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#9
#9

天井から伸びている縄をナイフで切ると、若い刑事の体はそのまま床に崩れ落ちた。
「なかなか面白い見ものだったよ。
さすが色男は何やってもサマになる」
佐々木が声をかけても、床の刑事はぴくりとも反応しない。
男たちに次々と蹂躙されたその体は、指一本動かす気力も失っているようだ。
先ほどまで休むことなく、体の内奥に隠された性感帯を刺激され続けて、射精を伴わない、永遠に続く悦楽の波に翻弄されていたのだから、いくら若いとはいえ、消耗しているだろう。
しっとりと汗ばんだその白い肌には、男のものとは思えない艶がある。
男たちの怒張に貫かれ、女にさせられたその肉体は、もはや、タフな男のものではない。
それが証拠に、佐々木が靴の爪先でその体をつついてみても、何の反応も見せない。
男たちにレイプされるまでは、天井から吊り下げられて拘束されている身でも、決して服従することのない、強い意志の宿った目をしていたのに。
佐々木はこの結果に満足した。
床に散らばっている服を拾って、白い裸身に放ってやると、
「響さん、さすがのあんたも堪えたようだな。
もうニコラス・ウォンのことは忘れろ」
佐々木はにっこり笑ってそう告げると、踵を返した。
部下の男たちも、佐々木の後について店を出ていく。
「・・・どうした?」
店の入り口でふいに立ち止まる仲間に気付いて、前を行く男が振り返った。
彼は、見てはいけない化け物でも見てしまったかのような表情を浮かべていた。
只事ではない仲間の表情に、男が眉をひそめると、
「・・・笑ってた」
仲間はそう答えてきた。
「見たか?あいつ、笑ってたぜ・・・」
どうやら彼は、床に倒れている若い刑事を見ていたようだ。
「ショックで頭がおかしくなっちまったんじゃねえの?」
次から次へと男に犯され、輪姦されたのだ。発狂してもおかしくはない。
だから、男はそう答えたのだが、仲間はぶるるっと激しく首を振って、
「あれは悪魔だ」
と呟いた。
「何だって?」
「あいつは、人の姿を借りてこの世に現れた悪魔だ。
悪魔以外の何に、あんな恐ろしい笑い方ができるって言うんだよ・・・」



玄関で何かが倒れる音がして、静馬は目を覚ました。
枕元の時計を見ると、午前四時だ。
病院の玄関は、一日中開けっ放しにしてある。
盗られるほど値打ちのあるようなものはここにはないし、いつ急患が来るか分からないからだ。
静馬はぱんと頬を叩いて気合を入れると、フリースの上着をひっかけ、玄関に向かった。
「急患か?」
夜明け前の空はまだ真っ暗だ。
玄関は闇に包まれている。
電気を点けると、人が倒れているのが見えた。
「おい、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄り、抱き起こすと、その顔には見覚えがあった。
無駄に色男すぎる、不眠症の刑事だ。
「睡眠薬、ちっとも取りに来ないと思ったら・・・
わざわざ、こんな時間に来なくったっていいだろうよ」
静馬が呆れたように呟くと、彼はぐったりと静馬の腕に寄りかかったまま、うっすらと目を開けた。
「どうした?」
覗き込む静馬に、若い刑事は答えた。
「朝まで寝かせてくれ・・・」
若い刑事はそれだけ言うと、気を失った。
「・・・うちはホテルじゃねえ」
静馬は憮然としつつも、痩せた体をひょいと担いだ。
こんな所で寝かせるわけにもいかない。
病院の奥の部屋にある、簡易ベッドに運んでやった。
ころん、と体を転がすと、シャツの袖がめくれて、細い手首がのぞいた。
赤黒くうっ血した跡が見える。
「・・・一体なにをやってるんだ?」
静馬は、眉をひそめた。

ちくっと鋭い痛みが腕に走った。
あの熊のような医者がまた、栄養剤の点滴を打ったのだろう。
そんなこと、頼んでもいないのに。
かといって、今の響には拒む力もない。
体が重くてたまらない。
今さら男に輪姦されたくらいで、どうにかなるほどヤワな人生は送ってない。
それでも、男をこの身に受け入れる肉体的な負担だけは、避けられない。
ダメージを残さないように、うまく処理するやり方は身につけているが、それも完璧ではなかった。
もともと、男の体は他人を受け入れるようには出来ていないのだ。
下半身がだるい。
でも、この体を犠牲にするだけの収穫は得られた。
佐々木がああまでして本気で脅したということは、殺し屋ニコラスが、奴らのもとにいることは確かだ。
やっと見つけた。
待ってろよ。
必ず、追い詰めてやる・・・!!
響は、目を閉じたまま、微笑んだ。


額にひんやりと冷たい、けれども大きくて柔らかなものが触れた。
響は、その感触で眠りの底から呼び起こされた。
「熱は下がったみてえだな」
聞き覚えのある声。あの医者のものだ。
響の額に触れたのは、医者の手のひらだったらしい。
響は目を開けた。
窓から差し込む日差しが眩しい。
太陽はすでに天頂まで上っているようだ。
「・・・朝になったら起こせと言っただろう」
体を横たえたまま、ベッド脇に立つクマのような大男を睨みつける。
向こうは淡々とした顔で答えてきた。
「目が覚めなかったのは、体が休息を欲している証拠。
そういう時は休め。
八度近くまで熱出しといて何を言ってるか。
発熱するほどの過労って・・・刑事の仕事がハードなのは想像つくが、それにしても、お前のは普通じゃねえよな。何やってんだ?」
静馬の目が、自分の手に向けられていることに気付いた。
つられて視線を下げて見てみれば、縄で縛られていた手首が青黒いアザになっている。
響は、寝ている間にまくれ上がったシャツの袖を直して、手首を隠した。
「お前には関係ない」
そう言い放って、響は起き上がろうとした。
とたん、体のあちこちが軋み、悲鳴を上げる。
痛みに顔を歪ませながらも、響はうめき声を殺し、意地で体を起こすとベッドの上に腰掛けた。
「・・・意地っ張りめ」
静馬が呆れたように呟いている。
昨夜はここに辿り着くなり、着の身着のまま、気を失うように倒れてしまった。
シャツがじっとりと汗ばんで、気持ち悪い。
「シャワー貸してくれ」
「だから、うちはホテルじゃねえっての」
響の言葉に、静馬は憮然とした。
それでも、
「・・・シャワーで済ませないで、湯船につかって体をあっためた方がいいんじゃねえのか。
風呂、わかしてやるから」
と言いながら、立ち上がる。
「風呂に入っても大丈夫だろう。もう熱も下がったし・・・丸一日ゆっくり眠ったことだしな」
「丸一日?」
「そうだ。今日は、お前が来てから二回目の朝だ。
ぐっすり眠ってたんだぜ。よっぽど無茶したんだろう」
そんなに眠りこんでいたのか。響は愕然とした。
だが、それを他人に悟られたくはない。
「仕事熱心と言ってくれ」
響は不敵に笑ってみせた。
すると、静馬は口をへの字に曲げた。
「お前のはそうは見えねえんだよ。
ヤケクソって言うか、わざと自分を痛めつけているように見える・・・」
黙り込んだ響に、風呂沸かしてくるからと言い残し、静馬は部屋から出て行った。


湯船に浸かって一息つくと、体が軽くなった。
まるで生まれ変わったかのような、清々しさ。
水で洗い流したくらいでこの身の汚れが落とせるとは、到底思ってはいないが、それでも随分楽になった気がする。
着替えに、静馬のジャージを借りた。響の痩せた体には、ブカブカする。だが、文句を言える筋合いではない。
響は浴室を後にした。
この小さな診療所は、静馬の住まいも兼ねているようだ。
診療所の奥には、重症患者を休ませるベッドのある部屋があり、さらにその奥に、台所や浴室があった。
外から見た印象より、かなり奥行きがある。
木造で、だいぶ古めかしいけれど、それでも一人で生活するには十分な備えだろう。
「あらやだ!
静馬センセが、知らない男の服を洗濯してる!!」
素っ頓狂な若い男の声が聞こえた。
声のした方に向かって進んでいくと、縁側に出た。
目の前は、芝生のはられた小さな庭になっている。
そこに置かれた物干し竿で風に吹かれていたのは、響の服だった。
「静馬センセってば、いつの間に男と同棲なんか・・・親友の僕に一言もないなんてひどいじゃないか。
どこ?お相手はどこにいるの?会わせてよ。
・・・って、いた!あの人ね!わ〜お、水もしたたる色男じゃない」
いきなり、見ず知らずの男に指をさされて、響は眉をひそめた。
だが、
「アホか」
パコン!とその頭は大きな手のひらにはたかれた。
「あれは、うちの患者だ」
静馬がぎょろりと睨む。
だが、髪を茶色に染め、片方の耳にピアスをした優男は悪びれた風もない。
「え〜なんだ、そうなの。つまんな〜い。
僕の薫陶の甲斐あって、静馬センセもとうとうコッチの世界に目覚めてくれたのかとばかり」
「誰が目覚めるか」
「だって、こないだもルリちゃんにフラレちゃったんだって?
女なんか相手にするのやめなって。
静馬センセの良さは、女なんかには分からないんだ。
男同士の方が分かりあえるよ?」
「 何が悲しくて男に走らなきゃならねーんだ。
・・・っていうか、なんでルリちゃんの話をお前が知ってるんだ?」
「そんなことより、静馬センセ、あちらの色男を紹介してよ」
小鳥のように賑やかにさえずっていた男が、ふいに縁側の響に目を向けてきた。
「ハンサムさん、お名前を聞かせてもらえない?」
「・・・ひびき
声をかけてきたことを後悔するくらい、ぶっきらぼうに答えてやったが、向こうには全く通じなかったらしい。
「名前までステキだね」
にこにこ笑顔で、隣に立つ医者に同意を求める。
すると、静馬は意地悪な笑みを浮かべた。
「やめておけ。あいつはあれでも刑事なんだ。
お前の店、摘発されちまうぞ」
「失礼だなあ。うちは、ただのバー。フーゾクじゃありません。
普段肩身の狭い思いをしてる仲間たちに、おいしいお酒を気兼ねなく楽しんでもらえる場を提供してるだけ。
いつから同性愛は犯罪になったのさ。
自分が不幸だからって、八つ当たりしないでほしいな。女にフラレたくらいで。
自信持ちなって。静馬センセは十分イイ男なんだからさ。僕の好みとは違うけど。
僕だったら、年上で、もっとこう寡黙で渋い感じの方が――」
「聞いちゃいねえよ、そんなこと」
医者は問答無用に男の言葉を遮った。
「レン、お前、何しに来たんだ?こっちはヒマじゃねえんだ」
「もちろん、静馬センセに診察してもらいたくて来たんだよ」
レンと呼ばれた男は、ふいに真面目な表情になった。
「と言っても、僕じゃなくてね。
最近、うちの店によく来てくれるお客さんのことなんだけど・・・
彼、HIVじゃないかと思うんだ」
HIV。その単語に、医者の眉がぴくりとつり上がった。
「おい、そりゃ早いとこ検査をしないと・・・」
「もう発症してると思う。そして、彼自身、分かってると思うんだ。自分の死期が近いということを」
レンの明るい茶色の瞳に、悲しい影が宿っていた。
「エイズは不治の病だものね。
もうすぐ自分は死ぬのだと分かっている人に、してあげられることってないのかな?」
「・・・なるほど。その客は、年上で無口で渋いというわけか」
静馬の言葉に、レンはふふっと笑った。
その寂しげな笑顔に、クマのような医者は「やれやれ」とため息をもらした。
「とにかく設備の整った総合病院に連れて行け。
確かにHIVは、発症したらそれを完治する方法は今の医学にはない。
それでも、進行をできるだけ遅らせ、苦痛を取り除き、最期の時を充実させる方法はある。
自分はどうせ死ぬのだと、ヤケクソになっちゃおしまいだ。
そいつのためを思うなら、首に縄つけてでも、病院に連れていけ」
「僕も勧めたよ。でも、ダメだった。
病院で死ぬのはイヤだって。
彼、ヤケを起こしてるわけじゃないんだよ。
すごく落ち着いてて、自分の死期のこと、受け入れているみたいで。
うちのお店で気に入った人を見つけても、一緒に飲むだけ。誘われても、一緒にホテル行ったりなんかはしないんだよ。病気のこと、気をつけてるんだろうね。
だから、僕も何も言えなくってさ・・・」
「じゃあ、何もしないでただ死ぬのを待つってのか?
医学は常に進歩してるんだ。
いくら末期でも、いや末期だからこそ、治療が必要なんだ。
しのごの言わせずに、病院に連れて行け」
「・・・ただ、傍にいてやればいいんじゃないのか」
ふいに割り込んできた声に、静馬とレンが声の主を振り返った。
「ただ傍に寄り添って、最期を見届けてやればいいんじゃないのか。
人生の最期に、そんな顔して心配してくれる者と出会えただけで、そいつは十分幸せだ。
自分のために、涙を流してくれる者がいる。
自分がいなくなってのちも、自分のことを覚えていてくれる者がいる。
こんな幸せなことはないだろう」
若い刑事は淡々とした顔で、青い空を見上げていた。
小さな飛行機が青い空を切り裂いて天に向かっている。その後に、軌跡のように白い雲を残して。
「・・・そうだ、レン」
ぽん、と静馬が手を打った。
「そいつに手料理、食わせてやれよ。
店で出してる酒のつまみだけじゃなく、お前、料理うまいもんな。
こないだのイカのトマトソースのパスタ、絶品だったぜ。洋食の苦手な龍先生の奥さんも美味いって喜んで」
「ほんと?彼も喜んでくれるかな」
レンの顔が輝いてきた。
「よーし、今夜は腕によりをかけて準備しよっ!
じゃ、僕、店に戻るね」
ぽん、と自らに気合いを入れるように頬を叩いた後、レンの顔には屈託のない笑みが浮かべられていた。
「僕は医者じゃないから、彼の病気を治してあげることはできないけど・・・
でも、僕にでも、彼のためにできること、何かあるような気がしてきたよ」
レンは響をまっすぐに見つめてにっこりと微笑んだ。
それから馴染みの医者に手を振ると、診療所の庭から出て行った。
「・・・ありがとよ」
医者の言葉に、響は振り向いた。
「レンのこと、慰めてくれて。
そうだよな。最期の時はいつかは訪れる。それを避けることはできない。
適切な治療をするのももちろん大切だが、いつかは必ずやって来る時を受け入れられるように・・・
去っていく者も、残される者も、安らかな心で運命を受け入れられるようにするのも大事だよな。
治療は医者にしかできないけど、それは周りにいる誰でもが手伝ってやれることだ」
「別に、お前に礼を言われる筋合いはない」
そっけなく言い放つ刑事に、静馬はくすりと笑みを浮かべた。
「もっとドライな奴かと思ってたけど・・・お前、なかなか良いこと言うな。まるで、教会の神父みたいだ」
「やめてくれ」
響はなぜだかもの凄く不快そうな表情を浮かべた。
その時だった。
「医者!医者はどこだ!!」
診療所の入り口の方から叫び声が聞こえてきた。
只事ではない、切羽詰まった悲鳴だった。
「兄貴が撃たれて・・・血が!血が止まらねえ!!」
「ヤクザのケンカか」
庭にいた静馬が縁側に駆け上がり、響の腕をつかんだ。
「人手がいるかもしれん。手伝ってくれ」
そのまま響を引きづるように、玄関へと向かっていく。
響には否と答える隙もなかった。
玄関には、男がうめき声を上げながら蹲っていた。
もう一人の若い男は顔を真っ赤にしてその体を支えている。
響には、その男たちに見覚えがあった。
確か、赤月組の事務所で見かけたことがある。
赤月組の構成員ではないから、兄弟分の組の者か。
奥から出てきたクマのような医者の姿を見て、若い男の方は泣きそうな顔をした。
「兄貴を・・・兄貴を助けてくれ!」
「心配するな。肩を撃たれただけだ。しかも、弾は貫通してるみたいだしな。どうってこたあねえ。
極道なら、この程度のことでうろたえるな」
即座に男の傷口を確認した静馬が、若い舎弟を一喝する。
どちらがヤクザが分からない。
「お前ら、どこの組の者だ?抗争でも始まったのか」
「戦争なんかじゃねえっすよ。黒龍会の野郎どもが突然――」
静馬に問われるままに、すっかり頭に血が上っている若い男はまくしたてようとしたが、さすがに兄貴分の方は、顔色は悪いが、落ち着いている。
響に気付いて、舎弟を制した。
響に彼らの身元が分かったように、彼も響の顔を見知っていたのだろう。
警察官の前で、組の事情を語るわけにはいくまい。
だが、響には、それだけで十分だった。
黒龍会。
奴らが動きだしたのだ。
(#10へつづく)