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高野の語る美和子との関係、そして自己のめざす人生の目的、究極の真意とは……
第24話 自己――セルフ
「人間の心はさまざまに色づけされ、そのもとの形すらわからなくなっている。全ては虚構なんだ―――」
高野禎文は言った。
「人は自分自身の本当の姿さえわからない―――ちがいますか」
「ええ」
向坂は頷いた。
「自らの心の全体性を捉えることなどできはしない、それは人の永遠の目標にすぎない―――私もそう思います」
「あなたはユング派のいう自己のことを指してそう言っているのですか? 自己の全人格の統合の象徴、最高価値、神のイメージ―――」
高野の思わぬ反問―――向坂は再び目線をあげた。
カール・グスタフ・ユング(1875-1961)―――ユングは意識と無意識という全体を統合する「自己」という概念を提唱した。人のこころは自ずから
「自己」のもつ性格を実現しようという目的のもとに機能するとユングは考えた。隠されていた無意識の働きに気づかせ、自分自身がいったい何者であるかを教え、人生の真の意味へと人を導く人格の最終的な実現可能性―――彼はそれを「自己」と呼んだ。
その上で、高野禎文は向坂に問いかけた。
「だが、そもそも人生に真の意味などないのだとしたら? 『自己』の中心にあるものが絶対的な『無』であったなら? ならば、そこに救いを見出そうとすること自体、無意味だということになりはすまいか―――」
「『自己』は絶対的な『善』、つまりキリスト教の言うような意識的な『神』のイメージではありません」
向坂は高野の問いかけに答えて言った。
「『自己』は無意識の暗部をもあわせもった全体性なのです」
高野の表情は動かなかった。
天井まで届く書架の影が、高野の背後に悪魔的な陰影となって覆いかぶさろうとしていた。
その光と闇の境界線上で、高野は言った。
「この世に『善』を補償する『悪』が存在し、それによって世界のバランスが保たれているのだとすれば、『悪』は『有』である『神』の一部だ。それは意味と目的によって人生と結びつけられているからだ」
高野の右手がかすかに動いた。
その手首に巻きつけられた水晶の数珠―――ロザリオ。
「だが、本当は意味も目的も心の範囲で生み出された幻想にすぎないのかもしれない」
高野の顔が、それとはわからない程度に歪んだ。
それが顔の各部に奇妙なひずみとなって拡がってゆく―――
感情と表情の不一致、意味として理解される記号の喪失……
「あなたも感じているはずだ」
高野は続けた。
「とどのつまり、『自己』の本当の目的など何もわからない。いや、無秩序に広がる混沌とした可能性そのものが『自己』の求める『すべてのもの』なのだと」
「高野先生、あなたの自我は病的に肥大している。ご自身を世界のすべてと同一化しようとしているにすぎない」
向坂は指摘した。
よくいる誇大妄想狂―――ヒトラーもその一人だった。
「そう」
高野は抗わずに頷いた。
「私はあなたであり、あなたは私でもある。そとて美和子とも―――私は裸になった美和子の魂と結ばれた」
高野はその落ち窪んだ目を向けて、向坂の顔をまじまじと見つめた。
あなたも同じなんでしょう―――そんな嘲りのこもった目……
それを認めようとしない向坂の無知に対する嘲笑……
「私たちは結ばれ、一つになって高められた。あたかもイェイツとモード・ゴンのように―――」
イェイツ―――
またしても立ちあらわれた詩人の名前……
これは一体なんだ?
第24話 終
美和子との一夜―――それは夢ではない? 世界はすべて意識の投影にすぎなかった……?
【りさこより】
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クリヤマアイコさんある意味、一部JCの間で囁かれた都市伝説です……