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Rainy Lazy Rascal

 あの夜が過ぎて。
 ルカは相変わらず、俺達と暮らしている。
 ルカの居る生活は、とても楽しい。彼女が関わる事で、それまで体しか無かったアキラとの繋がりが、変わって来たように感じる。
 上手くは言えないけれど、アイツは俺に優しくなった。(もっと)もそれはルカが俺達を恋人同士だと誤解して、接しているからかも知れない。
 アキラに優しくされると、正直嬉しい。もしかしたらコイツは、俺に居候以上の感情を抱いてくれてるんじゃないかと思う。
 けれどそれは多分、ルカが俺達と一緒に居るからだろう。だからもし、ルカが居なくなったら。俺とアキラはまた体だけの、薄っぺらい関係に戻るのだろう。
 そう考えると、俺は何だか胸が疼くような、苦しいような気分になった。



   ***



 それから、久々に雨が降った日の昼下がり。
 寝起きのだらしない姿のまま、俺は仕事の仕込みで自室に籠っていた。
 新旧の、女の子が好むような音源を幾つかピックアップし、ターンテーブルに載せてメモリーへ突っ込む。同時に傍らで、他の音源をミキシングする。
 一曲一曲を丹念に探り、良いフレーズだけ取り出し、残響処理を施してサンプリング。それをベースとなる曲に被せ、更に全体へエフェクトを加える。
 それを延々繰り返し、三十分程のメニューに纏めてから。俺は最終作業に入ろうと、DJ卓のジャックからヘッドフォンを抜いた。
 フェーダーを上げれば、部屋の隅に備え付けた四発のスピーカーから、ご機嫌な音が流れ出る。一番バランス良く聴こえる位置に座り、全体をチェックしながら、再度ターンテーブルを回し次々に音を被せた。
 そうして何度、繰り返しただろう。
 どうしても納得行かぬ場所をしつこく十回ほど流した辺りで、隣の居間からガチャンと音が響き、続けてルカが壊れんばかりの勢いでドアを開け吠えた。
「煩い、気が狂うバカっ!」
「は?」
「さっきからバカでかい音でグルグル同じトコばっか。もう我慢出来ない。音、何とかしてよカオル!」
「あ、ああ、悪い」
 どうやら無意識のうちに、かなりボリュームを上げていたらしい。俺は慌ててメインのフェーダーを絞ると、吊り上がったルカの眼に愛想笑いで答えた。
「そんな怒んなよ。仕事だし、コレ今度のイベントで、使おうと思ってよ」
「じゃあ、せめてヘッドフォン外さないでよ。全くアンタって、昼も夜も、いつも煩いんだから!」
「夜も、って……何?」
「ああ、もうこの際はっきり言ってやる。夜も聞こえんの、アンタのアエギが。おかげで眠れないんだから。もう、何て言うか、スッゴいムカつく!!」
 俺の鼻先に右の人差し指をピシリと突き付けると、ルカは頬を染めて俺を睨んだ。
 言われれば確かに。
 彼女が俺達の関係を受け入れてくれた事で、最近は二人で暮らして居た時のように、奔放に過ごしている。
 例えば風呂上がりに全裸でうろついたり、たまにアキラの膝に乗り、キスしたり触ったり。それに関して、ルカが見ない振りをしながらも時々眉を顰めるのを、俺はからかい半分に楽しんでいた。
 しかし今、面と向かってアエギ声を指摘されるとは、流石に俺も少し恥ずかしい。けれど狼狽えるのも悔しくて、わざと不敵に微笑んでみせた。
「何、苛々してんだよ。偉く機嫌悪いな、もしかしてアレの日?」
「違うって!」
「じゃあ何、欲求不満?」
「なっ、違っ……」
「暫く男切れてるからな、それも仕方ねえか」
 適当に言った言葉は、意外にも的を得ていたらしい。
 ルカは更に顔を赤くして睨んだまま、次の悪口を探している。その表情が何だか可愛くて、俺はつい手を伸ばした。
「何……?」
 反射的に一歩後ずさるルカを追い、ドアを背に追い詰める。細い両肩を掴み、何事かと見上げる視線を受けながら、俺はそっと耳許で囁いた。
「相手、しよっか?」
「──え?」
「俺と、セックスする?」
「ちょ、何……本気?」
「フフ、お前は?」
「だってアンタは、アキラと……!」
 耳に触れるだけのキスを落とすと、ヒクリと小さな体が震えた。
 ほんの悪戯だ。本気でルカをどうにかしようなんて、全然考えていない。愛撫というよりはマッサージに近いくらいの、只の軽い思い付きだ。
 そのまま固まっている彼女の、耳からうなじを丹念に食む。ああ、女の子って細くて柔らかで甘い匂いがするんだった。もう随分、異性の肌に触れていないんだっけ。
「あっ……」
 首の付け根の辺りに、ごく軽く歯を立てる。すると、僅かに開いた小さな唇から、押し殺された様な吐息が洩れた。
「何だよ、随分大人しいな」
「……」
「感じてんのか?」
「一体、何のつもり?」
「何んにも。そうだな、スキンシップ?」
「はぁ? 何それ」
「フフフ、気にすんなよ。続きはまた、気が向いたらな。俺まだやる事あるから、居間に戻れよ」
「──この、性悪!」
 軽くその唇にキスして微笑み掛けると、ルカは思い切り眉を顰めて、そう吐き捨てた。
 性悪?
 随分古い言葉使うんだな。一体どこで覚えて来たんだか。
「ふうん、上等じゃねえかよ。小っせえ癖に、悪口は大したもんだな」
 その言葉を無視し、まるで鼓膜を破らんとばかりに音を立て、力一杯ドアが閉められる。そうしてカンカンに怒ったルカは、丁度起きてきたアキラに八つ当たりを始めた。
 全く子供は朝から元気だ。俺は隣で始まった小競り合いに構わず、ヘッドフォンを耳に当てた。



   ***



 それから、更に何日か後。
 アキラの提案で、ルカに服を買ってやる事になった。
 彼女は身一つで転がり込んで来たから着替えも足りず、家の中ではいつも俺の服を無理矢理着ている。今日なんか首元の伸びたTシャツに、ウエストを三つも折り返したスウェットだ。これじゃせっかく可愛いのに、まるでどこかのダサい男の子と変わらない。
 アキラは至極神妙な顔をしながら、ぽりぽりと脇腹を掻くルカに言った。
「良いか、出世払いで貸してやるんだからな。いつか働いて返せよな」
「マジに? 買ってくれるなんて、太っ腹! アキラ、ありがとう。大好きっ!」
「だから出世払い……ったく、聞いてやしねえ」
 喜んだルカが買い物のスポンサーであるアキラに、大げさに抱き着く。そして俺を見ると、意地悪げにニヤリと微笑んだ。
 ──何だコイツ、もしかして俺に嫌がらせのつもりかよ。
 ご丁寧に頬に軽くキスまでして見せるルカに対し、アキラが少し困った顔で笑っている。コイツは本当にルカに弱いんだと思った途端に、じゃれる二人がいたく目障りに見えて来た。
「おいコラ、離れやがれ」
「あ、嫉妬してんだカオル。男の嫉妬なんて、見苦しいよ?」
「ウルセえ、違うっつの! イイから離れろ」
 別に嫉妬なんかじゃない。でも何故か無性に苛々して来て、俺はルカの首根っこを掴むと力任せに引き剥がした。



   ***



 今流行りの安いストアを回り、服や小物と少しの化粧品を買った。
 最近三人で出掛けたのはコンビニくらいなものだったし、自分の物を買って貰えるルカは、とりわけはしゃいでいる。彼女の屈託無い笑顔は、見ているこちらも幸せな気分にしてくれた。
 小さな女の子に付いて回る野郎二人が珍しいのか、道行く人の視線が少し痛い。やはり目立つのだろう。それでなくても、長身でやたらイイ男的雰囲気のあるアキラと俺の派手な髪色は、昼間の街を歩けば嫌でも人目を惹く。サングラスだけでなくキャップも被って来れば良かったと、俺は内心舌打ちをした。
 ──そうして一通り買い物を済ませた、帰り際。
 とあるビルの二階を歩いていると、ふと通り掛かった下着屋の前で、ルカが足を止めた。
 きっと男である俺達に、気を使っているんだろう。入って良いか伺う様にこちらを見るので、俺はにやりと笑って、店頭に出ていた色取り取りの下着に手を伸ばした。
「へえ、このデザイン可愛いな。お前、何色が好きよ?」
「え? ああ、えっと……白、とか」
「ああ、白も良いよな。でもたまには、オレンジとか濃いピンクとか、可愛い系でどうよ?」
「いや、俺は黒とかレースが良い。少し大人っぽい方が、脱いだ時に顔とギャップあって良いだろ」
 傍らでアキラも手を伸ばし、話に乗って来る。コイツもきっと、気を遣うルカを和ませたいのだろう。俺はアキラに目配せすると、おどけた様に口の端を上げた。
「アキラの趣味はルカには合わねえって。十代の可愛い女の子は、ポップな感じがイイの」
「アァ? 男は大概、ギャップが好きなんだよ。童顔にセクシーな下着って、結構クるぜ」
「イヤイヤ、俺のオススメはこっち」
「じゃ、俺はコレ。ほら、ルカ、どっちか選べよ」
 満面の笑みで、両手にブラとショーツのセットをぶら下げた俺達を見て、ルカは堪らず吹き出した。
「バカじゃないの? 別にアンタ達に見せる為に買うんじゃないし。アタシ、コッチにする」
 そう言ってルカは陳列棚の中から、グレーのドット柄のセットを選んだ。そしてついでに、俺とアキラの手から一組ずつ取ると、にこりと可愛らしく微笑んだ。
「でも、せっかく選んでくれたからコレも買う。どっちも好きな色だし、スッゴく可愛いし。ちょっと予算オーバーだけど、良いよねアキラ?」
「え、何……あっ!」
 慌てて手に取った商品の値段を見て、アキラが慌てふためいた。
 バカだなアキラ、わざわざコッチは安いの選んでんのに、モロ高そうなヤツ選びやがった。それ、俺の持ってんのの二着分の値段だろ。
 とは言え、選んでおいて今更引っ込める訳にも行かない。アキラは渋い顔で尻ポケットの財布を手に取ると、万札を二枚取り出した。



   ***



 たくさんの鮮やかな、店のロゴ入の袋を手分けして持ち、狭いエスカレーターを降りて出口へ向かう。
 その途中、ショーケースに飾られたアクセサリーの前で、ルカが足を止めた。
「おいルカ、もう帰るぞ」
「待ってアキラ。少しだけ見たい。五分で良いからさ」
 そうヤツを引き留めながら、透明のケースを覗き込むルカの目線の先には、シルバーの可愛らしいハートのネックレス。一本何百円のジャンクなアクセサリーとは違って、品も良く値段も高い。
「良いな、これ。こういうの、似合うようになりたいな」
 そう呟きながら、ルカは更に顔を近づけてまじまじとショーケースに見入る。
 全く、女ってのはこういう食えもしない物が好きだ。同じ金を掛けるなら、俺は迷わず飯のタネである機材や音源を買う。
 勿論、アクセサリーが嫌いな訳じゃない。自分で買うならそうすると言う話なだけで、他人から贈られたり貰ったりすれば、もれなく有り難く頂く。実際、今着けてるネックレスや指輪だって、全てクラブの客から貰った物だ。自分で買った物なんて、一つもない。
 そう思いながら、俺はなかなか動かないルカから少し離れて、隣のショーケースをちらりと覗いた。
 そこには、やはり高い値段の付いたペアリングが幾つか飾られていた。材質はシルバーにプラチナ、それに金で、エンゲージリング風のデザインから、装飾を施した個性的な物まで並んでいる。
 それを見ているうちに、俺はふと思い付いてアキラに声を掛けた。
「良いな、コレ。俺こういうデザイン、結構好き」
「へえ。お前の着けるもんにしては地味だろ」
「そうか?」
「まあ、どんなデザインでも似合うだろうけどな」
 お前はセンスが良いからなと褒められれば、俺も悪い気はしない。むしろアキラに褒められるのは嬉しいくらいで、俺は少し浮かれてつい本音を洩らした。
「なあアキラ、俺にも何か買ってくれよ」
「アァ? 何かって、何よ」
「指輪、とか」
「指輪ねえ」
「首輪でも良いぜ?」
「首輪かよ。そりゃ俺に、飼われたいって事か?」
 チラリとアキラの眼が、俺を少し上から見下ろした。少し訝しげなのは、きっと俺の真意を探っているからだろう。
 ここで飼われたい、飼ってくれと答えたら、アキラは何て言葉を返してくれるんだろう。
 言ってみたい。でも、何故だか俺の唇は曖昧な笑みを浮かべて、言葉を閉じ込めた。
 肝心な時に言うことを利かない唇を、何とか動かそうと試みる。その努力の途中で、アキラはふい、と視線を外し口の端を曲げた。
「飼うの大変そうだな、お前。すぐ家出したり、やたら引っ掻かれそうでよ」
「俺は猫かよ?」
「そんなもんだろ……痛っ、蹴るなバカ!」
「引っ掻かれるよりマシだと思え、この野郎!」
 脛を蹴られた報復に、小突こうと大きな手が伸びて来る。それからスルリと逃げた俺は、ルカの肩を抱くと強引に出口へ向かった。急に店から連れ出された事に不満を訴える彼女に、俺は複雑な気持ちを隠して笑った。

 ここで俺の気持ちを少しでも、アキラへ伝えられたら良かったのかも知れない。
 逃した機会は結構大きくて、俺は暫く後悔した。


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