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空想の恋に生きる丸地、そして羽田野圭吾―――向坂の指摘。
第35話 同性愛
「羽田野圭吾も同じだ」
 向坂は机の上に少年の絵を無造作に投げ出した。
「こんな絵ばかり描いて芸術家気取りの誇大妄想にふけって」
 茨の冠をいただき、十字架を背負う女性化したイエス、頬に血糊をつけてこちらを見据えるユディト―――性と暴力。
「性的に未熟なんだよ」
 向坂は丸地に向かって人差し指を突き出した。
「男性としての自己に自信がもてず、それでいて自分自身の女性的な人格を否認する―――その結果、分析に対しても反抗的な態度をとる」
 向坂は手元に散らばった少年の絵を一瞥して続けた。
「不安や依存の否認、誇大妄想、傲慢な自己確信―――フロイト的に言えば男根期の固着、つまり、ライヒのいう男根期自己愛的性格―――それが社会不適応を起こした時、抑えつけていた女性的人格―――アニマが意識の偏りを補償するために活性化する。その結果、人格は女性化する」
 ペニスを失い、女性化した羽田野圭吾の姿―――
「人格の女性化―――その背後には性的な同一性をめぐる葛藤が存在する」
 向坂は続けた。
「その葛藤ゆえにあらわれるのが乱交的、露出症的な傾向だ。羽田野圭吾はこうした絵を他人に見せびらかすことによって、女性を征服し、自らの性的優位を誇示しようとしたのだ。イェイツにもなかばストーカー的な妄念があった。後期の詩にはいたずらに性を強調したものさえ見られる。そうした傾向の行き着く先が同性愛だ」
 向坂は視線を再び机上の絵に戻した。
「アニマと自分自身を同一化し、自らが女性的人格の演じ手となる―――だが、同性愛者としては男役(タチ)となることが多い。そうした人間は稀に集団のリーダーとして特異な才能を発揮する場合がある。倒錯した性質をもちながらも、彼が図書館のリーダーとしてわりにうまくやってこれたのは、そのためだろう」
 ナポレオン一世、ムッソリーニ―――倒錯した独裁者としての羽田野圭吾。
「しかしまあ、よくもここまで女性ばかり描いたものだね」
 向坂は呆れたように言った。
「これも、あれも、それもッ―――男の絵が一つもないっていうのは極端だね……!」
 うつろな目で男を見つめる人魚、胸から血を流して息絶える半裸の女―――羽田野圭吾の異様な世界。
 丸地は何か言いたげな目で向坂を見た。
 だが、「フムン」と呻くような息を発したきり、押し黙った。
「これというのも去勢不安の裏返し……抑圧されたエディプス・コンプレックスのいびつな―――」
 そこまで言って、向坂は「ア……」と叫んで息を呑んだ。
「あ? どーかしたんですか?」
 丸地の問いに向坂は答えなかった。
 なんだ、これは?
 向坂は一転して口をつぐんだ。
 少年の絵にあらわれた奇妙な特徴―――それが向坂の目を開かせた。

 この絵―――この絵にはすべて……

                                    第35話 終


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アニマとの同一化、そして同性愛―――そこに浮かび上がった新たな仮説とは?
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