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  陵辱仕掛人 作者:榛名凌
挿入話5−6 由香の悩み事
 電話を掛けてきた由香は、最初の元気さと裏腹に、何だかトーンが低かった。
由香は、ボソボソとオレに言った。
「ダーリン・・・由香さぁ、チョット悩んでるんだけど、話聞いてくれる?」
オレは珍しく暗い雰囲気の由香の言葉に冗談ぽく言った。
「ふーん。オマエみたいに天真爛漫で、ノー天気なギャルでも、深刻な悩み事は有るんだ」
オレの毒舌に、いつもの突っ込みを入れる事無く、ゆっくりした口調で由香は言った。
「うん。チョット、アタシ、深刻なんだ・・・」
マジで深刻そうに話す由香の言葉に、心配になってオレは言った。
「どうしたんだ?言って見ろよ。何を悩んでるんだ?」
由香は電話の向こうで黙っていた。

 長い沈黙が、オレと由香の間に横たわっていた。
あの無邪気で単純で物怖じしない由香が、こんなに黙っているのは、相当な悩み事のような気がした。
由香は長い沈黙を破って言った。
「あのさぁ、由香さぁ、ピンチかも知れない・・・」
オレは彼女が何かを悩んでいるのは解るが、抽象的な言葉しか発しない彼女の核心は、理解出来なかった。
オレは、いつもと違う彼女に言った。
「だから、何なんだ?・・・はっきり言って見ろよ」
彼女は、大きな溜め息をついた。

 そして彼女はポツリと言った。
「由香ね。ダーリンに、迷惑掛けるかも知れない・・・」
オレも、ドキッとしながらもポツリと言った。
「それって、オレに関係ある悩み事?」
彼女は少しの沈黙の後、力無く返事した。
「うん・・・関係あるんだ・・・それが。ゴメンなさい・・・先に謝っておくから」
由香がオレに”ゴメンなさい”って言った事は、過去に一度も無かった。
オレは胸騒ぎを覚えて、頭をよぎった最低最悪な事態を口にした。
「えっ?・・・も、もしかして、妊娠しちゃった・・・とか?」
由香はオレの問いかけに答えず、じっと黙っていた。

  オレは自分の顔から血の気が引くのを感じ、しどろもどろで言った。
「お、おい、マ、マジかよ!・・・えっ、嘘だろ・・・由香?」
由香は、ようやくオレに言った。
「うーうん。よっぽど、そっちの方が良かったかも知んない・・・」
オレは頭が混乱して胸はドクドクと脈打った。
妊娠以上に最悪な事って何だと、オレの頭はグルグルと空回りしていた。
それ以外に、オレが関わる悩み事って何なんだと、オレは自問自答していた。
オレは、落ち着きが無くなり、震える手でタバコに火を点けた。
デスクの上の灰皿を見ると、既に火のついたタバコが有った。
由香もピンチなら、オレの心の中も訳の解らないほどピンチだった。

 オレは、こんな重大な話を電話でしている場合じゃないと思い、由香に言った。
「おい、由香。会って話しないか?・・・電話じゃ、チョット拙いよ」
由香の大きな溜息が電話から漏れて、オレの不安は最大限になっていた。
由香は、やっと言葉を出した。
「そうよね・・・じゃあ、会って話する。・・・仕事は大丈夫なの?」
オレは、仕事どころじゃ無いような気がしていた。
オレと由香は待ち合わせ場所を決めてから、重い内容の電話を切った。



 オレと由香は、夕食を兼ねて池袋のカフェレストランで合流した。
夏休みも今週で終わる女子高生は、少し焼けた肌を晒して、年相応の服装でオレと会った。
由香は、白いチュニックにサブリナのジーンズと、銀色のヒールサンダル姿だった。
由香は朝から何も食べていないと言いながら、注文したのはアイスレモンティーだけだった。
オレは、サンドイッチとアイスコーヒーを注文した。
黙って溜息ばかりついている由香は、ラブホのベッドで悩ましい肢体を晒す彼女とは、全くの別人だった。
俯きながら、自分の膝の上に置いた細くて長い指を見つめて、黙って座っている彼女は重々しかった。

 由香はオレの顔を上目遣いに見て言った。
「実はね・・・昨日の夜、家に帰ったの遅かったじゃん。それで、パパとママに叱られちゃった訳・・・」
オレは由香を帰した時間が遅かったと、午前中に反省していたばかりだった。
「それで?・・・どうなった?」
由香はアイスレモンティーのグラスを弾きながら言った。
「それでね・・・ダーリンとデートしてたって言ったら、未成年が夜中まで遊んじゃダメだって言われて・・・」
オレはヤレヤレと思いながら由香に言った。
「それで?」
由香は少し沈黙をして、大きな溜息をついた。

 溜息の後で、大きな瞳をオレに向けて由香は言った。
「それで・・・どんな彼と付き合ってるんだってパパに聞かれて、年上の人だと言ったら・・・」
オレは、ますます追い詰めらそうな話の成り行きに、息を呑みながら由香の言葉を聞いた。
「そう言ったら?」
由香はオレをチラッと見て言葉を続けた。
「どうせ、ロクな男じゃないだろうってパパが言って”別れなさい”って言われたの・・・」
オレは深刻な由香の話を聞きながら、由香の父親の言葉は、遠からず当たってると思って苦笑した。
父親の目から見れば、今時の男は大半が”ロクな男で無い”事はオレ自身が実感していた。
そして、自分の愛娘と付き合う男は、父親から見れば盗賊と同じだった。

 オレは俯いて背中を丸める由香に言った。
「それで、由香は何て言ったの?」
由香はオレの目を見て言った。
「アタシは”イヤだ”って・・・言った」
オレの目を見つめて話す、由香の意地らしい言葉は嬉しかったが、何とも微妙な心境だった。

 オレは重い空気を払拭するように、アイスコーヒーを一口飲んで言った。
「そしたら・・・由香のパパは、何て言ったんだ?」
由香は窓の外に目を遣って、遠くを見つめて呟くように言った。
「”じゃあ、パパがオマエの彼氏に会って、オマエに相応しい男かどうか判断する”って・・・言ったわ」
オレは由香の言った言葉を聞いて、頭の中が真っ白になった。

 由香は遠い景色を見つめながらオレに言った。
「ダーリンさぁ・・・バカなパパでしょう?イヤになっちゃうもん。あ〜ぁ!」
オレは気を取り直して言った。
「まあ、由香の事を心配して言ってるんだから、パパが悪いんじゃないよ。昨日はオレの責任さ」
由香は大きく首を振って言った。
「ダーリンは悪くないよ。悪いとしたら・・・由香だよ。ママは、一応はフォローしてくれたんだけどね・・・」

 オレは由香に聞いてみた。
「ママは何て言っていたんだ?」
由香はアイスティーのストローを掻き回しながら言った。
「ママは”まだ由香は子供なんだから、そこまでパパが出しゃばらなくても良いんじゃないって”・・・」
オレは、案外と理解がある母親だと思いながら言った。
「ふーん・・・そうなんだ。いいママじゃないか」
由香は、怒ったような顔をしてオレに言った。
「そしたらパパが”このまま放って置いたら由香が妊娠しちゃうぞ!”ってママに怒鳴ってた」
オレは、それも親の言い分としては”有ると思います!”・・・と思って苦笑をした。

 由香は言った。
「ねえ、ダーリン。・・・パパと会わなくていいよ。もう、別れたからって言っておくし・・・」
オレは何となく、その言葉を待っていた自分に気付いて頭を掻いて言った。
「でも、いいのかな?・・・それで」
由香は、また溜息をついて言った。
「だって、ダーリンに迷惑掛るし、ダーリンだって会いたくないでしょう?」
オレは店の天井を見て言った。
「そりゃ、そうだけど・・・由香の立場が悪くならないのか?」
由香は言った。
「いいのよ・・・あの頑固オヤジなんか一生、口を利いてやらないから・・・」
由香は、拗ねたように父親との決別を仄めかした。

 しかし、オレは天井を見つめながら思っていた。
由香の両親の言う事は間違っていないし、娘を心配する親の立場は解る気がする。
ましてや、9歳年上の男と付き合っていると聞けば、親だって尋常じゃない。
元はといえば、由香を早く返さなかったオレの不注意で、始まった揉め事だった。
オレに責任が無い訳でもないし、両親に謝るのが本筋ではないかと思ったりした。
しかし戦前の日本じゃ有るまいし、いちいち親に断って恋愛する事も可笑しい様な気もした。
そして”結婚をする”と言う事なら話は別だが、今のオレと由香には”結婚”と言う概念は無い。

 オレは、あれこれと考えながら途方に暮れていた時、由香の携帯が鳴った。
由香は”パパだ!”と言って、嫌そうな顔で携帯にでた。
「はい。今、池袋・・・何って?いいじゃん!何でパパに報告しなきゃいけないのよ!」
由香は父親からの電話に、噛み付いているようだった。
「ええ?何でよ。いい加減にしてよ!・・・何で来るのよ!バッカじゃない!」
得意の”バッカじゃない!”が炸裂し、父親は怒り狂ってるようだった。
「だから、来なくていいから!・・・来ないで下さい!・・・彼はパパに会いませんから!」
由香の父親は、オレに会いに此処に来ると言ってるようだった。
「ええ、そうよ!今、別れ話してるの。だから、来ないで!・・・パパには関係ないですから!」
両方が完全に切れている様だった。

 オレは咄嗟に由香の携帯を取り上げていた。
自分でも理由は解らなかったが、オレが由香の父親に謝らなければならないと言う使命感が有った。
オレは電話を取り上げられ、呆然とする由香を横目に、彼女の父親からの電話に出た。
「もしもし、お電話変わりました。村木と申します。この度は御心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
突然、電話に出たオレに驚いた父親だったが、オレと由香の居る店をオレから聞き出し、今から来ると言った。
オレは由香の父親と対面し、頭を下げて素直に謝る事を心に決めていた。

 由香はオレの行動に驚いて言った。
「ダーリンが、パパに謝る事なんか無いわよ!あのバカ親父なんか無視していいからね」
オレはニッコリ微笑んで言った。
「まあ、どんなパパか楽しみだよ。一応は謝らないとオレの気が済まないんだ・・・」
由香は泣きそうな顔で言った。
「ダーリン・・・バカじゃない!・・・私の所為で・・・ゴメンね。由香、ダーリンに・・・」
由香は、とうとう涙を流して身体を震わせた。
オレは、そんな彼女を心の底から愛しているのかなと、心の中で自問自答していた。

 

 暫くして、カフェレストランに不似合いな、白髪混じりで眼鏡を掛けた55歳の紳士がスーツ姿で現れた。
厳しい顔つきでオレの前に座る由香の父親は、一般の会社員には見えない品格とオーラが有った。
名刺を出そうとしたオレに、彼は前に手を出して遮り言った。
「名刺交換は控えよう。君とは今日で最後、二度と会わない関係だから名刺は必要ない」
冷たく突き放す彼は、泣いている愛娘を横目で見て言った。
「由香・・・パパは、由香の事を思って来てるんだ。決して悪いように取らないでくれよ」
由香は涙声で父親に言った。
「パパなんか大嫌い!・・・話もしたくない!帰ってよ!・・・ダーリンに関係ない事よ!」
父親はオレの顔を見て言った。
「”ダーリン”って、君のことか?」
オレは無言で頷いて、ニッコリ愛想笑いを浮かべた。

 由香の父親は、自分の携帯にコール音が鳴っている事に気付き電話に出て言った。
「ああ僕だ。届いたか、じゃあ、今から言う場所に持って来てくれ。ああ、頼む・・・」
彼はカフェレストランの店の名を言い、誰かに何かを持って来るように言った。
そして彼は、オレを見て言った。
「君には悪かったんだが、君の調査を今日1日でさせて貰った。その資料が今来るところだ」
オレは彼に言った。
「調査と言いますと?」
彼はニヤリと笑って言った。
「君の素性を調査させて貰った。ある有能な調査会社を通じてね・・・」

 オレは苦笑いを浮かべて、心の中で呟いていた。
”調査会社のオレが、商売敵の調査会社に身元調査されるとは、何とも滑稽な話だな”
オレは彼に尋ねた。
「調査は、どんな調査をされたんでしょうか?」
彼は、睨む様にオレの目を見て言った。
「君の家族や親戚まで調査させて貰った」
オレは”アチャー”と絶望的になって、思わず頭を抱えていた。
オレには身元調査されたら困る事実が、ワンサカ有ったからだ。
彼はオレに言った。
「いや、誤解しないでくれよ。これは僕自身の基礎知識として君を知りたかっただけだから」

 それを聞いていた由香が口を挟んだ。
「何してるのよパパ。そんな失礼な事して恥ずかしくないの?・・・最低よ。パパなんか最低よ!」
彼は由香に言われて、ムスッとして言った。
「オマエは黙ってなさい!まだ子供なんだから・・・オマエも娘を持ったら解る時が来る!」
由香は涙を拭きながら父親に言った。
「解らないわ!・・・絶対に解らないから!それはパパのエゴじゃない!ダーリンに謝りなさいよ!」
オレは半狂乱になりそうな由香に言った。
「由香ちゃん・・・いいんだよ。気にしなくても・・・オレは平気だし、泣かなくてもいいから」
父親は、愛娘の醜態については、オレに責任が有るように睨み付けていた。

 無言で対峙するオレと父親の横で、由香は涙を溜めて座っていた。
由香の父親は沈黙を破ってオレに言った。
「どこの馬の骨か解らない男に、娘を嫁がす事は出来ないくらい、君にも解るだろう?」
オレは、一般的な父親の言い分に頷こうとして”ハッ!”と気付いて質問した。
「今、何ておっしゃいました?・・・”娘を嫁がす”って言われましたよね」
彼はシブイ顔をしながらオレの質問に答えた。
「ああ、言ったとも。昨晩、由香が”君と結婚する!”と言っていたからな。君も同じ気持なんだろう?」
オレは、”アッチャー!由香のバカタレが!”と思って由香を睨んだ。
由香は、無邪気に舌を”ペロッ”と出して、オレの視線から目を背けた。

 たぶん由香は、昨晩の親子喧嘩の中で、売り言葉に買い言葉で”結婚する!”と捨て台詞を言ったのだ。
その捨て台詞が引き金になって、心配した父親が動き始めたのだろうとオレは推察した。
オレの思っても見ないところで、意外な方向に展開を始める揉め事は、複雑な要素を含んでいるようだった。

 由香の”結婚する!”という言葉を、まともに受け取った父親の行動は、オレには何となく理解できた。
しかし、由香の感情的な捨て台詞が、今後のオレと由香の運命と、由香の家族の運命を狂わそうとしていた。
オレは運命の大きな渦の中に巻き込まれ、自分の人生が急展開するのを、その時点で気付いてはいなかった。

<続く>


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