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仕事がうまく軌道に乗っていた。トラブルや事件、事故も起こらず、順調だった。あの電話までは。
69 母と夢
立て続けにハイエナジー店、マーメイド店を我社が開店させ、起業から半年が経過した。
ハイエナジーは名前が浸透し、安いという客の声が多かった。またVIPルームでワンランク
上のサービスを受けるというのがステータスという声もあり、売上は安定期に入った。

日焼けサロンマーメイドも時間帯をずらしたことにより、集客や売上もまずまず好調だった。
イシハラの連れてきた真っ黒に日焼けした女の子は、面談したときには驚かされたが、仕事は
真面目でキレイ好きが店に合った。ワンコインの安値で提供し、客への負担を軽くした上、
ドリンクバックを歩合制にしたイシハラの案は見事に成功した。
スタッフやキャストに日焼けした人間が多くなったのは言うまでもない。

俺個人としては、自分の最低限の生活費のみを取り分とし、余力全てを小松へ返済とした。
この半年で2400万を返済することが出来た。

スタッフでは店長イシハラ、支配人に昇格させた小松、同じくボーイ長に昇格させた大島、
ボーイの原田、大橋とアルバイト2人の7人で営業を回していた。人件費が1人削減できたのは
かなり大きかった。

キャストは、周辺の他店と比べ、キング時代の店の状況から比較すると、かなり営業力が
あった。常連客も増え、データ上の結果も上出来だった。イベントを実行したことは1度も
なかったが、波が少ない店に仕上がっていた。
イシハラに毎月3人は、キャストの入替えを指示していたことが、キャストの鮮度を保つ
以上の効果が出ていた。

波乱万丈な俺の周囲が何事もなく、安定していたと感じていたときに携帯が鳴った。
「ボス…」
「ん?誰だ?」
時計を見ると14時だった。もちろん寝ていた。横でユイも寝ていた。
「シズカです」
「おう、どうした?」
「お母さんが…」
搾り出すように一言言うと、シズカはその後、号泣していた。
「どうした?今どこに居るんだ?」
いつも起こされる電話と違う雰囲気を察したユイが起きた。
「シズカちゃんから?どしたの?」
「まだ話が聞けてないんだよ。シズカ?もしもし!」
「ごめんなさい。ボスしか連絡できるところがなくて…」
「謝るのは後でいい。今どこだ?」
「警察です」
「分かった!今から行く」
俺とユイは最寄の警察署へ車を走らせた。署の入り口にシズカは立っていた。
「シズカ!」
俺が駆け寄るとシズカが泣きながら抱きついてきた。抱きしめると体が震えていた。
「落ち着け。何があった?」
「お母さんが車に巻き込まれちゃって…」
シズカへ連絡をした人間だろうか。1人の警官が俺達のもとへと来た。

シズカのお母さんは、国道を走ってきたダンプが左折の際に巻き込んでしまったとのこと
だった。現場には50mほど引きずった痕跡が残っていたという。この警官曰く、接触事故だけ
なら命に別状は無かった、引きずったことによる外傷性ショック死とのことだった。
「シズカ、他の家族にも連絡しないと」
「シズカちゃんのところはね、お母さんと2人暮らしだったの」
「そうなのか。お母さんはいつ家に帰れるんだ?」
「明日です…」
「明日から俺とユイがバックアップするからさ、今日のところは、俺の家に帰ろう」
事情を説明してくれた警官にお礼を言い、シズカを自宅へ連れて帰った。しばらくして少し
落ち着いたのか、シズカはソファで眠りについた。

「ユイ、今日は休んでシズカに付いてやってくんねえか?」
「ううん、私よりボスにいろんなことを話して欲しいんじゃないかな」
「何で俺?」
「そういう星の下に生まれてるんだから。落ち着くように話をしてあげて」

いつの間にか俺とユイも寝ていた。目が覚めると横にシズカが座っていた。シズカは俺が
目を覚ましたのを確認すると、小さな声で訴えてきた。
「ボス、私もうダメかも…もう何もやる気が起きないんです」
「今はさ、悲しいとき、納得がいかないとき、現実が受け入れられないときに泣けばいい。
 お母さんとの思い出を大事にすればいい。いつも一緒だと思えばいいんだよ」
「そんな気持ちになれるのかな」
「時間の裁判官ってのが居てさ、どんな辛いことや悲しいことも、時が解決してくれる。
 これは俺も体験したことあるんだよ」
「ボスが?」
「ああ。俺ってこう見えても実は小心者で怖がりで神経質でよ、根性ねえんだよ」
「ウソ…私を思ってくれて、そう言ってるだけでしょ?」
「黙って聞け。そんな俺にも時間の裁判官はやってきて、和ませてくれた。人は悲しいこと
 辛いことを乗り越えて強くなっていくんだって感じたよ」
「でも…」
「素直なお前が『でも』ってらしくないな。お前とお母さんの夢はどうした?諦めんのか?」
「私のお母さんの夢?」
「2人で店を持つことが夢だったんじゃないのか?だから俺の店で頑張ってたんだろう?」
「はい…でもお母さんと一緒じゃなきゃ頑張れないかもしれない」
俺を真っ直ぐに見ていた、シズカの大きな瞳からポロポロと涙がこぼれた。
「シズカが頑張って店を出してお母さんを安心させてやれ。お母さんの魂や気持ちはいつも
 その店にあるはずだ。俺がバックアップしてやる」
俺の言葉を聞いて、シズカが号泣した。その姿を見て、俺は抱いてやるしかなかった。
「シズカちゃん、私も居るよ」
ユイも起きていて、黙って俺の話を聞いていた。そしてユイはシズカの肩を抱いた。
「いいか。俺とお前の関係はただの雇用主と従業員だ。でも俺のことを信じてついて来い。  シズカが夢を裏切らなければ、お前の夢を必ず叶えさせてやる」
「寂しかったらここで寝泊りしてもいいからね。1人じゃないんだから。私達がついてる」
「ボス、ユイちゃん。本当にありがとう」
シズカは泣き顔なのに笑顔を覗かせた。ユイがティッシュの箱をシズカにそっと渡した。
「マンション引き払って、ここに来い。シズカなら歓迎するよ」
「シズカちゃん、本当に来てもらってもいいのよ」
「私、1人じゃ居られないから甘えちゃおうかな」
「おういいぞ!下着が少なくなってても気にするな。風呂で急に俺が入ってきても驚くな。
 たまに俺と一緒に寝たりするかもしれんけどな」
「バカ」
ユイに耳を引っ張られた。しかしやっとシズカの顔から本当の笑顔が見れた。
「朝方、急に目が覚めてさ、こう、ちょっとはだけてるシズカとかが視界に入ったらやばい
 じゃない?こう、何て言うのムラムラきちゃったらさ。俺も若いしさ」
「見られるだけならいいですよ。でもボスにユイちゃんっていう存在が無かったら、それ
 以上でもよかったのにな」
「ボス、モテるじゃん!まだ捨てたもんじゃないね」
「まあな。冗談はさておき、今日はここで休んでゆっくりしてろ。明日、お母さんを迎えに
 行くときは俺も行くから」
「いえ。今日も仕事に行きます。店に行って仕事してれば気も休まるだろうから」
「シズカちゃん、今日くらいはいいのに」
「2人に甘えることになるかもしれないから頑張れるときに頑張ります」

その日の営業にシズカの姿があった。夢を決して裏切らない彼女の頑張りがそこにあった。


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