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第二十三話「誓い」
 今の俺は非常に混乱している。
 生真面目で人に頼るのが苦手な我が妹和美。
 皆には突然空から妹が飛んできた事などは無いだろうし、ましてや魔王だったという貴重な経験も無いだろう。
 察しろというのが無理な話だなすまん。
 事態は思いのほか深刻らしく、俺はリィーナ女王とリリアに和美を会わせる事にした。
 場所は俺の部屋。
 リリアの話だと一番ガードが固く、話を聞かれる心配はないようだ。
 因みにマルコなんたらて奴はアズリア辺りに尋問されているようだ。
「なるほど……つまり貴女は魔王としての座を奪われたという訳か」
「……はい」
 忌々しそうに顔を歪めながらジェネシス皇帝リリアの問いに元魔王である和美が頷く。
 何が忌々しいのかーー聞くだけ野暮というものだろう。
「それが本当なら彼らは何を?」
 今度はリィーナ女王が問う。
 だが和美は黙って首を振るーーわからないようだ。
「救世主様はどの様にお考えですか?」
「見当もつかないな……奴らにとって和美が邪魔になったのは間違いないが」
「……これを機に良からぬ事を企まなければ良いんですが」
 和美は自分を追い詰めてそうなぐらいに暗い表情をするーーいや。絶対に追い詰めているな。
「話はわかりました」
「我らは総帥殿の決定に従う」
 二人の許可を得られただけで色々と違って来る。
「ありがとう。二人とも」
 リィーナ女王とリリアは顔を見合わせ笑う。
「フッ……誰かの甘さが移ったか」
「そうかもしれませんねーー甘さというより優しさ、だと思いますけど」
 好き勝手に言ってくれる皇帝とにこやかに微笑む女王。
 俺を買い被りすぎなのだがここは黙っておこう。
「今夜はもう遅い。休むと良い」
「はい。ありがとうございます」
 リリアは和美に向かって妖しい笑顔を浮かべる。
「何なら私と寝るか? 遠慮するな。優しくーー」
「人の妹を変な世界に引き込むな」
 リリアが和美の手を握ろうとする前に止める。
 こいつの事だ。ただ一緒に寝るだけでは絶対にすまない。
「なら、お前でも構わんが? そう言えばお前にまだ抱かれていなかったしな」
「寝ろ!」
 こいつはどうして当然の顔でこんな事を言えるのだろう。
「何だ。つまらん」
「リリア。それはまたの機会にして今日はーーね」
 リィーナ女王の言葉にリリアは肩を竦める。
「わかっている……冗談だ」
 絶対に嘘だ。
「救世主様。私たちはこれで」
「ではな」
 意味深げな笑みを残して部屋から出て行く二人を見送り終え、俺は和美に向き直った。
「……兄さん」
「まぁ……何だ。今日はゆっくり休め、な?」
「うん……」
 和美は小さく頷いた後。嬉しそうに笑った。
「どうした?」
「……兄さんとまたこうして話せるのが嬉しくて」
「和美……」
 何の前触れもなく突然。見知りもしない世界に放り出された不安感ーー俺にはよくわかる。
「……辛かったな」
 辛いに決まっているーーなのにこれしか言えない自分が情けない。
「兄さん……一緒に寝ても……良いですか?」
「……」
 こう来るとは思わなかったーーだが拒む程の事じゃあない。
 ただ兄として妹と寝るだけだ。
 二人でベッドの上に上がったのは良いーー良いんだが。
「おい……何で下着姿なんだ?」

「……兄さん」
 頬を熱ぽい赤に染めながら迫って来る和美。
 情けない事に後ろへ少しずつ後退する事しか出来ない俺。
 和美が何を求めているか俺にもわかる。
「来て……?」
 ーーだが、兄として応える訳にもいかない。
「捕まえた」
 捕まった。
 その気になれば二人どころが五人ぐらいは寝れるであろうキングサイズのベッドも今日に限っては狭く感じる。
「兄さん……」
「かず……み……?」
 制止の言葉も間に合わなかった。
 和美は俺の方に倒れて来たかと思うと胸の中にすっぽりと埋まる。
 そして間もなく寝息をたて始めた。
「……やれやれ」
 和美をベッドの上に寝かせ俺は考え、誓いをたてる。
 どんな事になってもーー何があっても和美を守ろうと。
 そうーーどんな手を使ってもだ。
「なんてな……らしくもない」
「何がですか?」
「な……!」
 突然した声に俺は思わず叫ぶどころだったが何とか堪える。
 割れた窓から顔を出しているのはマルコなんたらーー何時から居たんだ?
「え〜〜とマルコなんたらさん」
「マルコシアスです」
「マル……言いにくい」
 窓をくぐり抜けマルコシアスは部屋に入って来ると人懐っこそうな笑顔を浮かべた。
「確かここの警備は最高レベルな筈だが……」
「はい。なかなかの警備でした」
 魔王の元側近は伊達じゃないという事か。
「それで、陛下の処遇は?」
 マルコシアスの雰囲気が人懐っこいものから言いようのない物にがらりと変わる。
 空気がピリピリするような感じーー殺気か。
「一応は保護する事になった……勿論、魔王という事は最低限の人物にしか話していない」
「そうですか」
 マルコシアスは安心したように笑むと、その場に跪く。
「貴方には感謝しても仕切れません」
「やめてくれ……妹を助けるのは兄として当たり前だ」
「兄として……当たり前、ですか」
 マルコシアスの顔から笑みが消える。
 悲しんでいるような後悔しているようなーーそんな顔だ。
「……貴方には知っていて貰いたい。昔居た愚かな兄の話を」
「……」
 別に聞きたくは無いんだが。
「その兄は魔族の戦士で、戦争になれば敵である人間を殺し尽くすーー仲間からは英雄、敵から見れば冷酷極まりない悪魔、そのものでした」
 何なんだ。
「その妹は兄に反して平和主義者で、兄と何時も衝突してばかりでした」
 マルコシアスは辛い出来事を思い起こすかのように苦笑する。
「そんなある日。捕らえていた捕虜ーーつまりは人間を見せしめに処刑するようにと前代魔王陛下から命令が下りました」
「捕虜は生かしとかないと意味ないんじゃないか?」
「ええ。そうですね……ですが前代魔王陛下は捕虜を多く必要としないという考えでしたので」
 ……なんて奴だ。
「命令が下ったのは兄。それを知った妹は兄を止めましたーーですが」
「逆らえ無かった?」
 マルコシアスは頷くと溜め息をつく。
「取り合って貰えなかった妹はある決意をしましたーーそれは捕虜を逃がすこと、です」
「……」
「妹は捕虜の解放に成功。ですが許される筈がないーー絶望していた兄に新たな命令が下りました」
「まさか……」
「妹の抹殺です」
 体温が一瞬で下がった。
「兄は苦悩しましたよ。言い争ってたとは言えーー愛する実の妹を手に掛けなくてはならないのですから」
 俺にはわからないーーわかりたくもない。
「兄は誰よりも早く妹を探し出し、その首に剣を突きつけましたーー妹はどんな顔をしたと思います?」
「……」
「笑っていました。それは兄が見た事のない清々しく愛に満ちた笑顔でしたーーまるで兄がこれからしようとしている事を許すかのように」
「……」
「兄には二つの道がありました。一つは妹を守り抜き戦い続ける道ーーそしてもう一つは妹を斬り、母国に帰還する道です」
 兄がどのを選んだかぐらいわかるーーわかるが、あんまりだ。
「最初は前者を選ぼうとした兄でしたがーー妹はそんな兄を許しませんでした」
「なぜ……?」
「わかっていたんでしょう。逃げ切れる訳がないと、そのままでは兄を道連れにしてしまうことも」
 気付くとマルコシアスは今にも泣きそうな顔をしていた。
 雨に打たれる無力な少年のように。
「兄の性格をわかっていたのでしょう。妹は護身用のナイフで兄に襲いかかりましたーー不思議ですよね。本人にその気が無かったんです」
 ほぼ無意識に兄は剣を振るったのだろう。
 誰もが持つ生き残ろうとする無意識な力。
「我に返った兄が見たのは……相も変わらず笑顔を浮かべた妹の亡骸でした」
 これで話が終わりなのか、その兄はどうなったのか……聞ける雰囲気じゃない。
「つまらない話をしました。つまり僕は貴方達にそうなって欲しくないだけです」
 今の話に出てきた兄が誰なのか、本当の話だったのか聞く必要もない。
 断言してやるだけだ。
「ならないさ」
「そう……ですか」
「断言、ですか……すごいですね」
 マルコシアスは微笑む。
「僕にも……貴方程の思いがあれば……」
「何か言ったか?」
「いいえ。何でも……それではお休みなさいませ」
 窓から飛び出して行くマルコシアスを見送る。
 それから俺は和美の寝顔を見守りながら一つの誓いを何度も心に刻んでいた。
「守ってみせるさ……必ずな」
 たった一人の妹。
 この世界ではたった一人の家族。
 守る理由を上げればキリがない。
 いや……理由なんていらないんだがな。
 いちいち理由をつけてないと言うだけで恥ずかしい。
 何ともあれ……和美と会わせてくれたこの世界に少しは感謝をしてやろう。