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  鏡のかけら 作者:asami
18・欲望(1)
 バーカウンターに馴染んでいる斉藤優花は、昼間とは打って変わって、タイトなミニスカートに胸元が大きく開いたノースリーブを着ていた。露出度が高めだったが、黒で統一され、派手派手しさはなく、普段より大人びて見えた。
「うふ。惚れ直した?」
 微笑んだ優花は、可愛いというより綺麗だった。
 少しばかりくらっと惹かれてしまった真理谷は、香津美かつみがそれをカウンター越しに盗み見ているような視線を感じ、曖昧な笑みでその場を濁した。
真理谷は咄嗟に、待ち合わせ場所を香津美のバーにしてしまったのだった。
 後悔したが後の祭りだった。
「あの、場所変えない?」
「どうして? 落ち着いた雰囲気でとっても居心地がいいバーなのに」
「ありがとうございます」
 香津美がごく自然に会話に参加してきた。
 優花は香津美に微笑み返す。真理谷はなんとも居心地が悪い。
「真理谷さんはここの常連?」
「はい。それはもう」
「香津美、大事な話があるから首突っ込まないで」
「呼び捨てなのね。ひょっとして……」
 察しのいい優花は、香津美と真理谷を意味ありげに見比べた。
「違う! 変な勘繰りをするな」
「そんなに否定するのはなんだか怪しいな」
 優花は真理谷の顔を疑いの眼で覗き込んでいる。香津美はそれを面白そうに眺めて、余裕でふふふと笑っている。真理谷は二人に遊ばれているようで面白くなく、ロックグラスを一気に開けてしまった。
「真理谷さん、お酒強いの?」
「強がっているだけよ」
 優花の質問に、香津美が答えた。
「知ったような口をきくな」
 真理谷は香津美を睨んだが、香津美の穏やかな微笑に包み込まれてしまった。 
 香津美には敵わない。用事を済ませて早々に退散しよう。
 真理谷は大きく息を吐き出し、優花に向き直った。
「で、優花ちゃん、大事な話って」
「え〜もう本題ですか。そうですねえ、情報料が先かな」
「情報による」
「かなりほしい情報だと思いますけど?」
 にっこり笑顔の優花はなかなかだった。
「……わかった。二万でどう?」
「あのう、お金じゃないほうがいいんですけど」
「なに、ブランド品とか?」
「違います」
 優花は言い辛そうに真理谷をじっと見つめ、おもむろに口を開いた。
「……真理谷さんとデート」
「は?」
「一日デートがいいです」
「よしときなさい。真理谷に食べられちゃうわよ」
「香津美!」
 真理谷がまた睨むと、香津美は悪戯っぽく肩をすくめた。
 いちいち横槍が入ってやり辛い。
真理谷は香津美のバーを待ち合わせにしたことを心底後悔したが、気持ちを切り替えて笑顔付で快諾した。
「優花ちゃん、そんなことでよければ私はかまわないよ。安上がりでいい」
「あ、でも高級レストランでのディナー付で」
「安くないな」
 真理谷が顔をしかめると、優花がくすりと笑った。 
案外、可愛いなと真理谷は思った。
 優花は帰り際に情報を教えると言い、なんだかんだとたわいのない話をしながら、勧め上手な優花にどんどんバーボンを注がれ、そんなに飲むつもりはなかったはずなのに、久しぶりに心地よく飲んで気持ちよく酔ったのだった。
優花も一緒に飲んでいたはずだったが、顔色一つ変わっていなかった。
ターキーが瓶底まで尽きそうになった頃、真理谷は優花に何度目かの催促をした。
「優花ちゃん、そろそろ教えてくれないと聞いても忘れてしまいそうだ」
「そうねえ、真理谷さん随分酔ったみたいだし。……家まで送ってくれたところで教えるわね」
「そうやってさっきからもったいぶって。だったら帰ろう!」
 真理谷は立った……つもりだったが優花のほうに傾いた。
「しっかりしてください」
優花は咄嗟に立ち上がり、真理谷の片腕を自分の肩にかけて支えた。
 香津美が心配そうにこちらを見ているのが視界の端でわかった。
 真理谷は自分で歩いているつもりだったが、実際は優花につかまって足はまともに運べていない状態だった。
 優花はタクシーを拾い、真理谷を押し込んで自分も乗り込んだ。
 住所を運転手に告げる優花の声はしっかりしていた。
随分と酒に強いなあと感心しながら、睡魔に襲われた真理谷は瞼を閉じた。
 数十分後、熟睡していた真理谷は、心地よいタクシーの振動が止まって揺り起こされ、かなり不機嫌な声を出した。
「うるさいなあ」
「起きて下さい。着きましたよ」
 まともに目が開いていない状態で、優花に引っ張り出された。
「眠い」
 真理谷は優花の背中にもたれた状態で、周りを全く見ていなかった。
「ちゃんと歩いてください!」
 真理谷はマンションのエレベーターに連れられていった。
 何階かわからないが、止まったところで降りて歩いた。自分のマンションはこんなに廊下が長かったろうかと頭の隅で思いながら、それ以上の思考は働かなかった。
ガチャリと鍵を開ける音がして、ドアが開けられ、優花に続いて入った。
「真理谷さん……」
 優花がいきなり振り向いて、背中にもたれていた真理谷を抱きしめたのだった。
「優花ちゃん、ごめん、すごく眠い」
 こうなることを全く予想していなかったわけではないが、真理谷はそんなどころではなく、廊下で横になってしまいたいほどだった。
「いや。寝かせないから」
 優花はそう言って、真理谷の顔を見上げて唇を重ねてきた。
 眠たい真理谷はずるずるとその場に座り込み、されるがままになった。


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