警告
この作品は<R-18>です。
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#6
#6
駅前に林立するビル群。
その壁面の一つは、巨大なディスプレイになっている。
普段は、耳さわりのいいメロディーにのって、高級車や化粧品のコマーシャルが流れるこの画面だが、今日は違った。
普段この画面を彩る美男美女たちとは全く違った人種が映し出されている。
道行く若者たちは誰も、そんな画面、気にも留めない。
だが、会社帰りのサラリーマン風の男たちの中には、足を止め、画面に見入っている者もいた。
巨大画面には、政界を巡る動きについての速報が流されていた。
テレビですっかりお馴染みになったコメンテーターや政治家の顔が次々と映し出される。
政局の行方などに興味のない響は、一瞥しただけで歩き始めた。
この国の将来などにどうして興味が持てるだろう?
自分の人生の先行きでさえ、どうでもいいと思っているのに。
駅前の交差点を渡ると、その先には歓楽街が広がっており、西署はその端にある。
だが響は交差点を渡らず、そのまま道なりに進んでいった。
こちら側は、住宅街になっている。
戦前からの古い木造住宅の合間に、モダンな家々が立ち並ぶ。
東京は奇妙な町だと、外国人から言われるはずだ。
この町に長いこと暮らしている響でさえ、この町の顔が分からない。
十分ほど歩くと、目的地に辿りついた。
白い壁というありふれた外装の、地味なマンション。
『自由に使っていい』と部屋の持ち主から鍵を渡されてから、もう十年以上も経つ。
鍵をもらったばかりの頃は新築だったこのマンションも、風雨にさらされ、それなりの年季を醸しだしていた。
オートロックの玄関を通り、エレベータで最上階に上がる。
角部屋の前で、響は玄関の呼び鈴を押した。
鍵は渡されているので、そのまま入ることもできるが、この部屋に彼がいるのか確認しておきたかったのだ。
いなければ、いないで、そのまま入って今夜はここで彼を待つつもりだ。
彼は今夜、この部屋に現れる。
響はそう確信していた。
といっても、響は彼のスケジュールなどは知らない。
また、この部屋の主にとってここは、都内に幾つか持っている隠れ家の一つに過ぎない。
隠れ家の他にも、彼には、家族と暮らす本宅と、仕事のための事務所がある。
偶然にも、彼が今日、この部屋に現れる確率は、わずかだ。
それでも、響は確信している。
仕事のスケジュールなど知らなくても、彼の行動パターンはよく分かってる。
すわ衆参同時解散か、政局再編か、テレビは連日騒ぎたてていた。
政局が大きく動くこの時、彼の仕事がもっとも忙しくなるこの時だからこそ、彼はこの隠れ家に息抜きにやってくる。
彼に会うためには、今この時、ここでしかない。
響は、彼の本宅の住所も携帯電話の番号も知らない。
それは向こうにしても同じだ。
いまや、お互い、連絡を取りあうこともない。
二人のつながりといえば、この築十数年の地味なマンションの一室だけ。
彼がこのマンションを売り払い、もっと社会的地位にふさわしい場所に移ってしまえば、もう響には彼と連絡を取る術はない。
彼は気まぐれ一つで、響との縁を永遠に切ることができるのだ。
だが彼は今のところ、この地味な中古マンションを手放すつもりはないようだった。
響が呼び鈴を押すと、しばらくして、ガチャッという開錠される音が聞こえた。
「入れ」
インターホンから、そっけない男の声が流れた。
誰かと尋ねることもしない。
尋ねる必要などないのだろう。
この部屋のことを知るのは、この隠れ家の性質上、決して多くはないはずだ。
響はドアを開けた。
「久しぶりだな、響」
バスローブを一枚羽織っただけの初老の男が、響を出迎えた。
その顔は、先ほど駅前の巨大画面に映し出されていたものだった。
木島 弘蔵。
元 警察官僚の政治家。
閣僚経験者で、与党の最大派閥を率いる領袖。
その辣腕ぶりから、世間では最後の大物政治家と呼ばれている。
捜査課の大林課長がその名を聞けば飛び上がるほど、警察組織内では大きな権力を誇っていた。
響は彼の甥として、西署では、署長でさえ無下にはできない存在だ。
あれだけ問題行動を起こしながらも、響が警察をクビにならないのは、この男の後ろ盾があるからこそなのだ。
「お久しぶりです」
響は礼儀正しく一礼した。
この男は礼儀にはうるさい。
かつては、頭の下げ方一つにしても、怒鳴られたものだ。
木島は、久しぶりの甥っ子の様子に満足そうな笑みを見せ、
「お前は変わらんな。
まあ、入れ」
と促した。
勝手知ったる他人の家、響は、先頭に立って廊下を進んだ。
この部屋は単身者用のワンルームになっている。
トイレ、バス、クローゼットと通り過ぎると、すぐにリビング兼寝室にたどり着く。
部屋数は少ないが、しかし、広さはそれなりにあることを響は知っている。
馴染みのあるドアノブを回すと、無駄なものの何一つない部屋の佇まいは相変わらずだった。
テレビ。本棚。ソファ。低いテーブル。
フローリングの床には、シミ一つない真っ白なカーペット。
とても大物政治家の部屋とは思われない、質素さ。
見た目の華やかさには興味のない、この男らしい部屋ではある。
そんな部屋で、唯一、贅沢に見えるのは、ダブルベッドだった。
その唯一贅沢な家具の足元には、無機的なこの部屋には相応しくないものがあった。
十五、六と見える裸の少年が床にうずくまっている。
響は、ため息を漏らした。
「・・・あの子が今夜のお相手ですか?
あなたもお変わりないようで何より」
響は、皮肉をこめて部屋の主を振り返った。
だが老獪な男は、その皮肉を不敵な笑みで受け流しただけだった。
「若い頃は豊満な女の体が良かったが・・・女は支配欲が強くていけない。
ちょっと甘い顔をすると、妊娠を盾に、わがまま放題になるしな。
面倒でいかん。
その点、少年はいい。
若い少年の体は、女の熟れきった甘さとは違った、未熟な果実の味わいがある。
年をとるとこちらの方がたまらなくなるわ」
響は、俯いている少年に目を向けた。肩が震えている。
「泣いているじゃないですか・・・一体なにをしたんです?」
「同情しているのか?響。昔の自分を思い出したか」
甥っ子の顔色が僅かに変わったのを見て、木島はサディステックに目を輝かせた。
「なに大したことはしておらん。
昔、お前にしたのと同じことだ。
それをこいつときたら、泣くわ喚くわ、小便は漏らすわ、臭くてかなわん。
響、お前はそんな粗相は一度もなかったのにな」
「・・・初めてだったら、我慢できるはずありません。
おれは、あなたに買われる前に躾られていたから・・・」
響は目を伏せた。
その苦しそうな様子に、木島は満足そうな笑みを浮かべている。
「ああ、ミラージュはいい店だったな。惜しい店をなくしたものだ。
今の連中ときたら、そこらをうろついている家出少年を捕まえてきて、ただ連れてくるだけなんだから、サービスもへったくれもあったもんじゃない。
いちいち、こっちが一から躾けなきゃならん」
響は泣いている少年の側にしゃがんだ。
少年はびくっと体を震わせて、怯えた目で目の前の若い男を見上げた。
相当ひどい目に合わされたのだろう。
人間不信になっているようだ。
「大丈夫。もう怖くないから・・・」
響は優しく言って、辺りに散らばっていた服を身につけさせた。
「家は近く?」
響の問いに、少年は小さく頷いた。
「帰れる家があるんだから、帰りなさい。
はした金につられて、こんなバカなことをするもんじゃないよ」
財布から万札を三枚ほど取り出し、少年に握らせると、
「マンションの前の通りでタクシーを捕まえられるから」
響は少年を部屋から外に送り出した。
少年はぴょこんと頭を下げて、駆けていく。
「・・・おいおい、あれは私が買ったんだ。
勝手なことをしてもらっては困るな。
夜はまだ長いというのに、どうしてくれるんだ?」
今まで黙って眺めていた木島が口を開いた。
怒っている口ぶりではない。
むしろ、響の反応を楽しみにするかのように、微かに笑みを浮かべている。
だから、響は彼の望み通りの言葉を口にしてやった。
「あなたには、おれがいるじゃないですか」
そうして、世間的には叔父ということになっている男の首に、腕をまわした。
木島は、痩せた体を抱き寄せると、若者の端正な面を覗き込んだ。
「私の好みは、十代の少年だ。
響、お前はいくつになった?」
「二十七」
「私を満足させられるか?」
「おれは十五の時から三年間、あなたがミラージュに来るときには必ずお相手を務めていたんですよ。
あなたの好みは誰より分かっていると思いますが・・・?」
「大した自信だ」
木島は響をベッドに押し倒した。
「今夜は何か頼みがあって来たのだろう?
私を満足させることができたら、何でもきいてやろう」
「その言葉、忘れませんよ・・・」
響は男の体の下で、妖艶に微笑んだ。
「仕事の方はどうだ?響」
一戦終えると、木島はベッドの端に腰を下ろし、テーブルの上のマルボロの赤箱から一本取り出した。
「順調ですよ」
白いシーツの上にけだるげに体を投げ出しながらも、響はライターを手に取り、火をつけてやる。
「この前、お前のところの署長が単独行動が多いとぼやいていたぞ」
「それでも検挙率はおれが一番ですが」
「始末書と、署内外からのクレームの数もな」
言って、木島は豪快に笑った。
「だが、そんな連中のことなど気にしなくていい。
文句のある奴は私が黙らせよう。
響、お前はいい刑事になった。
私の目に狂いはなかった。
戸籍のないお前を警察に入れるのには苦労したがな、それでも、私の死んだ妹の子供という架空の経歴をでっちあげてやった、その甲斐があったというものだ」
「感謝しています」
いつまでも恩着せがましい男だ。
心の中ではそう罵りながらも、態度はあくまでしおらしく、響は答える。
木島の皺だらけの手が伸びてきて、若い肌を撫でさすってきた。
本当にしつこい。
警察の採用通知が届いたときに、さんざんこの体で礼をさせておいて、まだ言うか。
響は枕に顔を埋め、不快そうに眉をしかめた。
「この肌のなめらかさ・・・お前はちっとも変わらんな」
ベッドの上でうつ伏せに体を横たえている響の上に、木島は再びのしかかった。
響の形のよい双丘に、己れのものをこすりつけてくる。
「確かに私の好みは十代の少年だが、お前は特別だ。
この体は、私が作り上げたものなのだからな。
お前の体のことなら、お前より知っている。
ほら、ここがイイんだろ・・・」
「ああっ・・・」
「お前は私のものだ」
嬌声を上げ感じているフリをしながら薄目を開くと、自分を抱く男の頭髪に白いものが増えているのが見えた。
――ああ、この男も年をとったな・・・
昔は、自分の欲望を遂げることに夢中で、響のことなどお構いなし、泣いて頼んでも決して許すことなどなかったのに。
響の体をいじめぬき、堪えきれずにすすり泣く少年の響を笑い飛ばしたものなのに。
『お前の代わりなどいくらでもいるんだ』と、首に手をかけられたことも一度や二度ではない。
それが『お前は私のものだ』なんて。
そんな弱気なことを言うようになるとは。
昔は、その欲望を処理するためにいいように玩ばれ利用されてきたものだが、これからは違う。
おれが、この男の権力を利用する番だ。
枕に埋まった響の端正な面に、ぞっとするほど美しい笑みが浮かべられた。
「ニコラス・ウォンの情報が欲しい」
響は体をくねらせ、仰向けになると、木島にねだった。
「本庁の連中がうちの所轄で奴を追っているらしい・・・町の連中が言っていた。
あいつがこの町に戻ってきたのか・・・?」
「ほう、お前の獲物が戻ってきたと?」
新種の合成麻薬の売人も、入管が追ってる売春組織の外国人娼婦もみな、獲物を追う過程で手に入れた副産物に過ぎない。
そう。
響の追う獲物は、ただ一人。
「よし、所轄にも情報を回すよう、本庁に伝えておこう」
木島は頷き、響の美しい闇を孕んだ瞳を覗き込んできた。
「響。刑事にとって一番大切なことは何だか分かるか?
それは、執念だ。
何年も、何十年も、ひたすら獲物を追い続ける執念だ。
響、お前はきっといい刑事になる」
木島は響の耳元に囁いた。
「なぜお前に戸籍がないのか?
なぜあのミラージュで、男たちに奉仕していたのか?
そんなことは今さら訊くまい。
聡明な頭脳と美貌と、そして狂気の執念を持つ響。
お前がどんな刑事になるか、私はそれが楽しみなだけだ。
これからも、お前のやりたいようにやるがいい。
この目の黒いうちは、誰にもお前の邪魔はさせんぞ」
この男は、少年の響を買った、初めての客だった。
誰より多く響を抱き、誰より激しく響の体を心を苛んだ。
彼は、正真正銘のサディストだった。
彼の愛の交わりは、殺人行為と紙一重だった。
殺される、と何度思ったか知れない。
確かにこの男は少年を愛する変態サディストだが、影のフィクサーとも呼ばれる大物政治家だ。
警察にも大きな影響力を持つ。
その力は、響の胸に宿る狂気の執念――たった一つの願いを叶えるために必要なもの。
木島は、響を仰向けに寝かせ、その両膝を大きく開かせた。
響は全身の力を抜き、歓迎するように体を開いた。
(#7へつづく)