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九 竜胆丸
 斗升屋の番台の前に皆は円になって座っていた。

 静音は若者に頭を下げた。
「先ほどは危ういところを本当に有り難う御座いました。私は古性静音と申します。是非お名前を」

 若者は戸惑って斗升屋を見たが、
「私は・・・竜胆丸りんどうまると申します。上杉家客将の前田慶次郎様に仕えている者です」
「え!偶然で御座います!私の・・・『兄』も上杉家の前野様に仕えております!」

 若者はにっこりとした。
「前野様と言えば、武田信玄様にお仕えされていた筋金入りのお方ですね。天寧寺の件、聞いております。静音様がこんなお若くお美しいお小姓とは知りませんでした」
 まだ絵姿の衣装を着ていた静音は赤くなった。

「それにお強い。御流儀は何流ですか?」
 静音はもう一人の兄に会ったような気がした。
「・・・陰流です」
古性ふるしょう様と言えば、上杉家侍大将の直江兼続様の御家来にも同じ御姓の方が居られますが、ご親戚ですか?」
「いえ・・・私の家は備前なので違います」
 竜胆丸は何故か安堵したようだ。

 静音はこの若者をまじまじと見た。静音よりも背が高いだけ、その腰までも伸びる髪は長い。静音の髪が艶のある真黒ならば、竜胆丸の髪は、柔らかな日の光に触れた輪郭が金色とも思えるように映える。

 見物の者に『阿修羅様』と呼ばれた理由が分かった。興福寺の少年阿修羅像のように釣り上がった眉。笑う時は限りなく優しく可憐で、先ほどのように怒った時は空恐ろしく変化する。その美しさはの子とは思えない。
 だが、この方は誰かに恋をしている、と静音は直感した。静音も同類であるがゆえの感であった。

「静音様の『兄様』はあの海道修理様ですよね。今は前野修理様ですか・・・悪名高き佐久間五部浄と一騎打ちされ、見事勝ちを収められた。どんな方か、一度お会いしたいな」
 静音はどんと心臓が鳴った!
 静音が誇らしげに修理のことを『兄』と呼んだが、姓が違うので、静音と修理が本当の兄弟でないことはは判ってしまった!藪蛇やぶへびであった!

 凰琳とお春の目がきらりと光った!
(思った通りや!さっきはとぼけおって!)

 しかも修理に会いたいと?
 静音の頭にあらぬ事がぎった!
 もしこの竜胆丸が修理に逢ったら!
(・・・修理の奴、ひょっとすると・・・竜胆丸様に惚れてしまうかも知れない!俺より大人の風情があるし!いやじゃ!)
 万作様の時と言い・・・言い寄られでもしたら絶対にあいつは断れない!
「あ・・・はい・・・今度・・・」
 自分の想像に気が騒ぐ静音であった。
 醐淋とお春は、ぬめるように静音の表情を見ている。

「では、私はこれで。早く帰らなければ小吉に怒られる!」
 その時、斗升屋の番頭が店に駆け込んできた。
「大変じゃ!甚兵衛達がまた・・・!」

 静音と竜胆丸が表に出ると、甚兵衛達がまた店を取り巻いていた。竜胆丸がじろと見て、
「甚兵衛!まだやるか!」
 甚兵衛はぺたりと跪いた。

「ながくろかみ様・・・静音様!お許し下せえ!あんた等には敵わん・・・あんた等は凄え!それにお二人とも観音様が男の子になったようや!天から降りてきた様なお人達じゃわ」
 甚兵衛は、に小刀を抜いて左腕を畳んでその小股を切った!勿論、筋を切らぬように浅くだが。血が下に流れて落ちる。
 皆、それぞれに膝を突いて同じ事をする。竜胆丸は静かにそれを見ている。取り巻いて見ている者の中には目を背けるのもいる。
 斗升屋は震えながら、目を手で隠し指の間から見ていた。

 甚兵衛は頭を掻きながら、
「へへへ・・・儂等の心意気の徴に一献差し上げたく」

 甚兵衛がここまでやったということは、一つの『義』が彼らの間に出来たことになる。神人と武士の『講』を飛び越した個人的な信義関係を、腕の小股を切り一方的ながら、甚兵衛は約束したのだ。傾奇者はこの義のためなら命を投げ出した。武士と同様に。

 静音は若くまだそんなことは分からない。『義』がどれほど重いかも。喧嘩に勝ってたてまつられているくらいにしか考えなかった。


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