挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
R18続十夜物語 作者:高見 梁川

第八話

「屈辱だわ…………」



絶頂に痺れる腰に力を入れて、逃げるようにして旅館を後にした涙香はようやく人心地つくと猛烈に怒りが込み上げてきた。

夜を支配する庄司家の次期当主ともあろうものが、素人の男に手もなく逝かされて言葉も出ないなど長い庄司家の歴史のなかでも一度としてあったはずがない。

起こった現実に涙香は思考が追い付かずにいた。



―――――――あれはいったいなんだった言うの?



指先で触れるか触れないか程度に前立腺を刺激するのは傀儡一族が日常的によく使用する性技である。

涙香の予想としては臣人は中途半端な刺激に官能の炎を煽られ、劣情を吐き出さないかぎり悶々として獣欲に苛まれるはずであった。

ところがあの臣人のものに触れた瞬間………指先で触れただけでも立派なものだと知れた逸物に触れた瞬間、涙香は頭が真っ白になるような絶頂に包まれほとんど抗いようもなく崩れ落ちた。

膣内に逸物を突き込まれたわけでもなく、硬く勃起した乳首をネットリとした舌先でねぶられたわけでもない。

ただ触れただけで女悦の極みに達してしまうという事実――――。



考えられるとすればまず真っ先に思い浮かぶのは房中術。

世間によく知られるのは中国の仙道であり、古くは日本古来のシャーマニズムにもその原型を垣間見ることが出来る。

セックスの快感を媒介とした気のやりとりによって、相手の気を吸い自らの気を高めることを目的とするもので気の導引によって快楽を引きだすことができるために傀儡一族でも太夫はほとんどこの術を

身につけているので涙香にもなじみの術である。

しかし少なくとも涙香の知る房中術はあれほど劇的なものではないはずであった。

基本的に気の導引とは性器の挿入を伴うものであるからだ。

触れただけで異性を達させるほどの高度な術など聞いたこともない。

そんな便利な術があればそもそも性交そのものが陳腐なものになり果てるだろう。

そう思えるほどにあの絶頂は衝撃的だった。



……………でもあの男が術を使ったとは思えないわ………。



術を使われたならばその気の流れに涙香が気がつかないとは考えにくい。

そう言える程度には涙香は傀儡の一族のなかでも優秀な術者であるはずである。

とするならばやはりあれは…………。



―――――十夜の血―――――



太古より流れる女という種族に力と快感を与える稀人。

その力は女に並外れた美貌と若さと長寿を約束すると言われる。

あの強烈な快感に加えて若さと長寿まで手に入るとなれば虜にならぬ女はいないだろう。

裏と表の社会に深く根を張った十夜一族の当主でもなければ、とうの昔に誘拐されて権力者のおもちゃにされていたのは間違いあるまい。

それほどに臣人の力は魅力的であった。



「……………とはいえやられっぱなしというのは面白くないわね…………」



「貴女がしてやられるなんて明日は槍でも降るのかしらね?」



「なっ…………!!」



驚いて振り返った涙香は厄介な奴に聞かれた、とばかりに顔を歪ませた。

そこには日本人形もかくや、と思わせる和風美人の少女が艶やかな着物の裾をたなびかせて艶然と微笑んでいたからである。



「――――盗み聞きとは趣味が悪いわよ」

「聞かれるような独り言を言うほうが悪いわ。本当、貴女らしくもない」

「あんたの隠業がそう簡単に見破れるなら私もこんなことは言わないわよ」



決まり悪そうに涙香は顔を背けた。

彼女の名は安倍瑞貴。土御門一門当主の娘であり、涙香とも浅からぬ因縁を持ち合わせている。

傀儡一族にせよ土御門一門にせよ、裏の世界に生きる一族として当然のように後ろ暗い闇の部門が存在しており、その処理にあたっては両者は協力関係にあると言ってもいいのである。

それに流派は違うとはいえ傀儡にも房中術をはじめとして各種の陰陽術が伝来しており、陰陽道の一大派閥である土御門家とは当主同士で交流を深めているところでもあった。

涙香が瑞貴と初めて会ったのも、当主同士の宴席に同行したことがきっかけだった。



「その様子ですと十夜のご当主に会われたようですわね」

「もしかして貴女も??」

「………正直私は気が進まないのですけれどお父様が行けというものですから………」



涙香は自分は舌うちせずにいられたことを褒めたい気持ちであった。

全くなんたることだ。

あの少年を土御門家やその他の勢力が目をつけることなど考えてみれば当然のことであったのに。



「……………とはいえ貴女のその様子を見ていましたら俄然興味が湧いて参りましたわ」



涙香が戯れに土御門の男を一人籠絡して見せて以来、瑞貴はどうも涙香を女としてライバル視している気配がある。

陰陽術師としての力量にも容姿にも血筋にも絶対の自信を持つ瑞貴にとって、闇の性技に長けるとはいえ男の評価が涙香に劣るのは屈辱であるらしい。

そこまで考えて涙香は嗤った。



「――――――貴女に落せるしら?私でも袖にされた男よ?」

「まあ、指を咥えて見ていらっしゃればよろしいかしら?」



クスクスと勝ち誇ったように微笑む瑞貴が涙香にはおかしい。

あの快感にさらされたら経験も抵抗力もないこのお嬢様がいったいどんな痴態をさらすのか…………

まったく隙なく整われつくした硬質な日本人形を思わせる美貌が初めての快楽に歪み蕩ける姿を想像するだけで思わず下半身が熱くなる。



(もちろんじっくりと見させていただくわ、特等席でね)











「………お待たせしました………」



風呂上がりの頬を薔薇いろに上気させた桔梗の艶姿に臣人は息を呑んだ。

ほんの数時間まで乱れに乱れたはずなのにともすればその場で押し倒したくなるほどの凄絶な色香がそこに漂っていた。

しっとりと水分を含んでうなじに張り付いた艶のある黒髪がまるで臣人を誘うかのようである。

水色の浴衣が何とも言えず桔梗の清楚な雰囲気に似合っていた。

まるで処女の乙女のような楚々とした佇まいの桔梗だが、その実臣人の前ではあられもない肉欲をさらけ出すことを臣人は知っている、

そのギャップこそが臣人の劣情を滾らせるのだ。



恥じらいながらも息遣いを感じるほどに近い場所に腰を下ろした桔梗はドキドキと胸を高鳴らせながらソッと上半身の力を抜いて頭を臣人に預けた。

桔梗の小さな頭が臣人の胸にコトリと落ちて立ち上ってくる甘い体臭に臣人は眩暈を覚える。

いっそ理性も何もかもなくして桔梗を貪ってしまいたい欲望にかられるが、すんでのところで臣人はどうにか暴走しようとする獣欲を抑え込んだ。

無防備な桔梗の仕草が、臣人に対する信頼と過去のトラウマによって導かれていることを知っていたからだ。

臣人の太い指先が優しく桔梗の後頭部に回され、しめった髪に手櫛を通される感覚に桔梗は目を閉じて浸っていた。

そして高まる二人の鼓動に導かれるように二人の唇が近づいていく。

鼻をくすぐる桔梗の甘い体臭。

その名のとおり、桔梗の花のような清々しさを感じさせる桔梗の体臭が臣人は好きだった。

いつの間にか互いの腰に腕が回され、固く抱き合うと同時に二人の唇がぴったりと重ねられていた。

ピチャリピチャリと互いの唾液を啜りあい、舌が絡み合って臣人と桔梗の舌と舌の間に銀色の淫らな架け橋が出来上がった。



「臣人さん…………」



万感の想いをこめて桔梗が呟く。

抱き合うたびに、口づけを交わすたびにそれまでよりずっと臣人を好きになっている自分がいた。

臣人のそばにいられるのなら――――あとは娼婦のように身体を抱かれるだけで構わない。

十夜の村を出るときにそう決意したはずだったのに。

今は臣人に愛されたい。愛し愛されて生涯をともにして行きたいと願う自分がいる。

娘のひたむきな愛情を十分に知っているはずの母がなんと浅ましい欲望を抱くものだろう。

それでもこの熱情を自分は抑えることができない。



密着した桔梗の胸元に臣人の手が浴衣の隙間からすべりこんできてすっかり発情して勃起した桔梗の膨らみを捉えた。

ビクリと電流が走ったような衝撃に思わずのけぞった桔梗の喉からひきつった嬌声が漏れだす。

優しい手つきで円を描くように張りのある乳房を揉みあげられて桔梗は幼子のように頭を振りながらか細い声で悶えるしかなかった。



「きゃふっ………あんっ…………ひあああっ!」



十夜の当主にして女たちの王である臣人の愛撫に耐えられる女などいるだろうか。

魂の髄まで犯されていくような果てしのない快感に桔梗はむせび泣く。

この女悦の頂点でいっそ果ててしまいたい。

だが果てるなら臣人とともに果てたい、そしてさらなる法悦の彼方へ連れ去ってほしいと思えるほどに桔梗の牝欲は貪欲に臣人を求めていた。

その刹那――――――。







「―――――臣人さん、すいません。邪魔者が入ったようです」



そこに発情した臣人の女である桔梗は影も形もいなくなっていた。

この世ならぬ異能の一族に君臨する十夜一族三高家羊家の当主羊桔梗の姿がそこにいた。

何者かが桔梗の結界内に侵入してきている。

よほどの手練でないとあの結界を壊すことはおろか気づくことすらできはしまい。

少なくとも桔梗と同等の術者がこちらへ向かってきているという事実は桔梗の危機感を煽るには十分すぎた。

影の者をご本家がつけていないとは考えられないが、今こうして臣人のそばに付き従うのは自分のみなのである。

いざとなれば全能力を解放してでも臣人の身命を守らなくてはならない。

それはあらゆるすべてに優先されるべき事項であった。











「…………少し甘くみすぎていましたかしら………?」



たかが結界を破るだけで瑞貴の所有する最強の式神が返されてしまった。

陰陽師にとって式神とは盾、それを失ったということは防御力を失った生身で相対することとなる。

背筋を冷たいものが走る感覚に瑞貴は滅多に感じることのない恐怖と、ゾクゾクするような期待感が同時に高まっていくのを感じた。



―――――――面白いですわ



父に十夜の当主を籠絡しろと言われた時には失望を覚えたものだったが、あの涙香を袖にし、この私をてこずらせるとなれば考えを改めねばなるまい。

あるいは本当に私に相応しい男ということもあるかもしれぬ。

ほとんど表情の変わらない怜悧な顔を期待でわずかに紅潮させつつ瑞貴は臣人の部屋のドアをノックした。





「土御門家が当主の娘、安倍瑞貴が十夜のご当主にごあいさつを仕るべくまかりこしました…………」



+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ