ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
警告   この作品は<R-18>です。 18歳未満の方は移動してください。
  鏡のかけら 作者:asami
9・罪
「馬鹿、馬鹿、馬鹿! 何でそう気軽にキスするのよ!」
「いいじゃない、私のこと好きなんでしょ」
 面倒くさい、どうにでもなれ! 
何を言っても何をしても突っかかってくる。真理谷はつい、苛々とはき捨てるように言ってしまった。
「こんなのいや!」
 はつはめそめそと泣いている。泣きながら頬を高潮させ、真理谷に手を引かれながら大泣きした後の子供のように、ずるずると足を引きずるようにして嫌々歩いている。
 雑居ビルのひしめく街角は、カラスの鳴き声とともに夜が明けたのだった。
 はつは真理谷の強引なキスでは誤魔化されなかった。唇を重ねても、二人の気持ちは遠く、分厚い壁が高々と立ちはだかっているのだ。
 はつは絶対に泣かせたくない。
 夏川ほのかの妹は、自分にとっても家族なのだから。
自分の今の気持ちをはつにわかってほしい。そのためには夏川ほのかのことを話さなければならないだろう。
それは真理谷が今まで避けてきた話題だった。
真理谷は歩きながら大きく息を吸い込んで吐き出し、肩の力をぬいてから、静かに話し始めた。
「はつ、ほのか……お姉さんから、私のこともっと色々聞いているでしょう?」
はつはおえつを漏らすだけで、何も答えなかった。
「最初、ほのかは犬を探してほしいって依頼で私を訪ねてきたの。そういう依頼は初めてだったから、便利屋を紹介しようと思ったんだけれど、あんまり必死に頼んできてね。何とかしてあげたくなった」
 はつは足をひきずるようにして歩きながら、がっくりと首を折ってうつむき、真理谷の話に黙って耳を傾けていた。
「かなり手こずったけれど犬は見つかった。でも、こんなの仕事のうちに入らないからって見栄を張って、報酬の代わりに食事おごってほしいってほのかに言った。で、OKしてくれた」
「知ってる。あの時、お姉ちゃんはどのレストランがいいかとても迷っていて……でもなんだかすごく嬉しそうだった」
 はつの顔は灰色の歩道と睨めっこしたままだったが、ぼそぼそとつぶやくように言葉が返ってきた。
「そっか」
 真理谷の胸の奥がじんと熱くなった。あの頃の感情が再びよみがえってきた。気持ちを落ち着かせるために、真理谷は大きく息を吐いてから話を続けた。
「そのとき私は舞い上がってた。ほのかの結婚が決まっていたこともきいていたから、ちょっと素敵な思い出ができたらいいな、なんて軽く考えて誘ったの。いや、軽く考えようとしていた」
 はつが顔を上げた。真理谷の気持ちに嘘がないかを見抜こうとでもいうように、まっすぐに真理谷の瞳をじっと見つめたのだ。
 充血したはつの瞳に圧倒された真理谷は、その瞳から逃げ出したくなった。
「それで?」
 そう問い返したはつの瞳は、真理谷を逃がさなかった。真理谷は数メートル先の、夜の残骸に群がるカラスに視線をそらせて、先を続けた。
「――会ったときから、ほのかのことが好きだった。話せば話すほど、会えば会うほどどうしようもなく惹かれていった」
「お姉ちゃんも……」
「うん、同じ気持ちだと知ったとき、信じられなかった」
 話し始めた過去は、真理谷の口からこぼれるように、するすると流れ出てきた。
 初めての食事の帰り道、真理谷はほのかの手をつい握ってしまったのだった。ほのかは嫌がらずに頬を染めてはにかみながら微笑んでくれた。
 真理谷はその微笑を見て、欲が出てしまった。ほのかを独り占めしたい。自分のものにしたい。
後先考えずに感情に押し流された真理谷は、人通りの多い夜の繁華街で、ほのかに告白したのだった。
 ほのかは恥ずかしそうにしていたが、しっかりと肯いてくれた。
その後、ほのかは会うたびに真理谷に向かって何度も何度も「好き」と囁いたのだった。
 今言わないともう言えない、一生分の好きを言ってしまうのだとでもいうように。
「でも、私がほのかに無理をさせていた。ほのかがずっと苦しんでいたのを知っていたのに」
 こうしてほのかと会えたらそれでいい。それだけでいい。
真理谷はそのとき、先のことなど考えていなかった。
「おねえちゃんは、婚約していた立花たちばなさんと別れるって言っていた」
 もう結婚式の日取りも決まっていた。ハネムーンも予約され、後はその日を待つだけとなっていたはずだった。
 なのに……。
「私が、ほのかの幸せをぶち壊したんだ。私に会わなければ……」
「ちがう、お姉ちゃんは幸せそうだった。マリアと会って、あんなに楽しそうなおねえちゃんは今までに見たことがなかった」
 真理谷は足を止めて、はつに向き直った。
「でも、私が殺してしまった」
 そう、ほのかを殺してしまったのは私なのだ。
 真理谷は放心状態で口にした言葉を、心の中で繰り返し唱えた。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。