自分の携帯電話を触っている客。店から出された飲み物に口をつけている客など様々だ。
俺を案内した男が俺に飲み物のメニューを見せた。
俺はコーラを頼んだ。
コーラは程なくして来たが、その間、二人の客は送迎の車に乗り込むために部屋を出て行き、一人の客が奥へと通された。
それから数分経った頃だろうか、さっきの案内役の男がA4サイズの冊子を小脇に抱え、俺に近付いてきた。
「本日、ご用意できる女の子はこちらになります」
男は俺の前でひざをつきながら、冊子を俺に向けて開いた。
そこにはソープ嬢の写真が並んでいる。ポラロイドではなく、スタジオで撮ったような写真だ。
以前と違うのは写真がデジカメからのプリントになっているところだろうか。
俺は印が付いている三人のソープ嬢の中から亜里抄という娘を選んだ。
男は「承知しました。しばらくお待ちください」と言って、部屋から下がった。
それからまた、数分経った。
さっきの男がまた近付いてくる。
「お待たせしました。どうぞ」
俺は男に促されて、奥につながる廊下へ促された。
廊下の角を曲がって、手前から三番目の右の部屋の前で男は立ち止まった。
「ごゆっくりどうぞ」
男は会釈をしてドアを開いてくれる。
俺は快楽のひと時を味わうために、その空間へと足を踏み入れた。
目の前には三つ指で頭を垂れている女が俺を待っていた。
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