ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
警告   この作品は<R-18>です。 18歳未満の方は移動してください。
  鏡のかけら 作者:asami
30・メッセージ
「真理谷さん、その新聞、そろそろ閉じたらどうなの?」
 優花が背後から真理谷の頭を小突いた。立花とのやり取りを思い起こしていた真理谷は、はっとして優花のほうを見上げた。優花が持ってきたココアは一口飲んだだけでテーブルの上で冷え切っていた。 真理谷は新聞の同じ紙面に虚ろな視線を落としてややしばらく難しい顔をしていたのだった。
朝の眩しい日差しが差し込む爽やかなリビングには似つかわしくない顔だった。今日も猛暑になりそうな強い日差しが目に痛い。
「昨日の立花とのことを思い出していた」
「立花はほのかさんと会っていたけれど、殺人なんていう事実はないでしょう。立花がシロならやっぱり事故でしょう」
「シロだというのであれば立花は何故、あなたに私を陥れさせようとしたのかわからない」
「それはね……」
 優花は横に座って真理谷の肩に手を回し、頭を寄りかけた。
「きっと怖かったのよ」
「怖い?」
「たぶん、隠しておきたいことを真理谷さんに蒸し返されるのが」
「隠しておきたいことって」
「婚約者を女に寝取られたってことじゃないの? 結婚する時、婚約者が不慮の事故で亡くなった可哀想な男って役を演じて妻を射止めたらしいわよ。逆玉狙いね。立花は妻に頭が上がらないみたい」
 優花は真理谷の首筋辺りを指でなぞりながら話している。
事故をほじくり始めた真理谷のことを何処からか耳にした立花は、斎藤優花を使って真理谷の口封じを狙ったということか。やましいことがないのであれば、そんな小細工をする必要などないのに、火事どころか多少のボヤも消し去らないと不安になるほどの小心者ということなのか。
真理谷はまだ半信半疑だった。
「本当に、妻に知られたくないだけで私に優花を仕掛けてきたというの?」
「だってあの男、かなり必死だったわよ。ま、私も面白そうでつい話に乗っちゃったんだけれど」
「ばれたら、公務員の身分がなくなるのに?」
「そうねえ、今の仕事、少し嫌になっていたのよ。警察って結局男社会だし、可愛いうちが花みたいに言われていたしね」
 優花は相変わらず真理谷の首のラインに指を滑らせている。
「それに、立花から真理谷さんの話を聞いたときから、惹かれたの」
 優花は真理谷の唇にゆっくりと指を這わせ始めた。
 真理谷はそれに応えるように無表情にその肩を抱き、機械的に唇を重ねた。優花はそれをはねのけた。
「なあに、その義務的な態度。いくら私でも傷つくわ」
「足りない?」
「違うわよ。別にホストのように奉仕してほしいとは思ってないわ」
「では、何を望むの」
 優花は真理谷の胸の辺りを指差した。
「あなたの心」
「……」
 無言でいる硬い表情の真理谷に、優花は肩をすくめた。
「いいの、わかっているから。せめて今何を考えているのか話して」
「……立花がほのかの命を奪ったのではと仮定して聞き込みを続けていた。でも、立花に会ってみてそれは違うとわかった。立花は姑息な奴だけれど、妻の影に怯える蚤の心臓の男だった。それに、立花はほのかと歩き回るどころか、車の中で数十分しか会っていなかった」
 真理谷の僅かな表情の変化も見逃さないとでも言うように、優花の大きな瞳が見つめていた。
「立花が被疑者だという思い込みのせいで、私は男女の二人連れを見かけなかったかと訊いて回っていた。それが真相に近付けない原因だったのかもしれない」
「真相……やっぱり飲みかけだった缶珈琲がひっかかっているの?」
「うん。それで、聞き込みしたとき店先で耳にしたことを思い出した」
「何を?」
「最近はカップルやファミリー客と同じくらい友達同士で来る女性のお客さんが増えているのだと言っていた。ほのかが一人でうろうろしていたとすれば、一人旅の客が来るような場所ではないから店員の記憶に残るはず。でも、誰かと一緒であれば、あまり特徴のない旅行客になってしまう。やっぱりほのかは一人で出かけていないのだと思う」
「立花ではない別の誰かと一緒だった。そしてその人物が缶珈琲を車内で飲んだということね」
「あのとき、ほのかが立花と別れた後、一緒にいた可能性のある者。ほのかの職場の同僚は温泉街に行ったことすら知らなかった。後は家族くらいしか……ほのかにははつしかいない」
「はつ?」
「ほのかは、はつと一緒だったのかもしれない」
「でも、はつは今までそんなことは一切言ってないのよね」
「……」
「今回いなくなったのは、そのことがあったから?」
「わからない。でも、何か関係があるのかもしれない」
 はつがほのかの死因に何らかの形で関係しているとは、真理谷は考えたくなかった。
 そこに、はつが居合わせたのだとしたら、何故今まで何も言わなかったのか。言えないようなことがそこであったのか。
 マリア、ごめんなさい。
 いなくなる寸前のはつの言葉が真理谷の頭をよぎった。
 泣きじゃくりながら、しきりに謝っていたはつ。
 あれは、何を謝っていたのだろうか。今回ほのかのことを調べなおしてほしいと言い出したのは、はつなのだ。当時何かがあったとしたら、わざわざそれが知れてしまうとわかっていて調査を依頼するだろうか。
 心配しないで。……許してください。ほのかお姉ちゃんの件は、最後までしっかり調査してください。何もかも、それで、わかります……。
 電話に残っていたはつのメッセージに、真理谷は胸騒ぎを覚えたのだった。
 重い気持ちで真理谷は再び温泉街へ向かう決意をしたのだった。
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。