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  鏡のかけら 作者:asami
15・悩殺(1)
「石津さん、そのひと彼女ですかぁ」
 署内のアイドル、交通課の斉藤優花さいとうゆうかは間延びした甘ったるい話し方をしながら上目遣いに石津卓也いしづたくやを見た。
 二人は石津刑事の意中の人、斉藤優花に廊下でばったり出くわしたのだった。
「違う! 違うよ!」
「ふぅん」
 慌てて否定する石津に、斉藤優花は納得していないような返事をした。
ふわふわの長い髪を肩にたらしている斉藤優花は、かっちりとした紺色の制服が似合っていなかった。どう見てもコスプレだ。甘えた声はあからさまに男に媚びているようで、まるで全ての男が自分を注目しているのだとでも思っているような態度だ。きっと同性からは疎まれるタイプだろう。
真理谷は彼女を一目でそう評価した。
「安心しな。私の好みじゃない。それにしてもあんたの好み変わったね」
 真理谷は石津に小声で耳打ちした。
「何ですかぁ、二人でこそこそと。怪しい」
「優花ちゃん、真理谷は探偵で仕事上の付き合いだから!」
「そうそう。石津は可愛い子が好きなんだよねえ。優花ちゃんみたいに」
 顔を真っ赤にして必死に否定する石津をからかいたくなった真理谷は、にやにやしながら言った。
「おい! 余計なことを言うな」
 石津はいっそう顔を赤くして真理谷を睨んだ。
「真理谷さん、お世辞が上手」
 口説かれることに慣れているのか、斉藤優花は余裕の笑顔でそう言った。
「優花ちゃんだったら、落ちない男なんかいないだろうね。もう彼氏くらいいるでしょう」
「ええ〜いませんよ」
「ほんとうに? 信じられないな。こんなに可愛いのに。私が男だったら絶対彼女にしたいね」
「もう、やめてください」
 以外にも、斉藤優花は真理谷の言葉に顔を赤らめた。妬まれることはあっても女性からそんな風に言われたことがないのだろう。斉藤優花は真理谷の言葉に反応したのだった。
 石津は敏感にそれを察知したようで、「用があってきたんだろ」と言って、真理谷をじろりと睨んだ。
 石津をからかうのに悪乗りした真理谷は、反省して少し肩をすくめた。それから、真顔で斉藤優花に向き直り、「お願いがあってきたんだけれど」と前置きして用件を伝えた。
「五年前の事故。夏川ほのかの単独死亡事故のことで」
「そんな昔のこと?」
「彼女に聞いても無理だ。五年前はまだ学生だからここにいない。他のやつに聞こう」
「でもぉ……きっと、この課でいろんな情報に一番詳しいのは私だと思いますよ」
 どう見ても下っ端婦警の優花が、自信満々にそう言い切ったのだ。
 真理谷の横にいる石津も苦笑いしていた。
「あーっ、石津さん、私のことをただ可愛いだけのお茶汲み要員だと思っていたでしょう」
 自分で可愛いと言ってのけるところがすごい。だが自信に満ちた彼女の瞳を見ていると、真理谷にはあながち嘘ではないように感じたのだ。
笑いたくなるのを堪えて、真理谷は石津を睨んでいる優花の腕を引っ張って自分のほうへ引き寄せた。
「優花ちゃんにお願いしたいな。立ち話で済むことではないから、どこかあいた部屋ない?」
「そっちの資料室、大丈夫です」
 認められたのが嬉しいのか、きらきらと瞳を輝かせた優花は、交通課の向かい側にある灰色のドアに真理谷を案内した。優花はついてくる石津のほうを振り向き、「石津さんは仕事に戻ってください」と冷たく言ったのだった。
「しかし――」
「いいですっ」
 優花にそこまで言われて、石津は肩を落として二人に背を向けた。そのとき、真理谷は背中に恨みがましい視線を感じたのだった。
 真理谷は今度、石津に埋め合わせをしようと思った。そうしなければ、石津に口も利いてもらえないような気がした。
 優花は真理谷を先に資料室に案内してからドアを閉めた。そのとき、カチリと施錠するような音が聞こえたが、まさかという思いがあり、真理谷は気に留めなかった。
 スチール製の書棚がびっしりと並び、窓も棚で隠れている六畳ほどの資料室は、昼間でも薄暗かった。
 その狭い空間に、簡素な事務机が押し込まれ、その机上さえもパソコンが占有していた。椅子は一脚しかなく、必然的に立ち話となった。
「早速、当時の資料を見せてもらえる?」
「その前に、ひとつ確認してもいいですか」
 優花はそう言って書棚に寄りかかっている真理谷に一歩近づいた。優花は重たそうなふさふさした睫毛がはっきりと見える至近距離から、真理谷を見上げた。
「真理谷さん、普通の人?」
「は?」
 優花の質問は意味不明だった。
「えーと、どう言ったらいいのかなぁ。私って、女の敵らしいんです」
 それは素直に頷けた。真理谷は「それで?」と先を促した。
「だから、女友達っていなくて」
「ごめん、何を言いたいのかよくわからない」
 少し眉を寄せて思案していた優花だったが、思い切ったように目を大きく見開き、真理谷をまっすぐ見上げてこう言ったのだった。
「……あの、真理谷さんは女の人が好きな人ですか」
 真理谷は意外なことを訊かれ、口をぽかんとあけて固まってしまった。
「あ、違ったらごめんなさい。別に深い意味はないですから! 前にもこんなことがあって、そのときに似ていて――」
 真理谷の反応を見て、優花は慌てて両手を大きく振って訂正した。
「前って」
「私と初めて会った女の人は、必ず見下したような態度をとるのに、その人は綺麗な瞳ねって声をかけてくれて。その人がそういう人だったから」
 早口で説明した優花は、最後は俯いてもごもごと言葉を濁した。
「そう」
「気分を悪くしたのだったらごめんなさい」
「別に。その通りだから。でも、初対面でいきなり言われたからびっくりした」
 真理谷は苦笑いして髪をかき上げた。
今まで、相手にその気があるのかないのか、真理谷から探りを入れるのが常だった。それを唐突に訊かれたものだから、さすがに戸惑ってしまった。
「やっぱり」
 優花はほうっとため息を漏らした。真理谷には優花が困っているように見えたのだった。
「そういう人間が生理的にだめであれば、優花ちゃんには頼まない」
「そんなことないです!」
 以外にも、優花は首を横に大きく振って強く否定した。
「じゃあ、良かった。お願いするね」
困ったわけではないのか。真理谷はほっとしてにっこり微笑んだ。
「その代わり、真理谷さんの時間をください」
 頬を染めた優花は、潤んだ瞳で真理谷を見上げていた。
「優花ちゃん?」
 またもや真理谷は突飛な言動に驚かされて目を見開いた。
「私と一緒にいる時間を作ってください」
「どういう意味かな。パンダみたいに物珍しくて興味があるということ?」
 たまに、その気もないのに好奇心から接近してくる女がいるのだ。
 真理谷は優花に警戒して皮肉めいた口調で返した。
「違いますっ。真理谷さんを一目見て、思ったんです。もっと一緒にいたいって……」
「はあ?」
 真理谷は状況が理解できずに間の抜けた返事をした。
「だから、これは一目惚れです。真剣ですから、本気で受け止めてください」
高校生がするような直球の告白を受けた真理谷は、気恥ずかしくなり、顔が紅潮してしまった。
「いや、それは、ちょっと待って」
「私じゃだめですか?」
「そういうことではなくて、少し落ち着いて」
「動揺しているのは真理谷さんのほうです」
 優花が指摘したとおり、真理谷は動揺していた。
優花は何を考えているのか予想できないブラックボックスのようなのだ。
 顔を赤らめて、若い娘にいいように振り回されている。少し冷静になった真理谷は、情けなくなって小さくため息をついた。
「そんなに私のこと嫌ですか」
 優花は不安そうに眉をひそめて、真理谷を見つめた。


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