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一方、気の毒なエミリーです……
地下都市 7
 これ以上ないくらい悲しくて惨めだった。
 今までにも、叔父の元を一人立ちしてからは、随分とつらいことはあった。自覚が無いままの、エミリーの繊細に高いプライドを壊されるような出来事もいくつもあった。
 でも、もう耐えられないと思ったのは初めてだ。
 シーマスに怒鳴られるのも初めてではないが、こんなに激しく罵られたことはない。
 彼の言ったことは、全て本当のことだ。ガレンで勝手に怪我をして、皆の足を引っ張ってしまったこと。できることが少なくて、皆に迷惑をかけていること。
 そして、先日肌を合わせたシーマスなら、今の、切なく疼くエミリーの肉体を、何とかしてなだめてくれるのではないかと思ったことも。
 それを見透かされて拒絶されたことが、一番心に重く食い込んだ。
(もう私じゃ無理。もう嫌)
 今まで頑張ってきたけれど、パーティーの役にも立てず、仲間のシーマスに対して、こんな恥ずかしい姿を見られ、しかも哀れみの欠片もなく冷たく拒まれてしまった。もう平静で一緒にいられることなんてできない。
 誰か助けて。
 シーマスが出て行き、再び誰もいなくなった部屋で、切れ切れにそう呟きながら、エミリーは一人で泣き続けた。
 優しい叔父の顔が浮かぶ。
 私には一人でやっていくなんて、まだ無理だ。叔父に頼み込んで、もう少し助手を務めながら、何か職を探そうか。
 それはパーティーを辞めるということだ。
 冒険者に誘ってくれたセルヴィス。初めてできた親友のプリシラも脳裏に浮かんできた。パーティーを抜ければ、彼らとも縁が切れる。それは悲しかったが、かと言ってこのままパーティーにいても、何の役にも立たない。皆と一緒にいたいなら、シーマスに怒られないくらいに、もっと頑張らなければ。
(でももう無理だよ……精一杯やってるもの)
 端から見れば、縫い物ひとつできないエミリーは苦労知らずに見えるだろう。だが、だからこそ、何もできない彼女が何かしようとするのは、例えささいなことでも大変な努力がいった。
 そして無論、魔術の研究や鍛錬も手を抜いていない。まだまだ彼女は駆け出しだ。今度のガレンの調査にしても、下調べを含め、エミリーは力を尽くしたつもりだった。
 パーティーは抜けたくない。でももう頑張れない。
(助けて……)
 誰かに支えて欲しい。
 一言でいいから、エミリーの苦労をねぎらって、そして薬に冒されて、感情と肉体を昂らせる彼女を抱き締めて欲しい。
 ……ルーク。
 今までエミリーがつらいと思った時には、愛する叔父と両親の姿を励みにした。彼らに教えを受け、愛されたことが彼女の誇りだったし、彼らに励まし、慰めてもらう想像をすると、溢れていた悲しみが、静かにゆっくり沈んでいく気がしたからだ。
 こんなに悲しみに満たされている時に、ルークを思い浮かべるのは、初めてだった。
 自覚するのがやっとだった淡い恋は、静かに、しかし急速に色づいてきている。

「エミリー」
 男の声が降ってくると同時に、椅子の上に正座し、顔を覆って泣き続ける彼女の頭に、優しく手が置かれた。
 号泣していたエミリーが気づかない内に、誰かがそっと部屋に入ってきたようだった。
 そのあまりに意外な声に、彼女は嗚咽を抑えられぬまま、顔をあげた。
 シーマスだった。
 一度部屋を出て行ったはずの彼が、目の前で屈み込んでいる。
 その表情に、先ほど、エミリーが正視できなかったような激しい怒りは無かった。シーマスはそっとエミリーの頭を撫でた。
「ごめん。オレも苛々してて、言い過ぎたよ」
 温和な声で言い、彼は頭を撫でていた手を滑らせて、まだ流れ続けるエミリーの目元の涙と、号泣のあまり溢れ出た鼻水を親指で拭った。
 シーマスはどうしたんだろう。何故急に穏やかになったのだろう。
 エミリーは不思議に思った。
 次の瞬間、自分でしたことが信じられなかった。



 シーマスの頭にごつ、という音とともに、軽い衝撃が落ちてきた。
「でっ」
 痛いという程ではなかったが、予想もしなかったことなので、彼は思わず小さな声をあげた。
 目の前に、拭ってやったそばから、まだ涙を溢れさせているエミリーが見える。
(え……?) 
 不覚にも、ほんの一瞬、頭が真っ白になった。
 握り締めたエミリーの小さな右拳を見た。もしかして、今、エミリーはその拳でシーマスの頭を殴ったのだろうか。
 深く考える前に、今度は右頬が鳴った。
「たっ」
 今まで彼が女たちから食らった平手打ちと比べれば、やはり痛いという程でもないが、また声をあげてしまった。
 今まで誰に何を言われようと、ほとんど言い返したこともないエミリーが、シーマスの頭を拳で殴り、左手で平手打ちをくれたことが、相変わらず彼には信じられなかった。
「なによ……」
 大きな瞳は涙を零しながらも、まっすぐにシーマスを見据えていた。
「ひどいよ。あんなにひどこと言っておいて、いっつも私には謝るなって言っておいて、しれっとごめんだなんて、ひどいよ。ずるいよ」
 てっきりこちらが先に頭を下げれば、『私も悪かったの』とエミリーはすぐに詫びを受け入れると思っていたシーマスは、予想だにしなかった彼女の反応に困惑した。
「ああ……そうだね。ごめん」
 毒気を抜かれたように、半分呆然としてそう言うと、再び頭をはたかれた。元々腕力が弱いエミリーだったが、薬が効いているのか、あまり力が込められているようには感じられない。
「もう、いいもん。もう、いいよ」
 エミリーは目を閉じ、首を激しく振った。
「もういいって、何が? さっきのことは悪かったよ」
「いいの! 本当のことだもん。悪くないよ。でももう、いいの。もう嫌だもん。頑張ってきたけど、もういいんだもん」
 あどけない外見だが、年齢より大人びた話し方をするエミリーが、まるで幼女のように拙い口調で、意味のよく分からないことを繰り返している。
「だから、もういいって何が? そんなに泣くな」
 溜め息をつきながらも、再び涙と鼻水を拭ってやり、シーマスは辛抱強く問いかけた。
(これだから、泣いてる女は嫌なんだ……)

 部屋を出る寸前に耳にしたエミリーの呟きは、外に出たシーマスの胸に、いいようのない痒みを残した。
 これ以上、室内でエミリーと向かい合っているのは御免だったが、さっさと部屋を離れてしまえば、別の人間が入ってくるかもしれない。その人間に、あんな姿を見られてしまうのは、さすがにエミリーが哀れだ。
 散々罵ったものの、エミリーが憎いわけではないし、シャムリーナに頼まれた手前もある。彼女が戻るまでは、扉の前で他の人間が入ってこないように見張っているつもりだった。
 閉じた扉の前で、室内から微かに漏れてくるエミリーの盛大な泣き声を聞きながら、唇を噛んだ。
 誰か助けてと、まるで彼から逃れるようにエミリーは呟いていた。
 この状況で、エミリーが最も望んでいる助けは、ルークだろう。シーマスも、部屋に入る前までは、彼女の病状によっては、図書館前にいるルークを呼んできてやってもいいと思っていた。
 しかし今ルークを呼んで、半裸のまま泣いているエミリーがいる部屋に放り込んだらどうなるだろう。
 ルークの狼狽ぶりを想像すると、苦笑いしたくなったが、ほぼ同時に強烈な嫉妬を覚えた。
 今のところシーマスしか知らない、エミリーの艶やかな白い肌、弾力のある豊満な乳房と薔薇色の乳首までもが、ルークの前にさらされる。
 そのエミリーがああして泣きながらルークに助けを乞えば、生真面目なルークも心だけではなく、欲望も動かされるはずだ。
 リーダーのルークとエミリーが──例え肉体だけにしろ──結ばれれば、彼女にとって、先日のシーマスとの情交など、ものの数でもなくなるだろう。いい練習台だったくらいにしか思わないかもしれない。
 そして今後シーマスがいかに怒鳴りつけようとも、もうエミリーは泣くことはないはずだ。
 シーマスは廊下を見渡した。誰の姿も無い。辺りは静寂に包まれ、シャムリーナが戻る気配も無かった。
 彼はもう一度取っ手を静かに捻り、扉をそっと開けた。
 唸るようなエミリーの泣き声が耳に刺さった。まだ勢いを衰えもさせず、慟哭しているようだ。
 エミリーが泣き出しやすいとはいっても、いい年の女をここまで泣かせてしまったのは、自分の態度も大人げないだろう。幾分冷えた頭で、ばつが悪く思いながら、シーマスはエミリーに静かに近づいたのだった。

「ねえ、もういいって何? オレたちから抜けるってこと?」
 彼女の顔を拭いながら尋ねると、盛んに首を振っていたエミリーの動きが止まった。
 そのままエミリーは何も答えず、少し小さくなってきた彼女の嗚咽だけが響いた。迷っているらしい。
 シーマスは先に口を開いた。
「そんなこと言わないで。さっきは言い過ぎたよ。エミリーに抜けられたら困るよ」
 涙に濡れてすっかり湿った頬を撫でると、嗚咽に震える弱々しい声が返ってきた。
「だって、『もうやめちまえ』って、よく言ってたじゃない」
「それはほんとに駆け出しの頃の話だろ。今はそんなこと思ってないよ」
「違うよ……」エミリーは再びうな垂れて首を振った。「だって、それならどうしていつもあんなひどいこと言うの? 頑張った時は何も言ってくれなくて、失敗した時だけ怒られるんだもん。つらいよ」
 甘えてんじゃねえよ。
 子供の論理を延々と垂れるエミリーに対して、反射的と言ってもいい程の苛立ちが再び沸いた。
 やはりこの娘は、叔父に相当に甘やかされて育ったらしい。シーマスや、恐らく他の仲間たちが、とうの昔に学んで乗り越えたようなことを、十六にもなってまだ愚痴っているのか。
 十二になった頃に母親に手放され、以来、頑張ったからと言って誉めてくれる人間もなく、それでも何かしなければ飢え死にする。成長するまでの毎日を必死に生きてきたシーマスは、実の家族に大切に愛されて育ったであろうエミリーに、羨望と嫉妬を覚えた。 
 しかし、彼はその衝動をエミリーにぶつけるのをこらえた。それこそ、自分の甘えた八つ当たりだ。
 育ちは本人にはどうしようもない部分もあって、それを理由にエミリーを甘ったれや苦労知らずと罵るのは、不当だろう。
 以前にルークに「何故エミリーにばかりきつく当たるのか」と怒鳴られたことがある。他の仲間には何も言わず、エミリーだけを叱りつけるのは、弱い者いじめと同じだと彼は続けた。
 あの時、シーマスは我を忘れる程逆上し、遥か上にあるルークの胸倉を掴んだが、それは痛いところをつかれたからだ。
 今度のガレンでのことや、薬を吸い込んでしまったことだって、相手がプリシラであれば、シーマスはここまで腹を立てなかっただろう。それは普段から、戦士である彼女の世話になっているというのもあるが、彼女が恐ろしいからという理由の方が大きいはずだ。
 それに、エミリーがこんな弱音を吐いたのは、考えてみれば初めてだ。いつも黙って泣いているのは、シーマスに怒鳴られる度に、心に渦巻いてきた、こうした台詞を押し殺している為なのかもしれない。
 束の間、シーマスが己の態度を省みる間にも、エミリーは途切れ途切れに呟き続けた。
「私、不器用だし、頭の回転も早くないし……体力も無いから、せめてできることだけでもやろうと思ってるのに……。時間はかかっても、これから頑張ろうと思ってたのに……。そんな言い方ひどいよ。ひどいよ。この前だって……あんなことしておいて……」
(う。やっぱ覚えてたか……)
 当たり前である。
 シーマスは、最も扱いづらいところに話が及ぶにあたって、内心冷や汗をかいた。舌が回る彼にしては珍しく、どもりがちになる。
「あ~……あの……あれは……」
「だって……シーマスが内緒にしろって言うから、皆には……プリシラにも話してないのに。シーマスを脅すつもりだったなんて。そんなこと考えてないよ……」
(内緒? そんなこと言ったっけか?)
 シーマスは首を傾げた。
 記憶がぼんやり甦ってくる。そうだ。言った。
 あの時、女を抱いた直後の虚しさと苛立ちのまま、エミリーを置いてとっとと部屋を出ようとしたシーマスは、思いがけない場所で処女を失い、避妊薬を受け取ったまま呆然としているエミリーに、僅かに残った罪悪感と気遣いから、そう言って微笑みかけた覚えがある。
 まさか自分でも忘れていたような、ついでに出たような言葉を、馬鹿正直にエミリーが覚えて、守っているとは思わなかった。
 それに比べて、つまらない対抗意識から、うっかり自分はジェフリーに喋ってしまった。
「そうだったね。ほんとにごめん」
 シーマスは、椅子の上に正座したままのエミリーの頭を抱えて抱き締めた。
 気が治まらないのか、エミリーは右手で弱々しく彼の胸を押して、体を離そうとしている。少女が見せた僅かな反抗心が、シーマスの腹の底、怒りと異なる部分に火をつけた。天邪鬼の彼は、自分の意志に従わないものにこそ、却って執着する悪癖がある。
 エミリーの動きを封じるように、さらに背中に腕を回して強く抱き締めると、頬に彼女の髪が触れた。薄着のシーマスは、胸に押し付けられたエミリーの柔らかな乳房と、既に固く尖ったその先端の感触を感じた。
 下半身に急激に血が集まる。実のところ、先刻エミリーを怒鳴りつけていた時から、シーマスの股間は固くなり始めていた。
 顔をずらして、亜麻色の髪が張りついたエミリーの頬に口づける。
「ひどい……」
 少女は首を振り、シーマスの体から逃れるように肩を動かしたが、薬で弱っているのか、彼にとっては何の抵抗にもならないほどの力でしかなかった。
「ごめん。許して」
 深く考えずにそう囁いて、エミリーの瞼に口づけた一瞬だけ、二人の立場は入れ替わった。
 無口で無力で甘ったれなエミリーに、自分から赦しを乞い、膝をつく。彼女に使役されている錯覚を覚えた。
 唇に触れるエミリーの顔が熱い。
 嗚咽は収まりかけていたが、まだ彼女の細い肩は小さく上下していた。
 唇を触れ合わせる。泣いていた彼女のそこだけは、水分を失って乾いていた。唇を静かに押し開き、舌を差し入れると、今の今までシーマスを押し退けようとしていたエミリーが、僅かに顔を押し付けようとしてくるのを感じる。
 エミリーの手は抱き締められたまま、シーマスの薄い胸に当てられていたが、そこから押し返そうとする力は、ほとんど感じなかった。
 まだ薬が効いているのだろう。古代の薬は効き目が強いと聞く。何もせずに効果が薄れるまでは、まだ大分時間がかかるかもしれない。シャムリーナが解毒薬を作ってくるのにも、やはり時間はかかるだろう。
 先ほど自分が叱りつける前は、エミリーはあんなに切なそうにシーマスの助けを求めていたではないか。このまま放っておくのは、彼女が可哀相だ。
 しかし、また先日のようなことになってはまずい。
(触って、慰めてやるだけ……入れなきゃいいんだ)
 シーマスは、戸惑ったように身を固くするエミリーの、柔らかい乳房に手を伸ばした。



 実は小さな子供の頃、叔父の家に預けられるまでは、エミリーは癇癪持ちだった。
 現在の彼女を知る人間は驚くだろうが、幼少時のエミリーは、両親に叱られたり、自分の思い通りにならないと、腕や足を振って暴れ、時には物を投げつけた。
 叔父の家に行ってから、それがぴたりと止んだのは、叔父に嫌われたくなかったからだ。
 両親は何をしても自分を愛してくれるだろうという、子供特有の傲慢な思い込みがあったが、叔父は血が繋がっていても、親ではない。預けられている身では、彼に疎まれるようなことをすれば、即刻実家に戻されてしまうだろうと、子供心に考えた。
 知識が豊富で、両親よりも魔術の実践に長けた、優しい叔父をエミリーは好きだった。早熟で頭が良い彼女は、叱られる前に、彼の望むべき態度を身につけていた。
 そして叔父の方も、年の離れた繊細な姪を気に入っていたので、魔術の修行に関しては厳しかったが、エミリーに対して暴力を振るったり、声を荒げるようなことは決してなかった。
 互いに最適の距離を取っていた師弟の間に、感情のぶつかり合いなどはほとんど起こらなかった。
 物心ついて以降、他人の前でこんなに癇癪を起こし、あろうことか人を殴ったのは初めてだ。しかも相手は、エミリーが常々一番苦手としているシーマスである。
 しかし、さっきはもう、彼に嫌われようと、憎まれようとどうでもいいと思っていた。あれだけ失礼なことを言っておいて、ほんの一時も経たない内に態度を翻して謝ってきた彼に、一瞬安堵したが、次の瞬間、それを許せなく思った。
 シーマスにどんなに罵られても、エミリーは悲しくなるだけで、彼に怒りを感じたことはない。殴りたい程憎たらしいと思ったのは初めてだった。

 そのシーマスは、殴ったエミリーに逆上することもなく、素直に謝り続けて、彼女を抱き締めて口づけした。
 彼の体温に包まれると、急速に力が抜けて、また頭が甘くのぼせ、えも言われぬ幸福に満たされる。寂しさと孤独に乾いていた心に、澄んだ湧き水が流れ込んでくる。
 シーマスに対するなけなしの意地から、必死に自制していた意識の手綱をつい手放すと、あっという間に体が弛緩し、解放感が溢れた。
 優しくエミリーの口の中を探るシーマスの舌を飲み込むように、さらに彼に顔を寄せる。
 シーマスは抱き締めていた彼女の背中から手を離し、二人の体の間にある、エミリーの胸のふくらみに触れた。彼の手の温かさを感じると共に、短い溜め息が漏れた。
 そのまま静かな動作で乳房が揉まれる。先ほど自分で触れた時より、力強く温かい感触に、エミリーは陶然とした。頭の中が薔薇色に染まっていく気がする。
 指先でその中心を擦られる。息を呑んだ。
 シーマスはそのままエミリーの首筋に唇を押し当て、舌を這わせた。鎖骨辺りの皮膚を強く吸われる。
「あ……う」
 痛いほど強い、その深い口づけに、エミリーは小さく呻いた。背中がぞくぞくする。
 シーマスはそこから顔を離すと、エミリーの背中を抱えて、椅子の上に横向きに正座していた彼女を、背もたれに寄りかからせ、きちんと座らせた。彼自身は床に膝をついてエミリーと向かい合っている。そうすると、エミリーの目線のやや下にシーマスの顔があった。
 彼は再びエミリーの乳房を掴んだ。恥ずかしいと思ったが、体が動かない。両腕はだらりと左右に垂れたままで、制止や拒絶の言葉すら出なかった。
「エミリー、さっき一人でこうしてたの?」
 気のせいか、慈しみのこもった目でエミリーを見つめ、乳房を弄びながら、シーマスは尋ねた。 
 エミリーが返事も返せずにいると、乳首がつまみあげられた。
「あっ……」
「答えて」
 重ねて問いながら、シーマスは人差し指の腹で、エミリーの乳首を円く撫で回した。その動きにつられて乳房も僅かに揺れる。
 エミリーは視線を落として微かに頷いた。
「薬が効いてるんだね。……淋しかった?」
 今度は左手で、エミリーの右の乳房を揉みしだきながら、再びシーマスが尋ねる。その表情は、欲望に高ぶっていた先日と違い、どこまでも穏やかで優しかった。
 切なさに胸を締め付けられるような気持ちで、エミリーが小さく何度も頷くと、シーマスは乳房に顔を埋めた。
 生ぬるい、濡れた舌の感触に、体が僅かに震える。
「一人じゃこんなことできないでしょ」
 固い乳首に何度もキスをし、時折味わうように舐めながら、彼は囁いた。
「う……ふっ……あ」
 溜め息に震える声が混じる。息がさらに荒くなってきた。

 シーマスの手が服の裾に潜り込む。
 脚を撫でながら這い登った彼の手は、何度かエミリーの太ももを撫でると、軽く閉じた彼女の脚を開かせた。
 抵抗しようとしたが、全く力が入らない。なすがまま、シーマスの手を両脚の間に受け入れるしかなかった。
 相変わらず乳首に吸い付いていたシーマスの表情が変わったをエミリーは見て取った。そこがあまりにも濡れているので、さすがにシーマスも驚いたのだろう。そう思うと、どうしようもなく恥ずかしかった。 
「エミリー、すごい……。びしょびしょ。こんなにして、つらくなかった?」
 湿った下着の上から、無造作に彼女のそこを撫でて、シーマスはエミリーを見つめた。
 彼の顔にはやはり、哀れみと気遣いしか表れておらず、エミリーは安心と共に、そこに欲望が見て取れないのを残念にも思った。エミリー自身はこんなに興奮して、切ないほどだというのに、彼女の体を慈しんでいるシーマスには、何の欲望も呼び起こさないのだろうか。
 いつもなら、はしたなすぎて、考えもしないようなことを思い、エミリーはうら悲しくなった。
 シーマスは片手で器用にエミリーの下着の紐を片方解いた。
 そして濡れそぼった彼女の秘唇にそっと触れる。
「ああ……!」
 背中を丸めて身を強張らせ、エミリーは叫んだ。喉元まで溢れ返ったのは、飢えが満たされようとする歓喜だった。
「エミリー……」
 答えるように彼女の名前を呼んだシーマスの声が、初めて僅かに情欲にぶれた。だがすぐにまた冷静な声が続ける。
「一人でどこ触ってたの? ここ?」
 彼の指先は、ぬめるエミリーの秘肉の奥、体内への入り口を優しく撫でた。
「……それともこっち?」
 指が滑り、裂け目の端の陰核に触れた瞬間、エミリーは体を仰け反らせて叫んだ。
「ああっ! そっち……」
 もうまともにシーマスの顔を見られず、目を閉じて快楽に身をゆだねる。彼の指は小刻みにその肉の突起を強く撫で始めた。
 体が震え始める。
「ああっ、あ……あ……!」
 自分でも抑えようのないほどの甲高い嬌声が溢れた。自らの手で触れていた時とは、比べものにならない、熱く激しい愉悦が、体全体を通って、脳髄にまで突き刺さる。
「誰のこと考えてしてたの?」
 シーマスは指の動きを少しずつ早めてきた。あまり開発されていない、エミリーの小さな陰核は痛いほどの刺激を感じたが、彼女の体内に浸透した古の薬は、それを甘くくるんだ快楽として、彼女の脳に伝えた。
「うう……あ……! ああああっ!」
「ちゃんと答えろ。やめちゃうよ」
「いやっ、やめないで……あ!」
「じゃ言って。誰に触られてるって想像してた? ルーク?」
 エミリーは、快感のあまり涙すら流しながら、激しく首を振った。
 もう先ほどのことなど覚えていない。この瞬間、彼女に取っての他人はシーマスだけだった。
「違う……シーマスだよ」
「ほんとか? オレのこと想像しながら、一人でしてたの? 嘘つくなよ」
「本当だもん……ほんと……あ! ああああっ!」
 乱暴なほどに、増々激しくなるシーマスの動きが、さらに鋭い快楽を呼び込む。強く撫でられる部分が、火がついたように熱くなった。呼吸が浅くなって、息苦しい。
「待って……あ……わ……だめ……!」
「何もダメじゃないよ、エミリー。もっと気持ちよくなっていいんだよ」
 激しい手の動きとは裏腹に、静かに抑えたシーマスの声が、耳から染みてきた。
 いつの間にか床についた足が爪先立ちになり、力も入らずに小刻みに震える。体の芯から、金属の糸でも通されたように、全身が徐々に強張り、そこを伝って恐ろしい程の愉悦が流れ込んでくる。全身に広がった。意志に反して、腰ががくがくと動いた。
「わ……ああーっ! あっ、あっ、あ……!」
 もはや声を抑えることなど、思いつきもしない。喉を振り絞って叫んだ。
 腰が椅子から持ち上がり、背が弓なりに反る。目を閉じて暗かった視界が、一瞬白く明るくなった。



 媚薬で高ぶっていた少女の体は、しばらく陰核を刺激すると、達してしまったらしい。
(幸せな奴……)
 呆れの混じった微苦笑を浮かべ、完全に体を緩めて、手足を投げ出しているエミリーを眺めた。
 先日初めて男を知った少女が、快楽の絶頂を覚えるまでは、さらに何十回と男と抱き合い、肉体を目覚めさせなければならないはずだ。中には生涯それを知らない女もいるらしい。
 それが媚薬のおかげで、二度目にして、エミリーは深い恍惚を知ったのだ。見た目よりも感じやすい、彼女の体のせいもあるかもしれない。しかしシーマスの愛撫が巧みだったのが、最大の理由ではないだろうか。
「エミリー」
 囁いて彼女の額を撫でる。
 肩を僅かに上下させたまま、エミリーは目をうっすらと開けた。夢見心地の視線が、ようやくシーマスを捕らえた。
「気持ちよかった?」
 尋ねると、少女は何度も頷いた。
 そのおぼつかない仕草が、シーマスの胸に愛しさと、もっと熱い、苛立ちに近いものを呼び起こした。
 シーマスは彼女のローブの裾を大きくめくりあげた。
「やだ……」
 エミリーの微かな呟きが聞こえたが、彼女の体は全く動こうとしなかった。
 片方だけ紐をつけた下着が、太ももの半ばあたりで、半端にまとわりついているが、彼女の一番大切な部分は、シーマスの目の前で露わになっていた。
 何度もすりあげた陰核あたりは、そこから溢れた愛液にまみれ、髪よりもやや色の濃い、淡い褐色の恥毛を輝かせていた。
 両手でエミリーのふっくらとした太ももを開かせる。再びエミリーの弱々しい声が降ってきたが、無視する。実際、全く抵抗なく脚を開かせることができた。
 そこは快楽にまみれて、熱く息づいていた。この前も思ったが、こんなに可愛らしい少女なのに、両脚の間には、愛しく醜怪なものを飼っている。
 再びシーマスはそこに指を伸ばした。今度は裂け目の下の方、エミリーの体内へと通じる入り口に触れる。温かい愛液がからみついた。
「あ……」
 弛緩していたエミリーの脚が、心持ち強張り、甘い声が漏れ聞こえた。
 一度達したからと言って、薬の効き目が切れるわけでもないだろう。それならエミリーはまだ肉体が疼いてつらいのかもしれない。
 そのまま指を押し込めると、濡れて僅かにざらついた感触に包まれた。
「あっ、ああああ!」
 少女の深い嬌声が聞こえる。前の時のように縛り上げているわけでもないのに、エミリーの両手は、シーマスを押し退けるでもなく、体を隠すでもなく、何かに耐えるように椅子の座面を握り締めていた。
 エミリーの温かい体内で指を動かす度に、湿った音と、彼女の喘ぎ声が響く。
「なんだ、エミリー。一回いっちゃったのに、まだ気持ちいいの?」
「だって……」
 指を使って、膣を愛撫したまま問うと、エミリーは声を震わせて、何か言おうとした。しかし、かすれて声にはならなかった。
「だって、何?」
「……まだ……薬が……」
 答えようとする少女の呼吸は、獣のように荒い。本能と欲望に従う彼女を可愛いと思った。
「そうだね。まだ薬が効いてるんだよね。別にエミリーがエッチなわけじゃないんだよね」
 エミリーは答えずに、潤んだ瞳をシーマスに向けた。思いがけず彼の心臓も高鳴る。 
 エミリー一人で達してしまうのは不公平だ。
 先日抱いた時とは違い、恥も忘れて、全身で快楽を貪るエミリーの姿をずっと見ていたシーマスの股間も、熱く固く膨れ上がっている。もはや痛いほどだ。
 シーマスは一度指をエミリーの中から引き抜いた。掌のあたりまで愛液に濡れた指に、いくつか白い筋までまとわりついている。
 目を落として、彼女の膝をもっと大きく開かせ、再びエミリーの秘唇を覗く。
「や……やだ……見ちゃやだ」
 エミリーの声は、計算し尽された女の媚を帯びている。彼がそれを聞いてやめるとは、思ってもいないのだろう。
「見られて興奮してるくせに、寝言言ってんじゃねえよ」
 乱暴に言い、そこを押し広げると、薔薇色の肉襞の奥に、粘液に潤みきった入り口が見えた。エミリーが喘ぐ度に、そこも呼吸するように蠢く。
 だめだ。
 こんなに男を欲しがっている、この場所を放っておくなんて、可哀相過ぎる。
 緩く開きながら、愛液を溢れさせるその入り口は、涎を垂らしているようにも、泣いているようにも見えた。
(可哀相に。今オレが……)
 シーマスは素早くベルトとズボンの留め具を外し、下着も押し下げると、屹立した一物を取り出した。
 避妊薬も持っていないし、合体してはさすがにまずい。
 そうも思ったが、もうこらえきれない。ほんの少し、シーマスは逡巡した。
 椅子に座ったエミリーが、切ない瞳でシーマスを見ている。

 思ったことは言え。相手が汲み取るのを待つな。
 先ほど、彼はエミリーにそう言った。だが、今は一言もエミリーに言わせるつもりはなかった。彼女の望むことを、彼女自身より正確に捉えたつもりだった。
 シーマスは不安定な椅子から、エミリーの小さな体を抱えて、ずり下ろすように、木造りの床に横たえた。エミリーの金色の髪が、床に柔らかく広がった。
 改めて脚を広げさせ、その間に体を割り込ませる。
 組み敷かれたエミリーは、頼もしそうにシーマスを見つめていた。女にそんな瞳で見つめられたことはない。衝動的に、シーマスは彼女の唇をついばんだ。
 猛った男性器官を、エミリーの入り口にあてがう。その濡れた感触だけで、暴発しそうになった。
(先っぽだけ……動かさなきゃいいんだ)
 熱くなった意識の隅でそう呟き、シーマスはゆっくり自身をエミリーの中に突き入れた。
 エミリーの顔が大きく歪む。
 眉を寄せて、目を閉じ、唇を噛んでいる少女は、快楽というより、苦痛に耐えているようだった。たった一度しか異物を入れたことがない、彼女のそこは、まだ狭い。まとわりつく肉の感触もきつく、溜め息が出るような快楽を伝えてきた。
「エミリー、痛い?」
「痛い……」そう答えながら、エミリーは首を振った。「でも平気。平気だから、抜かないで」
 やっと目を開けて、下から見つめ返す少女の言葉に、再び愛しさが溢れかえった。感情をこらえる為に、シーマスも唇を噛んだ。
 誰が抜くか。
 シーマスは一気に深く、根本まで凶器を打ち込んだ。エミリーが僅かな呻きを漏らして、体を固くする。
 そのまま彼は、エミリーを気遣いながらも、腰を動かし始めた。ここでやめるなんて無理だ。エミリーだって、そんなことは望んでいない。 
(中で出さなきゃいいんだ……)
 エミリーの手が背中に回される。
「シーマス……」
 震える声で、彼の名前を囁く少女は、激痛に瞳を潤ませていたが、涙を流してはいなかった。
 こんなに愛らしい、小さな少女をどうして泣かせてしまったりしたのだろう。
「エミリー」
 腰を振り続けながら、シーマスはその重みでエミリーを押し潰すように体を預け、彼女の頭を力一杯抱きしめた。 



 暗くなる。視界が全てシーマスの胸で塞がれる。
 脚の間に突き刺さり続ける激痛の中、その暗闇と息苦しさは不思議な安堵をもたらした。エミリーも夢中で男の背中にすがりついた。
 先ほどまで感じていた快楽など欠片もない、体を引き裂くような痛みが続くだけなのに、エミリーはこの時間がもっと続けばいいと思っていた。
 他のことを全て忘れて、たった二人で──それがシーマスが相手であっても──、ひとつの目的に向かって、同じものを見つめ、同じ熱に浮かされる。
 その至福と引き換えなら、膣に突き刺さる痛みも耐えられるし、それに耐えることすら甘美なもののように思えた。
 シーマス。
 彼女は何度も彼の名を囁いた。そして返事を返すように、シーマスもエミリーの名を呼んだ。
 彼に愛されていないことなど分かっている。自分も彼を愛してはいないだろう。
 それでも、こうしてひとつになっている間は、シーマスこそがエミリーにとって、最も大切で唯一の相手だった。
「エミリー……泣かないで」
 相変わらず彼女の顔を胸に抱き締めながら、潤んだ声でシーマスが囁いた。
「泣いてないよ」
 エミリーの返事は、彼の服に包まれた薄い胸の下でくぐもって潰れた。
 事実、彼女は今は泣いていなかった。シーマスに叩きつけられた言葉の数々に比べれば、この甘い激痛は何でもない。
 シーマスは再び体を起こし、両手を床について、幾分激しく彼自身を突き入れ始めた。痛みが激しくなったが、ここで彼に気を使ってもらって、動きを緩められるのは、エミリーの望むところではなかった。
 シーマスを喜ばせる為に、この痛みに耐えているのだろうか。それは不思議な気がしたが、真実はそうではないだろうと思った。
「エミリー……ごめん」
 泣いてなどいないというのに、シーマスはまた指で彼女の涙を拭うように、目尻に触れた。
 体を揺らされながらエミリーは首を振る。
「ううん、いいよ。もういいよ」
 詫びるシーマスに赦しを与える。とてつもない満足感が、エミリーの中に満ちた。
「よくないよ。ほんとに……ごめん……あ……!」
 シーマスが呻き、顔を歪めた。再びエミリーの頭を抱き締める。彼女もきつく彼に抱きついた。そのまま彼の痙攣と呻きが止むまでの僅かな間、まるでシーマスを守るようにその頭を支えていた。



 扉の前まで来て、シャムリーナはためらった。
 エミリーの師匠の研究室入り口はぴたりと閉じられている。当たり前ではあるが。
(どーしよ……)
 師匠に薬を作ってもらったものの、果たして中に入っていいものかどうか、彼女は迷った。
 エミリーの看病をシーマスに頼んだのは、咄嗟のことだったが、ジェフリーに言われたように、失敗だったかもしれない。
『あんな鬼畜に、エミリーの面倒見させるなんて、それでも友達かよー』
 ジェフリーは、シャムリーナが、エミリーとシーマスが既に肉体関係を持っていることを知ってて、シーマスをエミリーの元へやったことを責めていた。具合の悪いエミリーが、シーマスに好きなようにされてしまうのではないかと、恐れているようだった。
 しかしシャムリーナにしてみれば、一度抱き合っている相手だからこそ、冷静にエミリーの面倒を見てくれるのではと思ったのだ。エミリーもシーマスと肌を重ねたことを、死ぬほど後悔しているわけでも、彼を恨んでいるわけでもないようだった。
 ただ、シーマスが、エミリーと交渉があったことを、ジェフリーのようなお喋り男にあっさり話してしまったことは、若干腹立たしかった。
 だが、こうしていても仕方ない。さっきの自分のように、エミリーを前にして、シーマスも困っているかもしれない。一刻も早く薬を届けなければ。
 しかし、「面倒を見る」というあたりを、具体的に想像すると、どうも部屋に入りづらい。もしかして、もしかすると、室内で何事か行われているかもしれない。
 シャムリーナは、廊下に誰もいないのを確かめると、そっと扉に耳を寄せた。
 中で何か聞こえないか、耳を澄ませる。僅かに物音がするような気がするが……。
「何してんだよ」
「わ」
 背後からの声に、シャムリーナは文字通り飛び上がった。振り返れば、随分前に、師匠の私室から追い出したジェフリーが立っている。
「やだ、脅かさないでよ。なんで、こんなとこにいるの?」
「そんなん、どうでもいいじゃん。オレも薬もってきてやったんだよ」
(つけてたな……)
 師匠の部屋から追い出す際、非常に気がかりそうだったジェフリーの態度を思い出す。好奇心が旺盛な彼は、立ち去らずに、シャムリーナが出てくるまでどこかで待っていて、後をつけてきたに違いない。あるいは、シャムリーナと師の話を外で立ち聞きしていたかもしれない。
 ジェフリーは、そんなことを考える彼女の前に小さな袋を出して見せた。
「何それ?」
「避妊薬。早く中に入って、エミリーを助けてやれよ。あの野獣に襲われてるかもしれないだろ」
「野獣って……。男が皆自分みたいだと思わない方がいいよ。あたしがすぐ戻るのを分かってて、シーマスがエミリーに変なことするわけないでしょ」
「オレは全然……」
 何か言いかけたジェフリーの体が横に倒れた。急に目の前の扉が押し開けられたからだ。
 その向こうからシーマスの顔が覗く。彼は扉の前で立ち尽くすシャムリーナと、開いた扉に押されて尻餅をついたジェフリーを、眉を寄せて見下ろした。
「何やってんの? 薬できたんなら、早く持ってきてよ」
「ああ、はいはい」
 シャムリーナは、こっそりシーマスに視線をやり、彼が先ほどと全く変わらない様子なのを確かめると、胸を撫で下ろして室内に入った。
 部屋の奥で、三脚の椅子を並べた上に、エミリーは横たわっていた。その体の上に、エミリーの叔父のものらしい外套がかけてある。
「エミリー」
 彼女の前に膝をついて呼びかけると、親友は目を開けた。まだ意識がはっきりしないのか、焦点が定まっていない。
 ついエミリーの服装や、その周辺に情交の痕跡を探していると、背後からシーマスの乾いた声が聞こえた。
「オレがたまたま熱さまし持ってたから、飲ませといた。少し落ち着いたみたい」
「ありがとう」
 振り返って礼を言い、早速シャムリーナはエミリーの体を起こして、調合してもらった粉薬と、水筒から注いだ水を飲ませてやった。
「色々ごめんね、シャミー」
「ううん。大事にならなくてよかった」
 師匠の薬も、そうすぐに効くわけではないだろうが、シャムリーナを見つめるエミリーの瞳には、先ほどのような不必要に熱い情熱はもう無かった。安堵する。
 ついでにシーマスにエミリーを送っていってもらおうと、シャムリーナはもう一度振り返ったが、そこにはジェフリーの姿しかなかった。
「あれ? シーマスは?」
「用事があるからっつって、すぐ出てったよ」
 ジェフリーは、顎で部屋から覗ける廊下の奥を差したが、既にシーマスの姿は見えない。
「ほら、見なさい。ちゃんと看病してくれて、やっぱ優しいじゃない。避妊薬なんかいらないよ。ジェフリーみたいに、女と見ればハメようとする人とは違うのよ」
「失礼な。それじゃ動物以下じゃんか。お前、奴にだまされてるんだよ」
 惚れっぽい性質のシャムリーナは、ジェフリーの言うことなど耳にも入らず、シーマスに対してやや心をときめかせながら、叔父が帰るまで、エミリーをここで休ませておこうとした。
 再びエミリーの体を椅子に横たえ、まだ汗ばんでいる彼女の顔を、ハンカチで拭ってやると、彼女の白い首筋に赤い痣があるのに気づいた。
(あれ、こんなのあったっけ……?)
 いや、ない。エミリーに大接近した先ほどは、確かに無かった。
(……後でエミリーに話を聞かなきゃ)
 それに念の為……。
「じゃー、オレはもう帰ろっかな」
「待って」退屈したように背を向けるジェフリーに、シャムリーナは呼びかけた。「やっぱり、さっきの薬、置いてってくれる?」



(やっぱオレには無理でした……)
 ほんとにすんません、と誰に向かってだか分からないが、シーマスは謝った。
 結局またやってしまった。
 触るだけで、入れなければいいと思ったが、入れてしまったし、動いてしまったし、中で出してしまった……。
 生憎、避妊薬の持ち合わせも無い。ジェフリーなら持ち歩いているかもしれないから、頼み込んでもらってもよかったが、シャムリーナがいたあの場所では、それも具合が悪かった。
 エミリーに子供でもできたらどうしよう。
(時間よ、戻ってくれ)
 虚しい祈りを捧げながら、シーマスは中庭を力無く歩いて出口に向かった。

 エミリーの中で果ててしまった後、彼の重みの下で痛みに喘いでいた彼女は、完全に体を弛緩させて、床に横たわってしまった。
 興奮からすぐに冷めたシーマスは、慌てて下着をはき、ズボンの前を止めた。
「エミリー、起きろ」
「うん……」
 睦み合った後そのまま、エミリーは乳房をむき出し、大きくまくったローブの下で、愛液と精液にまみれた秘所までさらけ出して、寝転がったままだ。返事はするが、動く気配が無い。
 やばい。そろそろシャムリーナが戻ってきてもおかしくない。
「エミリー。服直せ。シャミーが戻ってくるぞ」
「ん……」
 頷いたものの、やはりエミリーは腕すら動かそうとしない。シーマスとの交わりが、それほどよかったのだろうか。
 それはそれで嬉しいが、今は困る。
 シーマスはエミリーの上半身を抱え起こして、両手で抱えると、再び椅子に座らせた。小柄な体でも、腕力の無いシーマスには重労働だ。
「エミリー。頼むから起きて、服直して。乳出てるって」
「うん……」
 椅子に座らされても、エミリーはまだぼんやりしている。
 シーマスは再び彼女のローブをめくり、股間に残る二人の情交の痕跡を、仕方なく自分の袖で拭ってやった。ずり落ちていた下着を穿かせ、紐を結び直す。
 服の裾を直した後、エミリーのはだけた胸元もしまいこんで、紐を結んでやる。
(なんでオレが……)
 下着はともかく、胸はエミリーが勝手に露出させたのではないか。
 彼は椅子を三脚とも並べ、簡易の長椅子のようにした上に、エミリーを横たわらせた。
 二人の体液で汚れてしまった、服の袖を隠すために、少々捲り上げる。
 そうする内、シーマスの耳は、扉の外の微かな話し声を捉えた。誰かが来る。
(大丈夫だよな……)
 ざっと部屋を見回し、近くの外套掛けに掛かっていた大きな外套を手に取ると、横になったエミリーに被せてやった。これで、多少服に乱れがあってもごまかせるだろう。
 それを終えるとすぐに、シーマスはこちらから先に扉を開けようと踏み出した。
 その手に、寝転がったままのエミリーが触れた。僅かに指先だけ触れたに過ぎなかったが、シーマスの注意を引くには十分だった。
「ありがとう……」
 幻聴かと思うほどの小さな囁きが聞こえた。
 シーマスは屈んで、エミリーのこめかみに一瞬だけ口づけると、扉を開ける為に部屋を横切った。

 図書館前にはまだ人待ち顔の数人がたむろしていたが、そこにルークの姿は無かった。
 恐らく、調べ物が終わってセルヴィスと帰ったか、彼を待っていられずに、一人で戻ったのだろう。
 そういえば、彼はエミリーにメダルを返したいと言っていた。
 シャムリーナから助けを求められた時、すぐにエミリーの為にルークを呼んでやらなかったのは、正しかったのか、間違っていたのか、シーマスには分からなかった。
 ルークなら、あんな真似をせずに、媚薬で高ぶるエミリーをうまくなだめて、シャムリーナを待っていたかもしれない。そう思うと、エミリーに申し訳ない気もした。
 彼女は最後にありがとうと言っていた。
 薬で意識が朦朧としていた中、エミリーの望み通りに快楽まで導いてやったことに礼を言っていたのだろうか。
 どちらにしても、起こったことは戻らない。とにかく、薬屋で避妊薬を買い、夜こっそりエミリーに渡してやらなくては。
 大学の門を出たシーマスは、なじみの薬局へ向かって、昼の賑わう通りを歩き始めた。



 薬を与えられ、シャムリーナに見守られて、徐々に体の熱が冷めていくのを感じながら、エミリーはまどろみ始めていた。
 媚薬の効き目が完全に切れた後に、今日自分でしたことや、シーマスとの間に起こったことを、身悶えするほど恥じることになるのだが、今の彼女は知る由もない。
 あれほど怒鳴りつけられたシーマスが、何度もエミリーに詫び、望むままに快楽を与えてくれたことが、小気味よいほど嬉しかった。
 夢うつつの中、同じ失敗を繰り返さないように明日からも頑張ろうと、ひたすら前向きにエミリーは考えていた。
 幸福だった。
 

<地下都市:おわり>
 
やっと、この話はおしまいです。
長くなってしまいました。
ここまで辛抱強く読んでくださった方、本当にありがとうございます。

緊張感を出す為に視点を変えすぎて、ちょっと混乱が出てしまいました。
ひとつの試みだったのですが、あまり効果をあげなかったようです。今後、頑張ります。

また別の話を書いた後、続きに戻りたいと思います。
間が空くとおもいますが、目に留める機会があれば、また読んでいただけると大変嬉しいです。
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