警告
この作品は<R-18>です。
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Black Suger,Ash Spice
アタシがこの家に転がり込んでから。
夜型の生活に慣れるのは、予想した通り早かった。 二人は昼過ぎに起きて夕方仕事へ向かい、大概アタシが眠った頃、いつの間にか帰って来る。そして気付けば隣のアキラの部屋で、一緒に眠っていた。
二人は仲が良くて、いつも冗談みたいな悪口の掛け合いをしている。カオルは自分を居候だと言っていたが、アキラは彼をそれ以上に扱かって居ると、アタシは思う。
そして新参者であるアタシは、居候として言い付けられた役割を、律儀に守っている。担当の掃除は丁寧にしているつもりだが、カオルは時々文句を付けた。
特に、棚を指でなぞって埃を確認する仕草なんて、まるであのお伽噺に出てくる意地悪な姉みたいだ。でもアタシは灰被り姫みたいに大人しくないから、いつも口喧嘩が勃発した。
「おいルカ。俺の部屋、埃溜めんなよ」
「えー? ちゃんとやってるよ」
「アァ? 埃、残ってるぞ。マジちゃんとしてんのかよ」
「煩いなあ。なら、カオルがすれば良いじゃん」
「何だよそれ? 掃除、お前の担当だろ。つうか、ちゃんとそのデッカイ眼、見えてんのかよ」
「ちょ、ナニその物言い? たまにアンタの代わりに、洗濯してやってんのに」
「俺だって、一昨日代わりに風呂掃除してやっただろ。あのなあ、機材とか、アナログ盤とか色々、埃に弱えんだよ。俺の部屋貸してやってんだから、もうちっとちゃんとやれよ」
寝癖を付けたままのカオルが語気荒く、アタシにぴしりと人差し指を向けてくる。ああ、こう言う仕草が本当に憎たらしい。
いつか隙を見て意地悪してやろうと思いながら、アタシは思いっ切り白々しい声を上げた。
「ハーイ! ああ、ありがたいわ、その仏頂面。そんなに気になるなら、裸で暮らせば? ついでに家ん中で布団も使うな、めっちゃゴミ立つ!」
「ケッ、どこをどうしたらその可愛い面でそんな生意気になるんだか。お前、そのまんまじゃ嫁に行けねえっての」
「大きなお世話だね。行かないもん」
「それで萎びてすぐババアになって後悔すんだぞ」
「何よソレ、このバカカオル!」
「アア?何か文句あんのかよ、チビルカ!」
「オイ二人とも。寝てんだから吠えるな。煩えぞコラ!」
激しさを増す舌戦に、奥の部屋から家主様の怒号が響いた。
アキラは昨夜飲み過ぎて、酷い二日酔いのせいで機嫌も悪い。アタシもカオルも居候の手前、これ以上家主のご機嫌を損ねたくないので、睨み合ったまま黙り込んだ。
そうして冷たい沈黙に支配された居間へ、暫くしてアキラの高イビキが聞こえて来る。するとカオルは、さっきの小競り合いを忘れたかのように、アタシを手招きし企んだ笑みを浮かべた。
その手に握られたのは、たくさんの髪ゴムと、水のたっぷり入った霧吹き。どうやら、アキラに何か悪戯する気らしい。
そっとアキラの部屋に入り、彼の枕元に二人で座り込む。互いに目配せしながら、シーツの上に散る黒く真っ直ぐな髪を、小束の三つ編みに編み上げた。そして霧吹きで湿らせれば、目覚めた頃には格好悪い、即席パーマの出来上がりだ。
アキラの困り果て怒る顔と、そのおかしな頭を想像して。アタシとカオルは涙を滲ませ、必死に笑いを堪えた。
***
こんな小競り合いと笑いに溢れた毎日は、渇いたアタシの心を次第に潤して行った。
二人はアタシに対し、何の遠慮もなく接してくれる。喧嘩も笑いも気遣いも、総てがリアルで嬉しかった。
きっと家族や兄弟って、こんな感じなんだろう。そう思うと、あの時カオルがアタシを助けてくれた事や、アキラとの予期せぬ再会が奇跡にも思えた。
神様って、本当にいるのかも知れない。
そしてカオルは出会ったあの夜以来、クラブで見せる冷たい表情を、全くアタシに見せなかった。
いつも素のままにゲラゲラと笑い、楽し気に悪口を叩く。そして時々アタシの髪を拭いてくれ、不安に襲われると優しく抱き締めてくれた。
それはきっと私に対しての、純粋な好意の現れなのだろう。けれど、いつでもそうする事が出来るのに、彼がアタシを抱く事は無かった。小さくて痩せっぽちで、子供のような外観のアタシには、やはり女としての魅力がないのだろうか。
ある日曜の夕方、入浴後。
またアタシの濡れた髪を拭くカオルに、アタシは何気無さを装って訊いた。
「ねえ、カオル。どうして、そんなに優しくするの?」
「ん? どうしてって、お前。そりゃ小っちゃくて可愛いからだろ? それに俺、こうして人の髪弄んの好きなんだ」
「それだけ?」
「ん、どういう意味よ?」
「何て言うか、さ。アタシって、魅力無いかな」
「はあ? ──ああ、そう言う話か。フフン、オンナとしては無えな。まだ丸っきりガキだしよ」
「ハア!? ちょ、それスッゲ失礼過ぎ。つうか、カオルもそんなガキ拾うなんて、変わってるよ」
「ハハハハ、そうかもな」
「……ムカつく」
「何だよ、怒んなよ」
屈託の無い笑みを浮かべたカオルは、膨らませたアタシの頬をつついて、猫をあやすように頭を撫でた。
「アタシはペットじゃないっつの。もう、撫でんなバカ」
「良いじゃん、俺がこうすんの、お前とアキラくらいだぜ?」
払われた手をしつこくアタシの頭に伸ばしながら、カオルは楽しそうに髪を弄くり回す。アタシは悔し紛れにカオルの体を怒付いて、そして笑った。
──魅力が無い。だからカオルは、アタシを抱かない。
元々外観にコンプレックスのあるアタシが、その言葉に内心凹んでいると。カオルはアタシの隣に座り、その鳶色の瞳を向けた。
「何かさあ、昔の自分に似てんだよな、お前」
「え?」
「居場所無くて藻掻いてる。んで、無茶して迷って、苦しんでる」
「……」
「だから、拾ってきた」
「ふん、人を捨て猫みたいに言うな」
「捨て猫じゃねえよ、迷子だろ」
「迷子……?」
まるで、胸の裡を見透かされたみたいだった。
カオルはアタシがあの時助けを求めていた事を、本当は知っていたのだ。だからこの家に連れ帰り、アキラに会わせた。
確かに彼は、アタシを性的対象として見ていない。
それは憧れの感情から見れば残念な事であったけれど、その反面、自分の性を売って来たアタシにとって、とても重要な事でもあった。
要するに、彼はアタシの味方なのだ。アタシの汚い部分も含め、全てを認めて対等な立場で、本気で向き合ってくれる。そんな人が身近にいてくれるなら、例え世の中が全て敵になろうと、きっとアタシは生きて行ける。
そう思うと、何だか悔しくて嬉しくて、胸が痛んで泣きそうになった。不覚にも涙が溢れかけ、慌ててそれを隠すように、カオルの頬を両手で思い切り引っ張った。
「うりゃっ!」
「イデデデデ! ギブギブ!」
「もう、本当にアンタって奴はっ」
「伸び、伸びる顔っ、判ったゴメン、ごめんなさ……!」
口の悪さには時々閉口するけれど。カオルが味方で居てくれるなら、アタシの憧れやコンプレックスなんて、ほんの些細な事だ。
そして。
味方と言えば、アキラも同じだった。
いつもアタシと一緒に叱られていた不良少年は、今やすっかり大人の男へ成長していた。
古い知り合いとは言え、突然現れた他人を受け入れ、何も言わず面倒を見るなんて、そうそう誰でも出来る事じゃない。
それに彼は、きっとアタシの知らない時間の中で、様々な修羅場をくぐって来たに違いない。二十代と言う若さで、背中にあれだけの彫り物を背負っているのだから、人に言えない何かがあっても不思議ではない。
だからこそアキラは、事情を話さぬアタシを問い詰めなかった。見守る必要と優しさを、彼は充分に理解しているのだ。
また、調理師免許を持つ彼の料理は、どれも絶品だった。そして時々アタシに元気が無いと感じると、然り気無く好物を作ってくれた。
「食い物さえ食って健康なら、人間多少の事は何とかなる。だから、たくさん食えよ。ま、背は伸びねえけどな」
そんなふざけた口調で、彼はアタシを温かく労ってくれた。
するとそれを見たカオルが不満気に、自分の好物も作ってくれとせがむ。アキラがその主張を子供だと笑い、やがて小競り合いに発展するのを見て、アタシは笑った。
こんな小さな幸せを、アタシはずっと望んでいたんだ。
このまま三人で、ずっと暮らしたいと思った。有り得ないと頭では判っていたけれど、いつか本当に家族に成れそうな気がした。
そんな時だった。
ふと目が覚めた、ある日の朝方。
アタシは遂に、真実の二人を知ってしまった。
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