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警告   この作品は<R-18>です。 18歳未満の方は移動してください。
『冒険の合間に・宿屋にて』という話の続編です。
未読の方は、興味あれば、目次と文末のリンクからどうぞ。

RPG的世界が舞台のR-18話です。
一応、前回のお話が分からなくても読み進んでいただけるようには書いています。


※7/20付けの内容より、若干加筆しました。
地下都市 1
 器用に動く色白の指を見ていて、この人はどうやって女の人を愛するのだろうと思った。
 続いて赤面した。今、何を考えていたのだろう。
「できた?」
 顔をあげたミクエルから目をそらすように、エミリーは再び膝上の縫い物に目を落とした。脇の部分に綻びができた肌着だ。それを繕っている最中だった。
 エミリーの手元を覗いたミクエルは、小さく唸った。繕っているはずの綻びは、何故か広がっている。
「ごめんなさい……」
 うなだれるエミリーに、ミクエルは微笑んでみせた。
「仕方ないよ。できないから練習するんだから。最初からすんなりできちゃうことより、練習して努力してできるようになったことの方が価値があるよ」
 そう慰めるミクエルの縫い物の方は、破れ目が綺麗に縫い合わされており、別の上着の袖口の綻びも繕ってある。
 時間が無いから、とエミリーの手から肌着を受け取ったミクエルは、彼女の目の前で見事な針裁きを見せ、多少いびつにはなったものの、あっという間に脇を縫い合わせてしまった。
「じゃあこれ、エミリーが縫ったことにしておいてね」
 ミクエルが幾分顔を赤らめ、エミリーに手渡した肌着は、同じパーティー仲間の女戦士、プリシラのものだ。
 動き回ることが多い彼女は、よく服や肌着に破れ目を作るが、エミリー同様、縫い物ができない。いつも綻びができると、ミクエルに繕わせていた。人の好い聖職者のミクエルは、それを嫌な顔もせずに引き受けていた。
「じゃあ、僕は教会に行かなきゃいけないから」
 縫い終わった服を、パーティーが使っている客室に置いた後、一度食堂に戻ると、ミクエルはそう言って外に出ようとした。
 もう一度テーブルに座って寛ごうとしていたエミリーは、慌ててミクエルに向き直る。
「あ、あの、私も図書館に行くから、一緒に出るね」
 ミクエルは不審そうな様子もなく頷くと、食堂に残って、カウンターで宿の主人と話し込んでいる仲間に向かって出かけてくると声をかけた。他のパーティー仲間は出かけていて、宿に残っているのは彼だけだ。
 振り返ったシーマスは軽く頷くと、すぐに店の主人との話に戻った。



 エミリーたちはこの賑やかな大都市に拠点を置く、冒険者グループだ。
 いわゆる何でも屋で、隊商の護衛から荷物運び、怪物退治などを行っては、報酬を得て生活している。時には古代の遺跡に潜り込んで、宝探しなどをすることもある。
 エミリーの師匠である叔父も、元は冒険者として遺跡に潜り込んでは、古代の歴史の謎を解き明かしてきた。
 魔術師や学者といえば、エミリーの両親のように、建物に籠って、ひたすら書物と向かいあって研究を続ける者も多いが、叔父のように直接遺跡の探索や発掘に出かける人間も少なくはない。
 育ての親とも言える叔父の影響を多分に受けて育った彼女も、半年前に彼の後輩にあたる人間に誘われて、このパーティーに入った。
 エミリーも、十六になった。そろそろ独立するか、そうでないなら実家に戻って結婚を考えなければならない年頃だった。
 裕福な家で、やや過保護気味に育てられたエミリーは、叔父の家に預けられるまで、身の回りのことや家事の手伝いなどは一切したことがなかった。そして、叔父の家で魔術の修行を始めた後も、面倒見のよい叔父が家事を取り仕切っていた為、掃除、洗濯、裁縫、料理、何ひとつしたことがなかった。
 叔父の元を離れ、広い世界に一人で飛び込んでみて、エミリーは自分が今までいかに叔父に頼って生きてきたか、いかに無力か思い知った。
 魔術師としては一人前になったからといって、それだけで生きていけるものではない。
 野宿をする時など、特にできることもなく、忙しく立ち働く仲間たちを見ながら、ただぼんやりしている時、せめて何かできるようにならなければと思った。
 久しぶりに街に戻ってきて落ち着いた時間があるので、手始めにミクエルに裁縫を習おうとしたのだが、そうすんなりとはいかない。自分が人並みよりかなり不器用だということをエミリーは知った。



「でも、エミリーが縫い物ができるようになると助かるな」教会と大学へと続く道を辿りながら、落ち込む彼女を慰めるようにミクエルは言った。「僕がエミリーやプリシラの服を縫ったりするのはやっぱりちょっとね……」
 エミリーと同い年で、パーティー最年少の少年僧は穏やかな苦笑いを漏らした。
「ごめんね、いつも」
 人の好いミクエルに向かって、エミリーはひたすら恐縮する。プリシラに比べて、エミリーは丁寧に服を扱うが、それでも長く着ていれば綻びもできる。
 ミクエルに頼むのも申し訳ないが、かといって自分で繕うこともできず、まごまごしているエミリーを見て、結局プリシラが自分の分と併せて強引にミクエルに頼んでいるのだ。
 しかしさすがにプリシラのように、下半身に着ている下着の繕いまでミクエルに頼む気にはなれなかった。
「あ、僕はいいんだ。でも、エミリーたちが気まずいんじゃないかと思って……」
 気後れしているエミリーに、慌ててミクエルは微笑みかける。
 瞳の大きな、優しい顔をしたミクエルは、同性のプリシラを除けば、パーティーの中でエミリーが一番安心できる相手だった。
「そういえば、体調はもういいの?」
 エミリーは一昨日の昼からベッドで寝込んでいて、昨夜やっと起き出したところだった。修道士であるミクエルは、薬湯などを作って持ってきてくれた。
「うん、大丈夫。ありがとう」
「縫い物はまた教えるから、無理しないで」
 大学の図書館前で、そう言って教会に向かうミクエルと別れた後、小さな溜め息をついてエミリーは館内に入った。
 一昨日この図書館には来たばかりだ。
 最近懐が暖かいので、エミリーたちはいよいよ地下遺跡の探険を計画していた。目指す遺跡の資料を調べ、必要なところは書き写してきたのだが、運悪くそれが台無しになってしまった。もう一度書き写さなければならない。
「エミリー」
 いささか重い心持ちで、エミリーが図書館の受付に入ると、聞き覚えのある声がした。受付の席に座って、手を振っているのは、シャムリーナだ。
「シャミー、久しぶり。無事だったのね!」
 エミリーは顔を輝かせて、彼女の手を取った。
 シャムリーナはエミリーと同じく、大学に籍を置いて魔術の研究をしながら、冒険者稼業をしている。年頃や背格好も近く、共通点の多い二人は、知り合ってすぐに仲良くなった。内気なエミリーの数少ない友人の一人だ。
「うん。一昨日帰ってきたの」
 エミリーの手を握り返しながら、シャムリーナは微笑んだ。
 彼女たちのパーティーは一月ほど前に、護衛の仕事で街を離れていた。
 流浪の身とはいえ、予定を過ぎても帰ってこないので、何かあったのではと心配していたところだった。何があってもおかしくない冒険者稼業だが、エミリーはまだ知り合いや仲間の死に直面したことはなかった。
 シャムリーナの受付の仕事が終わる夕方に、一緒に夕食を食べる約束をして、エミリーは書庫に続く階段をあがった。
 心配していた友人の姿を見て浮き立っていた心が、書庫に入ると少し重くなる。二日前に写し取ったのと全く同じ資料を作らなければならない。
 

 安いが、不潔すぎない食堂で、二人はジュースで再会を祝った。強度の下戸であることも二人の共通点だった。
 しばらくはシャムリーナが街を出ていた間の冒険譚が続いた。南の方まで足を伸ばし、かなり危険な目にも遭ったらしいが、幸いなことに彼女を含め、パーティー全員が無事に帰ったようだ。
 エミリーの方は、平凡な荷運びの仕事しかしていないので、物珍しく南の町の話などを聞いていた。
「それで、どう? 最近、ルークとは何かいいことあった?」
 ひとしきり近況の報告が終わって、食事も済む頃、デザートを食べながら十代の女の子が持ち出す話は、大体決まっている。シャムリーナは目を輝かせて、エミリーに尋ねてきた。
 エミリーは仲間たちのリーダーである、戦士ルークに恋心に近い好意を持っている。
 彼が同じパーティーの仲間だということで、一番の親友であるプリシラにも告げられなかった時、話を聞いてくれたのがシャムリーナだった。
「えーとね……うん……何も無いかな」
 エミリーは視線をテーブルに落とし、意味も無く甘い焼き菓子の表面をつつきながら、小さな声で答えた。
 気がつくとルークの姿を目で追っている。なのに、視線を返されるとそらしてしまう。彼の側にいると、鼓動が早くなって、落ち着かないような気持ちになる。それが怖くて、そして味わい過ぎると失ってしまうような気がして、エミリーは自分から距離を取ってしまう。
 これがほとんど初恋となる彼女には、ルークを早く手に入れ、向かい合いたいという欲求はそれほど無かった。同じパーティーにいて、つかずはなれずの距離で見つめているだけで満足だった。自分が動いて手に入れるよりも、彼が自然に自分を好きになってくれればいいと思っていた。
「そうなのー? 何もしてないんだ」
「え……」
 シャムリーナの言葉の真意を測りかねて、エミリーは菓子をいじっていた手も止めて硬直した。
「あ、何もって、そういう意味じゃないつもりだったんだけど……。告白とかしたのっていう意味で……」
 シャムリーナも慌てて言葉を継ぎ足す。エミリーはひきつったような顔で笑いながら、首を勢いよく振った。
「でも、大丈夫? ルーク、カッコイイからさ、ぼやぼやしてると他の女にもっていかれちゃうかもよ?」
 シャムリーナの声を聞きながら、エミリーは一人鼓動が高まるのを感じた。
 今のシャムリーナの言葉を考えていたからではない。エミリーの心の中には、重苦しいような、それでいどこか甘酸っぱいような思いが、ずっと渦巻いている。
 プリシラや他の仲間には吐き出せない。でも一人で抱えるにはあまりにも切なく、やるせない。
「うん……でも同じパーティーの人だし、そんな簡単には……」
 エミリーの答えを聞いて、同じ冒険者であるシャムリーナも頷きながら大人びた溜め息などついた。
「そうだよねえ。軽々しく行動して気まずくなったら嫌だもんね。……でもさ~、そんな悩みがあるなんてある意味幸せだよ。あたしんとこの仲間なんか見世物小屋か、怪物博覧会みたいだから、パーティーの中で恋愛なんてありっこないけどさ、エミリーたちはイケメンばっかだもんね」
「そうかな……」
 エミリーは首を傾げた。確かに周りの冒険者たちに比べると、エミリーの仲間たちには強面がいない。もっとも、内気で男嫌いの気すらあるエミリーは、いかにも荒くれ者がいるようなパーティーにはそもそも入らなかっただろうが。
 シャムリーナのパーティーとは、縁があって、互いのメンバーを交えて何度か飲んだことがある程度の仲だが、正直なところ、エミリーは彼女のパーティーのメンバーをあまりよく覚えていなかった。しかし、シャムリーナの方はエミリーの仲間たちのことをそこそこ覚えていたらしい。
 シャムリーナなら、また話を聞いてくれるかもしれない。
 カップに注がれた柑橘のジュースを一口飲む。
「あのね、シャミー」
 エミリーが俯きがちに口を開くと、シャムリーナは自分の話を止めて、黙って耳を傾けてくれる。内気なエミリーにとって、気長にじっくり話を聞いてくれるシャムリーナは、安心して心の内を吐露できる人間だ。
 それでもどこから話したらいいのか、エミリーは何度も口ごもった末に、どうにか小さな声を絞り出した。
「あのね、あの……どうしていいか分からない、というより、どうしようもないけど、考えちゃうことがあって」
「うん。何かあったの?」
 シャムリーナはジュースを飲みながら、静かに次を促す。
「……シーマスを覚えてる?」
 またしばらくの沈黙の後に、また焼き菓子の縁をもじもじと指で押しながら、やっとエミリーはそう尋ねた。シャムリーナはあっさり頷く。
「覚えてるよ。そっちの盗賊だっけ? ちょっと目つき悪い感じの人だよね。エッチうまそうだけど」
 菓子をもてあそんでいたエミリーの手が止まり、彼女の顔にあっという間に血が上った。
 目ざといシャムリーナは、何となく話の中身が分かったようだ。目を見開いて、これまで以上に身を乗り出してきた。



 二日前、エミリーは探険する予定の遺跡の資料を作り、宿の自室に持ち帰った。
 資料を一度荷物の中に入れようとして、その前に少し目を通しておこうと、つい読み込んでしまった。
 昼食時の部屋には誰もいなかった。
 強固な集中力を持つエミリーは、目を通している資料に夢中になり、仲間のシーマスが部屋に入ってきたことに気づかなかった。
 エミリーのパーティーの男性陣には、冒険者にありがちな粗暴な人間はいない。半年もの間寝食を共にしてきたが、女性として身の危険を感じたことはなかった。生活を共にし、力を合わせて危機を乗り越えれば、相手の人となりも分かってくるし、信頼も生まれる。
 シーマスはパーティーの盗賊で、エミリーとは最も相性が悪かった。育ちのいい彼女ののんびりしたところが気に障るらしく、しばしば叱りつけられていたが、エミリーはその彼に対しても、根本的な部分では信頼を置いていた。
 それにもかかわらず、その場でエミリーはシーマスに押さえ込まれ、まだ初恋の実りを夢見ている状態でありながら、全く別の男に処女を奪われてしまった。
 もちろん望んでいたことではない。だが暴力を振るわれたわけではなかった。陵辱と呼ぶにはあまりに切ない出来事でもあった。逃れようとするエミリーを静かに押さえつけるシーマスの手が、ひどく優しく甘かったことを覚えている。
 熱に浮かされたような時間が過ぎ去った後、エミリーは一瞬幻想を抱いた。
『ずっと君が好きだった』
『だから我慢できなかった』
 そんな台詞をシーマスが言ってくれるのではないか。愛しているから抱かれたのだと思いたかった。
 しかし現実は冷めて乾いていた。シーマスはことのあと、呆然と横たわるエミリーを置いてさっさと服を纏い、せめてもの罪滅ぼしか思いやりか、避妊薬を彼女の手渡すと、姿を消した。
 睦み合ったベッドの上では、エミリーが写してきた資料がひしゃげ、破れてしまっていた。 
 エミリーはその夕方から病気を偽って寝込み、丸一日ベッドから出られなかった。シーマスにどんな顔をして会えばいいのか、そして彼がどんな顔で会うのか、怖かった。
 だが、シーマスもその夜は帰ってこなかった。
 もしかして夢か幻ではないかと思いたかったが、その夜中、そっと用足しに立った時に、下着が赤く汚れているのに気づいた。
 月のものは終わったばかりだ。それは、抱き合った直後には見られなかった、破瓜の出血なのだろうと思った。改めて、昼間のことが現実だと認識させられ、恥ずかしさと動揺のあまり、エミリーはしばらくトイレに立ち尽くしていた。
 結局二人が顔を合わせたのは、丸一日たった夜、つまり昨日の夕食の時だった。
 仲間と共に、丸一日ぶりの食事をはしたなくない程度に頬張っていると、ひょっこりシーマスが帰ってきたのだ。
「あんた、昨夜どこ行ってたのよ。早速女を追っかけてるの?」
 からかいまじりに尋ねるプリシラに、彼は久しぶりに友達と会って、徹夜で飲んでいたと答えた。
 その間、エミリーはシーマスと視線も合わせられなかった。
 シーマスが席に着く。エミリーは顔を伏せ気味に、シチューを食べることに専念しようとした。
 彼女の視線の少し先には、仲間たちが頼んだ、炒った豆と木の実の盛り合わせや、茹で野菜が並んだ皿がある。
 全く一日食べていないので、シチューだけでは物足りない。野菜をつまもうとすると、先にシーマスの手が伸びた。その指先が目に入った途端に、体の中に表現のしようのない熱がうっすらと沸いた。
「飲んでばっかで食ってないから、腹減ったよ」
 誰にともなく呟き、器用に木の実の殻を外すシーマスの指から、そして外した木の実を無造作に頬張る口元から目が離せない。その指と唇が前の日に自分に触れたのが信じられなかった。
 彼の体の末端を盗み見ていると、触れられて熱くなった昨日の記憶を自分の体が呼び覚まそうとしている気がする。
 目をそらさなければと思う一方で、誰も知らない秘密を一人で楽しんでいるような、一種後ろ暗い喜びも覚えた。
 普通に考えれば、シーマスにされたことは許せないはずだ。仲間がいるこの場で、昨日の出来事を暴き立てて、この場で彼を糾弾してもいい。
 だがエミリーにはそんな気は毛頭無かった。
 昨日のシーマスの罪を明るみに出すことは、彼の前で思いがけず乱れた自分をさらけ出すのも同じだ。エミリーが正面切ってシーマスを責めれば、彼が「お前だって喜んでいただろう」と反論してくるのは間違いない。
 昨日自分が見せた態度や体の反応、そして繋がりながら囁いた言葉をエミリーは──意外なほど──よく覚えていた。それをルークをはじめとする仲間たちの前でシーマスが話し出したらと思うと、とても表に出す気にはならない。
 昨日の話を内密にしておきたい理由は他にいくつもあった。複雑過ぎて、そして要因が多すぎて、エミリー自身にも分析できない。様々な理由の内、いくつかは苦く、いくつかはそうではなかった。
 いずれにしても、昨日のことを引き合いに出して、シーマスが仲間たちから制裁を受けたり、パーティーから抜けるようなことは、自分は望んでいないということは分かっていた。まだ混乱の内にある彼女は、それ以上のことは考えられなかった。
 


「おー、久しぶり。生きてた?」
 短剣投げに飽きて、カウンターで麦酒をあおっていると、隣にワインのカップを持った小柄な男が並んだ。
「なんだ、お前も無事だったか」
 シーマスは軽く体をどけ、ジェフリーの為に場所を空けた。彼はシーマスと同じく盗賊ギルドに所属している冒険者だ。見習い時代からのなじみだが、ここ一月ばかり、姿を見ていなかった。
「やー、ちょっと遠方に行っててね。ひでー目に遭ったよ」
 ジェフリーはそのまま留守中の冒険譚を話し始めた。
 二人がいるのは、盗賊ギルド会員御用達の酒場だ。建物の外観からしてうさんくさい雰囲気を演出しているおかげで、会員外の人間が入ってくることは少ないが、中は意外と明るく、料理も酒もうまい。

 盗賊ギルドとは、他の職能ギルドとは性格を異にする。公に認められている組合ではない。主に領主──この王都では他ならぬ国王を意味する──の制定する法に触れるような仕事をして金銭を得ている犯罪者の集団だ。盗み、闇市の取引、違法な売春、誘拐、詐欺、対価を受け取る殺人……組織がまとめる会員たちの仕事は多岐に渡る。
 しかし広大な王都において、川の南にある庶民地区や港湾地区、貧民地区を行政が全て管理することは難しい。彼らに代わって、急速に発展した猥雑な地域を治めてきたのは盗賊ギルドである。犯罪者の組織とはいえ、外から常に流入する流浪の民や荒くれ者を牽制し、彼らの争いを仲裁して取りまとめているという側面もある。無法者が素直に権力者の法に従うわけはない。傭兵ギルドとの関係も深い、盗賊ギルドによって、この地域の秩序が保たれているのも事実であった。従って行政側も、彼らを取り潰そうなどという気は今のところはないようだ。
 シーマスも元は地元の愚連隊に混じって、かっぱらいの仕事をしているうち、その元締めである盗賊ギルドの会員に目をかけられた。身軽で手先が器用であり、何より頭の回転が早いシーマスを、ただのすりのままにしておくのは勿体無いと思ったらしい。
 盗賊ギルドの仕事のひとつに、この島内の随所に眠る古代遺跡の盗掘がある。古の貴人の墓であったりする遺跡には、墓荒らしから宝物を守る為の仕掛けや罠が数多施してあった。これに引っかかって命を落とした盗賊たちは数え切れない。
 しかし宝物を手に入れれば、莫大な収入になる。ことに王都では、宝物を集めている好事家貴族や大商人たちが多く、高値での取引が見込める。
 盗賊ギルドには、こうした遺跡の探索に対応できる専門の技術を教え込まれた会員がいる。シーマスもジェフリーも、そうしたメンバーの一員だ。今では捕まれば犯罪者となる盗みの仕事は、ほとんどしていない。
 遺跡の脅威は罠や仕掛けだけではない。眠りについた古代の怪物が襲ってくることもあるし、亡霊が棲みついていることもある。入り口が古代の魔術によって閉ざされていれば、中に入ることもできない。従って盗賊ギルドの会員は、魔術師や傭兵たちと手を組み、最大限の働きをする最小限の人数単位で固まって──人数が多すぎれば、小回りが利かないし、単純な話、分け前が減る──、遺跡へと潜入する。冒険者と呼ばれる人種である。
 もっとも、遺跡の探索は実入りが大きい反面、危険も伴う。パーティー仲間は、互いの命を預ける身だ。信頼を築くためにも、組んでいきなり遺跡に入るようなことはあまりない。先走る連中も、いるにはいるのだろうが、長生きはできまい。慎重な冒険者たちなら、傭兵のような仕事をして経験を積みながら、互いの能力や性格を把握し、最良の連携を組み立てていくのが常だと、シーマスも先達に教え込まれていた。 
 
 ここ二日ほど、シーマスは盗賊ギルドの酒場に入り浸っていた。ねぐらにしている宿にはどうもいづらい。
 ひでー目に遭ったという割には、冒険の途中で知り合った女の子とうまいことやったなどという、ジェフリーのさりげない自慢話を聞いていると、呑気で羨ましく思える。
「で、そっちは最近どう? なんか面白い話ある?」
 やっと話をこちらに振ったジェフリーの前で、シーマスは大仰に溜め息をついてみせた。
「面白い話なんか無いよ。お前は楽しそうでいいねえ」
「オレも楽しいばかりじゃないけどさ。……で、何? また女に振られた?」
 またとは何だ。シーマスは顔をしかめた。
 シーマスが女に振られたことなどほとんどない。ただ、いつの間にか相手と連絡が取れなくなることが多いだけだ。
 だが今、彼を悩ませているのはそのことではない。
「あのさ~」カウンターに頬杖をつきながら、シーマスは口を開いた。「同じパーティーの女と何かあったらどうする?」
 ジェフリーは軽く首を傾げた。
「そんなん、世間にはザラじゃない? オレたちんとこじゃ考えられないけどさ。……何? プリシラとやったの? すげーよ、英雄だよ。ちょっと尊敬する。お前も命知らずだなあ」
 先ほどまで自慢気にゆきずりの女との関係を話していた彼は、驚き顔でシーマスの肩を軽く叩いた。
 ジェフリーのパーティーとは多少縁があり、一、二度、一緒に飲んだことがある。気の強いプリシラのことは、ジェフリーもよく覚えているらしい。
「いや……」
 シーマスが首を振ると、ジェフリーは大きく眉をしかめた。
「え、まさか……エミリーに手出したの? うわー、サイテー。鬼畜。人間の心がねえのかよ」
「…………」
 プリシラと関係すると英雄で、エミリーが相手だと鬼畜なのか。シーマスはそこまで恐れられるプリシラが少々気の毒になった。
「なんでそんなことになったワケ? 薬使ったとか、ムリヤリ押さえつけたとか?」
 冗談めかして訊ねるジェフリーの目に、好奇心と僅かな羨望が浮かんでいる。何しろエミリーはちょっとした美少女だ。それが、彼に行きずりの女との話を延々聞かされていたシーマスのプライドを一瞬満足させた。
「なんとなくだよ」
 緩みかけた口元を引き締めて短く答えると、ジェフリーは疑わしそうに首を振った。
「ほんとに~? 脅しつけたか、結婚しようとか言って、うまいこと言いくるめたんじゃないの」
「そんなことしてないって」
 脅したと言えなくもないが、シーマスは首を振った。馬鹿正直にジェフリーに告げる必要は無いし、済んだことを愚痴っても仕方ない。「まあでも、そんなこんなで宿にいづらくてさ」
 一人で客室にいた魔術師のエミリーを見かけたのが一昨日の昼。
 ちょっと脅かしてやろうと思ったのだが、元々女好きで、自制心の強い方ではない彼は、結局同じパーティ仲間である彼女を最後まで抱いてしまった。
 その夜はここの主人に頼んで店に泊めてもらった。その日うっかり階段から転げ落ちて、尻や膝をいやという程打ったので、酒場の長テーブルで寝るのはこたえたが、どうしても宿に戻る度胸は無かった。
 しかし引き延ばす程、戻りづらくなる。一日置いて、昨日の夜に覚悟を決めていつもの宿に帰った。 
 エミリーが彼との間に起こったことを、他のパーティー仲間に告げていれば、間違いなく制裁が待っている。彼女と仲のいい女戦士のプリシラや、正義感の強いリーダーのルークにばれれば、袋叩きにされるだろう。あるいはシーマスに愛想をつかして、彼を置いて別の宿や町に移ってしまっているかもしれない。
 案外気の小さい彼がびくびくしながら宿の食堂に入ると、幸いなことに仲間たちは特に変化も無く彼を迎えた。どうやらエミリーは、前日の出来事を誰にも話していないようだった。
 それほど身勝手にエミリーを抱いたつもりはない。強姦は彼の趣味ではなかった。かなり手間もかけて優しくしてやったつもりだし、最初は嫌がっていたエミリーも、徐々に快楽を感じていたのは気のせいではない。
 だが、エミリーが望んでいた行為でなかったことは確かだ。自分たちと違って、育ちのいい彼女のことだ。結婚するまで純潔を守るつもりだったかもしれない。
 何より彼女はリーダーのルークに、密かに心惹かれているようだった。その状態でシーマスに処女を奪われたのは、屈辱だっただろう。
 それでもエミリーが他の仲間に告げ口しなかったのは、やはり恥ずかしかったからだろうか。それともそれほど嫌ではなかったからか。
 とりあえずは胸を撫で下ろしたシーマスだったが、エミリーが黙っている正確な理由が分からないだけに、一抹の不安が残り続けていた。
 昨夜の食事中は、エミリーも同席していたが、一度も彼と目を合わせることはなかった。短気を起こしてよく彼女を怒鳴りつけるシーマスと、それに怯えて小さくなってしまうエミリーとは、元からよそよそしいので、他の仲間たちにはいつものことのように映っただろう。
 俯きがちにシチューを啜るエミリーの細い首には、シーマスの唇の跡がついているかもしれない。それは彼女の亜麻色の長い髪に隠れて見えなかった。彼女が着ているくすんだ茶色のローブの下の、豊かな乳房の感触を知っているのも自分だけだ。
 食事をするエミリーにちらちらと視線を投げながら、そんなことを考えていると、妙な優越感も沸いてきたが、やはりどうにも気まずい。エミリーもいつも以上にシーマスを避けているのは間違いないようだった。
 今日は戦士二人と魔術師は出かけていて、食堂ではエミリーが修道士の堅物ミクエルに縫い物を教えてもらっていた。縫い物が終わると、教会へ出かけるミクエルを追うように、エミリーも出て行った。恐らくシーマスと二人になるのを避けたのだろう。
 安心したような傷ついたような、複雑な心持ちだった。
「なんでいづらいの。いっそ、つきあっちゃえばいいじゃん」
 他人事だと思って、ジェフリーは無責任なことを言っている。
「や、ダメでしょ、それは。エミリーは真面目だしさ、つきあったらそのまま結婚とかいう話になるかもしんないし」
「じゃー、諦めて結婚すりゃいいじゃん」
「やだよ。まだ十八だよ? つうか、オレ結婚なんかする気ないし」
 どこまでも無責任なジェフリーの言葉に、シーマスの語尾がややきつくなった。ジェフリーもにやついていた顔を引き締めて答えた。
「ま、当分知らん振りして、無かったことにすれば? エミリーだってそう思ってるんじゃない? そうじゃなきゃ向こうが状況変えようとするでしょ」
 どう変えようとするのだろう。考えても仕方ないことだが、それが恐ろしかった。
 正直言って内向的なエミリーがシーマスは苦手だ。一度抱いたからと言って、彼女と結婚などは願い下げだった。
 だがパーティーから抜けて欲しいと思うほど嫌いではないし、その才能を考えると惜しい戦力だ。何より半年かけて仲間内で培ってきた信頼──エミリーにとってのシーマスへの信頼は、地に落ちる程失墜したことだろうが──がある。シーマスに取っては現状維持が最も望ましかった。
「まあまあ、しけた顔してないで。なるようになるって。一杯くらいおごってやるから」
 笑顔に戻って肩を叩くジェフリーを横目に見ながら、シーマスは今後何事も起こらないようにと祈るしかなかった。



 時間が戻るのなら、無かったことにしたい。しかし、激しい後悔に苛まれ、汚されたと自分の身体を嫌悪したり、相手を憎んだりしているわけでもない。
 心に満ちている複雑な感情を、不器用に言葉を繋げながらエミリーは語った。
 同じパーティーのプリシラにはとても話せなかった。彼女は面倒見がいい。裏を返せば少々お節介だ。
 シーマスとの出来事をエミリーが嫌だったとプリシラに訴えれば、彼女はシーマスを足腰立たないほどに殴りかねない。嫌でなかったと言えば、脅迫してでも彼をエミリーの恋人にさせようとするだろう。手に取るように分かる。
 それに何より、パーティの人間と肉体の交渉を持ってしまった事実を、やはり同じ仲間に知られてしまうのは、単純に恥ずかしかった。
 ある意味パーティーとは関わりが無いからこそ、シャムリーナには心の内を素直に話せた。
 それでも、好きな男以外の人間に──しかも初めて抱かれて、嫌でなかったと答えるのは、勇気がいった。まるで自分が好色な女だと思われそうだったからだ。
 だが貞女を気取って、自分の心情を偽り、シーマスとの出来事がとても耐えがたかったとシャムリーナに告げることはしなかった。偽りは真実を知る目を曇らせる。両親や叔父にそれを徹底的にしつけられていたエミリーは、嘘を吐くこと、何より己の疑問や感情を自身に対してごまかすことを嫌っていた。
 初めは興味津々といった風のシャムリーナも、エミリーが話し終わる頃には、穏やかな表情になっていた。 
「まあ、不思議じゃないんじゃない? あたしだって好きな人以外に、カッコイイと思う人はいるもん。そういう人が遊びでもいいから、あたしの方を向いてくれたら、嬉しいとは思っちゃうよ」
「でも、素敵な人とか思ったことはないのよ。むしろ怖くて、仲間の中じゃ一番苦手な人なのに……」
「男の人としての魅力と、人間としての魅力ってまた違うからね。……自分の体が男の人を惹きつけたなら、それが嬉しいって思っちゃうのは自然だと思うな」
 友人の柔らかい言葉に、エミリーは胸に澱んでいるものが軽くなったような気がした。
 シャムリーナはさらに何か話そうとしたが、店の主人がテーブルに寄ってきて閉店を告げた。
 長く話している内に夜も更けた。二人は店を閉める主人に追い立てられるように食堂を出た。


 エミリーは人里離れた叔父の家で育ち、この大都市には冒険者になってから来た。いまだに複雑に入り組んだ路地では迷子になることも多い。大都市の下町育ちのシャムリーナが、エミリーがいつも泊まっている宿まで送ってくれることになった。
 同じ年頃なのに、シャムリーナの方が全然しっかりしている。縫い物ができないばかりか、一人で宿にも戻れないなんて、本当に子供と同じだ。
 シーマスが怒るのも無理はない。そして他のメンバーも、口には出さなくても内心呆れているのだろう。
(何もできない私をシーマスが好きだったわけはない)
 ルークに対する想いは変わっていない。
 だが、抱き合った後のシーマスの態度に、エミリーはいたく傷ついている。男の人は欲望だけで女を抱ける。それは知識としては知っていた。自分がその対象にされたのは悲しかった。しかしそれを糧にシーマスを憎んだり嫌ったりすることができないのが不思議だった。
 顔をあげたエミリーは、隣を歩いているはずのシャムリーナの姿が見えないことに気づいた。
 夜更けの歓楽街。酒場や娼館が軒をつらね、旅人や流れ者、冒険者が行き来する一角だ。
 エミリーは焦って周囲を見渡すが、小柄なシャムリーナの姿はどこにもなかった。考え事をしている内にはぐれてしまったのだろうか。
(どうしよう……) 
 見覚えがあるような無いような地区だ。夜に外出することの少ないエミリーは、いつもと景色が違う暗い路地で立ち尽くした。昼間なら通りがかりの人間に道を尋ねることもできるが、今目に付くのは酔っ払いと店の客引きだけだ。
 歓楽街で立ち尽くす、年端もいかない少女の姿は目立つ。
「お譲ちゃん、どうしたの?」
 背後から声をかけられた。ずんぐりとした中年の男だ。船乗りのような格好をしていた。
「あ、何でもありません……」
 蚊の鳴くような声で呟き、エミリーはその場を離れようとした。だが、男に肩をつかまれる。
「道に迷ったのかな? オジサンが連れて行ってあげようか」
「いえ、大丈夫です。一人で帰れます」
 肩を振って男の手を離そうとすると、さらに力が込められた。
「危ないから、送ってあげるよ。こっちおいで……」
 男はエミリーの行き先も聞かずに彼女の肩を抱いて歩き出した。身に迫った危険を悟り、エミリーの動悸が激しくなる。涙が浮かんで体が微かに震えた。
 助けを求めようと周囲を見渡すが、相変わらず酔っ払いしか目につかず、彼女たちに目を止める者もいない。声をあげればいいのかもしれないが、どうしてもその勇気が出なかった。
 男は近くの建物と建物──どちらも娼館のようだった──の間の路地に入り込んだ。人の姿は無く、近くの窓から微かに娼婦の嬌声が聞こえてくる。
「あの、離してください。私、一人で帰ります」
 エミリーは気力を振り絞り、やっとそう言ったが、男の耳には小さな呟きにしか聞こえず、却って邪な欲望を掻き立てただけだった。
 男は答えもせず、建物の壁に押し付けるようにして、エミリーの小柄な体を抱き締めた。
「いやああああ!」
 恐慌したエミリーの口からやっと悲鳴があがった。だが、それは喧騒と嬌声にかき消され、心ある人間の耳には届かなかった。
「おとなしくしろ」
 男が片手でエミリーの首をつかんだ。
 息苦しさを感じた瞬間、男の顔が近づき、彼女の唇を舐めた。酒と食べ物の混じった口臭に、エミリーは吐きそうになる。
 男のもう片方の手が、くすんだ色のローブに包まれたエミリーの胸をつかんだ。痛みに眉が寄り、涙が流れた。
「おお、ねえちゃん、可愛い顔して乳はでかいんだな」
 興奮した男の生臭い息が顔にかかる。男はさらに強く彼女の乳房をつかんで揉み、舌を彼女の柔らかな唇の間に差し入れてきた。腹部には、男の固くなった股間が押し当てられている。
 汚い。
 鳥肌が立つような嫌悪感に襲われ、エミリーは震えながら、さらに涙を溢れさせた。触れた手も近づく顔も、全てが汚い。自分も汚されている。
 こんな汚い男に体内に入り込まれるくらいなら、それこそ死んだ方がましだ。
(誰か助けて……)
 ルークの顔が浮かんだ。

「手を離しな、このクソが」
 罵声と共に、男の体が突然、横に倒れた。同時にエミリーは反対方向に手を引かれて、柔らかい腕に抱き締められる。
「エミリー、大丈夫?」
 シャムリーナだ。安堵のあまり、エミリーは頷きながら、嗚咽を漏らした。
 彼女たちと男の間にはプリシラが立ち塞がっている。
「邪魔すんな、このアマ」
 地面に転がった男は立ち上がり、腰の剣を抜いた。刃物を持っていたとは気づかなかった。
 プリシラもすかさず抜く。
 男に一言も言わせず、ひとつの動作も許さず、彼女の剣は男の喉に押し込まれた。
 鮮血がほとばしった。男は突き刺さった刃を抜こうとするように、首に手をかけたまま、力なく膝をつく。口から湿った音を吐き出す男の顔に足をかけ、その体を蹴り倒しながら、プリシラは男の喉から剣を引き抜いた。
「ゲスめ。さっさと死んじまいな」
 低く押し殺した声でそう告げると、彼女は刃を布で拭い、剣を納めてエミリーの方を振り返った。
 二人の女友達に囲まれ、エミリーは我慢できずに、その場で声をあげて泣いた。シャムリーナの手が優しく背中を撫でてくれた。


「ごめんね。あたしがさっさと歩きすぎちゃったから」
 いつもの宿に戻り、一階の食堂の隅で、エミリーはやっと落ち着いた。
 もう夜更けだが、食堂にはまだ酒を飲みながら、話に花を咲かせている客が多い。エミリーの仲間たちも戻ってきていたが、プリシラは気を遣って、彼らからは離れたテーブルにエミリーを座らせた。
 夜更けの暗い歓楽街で、周囲を警戒しながら歩いていたシャムリーナと、考え事をしながらぼんやり歩いているエミリーは当然の如くはぐれてしまった。シャムリーナも、この宿に着いて初めてエミリーがついてきていないことに気づいたらしい。
 慌ててルークとプリシラに声をかけ、食堂にいた仲間たちで近くを探し回っていたところ、路地に連れ込まれるエミリーを見つけたという。エミリーがはぐれた場所が、宿に近かったのが幸いした。
「エミリーも。分かってるだろうけど、夜道を歩く時は気をつけなきゃ。あんたほんとに可愛いんだから、スケベ親父がムラムラきちゃうのも無理ないよ」
 エミリーは俯きながら、プリシラの言葉に小さく頷いた。その亜麻色の髪をプリシラの手が優しく撫でる。
 恐ろしかった。
 十分に気をつけていたつもりだった。夜道を歩くことは避けるようにしていたし、服装も地味にしていた。男の欲望を刺激するようなことは極力避けてきたつもりだった。あんな目に遭ったのは初めてだ。あの場でプリシラたちが助けにきてくれなかったと思うと、また体が震える。自分の体に触れた、男の嫌悪感をまだ覚えている。
 あれが陵辱なのだ。
 そして一昨日シーマスとの間にあった出来事とは、同じ行為に見えて、自分に取っては根本的に違うことなのだと、恐慌から冷めつつある頭で考えた。
 
……Hシーンが無くてゴメンナサイ。次回以降、頑張ります。

書きたいと思っていた続編にやっと手をつけられました。
少しずつでも、まめに更新したいと思います。
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