警告
この作品は<R-18>です。
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24・苦悩
夜明けはとうに過ぎていた。カーテンを閉め切った部屋は薄暗く、蒸し暑さが日中であることを知らせていたが、二人には時間など眼中になかった。時間が止まった空間に、二人閉じ込められているような感覚。そんな中、座り込んでいる廊下の冷たさだけが辛うじて真理谷の冷静さを保たせていた。
はつは何かに怯えていた。
情事のあと、はつはずっと俯いていて、心の中を探られまいと視線を避けているようだった。居心地が悪そうに真理谷に背を向けて座り、膝の上に置いた両手を落ち着きなくいじっている。真理谷は、はつの両肩を包むように抱きしめて優しく囁いた。
「私がはつを守るから心配しないで」
「違うの……」
そう言って振り向いたはつの瞳には涙が溜まっていた。そしてはつは苦しそうにこう続けた。
「愛して」
はつは裸の真理谷にしがみついた。
こんなにもはつを怯えさせるものとは。望むようにするしか落ち着かせる方法はないのか。
「抱いて、いいの?」
他にどうしたらよいのかわからない真理谷は、躊躇いながら念を押したのだった。
腕の中ではつはゆっくりと肯いた。
柔らかくて暖かい身体を抱きしめたまま、パジャマの裾から手を差し入れてはつの乳房を包んだ。しっとりと汗ばんだ肌に手が吸いつく。
それだけではつの体が硬くなったのがわかった。
はつは本当に望んでいるのだろうか。今、はつは普通の状態ではない。時がはつの怯えを和らげてはくれないだろうかと真理谷は思った。
「廊下は背中が痛くなるから寝室へ行こうか」
時間を稼ぐために優しくそう囁いた真理谷はシャツをはおってから、はつの肩を抱いて立ちあがらせ、寄り添うようにして歩いた。
真理谷のシャツをぎゅっと握りしめている弱々しい手。怯えている手。
「好きなの、誰よりも」
真理谷に向かって言ったというより、自分に言い聞かせているようだった。ベッドの前で立ち止ったはつは、うつろな瞳を足元に向けていた。
「わかったから、わかった」
はつを抱きしめた真理谷は、子供をあやすように頭を撫ぜた。それでもはつは肩を揺らして暫くすすり泣いていた。
「何に脅えているの」
途方に暮れた真理谷はとうとうたまりかねてそう訊いたのだが、答えの代りにはつの嗚咽が大きくなっただけだった。
「大丈夫、私がずっとついているから」
「……許してくれる?」
はつはかすかに呟いた。
何を許してほしいというのだろう。真理谷には見当もつかなかった。
「どういうこと?」
「私がしたこと……」
益々わからなくなった。はつに嫌だと思うことをされたような記憶はない。
「何のこと?」
繰り返し聞いても、はつは泣くばかりだ。
「言ってくれないとわからない。私の方が謝らないとならないことはいくらでもあると思うけれど」
「死んでしまいたい……」
そう言って真理谷の腕の中から崩れ落ちたはつは、ベッドに寄りかかって一層大声でわっと泣き始めた。
安心させるどころか、一層興奮させてしまった。何をしても何を言ってもだめなのかもしれない。
無力を感じた真理谷は、はつに手を差し伸べられなかった。
そうしている間に、はつは涙をぽたぽたと床に落としながらふらふらと立ち上がり、「ごめんなさい」と床に向かって呟いた。
「謝ることなんか何もないでしょう?」
声をかけても、はつは頭をがっくりと垂れて黙っているだけだ。ごめんなさいを繰り返して、顔を上げることなく、とうとうマンションを出て行ってしまった。
止められなかった。止めたところで、はつを納得させるような言葉が思いつかない。
「どうして何も言ってくれないの!」
取り残された真理谷は何が何だか分からず、苛立ちを虚空に向かってぶつけた。
「はつの言う通りに、事故から目をそらさないでほのかと向き合ったのに……」
声に出すと悲しくなってきた。こんなに頑張っているのに、何も良いことがない。むしろ、はつは前にも増してぎこちない態度になっていく。
「事故の調査なんか、受けなければよかった」
真理谷はベッドに倒れ込んだ。
ほのかの呪縛から逃れられたら、はつと向かい合って対等に話せる気がしていた。はつの泣き顔を見るのは辛い。だから頑張った。真理谷は自分の気持さえ整理がつけば全てうまくいくものと考えていた。それは早合点だったのかもしれない。
真理谷は考える。
はつの態度が硬くなったのは、調査の進展を伝えたときからだ。
はつもまた、ほのかの亡霊にとりつかれ、自分を責めなければならない心の闇があるというのか。嘘も悪意も、はつには無縁だと思っていた。明るくて誰にでも慕われて頼られるしっかり者のはつ。
はつを苦しめているものが何なのか考えてもさっぱり思い浮かばないのだ。
調査に何の意味があるのか。真理谷は投げ出したくなった。
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