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少年と母親、その性的関係の真相に切り込む向坂。
第42話 アビス
深淵(アビス)―――僕たちは混沌の淵を覗き込んでいた―――だから」
 少年は低く掠れた声で答えた。
「なんだと?」
 向坂の表情から笑みが消えた。
「そこでは光り輝く薔薇十字も無力でした。神の秩序という「光」の届かない「闇」の領域―――強すぎる「光」の放射によっさて砕かれた「世界」の破片、その「殻」が作り出す「陰」―――」
 少年はうつめな目を向けて言った。その背後に荘厳なカバラの宇宙樹が鬱蒼とした枝を広げる―――
「それが小宇宙(ミクロコスモス)である「人間」にもそのまま映し出されているんです」
 少年は続けた。
「秩序の外にあって、真の生命をもたないうつろな「抜け殻」―――クリフォト。なぜそんなものが存在するのか? 金を精錬した後の残りかす? ワインを造る時に同時に生成される不要な沈殿物? とにかく、世界が存在する上で、同時的に発生する並行世界―――」
「ふっ、ふざけるなあ!?」
 向坂の一括に、少年は眉間をしかめて押し黙った。

 「自己」の中心にあるものが絶対的な「無」であるのなら?
 とどのつまり「自己」の本当の目的など何もわからない。
 無秩序に広がる混沌―――

 あの夜の高野禎文の言葉。

「つまり、君は秩序が存在するがゆえに無秩序が存在し、善が存在し続ける限り、自動的に悪もまた存在するといいたいのか? しかも、善はその存在の前提として悪の存在を必要とする―――そう聞こえるが」
「『悪魔は神の裏面である』―――イェイツが座右の銘としたエリファス・レヴィの言葉です」
「難解だね」
 向坂は吐き捨てるように言った。
「それと川村郁子の死に何の関係があるのかね?」
深淵(アビス)です」
 少年は間髪入れずに答えた。
深淵(アビス)の影響がクリフォト的な性質を刺激して―――」
「もういいッ、うんざりだッ」
 向坂は声を上げた。
「私が聞きたいのは、事物のオカルト的解釈じゃないんだ。君の性的なコンプレックスなんだよ」
 向坂は少年に迫った。
「なあ、いい加減に素直になったらどうなのかね? 思い出すんだ、お母さんとのこと。なんでもいいんだ、昔のことでも。性器を愛撫されたって言ってたじゃないか」
 少年のペニスに触れた母親、勃起したそれに異様な関心を示すその熱い視線……

 それに応える少年の幻が浮かんだ。

                                     第42話 終
ペニスに対する母親の視線、それに応える少年の幻……
次回、例の「写真」に隠された秘密―――その真実とは。
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