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I know, I know

「お疲れ様でしたー」
 バックルームで先に仕事から上がるお姉さんに、そう挨拶しなから。アタシはウィッグを外すと私服に着替えて、脱いだ仕事着をハンガーへ掛けた。レースの長いスカートが尾ひれの様に付いた、白の編み上げビスチェ。こんな可愛らしい衣装を着るのは、女王様でアタシだけ。
 他のお姉さん方と違って、アタシは背も高くないしグラマラスでもない。当然、女王様定番の、黒革のハードなボンテージなぞ似合う訳もなかった。そこでリョウコ姉さんが店長と相談して考えたのが、今で言う姫系の女王様である。
 先に居たお姉さんの中には、そんなぴらぴらした格好なぞ邪道だと、あからさまに嫌な顔をする奴もいた。特に、リョウコ姉さんを良く思って居ない奴等は、アタシが彼女の後輩だと知ると、尚の事気に入らなかったらしい。
 大概何処の世界でも新参者が、しかも変わった事をやろうとすれば、疎まれ叩かれるのは必須だ。見習いで入店してから三日目に、お決まりの新人いびりが始まり、アタシは笑ってしまった。
「どう、やって行けそう? 何か困ったら、私に言うのよ」
 リョウコ姉さんはシフトで顔を合わせる度に、そうアタシを心配してくれた。
 彼女の言葉は嬉しかったけれど、アタシは自分の力で何とかしたかった。此処で生きて行くには、この程度で彼女に庇護を求める訳には行かないと思ったから。
 アタシが繰り返されるお小言や、悪口や嫌がらせに耐え、やがて見習い期間を務め上げてそれなりの指名が付くようになると、奴等もようやと認めたのだろう。小さな意地悪は時々あるにせよ、表立って文句を付けてくる事は無くなった。

 いつも通り、衣装に消臭剤を吹き掛けロッカーを閉じる。そしてきちんと鍵を掛けた辺りで、一番仲良くしているアツコが仕事から上がって来た。
「ああ、疲れた。全くしつこいんだから、あのオヤジったら」
 アツコはそう言うと、日本人形の様な切れ長の眼を歪ませて、赤く痕の残る尻を痛そうに撫でた。
 彼女はこの店で奴隷として働いて居るが、昼間は堅気の事務職をこなす変わり種の一人だ。苛められるのは好きだが真性のM女ではなく、おまけにバイセクシュアルでもある。
 複雑な、でも雑食な性癖は此処で重宝されていて、何度か客の嗜好により一緒にプレイするうちに、いつの間にか仲良くなった。
 奴隷の衣装である白いレースのキャミソールが、アツコの体から床に落ちる。堂々と露わにされた、所々に赤い痕を残した体は、細い癖に胸と尻が大きくて、アタシと違ってセクシーだ。目の前で揺れるそれが、何だかアタシを"誘っている"ように見えた。
「フフフ、本当に痛そう。これじゃ自慢のアンタの尻、痣になるかもね」
 一つ挟んだロッカーを開け、着替えを出すアツコの尻をふざけて軽く掴む。すると彼女は一瞬悲鳴を上げた後、そこを押えて柳眉を逆立てた。
「もう、止めてよふざけんの、マジ痛いんだから!」
「ハハハ、ごめんごめん。ねえ、真っ直ぐ帰るの?」
「何よ、晩御飯でも奢ってくれんの?」
「何でアタシがアンタに奢んのよ? 割り勘だってば」
「ふーんだ、ケチ…ま、良いわ。後で私のお尻にクスリ塗ってくれるなら、割り勘で良いけど」
 アツコはそう言うと、アタシに向かって意味深な笑みを浮かべた。
 普通の友人なら、自分の尻に薬を塗ってくれだなんて言わない。それは彼女流の、ベッドへの誘い文句だ。アタシは答えずに彼女の項に手を掛けると、少し高い位置にある彼女の唇に、軽くキスした。
 さらさらとアタシの頬をくすぐる彼女の茶色い髪からは、甘い香りと汗の混ざった良い匂いがする。更に大きく吸い込んでから、アタシは彼女の髪をそっと掻き上げた。
「良いよ、たっぷり塗ってあげる」



   ***



 嫌な客とプレイした後程、欲求不満になるのだと、アツコは言う。体の芯が(くすぶ)って堪らなくて、誰かが欲しくて仕方無いのだと。
 安い居酒屋で軽く呑みながら食事を済ませ、コンビニで買ったチューハイ片手にアツコの部屋へ来て、既に一時間。アタシ達はもう裸になり、ベッドの上で互いを貪って居た。
 アツコと初めて寝たのは、一ヶ月程前。アタシはそれまで男としか寝た事が無かったけれど、彼女とそうするのに何故か嫌悪は無かった。予め、仕事でプレイしていたからかも知れない。そのせいか、いざ事に及んでもリラックスしたままで、妙な気構えも必要なかった。
 女同士のセックスまで経験して、我ながらどれだけ節操が無いのかと思う。けれど、アタシにとって相手が男でも女でも、互いに快楽を味わうと言う点から見れば、どちらと寝ても変わらない。違いと言えば体のカタチが男か女か、肉が筋張って固いかふんわりと柔らかいか、ぐらいの差だ。
「ねえ、女も悪くないと思うでしょ、ルカ?」
「ん?」
「アンタも私と同じなのかしらね?」
 アタシの上で、アタシの太股の間に顔を埋めながら、アツコがそう笑う。アタシは目の前にある、彼女の下腹の茂みに指を潜らせながら答えた。
「どうだろ、女の子と恋愛したことは、無いけど……でもねえ、アツコ、アンタの体、とっても美味しい」
「あ、ソコで……喋らない、で、ひあっ、あっ」
「ココ、好き?」
「好き、すごく、好きっ、あっ!」
 ひくひくと、アタシの左指を二本咥え込んだ襞が震える。そのままゆっくり指を開く様に中を探りながら、舌先で尿道からつんと尖った肉の芽をなぞり吸うと、アツコが嬌声を上げて艶かしく腰を揺らした。途端に少し甘酸っぱい、男のソレとは違う透明な粘液が、襞の間からとろとろと溢れ出す。
 今、アツコはとても気持ち良いんだ。そう思うと何だか嬉しくなって、もっと気持ち良くさせてあげたいと思う。そして彼女も多分、アタシに対してそう思っている。
「ねえ、ルカ。本当に好きな人とセックスした事、ある?」
 彼女は初めて寝た時、アタシにそう訊いて来た。
 アツコはアタシに、それを知って欲しいといつも言う。彼女は心も体も許せる相手を必要としていた。そして、アタシをとても気に入って居る様だった。
 アタシもアツコが好きだ。その感情が親しい友達としてなのか、恋愛対象としてなのかはまだ判らない。けれど彼女と居ると、アキラとカオルに感じるものとは違う安らぎがあった。
 そして、その安らぎは彼女と肌を重ねる度にアタシの中に沁み渡り、アタシを満たして行った。



   ***



 散々啼かせて、啼かされて。
 情事後の心地好いだるさの中、アタシはサイドテーブルに置かれたチューハイの缶を取り、残りを一気に飲み干した。温くて甘いそれは、却って喉に粘付いて渇きを覚えさせる。
「ねえ、煙草取って」
 アツコにそう言われて、チューハイの隣に置かれた、彼女の煙草に手を伸ばした。
 お礼の声と共に彼女が受け取り、細い箱から一本取り出し口に咥える。火を着けたアツコが美味そうに吸うのを眺めているうちに、何だかアタシも試してみたくなった。
「アツコ、一本頂戴?」
「ん? 良いけど、アンタ吸わないんじゃなかった?」
「そうなんだけど、ちょっと格好付けて見ようかな、って」
「なあに、ソレ? 中学生みたいね」
 アツコはアタシの適当かつ間抜けな理由に、笑いながら煙草を差し出した。
 ライターの火を着け、煙草を炙りながら軽く吸えば、チリチリと葉が燃える。刺激のある煙が体内へ入り、慣れないニコチンのせいで、軽く目眩に襲われた。
(何だ、やっぱり大して美味くないや)
 昔読んだ古い本の中に、喫煙は緩慢な自殺と書かれていたのを思い出して、常にアキラとカオルはそうして居るのだと思ったら、何だか可笑しくなって来た。
 そう言えば、もう夜中だ。そろそろどちらかが帰って来て、アタシが帰って居ないと心配しているだろうか。
 そんな時、大概大騒ぎするのはカオルだ。彼はいつまでも、アタシを末妹みたいに扱う。物分かりの良く、放任のアキラとは正反対で、いつまでもアタシを子供扱いして煩い。でもそれでも、アタシにとっては大切な家族。無駄に心配させるのは、あまり良くないかも知れない。
 連絡を入れるべきかアタシがぼんやり考えていると、アツコが後ろからアタシを抱く様に座って来た。
「何だ、平気じゃないの、煙草。もっと()せるかと思ったのに」
「フフフ、煙草の煙には慣れてんの。うちの野郎共、皆吸い放題だから」
「じゃあ副流煙で、アンタも吸ってるみたいなもんだ。っていうか、ルカって家族と住んでるんだね。何人?」
「アタシ入れて、三人。つうか、全員血は繋がって無いけどね」
「ナニ、それ?」
 訝しがるアツコへ、アキラとカオルに会い今に至るまでを、かい摘んで説明する。普通の感覚なら良く理解出来ないだろうアタシ達の関係を、アツコなら何と無く理解してくれそうだと思った。
 思えば、アタシ達三人の話をした他人は、アツコが初めてかも知れない。普段は殆んどプライベートを語らぬアタシが、こんなに正直に話せたのは、身も心もアツコに許したと言う事だろうか。
 アツコは笑いながら、時には驚きながら、アタシの話に頷いている。そのうちにふと彼女は眉を上げ、口を開いた。
「ねえ、じゃあアンタはその二人を、ちゃんとくっ付けたいのね?」
「うん。でもさ、アタシ、色々深入りし過ぎちゃったみたいだって、最近気付いたんだ。今のアタシの立場って、二人の接着剤みたいなもんで。そりゃ、アタシ達三人は上手く行ってるよ。でも、このままじゃいけないと思うんだ」
「何でこのままじゃいけないの?」
「だってさ、アタシこのままじゃ、アイツ等が心配で、結婚も出来ないし。野郎二人連れてお嫁になんて、フツー行けないじゃん」
「ハァ!? ッハハハハ!何よアンタ、将来嫁に行く気なの!?」
「そうよ、悪い?」
「悪かない、悪かないけど、アイリ女王様のお言葉とは思えなくって、ハハハハハ!」
 アツコはベッドへひっくり返って、涙を流して笑いこけている。ここまで笑わなくても良いのに、と思いながら、アタシは話を続けた。
「とにかく……アタシが居なくても、あの二人が一緒に居てくれる事が、アタシの理想なんだ。いつでも何かあったら、帰れるように、さ」
「ふうん。接着剤が無くても一緒に、ねえ」
 ようやと笑いの治まったアツコが、涙を拭いながら体を起こす。そして自分のビールに口を付けてから、温い、と眉を寄せて溜息を吐いた。
「……アンタの話から考えると、本当に深入りしちゃったみたいだね、ルカ」
「うん」
「ねえ、知ってる?乾き切ってから、無理に剥がした痕って、幾ら接着剤を付けても、もうくっ付かないって」
「……」
「私もそれで良く失敗してさ。でも、生乾きなら、塗り立てよりもしっかりくっ付くのよね……私が今アンタに言えるのは、それだけ。後はどうするか、自分で考えるのね」
 アツコはそう言うと、アタシの頬をつついて立ち上がり、シャワーを浴びると言い残して部屋を出て行った。
 別にアタシは、アツコにアドバイスを求める為に、アキラとカオルの話をしたわけでは無かった。そして、彼女はそれを知って居るから、ただこんな比喩だけを示したんだ。
(良い女じゃない、アツコって)
 人は迷い、しばしば信頼出来る誰かに相談する。けれどそれは、相手からの答えを期待しているのではない。相談した段階で、実は質問者の内では答えが決まっていて、それを自分の中で整理し、結論づけるために他人に聞いて貰うのだと、ある学者は言う。
(だとしたら、アタシの答えは既に決まっている──)

 接着剤が、乾き切ってしまう前に。

 アタシは立ち上がり服を身に付けると、アツコにまた来ると声を掛けて、部屋を後にした。

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