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ユイの最後の墓参りの日。拒み続けていたイシハラが着いてくることを俺は認めた。しかしそこに若が現れ、俺の盾となったイシハラは刺されてしまった。
169 真友
ユイの墓へ最後の墓参りに来ていた。なんと若が現れ、イシハラを刺したのだった。

「イシハラさん!」
イシハラの足元には夥しい量の血溜まりが出来ていた。
「小松!奴を追え!」
「はい!」
「イシハラ!」
様子を伺うと腹部の辺りを、血で真っ赤に染めていた。イシハラは刃物を抜くとそれを投げ
捨てた。力無く後ろに倒れそうになったイシハラの体を受け止めた。
「今、救急車呼んでやるから、しっかりしろ!」
俺は着ていたシャツを脱いで、イシハラの腹にきつく巻きつけた。
「盾になんかなってんじゃねえよ!」
「それは俺の仕事っすよ…」
「しっかりしろ!」
「ボス、沖縄行けないかも…」
「バカ野郎!さっき来いって言ったばかりじゃねえかよ」

車の急ブレーキ音と、その後に何かぶつかった音が聞こえた。

「イシハラ、逝くなよ」
「出来る限り…頑張ってみます」
抱えたイシハラから流れる血が、俺の脚にも伝わってきた。止血しきれていなかった。
「いやあ!」
「マコ!」
車に戻って来ない俺達を、シズカとマコが様子を見に来てしまった。
「シズカ、子供らを車に!」
「あ、はい!」

「ボス、心の底から感謝してます」
「何だ」
「どうしようもなかった俺の人生に、ボスは輝く道を開いてくれた」
「それはお前の努力だ」
呼吸が乱れ、顔面蒼白だった。しかし、救急車はまだ来ない。

「ボス…若が…」
「もういい!止血するものないか?」
そのとき、やっと救急車が到着した。救急隊員に状況を話すと、イシハラはストレッチャーに
乗せられた。救急車は少しの間、発進しなかった。イシハラは蘇生処置を施されていた。
「ボス…」
マコが乗るとハッチバックが閉まる瞬間、イシハラは俺に親指を立ててサインを送った。

現場には、若がイシハラを刺した刃物とイシハラの血溜まりだけが残った。

車に戻ると結が泣いていた。
「結が朝から機嫌が悪かったのは、これを暗示してたのか…」
「ボス、救急隊から連絡がありました。病院に向かいましょう」

小松が連絡を受けて聞いた病院はすぐ近くにあった。
「すいません、さっき救急車で運ばれてきた26歳くらいの男性はどちらに?」
「今運ばれて来た男性ですか?」
「はい、10分から15分くらい前です」
「失礼ですが…」
「身内のような者です」
救急受付の担当達が顔を見合わせた。
「残念ですが…その方は、救急車で亡くなりました」

目の前が真っ白になった。イシハラを失った絶望感だけが俺を支配していた。

「ボス!危ねえ!」

あのとき、イシハラに押された。イシハラは俺の身代わりとなってしまったのだった。
「あの野郎だけは、許さねえ…ぶっ殺してやる」
「ボス!」
少し遅れて小松がやってきた。
「小松、イシハラは死んだ。若をしとめに行くからついて来い…」
出口に振り返った俺の腕を小松が掴んだ。
「ボス、それは叶わないことです」
「止めるな」
「彼は死んだかもしれません」
「何!」
小松が若を追い掛けていったとき、若は垣根や植え込みを飛び越え、国道16号を横断した。
「私の目の前で、道路に飛び出した彼は、ダンプに轢かれました」
あのときの車の急ブレーキ音と衝突音は、若だったのだった。

「すいません!車に轢かれたほうじゃなくて、もう1人来ませんでしたか?」
「刺傷された方ですか?」
「そっちだ!」
「失礼しました。ただいま手術中です」

「ボス!」
俺を呼ぶ声がした方向にマコが居た。マコに駆け寄ると抱き寄せた。
「イシハラはどうなんだ?」
「分からない…」
「あいつは必ず戻ってくる」
イシハラは搬送される直前に親指を立てた。絶対に戻ってくる。

そう言い聞かせるしかなった。ユイに続いてイシハラまで失うと俺には何も残らない。ユイが
右腕ならイシハラは、俺の左腕だ。
若の私怨は俺に向けられていた。しかし傷付いたのはイシハラだった。俺と出逢わなければと
いう想いが頭をかすめた。出逢ってから、商売を始めてからずっと俺の側近中の側近として、
いつも俺の側に居た。俺はイシハラに本当の友は、真友と書いてシンユウだと言った。それは
俺とイシハラの付き合いなのだと。
キング時代で支配人に昇格したとき、俺達の歴史はこれからだと鼓舞した。あれから6年…。
イシハラには特に厳しく教えたが、そこには情もあり、俺とイシハラは共に成長してきた。
俺達は、人格的で永続的な師弟関係だったのだ。

テレビのように手術室のランプが消えるのを待つということはない。別室で待っていた。その
イシハラを待つ時間は、永遠のように永く感じられた。
「ボス、警察の方がお話をと…」
「ああ」

警察との話の中で、小松の言うとおり若の死を聞いた。やつもこの病院に運ばれてきていた。
被疑者死亡のまま、殺人未遂事件として立件するとのことだった。
「被害者の安否がはっきりしていません。それまでは静かに待たせてください」
俺は刑事にそう話すと理解してくれ、帰っていった。

「もう大切な人間を失うのはたくさんだ…」

手術を担当した医師が俺達の前に来た。
「やれるべきことは施しました。後は彼の行きたいという力に賭けるしかありません」
「ありがとうございます」
「逢わせたい方がいらっしゃるなら、呼んでおいてください。予断は許されない状態に変わり
 ありませんので。集中治療室で姿は見れます」
「はい」

ICUのガラス越しに、依然として意識の戻らない、イシハラを見ていた。
「イシハラ…帰って来い」
心の中で何度も念じた。俺とイシハラの真友物語をここで完結させるな。そう強く念じていた。

ICU内が騒がしくなった。イシハラが心停止状態となってしまったのだ。数人の医師や看護婦が
蘇生処置を懸命に続けている。
「おい!」
ガラス際に立って、イシハラを見守るしかなかった。電気ショックを与えるとイシハラの体が
大きく動いた。看護婦が点滴に何かを入れたりもしていたが、心臓が動かない。

神や仏などを信じる性格ではない俺が必死に祈った。イシハラを逝かせてくれるなと…。


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