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Suck your fxxkin' kiss(後編)
 熱気渦巻くホールは、サイの思うままに煽られ、叫ばされ、踊らされる。
 途中で今流れている曲が、あの日彼が作っていた物だと気付いたが、少し踊ればそんな記憶も振り切れて、消えてしまった。
 そうしてどのくらい、夢中になっていただろう。気付けばプレイはエンディングを迎え、再び歓声がホールを満たす。その中でサイが応えながら、ブースの向こうへと消えていった。
 空調の心地好い風とフェードインするBGMで、興奮が汗に変わり始める頃。アタシは掛かるナンパの声を適当に流しながら、アキラの側へ戻った。
「ああ、喉渇いた!お代わり頂戴」
 カウンター越しに店員にそう告げると、彼は愛想笑いで手早く飲み物を作り、アタシに差し出した。
「盛り上がってたなァ。楽しいか、ルカ?」
「うん!やっぱココのクラブ、最高!」
 そう浮かれてグラスを口にするアタシを見て、アキラは目を細めた。
「コケなくって良かったな」
「はぁ?もう慣れたし大丈夫だから」
「イイ男、居たか?」
「ううん、アンタよりイイ男は居なかったよ」
「良く言うぜ、このマセガキが」
「何よ、折角ヒトが良い事言ってんのに」
 半分本気、半分お世辞の褒め言葉を聞いたアキラは、もういつも通りの彼に戻っている。それに内心安堵したアタシが、カンパリの冷たい喉越しを楽しんでいると。ブース横のスタッフルームから、カオルが現れるのが見えた。
 彼はそのままホールの端を回り、こちらへ近付いて来る。するとその進路を塞ぐように、カオルの前に客が何人か進み出た。
「サイ!」
 彼女達はしきりにカオルへ話し掛け、その冷たい笑みをうっとりと見詰めている。どうやら彼女達に褒められているらしく、カオルも満更ではない様だ。
「ねえアキラ、あそこに居るよ」
「ん?何だアイツ、客に掴まってやがんだろ」
 アタシが指差し教えると、アキラはそう言いながら、ホールを暫く眺めていた。
 良く見ていると彼女達の一人がカオルに、何か小さなプレゼントを差し出している。中身は定かではないが、あの小ささは多分アクセサリーあたりだろう。
 一応感謝の笑みを浮かべ受け取る彼の姿を眺め、アキラが低い声で呟いた。
「何だアイツ、客から色々貰ってんだな。道理で給料の割りに、しょっちゅう小物が増えんのか」
「ああ、部屋の机の引出しに入ってるもんね。しかも高そうな、派手なヤツばっかり」
 そう相槌を打つアタシに答えず、暫く沈黙した後。アキラは急にアタシの肩に手を回し、グイと引き寄せた。
「なあ、ルカ」
「な、何?急に……」
「グロス、ここちょっとはみ出てんぞ。直してやる」
「え?」
 アキラに抱かれ、右手で顎を捕らわれる。少しごつごつした親指の先が、ごく優しくアタシの下唇を撫でた直後。
 彼の唇が、アタシに重ねられた。
「!」
「やっぱり女の唇って、柔らけえな。マシュマロみてえだ」
 そう、酒と煙草の匂いの吐息が囁いて、続けて唇を食まれた。
 皮膚と粘膜の継ぎ目を、触れるか触れないかの距離でなぞられ、唇全体にアキラのそれが擦り合わされる。そして僅かに差し入れられた舌先でくすぐられ、その甘い感触につい溜息が出た。
「んッ」
「フフ、小っさえ唇だな。ルカ」
 時間にしたら、そんなに長かった訳ではないだろう。けれどこんなに丁寧にキスされたのは始めてで、アタシはついそれに流されて、アキラの首に腕を回した。
「お前、こういうキス、好きか?」
「ん……スキ」
「フフフ、俺も」
 すぐ目の前にあるアキラの瞳に映るのは、熱に浮かされたような、ぼんやりと泳ぐアタシの目。
 周囲から煽る声が聞こえ、冷やかすような目線に晒されているのが判る。早く離れなければ、と頭の隅で叫んだ理性は、僅かに上顎を掠められた舌の感触に、あっけなく消えた。
 ああ、知らなかった。キスが、こんなに気持ち良いなんて。
 人の舌や唾液なんて、ただ気持ち悪い物だと思っていた。けれど今触れるアキラのそれは熱くて、驚くほどに甘い。
 軽く舌を絡め合った後で、離れた唇を繋ぐ唾液の糸が、ゆっくりと伸びて切れる。それを見てやっとアタシは我に返り、慌ててアキラから離れた。
「ちょ、何でアタシにこんな……」
「お前が可愛かったから。それから、悪戯の仕返し」
「は?」
 アキラが意地の悪い笑みを浮かべ、アタシに顎でさし示す。その方向に眼を遣るとカオルが女達に囲まれたまま、思いきり眉を寄せて固まっていた。
「あ……」
 その怒りの形相に、言葉も出ない。
 どうしたら良いのか焦るアタシの横で、アキラは変わらずニヤニヤと笑っている。そのうちにカオルがふい、と踵を返した。
 急に去る彼に戸惑い、女達が慌てて追い掛けるのも構わずに。カオルはそのままスタッフルームの扉を開けると、その奥へ姿を消した。
「ちょっと、アキラ!マジに怒っちゃったじゃん、どうすんの?」
「フフフ、お前は気にしなくて良い。後で俺がちゃんとフォローしとくからよ」
「フォローったって……」
「大丈夫。お前にはとばっちり行かねえ様に、上手くやっとくから」
 アキラはそう言うと、未だキスの余韻に沸く周囲を無視したまま、唇に付いたグロスを左手で拭った。
 ──恋人以外を誘うカオルと、彼に他人とのキスを見せつけたアキラ。
 訳が判らない。アタシが知っている恋人同士の付き合いと、二人のそれは違うんだろうか。
 アキラは空になったグラスを店員に差し出し、お代わりを頼んでいる。
 それを怪訝な顔で見詰めるアタシに気付いたのか、彼は楽しそうに喉で笑うと、アタシに訊いて来た。
「なあルカ、アイツ虐めると、楽しいと思わねえ?」
「へ?……カオルの事?」
「困ったり、怒ったりすると可愛くて、もっとヤりたくなるんだよな」
「まあ、確かに。からかうとすぐ反応するからね」
「俺はよ、アイツが拗ねたり膨れたり、それから泣いたりしてんのを見んのが好きなんだ。あの作り込んだ綺麗な外面(そとづら)を、無理矢理剥ぐみたいでよ」
「ああ、相手の総てを見て、思う通りに支配してる気になれるから?って言うか、それって虐めっ子の心理みたい。でもさ、アキラ」
「ん?」
「アンタみたいな大人がそう思うのって、凄く歪んでるよ。ドエスじゃん、それ」
「ハハハハ!ドエスかァ。そう、俺って結構歪んでんだよ。知らなかったか?」
 アキラはそう笑ってアタシを眺めると、新しく出て来たお代わりを一気に飲み干した。



   ***



 喉を潤した後、また暫く踊った。
 そうして四杯目のカクテルを飲み干した辺りで、すっかり酔ったアタシは、アキラに連れられ家路に着いた。
 その頃になるとアタシの頭はアルコールのせいで、すっかり思考力を無くしていた。だから後で二人が酷い喧嘩をするんじゃないかと言う心配も、何処かに忘れてしまっていた。
 頗るご機嫌で帰り、そのままアキラにさっさと寝ろと、ベッドに突っ込まれたのが確か午前一時過ぎ。
 その後の記憶はぷっつりと途切れ、翌朝目覚めた時には、既に太陽は高く昇っていた。

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