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  鏡のかけら 作者:asami
17・嫉妬
 まさか、婦人警官に言い寄られる羽目になるとは。
 真理谷は予想外の展開に疲れきってマンションに帰宅したのだった。しかし、ほっとする間もなく、玄関に足を踏み入れたところで、今度は、はつの雷を食らうことになった。
「マリア! 甘い香水の匂いがする! 女の人と会っていたのね!」
 はつは腕組をして真理谷の顔をぎろりと睨みつけた。
「まさか。そんなにきつい香水の匂いはなかったけれど」
 真理谷は慌てて自分のシャツをつまんで匂いをかいでみたが、特別何も匂わなかった。
「ふふん、引っかかったわね。誰と会ったのよ!」
 勝ち誇ったようにはつは鼻を鳴らした。
「仕事! 仕事で石津刑事のところに顔を出しただけ」
「石津刑事が香水なんかつけないわよ。どこの誰? 本当に調査に関係あるの?」
 真理谷は必死に言い訳したのだが、はつは聞く耳を持たず両手を腰にあてて真理谷を質問攻めにした。
「だから、交通課の娘で、今回の調査に協力してくれるって」
「密着する必要はないでしょ! 手を出したのね!」
「誤解だって!」
 優花から迫ってきたのだから真理谷は嘘を言ってないが、はつの言うことも半分は当たっているのだ。口喧嘩で、はつに敵わない。真理谷の弁解は弱腰だった。
「だから、その、ちょっと色々と……」
 睨まれた真理谷はもごもごと声が小さくなった。
「ずるい!」
「えっ、ずるいって……」
 真理谷が言い終わらないうちに、はつがいきなり抱きついて唇を重ねてきた。はつは真理谷からなかなか離れなかった。
 蜂蜜のような香りがした。真理谷は甘ったるいはつの匂いに酔いながらも、強い意志ではつを引きはがした。
「はつ、急にどうしたっていうの」
「マリアの腕の中にいた女の人、ずるい。私だって、マリアに抱きしめられたいのに」
 保護者顔して冷静に対応しようとした真理谷だったが、俯き加減で顔を真っ赤にして不満を言うはつがいじらしく、抱きしめたい衝動に駆られたのだった。
 だが、真理谷はそうしなかった。今まで辛い恋愛を何度となく経験した真理谷は、感情に流されて動くには冷めすぎていた。
 それに、はつの裏表のないストレートな感情が眩しくもあった。
 十代のとき、自分もそうだっただろうか。そんなこともあったのかもしれないなどと考えてしまい、はつとの年齢差を思い知らされるのだ。
「絶対に断ち切って」
 真理谷が黙っていると、はつは真理谷を睨み上げながら苛立った口調でそう言ったのだった。
「だから、交通課の彼女は別になにも――」
「違う! ほのかお姉ちゃんのことを調べ上げたら、自分を責めるのをやめてほのかお姉ちゃんのことは断ち切って。そして、私のことをちゃんと見て!」
 情熱と強い感情。
 真理谷は、はつに圧倒されて怯えた。
ほのかの代わりにはつを見ているのかもしれない。はつをしっかりと受け止められなければ、きっと傷つけてしまう。はつをずたずたにして輝きを失わせてしまうかもしれないのだ。
また、逃げたくなった。
「私に、何も期待するな」
 真理谷は無意識にじりじりと後ずさりしていた。
「マリア?」
「私は、そんな価値なんてない」
 真理谷は硬い表情できびすを返し、自室に逃げ込んだ。
「私を見て……」
 はつはそのドアに向かって、泣きそうな声で呟いたのだが真理谷には聞こえなかった。
 そんな、ぎすぎすした雰囲気の中、耳障りな電話の音が鳴った。
床に放ってある真理谷のジャケットを掴んだはつは、携帯電話を取り出した。
「マリア、携帯が鳴ってる」
 真理谷は部屋を飛び出してきて、黙ってはつの手から携帯電話をもぎ取った。
 イシタクと表示が出ている。石津刑事からだ。
「優花ちゃんのことは誤解だからね」
 心配顔でそばに立っているはつに背を向けて、真理谷は開口一番、石津刑事に弁解した。だが、意外にも、くすくすと甲高い笑い声が返ってきた。
『真理谷さ〜ん。優花で〜す』
「えっ、どうして君が石津の電話を」
 こそこそと話している真理谷の様子に、はつが反応してじりじりと近づいてきた。
「誰なの」
「石津刑事から、仕事の話だから」
 真理谷がそう言っても、はつは疑いの眼を向けている。
『真理谷さ〜ん、そばに誰かいるの?』
「女の声だわ!」
 はつの目がつり上がった。
「後で連絡するから」
 こんな状況ではまともに話ができないと判断した真理谷は、早口でそう伝えて電話を切ろうとした。
『まってよ〜、急ぎの用事なんだから』
「わかった、じゃあ今から行く」
『えぇ〜嬉しい!』
 言葉尻にハートマークがつきそうな甘ったるい返事だった。
 真理谷は待ち合わせ場所を手短に伝え、急いで電話を切った。
「出かけるの?」
 背後から恨めしそうなはつの声がした。
 きっと、またあれこれと疑いをかけて質問攻めにされるに違いない。
「行ってくる」
 真理谷は振り返らずに床にあった薄手のジャケットを掴んだ。
「そう。わかった」
拍子抜けするような気の抜けた返事だった。
はつは落ち込んでしまっただろうか。
少し心配になったが、顔を見る勇気もなく、真理谷は振り返らずに玄関を出た。


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