警告
この作品は<R-18>です。
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Say Happy, say I do(前編)
(溜息吐くと、幸せが逃げるんだっけ)
今日も例の如く自室に籠ったカオルは、相変わらず耳に痒い音を出している。その隣のリビングで、アタシは埃取りモップを手にしたまま、何処ぞで聞いた迷信をぼんやり思い出していた。
──あの、楽しかった夜遊びの翌日。
眼が醒めたら二日酔いで頭が痛くて、それを紛らわすためにシャワーを浴びに行ったら、風呂場には昨晩の情事の名残が、ありありと残っていた。
それをやらかした主犯格二人は、その日から揃いも揃って熱を出し、丸二日寝込んだ。どうやら仲直りした様だったけれど、その仕方が思いっきり間違っていると思う。全くこの寒い時期に風呂場で盛り上がるなんて、馬鹿にも程があるだろうに。
結局アタシが散乱したカオルの服を片付け、風呂場を掃除する羽目になった。鏡や壁に残った精液をシャワーで流すアタシは、まるでラブホテルのベットメイク係みたいだ。
「ああ、もう最ッ低!」
正直、二人の後始末をするのはかなり嫌な気分だった。勿論、こんな事で二人を嫌いになったりはしない。でも次に同じ事があったら、間違い無くアタシはキレるだろう。
やはり互いの距離感や立場が違う以上、このまま同居するのは難しいような気がする。
また、この他に。アタシは気になる事があった。
現在アタシには全く収入が無い。生活に掛かる諸々のお金は、全てアキラに頼っている。ココに転がり込んで、もう二か月近く。アキラはそんな事は言わないけれど、きっと彼に負担を掛けている筈だ。
先々どうなるにしろ、そろそろ働かねばならない。お金が無ければ家に金を入れる事も、更には自活すら出来ないのだ。
そうアタシが思考に耽っていると、キッチンからアキラの声が掛った。
「ルカ、買い物付き合えよ」
どうやら野菜が切れたらしい。アタシは二つ返事でモップを片付けると、上着を手に取った。
外はまだ午後の三時だと言うのに、既に夕暮れの景色に変わっている。頬を撫でる風も冷たくて、もう冬がそこまで来ているのだと思った。
袖無しのダウンを羽織ったアキラと、マンションから徒歩で十分程のスーパーへ入る。彼は値上がりし始めた葉野菜を少しと、何種類かの根菜をカートへ突っ込んだ。
「ねえ、何作るの?」
「シチュー、鶏肉のな。んで、残ったら明日はドリアって感じで」
「旨そうじゃん。最近寒いし、アタシ、アキラのシチュー大好き!」
「嬉しい事言ってくれんなァ、でも何にも出ねえぞ」
「……チッ」
「舌打ちすんなって。行儀悪いぜ」
そう笑いながら、アキラはさり気無く見切品を物色している。その様子を見て、アタシは何だか申し訳無い気持ちになった。
──やっぱり、迷惑掛けてるんだ。
働かなければ、出来るだけ早く。そして稼いで、いずれはアタシもちゃんと自立しなければ。このままアキラに、迷惑掛け続ける訳には行かない。
一通り店内を回り、アキラがレジで会計を済ませる間。アタシはすぐ隣にある書籍コーナーで、アルバイト情報誌を覗いた。
そこにはたくさんの求人情報が載っていたけれど、事務員やレジ係からコンビニ店員に至るまで、ほぼ高卒以上と条件が付けられている。未成年で高校中退のアタシが働くのは、こういう所じゃ難しいらしい。でも試しに一か月当たりの給与を計算してみて、その安さに驚いた。
「十万、ちょい…?」
思わず溜息が出た。およそ四回援交したら、稼げてしまうような額だ。
こんなちまちま稼いでたら、最終的に自活出来るのは一体いつになるだろう。かと言って、もう誰かに体を売るのは絶対嫌だ。それにそんな事をしたら、アキラとカオルに本気で怒られる。
取り敢えず巻末までパラパラとページを捲ると、高額バイトと書かれた特集があった。そこにはフロアレディ等と称して、たくさんの水商売系の求人が乗せられている。
「お水、かあ」
確かに給料は高額だ。これならアタシに才覚さえあれば、稼ぐことが出来る。
そう思い付いて顔を上げた瞬間、アキラが帰るぞ、とアタシを呼んだ。
***
その数日後。
アタシは二人が仕事へ行く前に、夜の街で働きたいのだと切り出した。するとカオルがたちまち眉を寄せた。
「働きたいって、お前まだ未成年だろ」
「でもさ、あと二か月もしたら十八だし。アタシだって、小遣いくらい自分で稼ぎたいんだ。今さ、貯金も何も無いでしょ。幾らアタシが可愛いからって、今すぐ結婚して養ってくれるような男も現れないしさ」
「ハハハ、可愛いだって。自分で言うかよバーカ」
「煩い、このヘタレカオル。未だにピーマン鼻摘まんで食う奴に、そんな事言われたくないね」
「なっ、おまっ! ピーマンは人類の敵だぜ、あんな不味いもん…」
「まあまあ、落ち着けよ。お前のピーマンに対する憎しみは、後で俺が聞いてやるから。まずコイツの話、聞いてやろうぜ?」
思わずソファから立ちあがったカオルをそう制すると、アキラは真っ直ぐアタシの方を向いた。
「で、水商売って何やんのよ。稼ぎたいって、もしかして風俗か?」
「服脱ぐ仕事は嫌だ」
「じゃあ、ホステスとか?」
「うん、その辺」
「結構大変だぞ? 指名の本数とか、売上も絡んで来るしよ。綺麗なドレス着て、座って接待だけじゃ無えから」
「判ってる。でも、どんな仕事だって大変でしょ? それに、世の中高校中退には優しくないしさ」
その意味を、アキラは直ぐに察したのだろう。少し眼を伏せてからカオルに目配せすると、またアタシを見て口を緩めた。
「確かにな…判った、そこまでお前が考えてるんなら、俺の方で少し当たって見るから。カオルはどうよ?」
「ふん、仕方無えから俺も訊いといてやる」
「ありがとう……二人とも、よろしくお願いします」
そう言って、アタシが真剣に頭を下げたのに驚いたのだろう。アキラは少し黙った後に優しく微笑み、カオルは困った様に口の端を曲げて、アタシの頭をゆるゆると撫でた。
二人が動いてくれたお陰で、仕事は一週間ほどで見つかった。
丁度アキラの店とカオルの職場の中間辺りにある、程々に大きなナイトクラブ。そこはその界隈でも五本の指に入る優良店で、勤務システムも良心的だった。勿論、アタシが未成年だと言う事は内緒だ。バレたらアタシが捕まるだけでなく、店にも多大な迷惑を掛ける。なので入念に大人の化粧をし、バックルームでの女の子とのお喋りにも細かく注意した。
そうして、徹底的に良いトコのお嬢さんを演じる。長年そういう顔を使い分けて来たから、他人に育ちの悪さを看破される事は無かった。
その傍らで、年長のベテランホステスから接客のイロハを学び、仕事前後のバックルームから客への営業方法を盗む。名刺を集めリストを作り、個人の情報から特徴、嗜好など全てをファイルした。
そうして一か月が経ち、リストが二冊目に入った頃には。アタシは同期入店の新人の中で、一番売上を伸ばしていた。
***
入店から正月を挟んで、およそ二か月が経った。
どうやらアタシは、ホステスと言う仕事が向いているらしい。仕事に慣れて行くにつれ指名も増え、遣り甲斐も出て来た。アキラやカオルが心配するような苦労も感じず、店では新入りに対する苛めも無かったから、結構楽しく過ごしていた。
──そして珍しく、街にちらりと雪が降った寒い日の事。
その夜はアタシが誕生日だと言う事で、店から花火の飾られた、可愛らしいデコレーションケーキが出された。馴染みの常連がお祝いに花を贈ってくれたり、ボトルを入れてくれたりして、アタシは嬉しくて強かに飲んだ。正しい年齢で無いにしろ、こんな風に皆に誕生日を祝って貰うなんて、それこそ施設に居た時以来だ。
その浮かれた良い気分のまま、アタシは空き時間にバックルームから、カオルへ電話を入れた。
「モシモシ、カオル? ねえ、今日、店まで迎えに来てよ」
「あ? 何でだよ」
「アタシ、今日誕生日じゃん。だから」
「ハァ? つうか、本当は昨日だろ。もうプレゼントもケーキもやったじゃねえか」
「良いじゃん何回祝ったって。十九歳になったんだからさ」
「おーおー、しっかり詐称しやがって。つうかお前、今夜は店の送迎に乗って帰るって言ってただろうが」
「ええ、そんなん言ったっけ? 良いじゃん、たまには優しくしてくれたって」
そう甘えた声を出せば、カオルは呆れた様に大きな溜息を吐いた。
「……お前、かなり酔ってるだろ」
「うん、結構飲んだかも。ウフフ」
「ウフフじゃねえだろうが……全く、酔っぱらいが。じゃあ、何時に上がるのよ?」
「ん?何時だっけ」
「しっかりしろ、この糞餓鬼が!」
久々のオフを邪魔されたカオルは機嫌が悪かったが、誕生日だと甘えられれば無碍に出来なかったらしい。仕方なく迎えに来ると約束すると、少し乱暴に通話を切った。
これで今夜は気兼ね無く酔えて、帰りに乱れても心配無い。そう思いながらロッカーへ携帯を戻していると、傍らで同じように休んでいた、同期のエリカが声を掛けて来た。
「あれ、今日は送迎乗らないの?」
「うん、親戚が迎えに来てくれるから」
「親戚って、あの背の高いモデルみたいな人? それとも、サイ?」
そう言うエリカの瞳が、にわかに嬉しげに輝いた。
時々この店に現れるアキラとカオルは、その目立つ容姿のお陰で、目聡い店の女達から直ぐに覚えられていた。アタシは面倒を避ける為に二人を親戚で通していたが、それを良い事に紹介してくれと言われる事も少なくなかった。
特にエリカはサイをココで見て以来、仕事が休みの日はクラブ"U"に通い詰めている。それだけ彼がお気に入りって訳だ。
「サイが来るよ」
「マジ!? 今夜こそ紹介してよ、お願い!」
途端にエリカが真剣に、顔の前で手を合わせて頼んで来る。
ああ、面白い。
彼女はDJとしての、彼しか知らないのだ。
彼女は、アタシが彼と同じ家に居候しているのを知らない。プライベートで毎朝酷い寝癖を付けてたり、時々凄く優しかったり、子供みたいに我儘だったり、恋人のアキラに女みたいに突っ込まれて、啼かされている事も知らない。
全てを赤裸々に知らせてやったら、エリカは一体どんな顔をするんだろう。あまりのショックに泣き出したら、きっと大層な見モノになる──
アタシはそんな真っ黒な想像をしながら、彼女に済まなそうに告げた。
「紹介、してあげたいんだけど、最近どうやら恋人が出来たらしいの。一応、エリカちゃんの話はしてるんだけどね」
「そっか……やっぱ彼女、居るんだ。そう、だよね、だってサイ格好イイもん。彼女居て当然だよね」
「ゴメンね、良い返事出来なくて」
「ううん、良いの。でも、友達でも良いからさ。色々話してみたいから」
「うん。またタイミング見て、言って置くね」
そう答えると、エリカは少し残念そうに眉を寄せながらも微笑み、お礼の言葉を残して出て行った。
「クッ……クククク」
周囲に気付かれ無い様に、アタシは喉の奥で静かに笑った。
バカなエリカ。可愛いだけで何の魅力も無い、成績さえまともに挙げられない彼女が、あのサイと仲良くなりたいなんて。それこそ、身の程知らずって言うんだ。
彼が興味を示さないのに、わざわざアタシが仲を取り持つ筈もない。指名が入りフロアに呼ばれたアタシは、今までのエリカとの話を頭から追い出し、客に極上の笑みで挨拶した。
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