警告
この作品は<R-18>です。
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14・調査
翌朝、真理谷は事務所の古びたスチール机の上に両肘をついて頭を抱えていた。
はつの依頼を引き受けるといったことを後悔していた。
夏川ほのかの事故は五年も前のことだ。
当時、真理谷は婚約者の立花から葬儀に出席することも許されなかった。ほのかの棺を見納めることなく、永遠の別れとなったのだ。だからなおのこと、ほのかの死を受け入れられないのだと真理谷は思っている。ほのかの死と向き合う機会を逸してしまったのだ。
その後、真理谷は事故にまったく触れようとしなかった。忘れ去ろうとしたのだ。そんなこと、できるはずがないのに。
五年が過ぎた今、ほのかの名を口にしても以前のように冷たい汗で背中が濡れることはなかったが、動悸を自覚した。
こんなことで、果たして調査などできるのだろうか。
ひっくり返して隅々まで調べ上げようというのだ。真理谷は精神を平静に保っていられる自信がなかった。
「馬鹿だな。自分を追い詰めることを言ってしまった。でも後戻りはできない」
怖気づいている自分を奮い立たせるように呟いた。
「さて、警察にでも出向くとするか」
顔が強張っている。真理谷は気合を入れるように両手でぴしゃりと頬を叩いてから勢いよく立ち上がった。
機械的に、淡々と冷静に依頼をこなせばよいのだ。余計なことを考えず、夏川ほのかのたどった最期のときまでをレポートにしてはつに渡す。それで仕事は完了するのだ。
馴染みの刑事がいる所轄署へ到着するまでの間、その言葉を頭の中で繰り返していた。
自分に暗示をかけるように。
「真理谷、お前また面倒なことを持ち込みにきたのか」
警察署に入るなり、長身の刑事が真理谷を目ざとく見つけて声をかけてきた。
「彼女を取られたことまだ根に持っているのか」
真理谷は長身の刑事を見上げてにやりとした。
「馬鹿! こんなところで、言葉に気をつけろ」
刑事は顔を真っ赤にして怒りながら真理谷の腕を引っ張り、足早に歩いた。挙動不審な彼の行動のほうがよほど人目を引いてしまい、廊下を歩いていた数人の職員がちらちらと二人を見た。
「俺に協力してほしいなら、お世辞の一つでも言えるようになれ!」
「ふうん、じゃあ……ハンサムで署内の女の子に人気の石津卓也刑事、もとい、イシタク」
「短縮するな!」
会議室の一室に真理谷を引っ張り込んだ石津刑事は怒りをぶつけるようにドアを閉めた。
「で、用件は何だ?」
今にも頭から湯気が出そうな勢いで真理谷を睨みつけている。ご機嫌取りをしたほうがいいに決まっているが、真理谷はいつもからかってしまうのだ。
ずいぶん前に、石津卓也の彼女に冗談半分で声をかけたら、彼女のほうが真理谷に本気になってしまったことがあったのだった。石津とはそれ以来顔を合わせれば言い合いをしているのだが、仕事の上ではお互いに認め合っている部分があった。
三十代で仕事をばりばりこなし、爽やかで好感度抜群の正義の味方を目の前にすると、妬ましくなってつい貶めたくなるのかもしれない。
真理谷は心が狭いなあなどと自分を分析してニヤニヤしていた。
「さっさと用件を言え!」
へらへらしているだけの真理谷に、痺れを切らした石津刑事が怒鳴った。
「ということは、頼まれてくれるんだ」
「協力しないとお前とんでもないことするだろう? だが、内容によるぞ」
「へへへ。それはどうも」
石津刑事は会議室の古びたパイプ椅子に足を組んで座った。腕組をして話を聞く体勢だ。ちょっとしたポーズが様になっている。
こういう外見であれば、声をかけた女の子は簡単についてくるだろう。いいなあと真理谷は見とれていた。
「真面目に聞いてやろうというのに、さっきから何をにやついている!」
「ああ、ごめん」
だめだ。淡々とこなそうと思っていたのに、女の子のほうに逃避してしまう。
真理谷はズボンのポケットに両手を突っ込み、足元に視線を向けた。
「気乗りしない依頼でね」
「真理谷でも弱腰のことがあるのか」
「人並みにね」
「もしかして、夏川はつに関連することか」
「さすが優秀な刑事さんは察しが良い」
「お前のアキレス腱も握っておかないとね。利用されてばかりだと面白くないからな」
真理谷は顔を上げたものの、言葉が出なかった。自分の顔がこわばっているのがわかったのだ。
「そう怖い顔をするな、追い詰める気はない。持ちつ持たれつだろ?」
憎まれ口の一つでも返したいところだが、真理谷はいつもの調子になれなかった。夏川ほのかのことに触れただけで、自分がこんなにも口が重くなるとは思わなかったのだ。
「こいつはいいぞ! お前がいまだに引きずっているとは知らなかった!」
真理谷は石津刑事をぎろりと睨みつけた。
「悪い、からかいすぎた。お前が意外な反応をするからいつものお返しについ反撃してしまった」
真理谷にやり込められてばかりいる石津刑事は、このときとばかりと嬉々として饒舌になっていた。
「本題!」
「ああ、悪い。夏川ほのかの五年前の事故について、だな。部所の奴に訊いて見るよ」
「今すぐ」
「そりゃできない。俺だって仕事がある」
「案内してくれたら自分で訊く」
「お、おい! それだけはやめてくれ!」
石津刑事は慌てて立ち上がり、会議室を出ようとした真理谷の腕を掴んだ。
「どうして」
「お前が行くとろくなことにならない。今訊いてくるから、大人しく待っていろ」
真理谷は少し首を傾げて、「同行する。信用ならないからね」
と言い、石津刑事をちらりと睨んだ。
「大丈夫だ」
「前例があるから、そう言い切れない」
「あの時とは違う!」
「待ちぼうけは嫌だ」
前に一度、石津刑事は真理谷との約束をすっぽかして、署内の女の子とデートに出かけたことがあった。真理谷はあとでその女性をしっかり手に入れて、仕返しをしたのだが。
「頼むから大人しく待っていてくれ!」
「ふうーん、交通課にはそんなに可愛い子がいるの」
「違う! 警察の情報を個人的に流用するのは――」
真理谷はニヤニヤしながら石津刑事の顔を覗き込んだ。
「わかった! 好きにしろ! 但し、斉藤優花ちゃんにはちょっかい出すなよ」
石津刑事はやけくそ気味に言った。
「オーケー」
真理谷は笑みを浮かべて石津刑事の右腕を抱え、引っ張るようにして会議室を出た。