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十四 修理のために(後書きで戦国蘊蓄)
「静音はん。あの『契りの赤襦袢、艶なる兄の仇討ち、乱れ菊蕾』の絵草紙えぞうし、良い売れ行きやわ!」

 斗升屋左兵衛は、袱紗ふくさに包んだ礼金を静音の膝元に差し出した。
「え!こんなに頂けるのですか!」
「そうえー。それに、次の絵本のお姿を写させて頂くお約束金も入ってま」
「次の・・・?」
「静音はんはうちの『看板』ということや?どうや?」
「は・・・はい。でも濡れ場は嫌ですよ」

 斗升屋はきりと姿勢を正して言った。
「静音はん!うちはまっとうな絵本屋どす。角倉すみのくらはんが出そうとしている『伊勢物語』なんかのお手伝いもしとります!この間は、甚兵衛はんの様な人上げてまったんで、えらいことになりましたが」
 だが、斗升屋も商人、本当のことを言っているのか・・・
 確かに角倉素案と本阿弥光悦は、それまで高価な名家の嫁入り道具であった『伊勢物語』や『源氏物語』の絵巻を庶民が買えるような版刷り本にしようという文化事業を興そうとしていたのだ。

「しかし・・・惜しいでんな!静音さんが舞台に立てばえらい人気になりまんがな」
「役者ですか・・・」

 色子は春をひさぐとこの間教えて貰った。
 生きるためには・・・好きでもない男に抱かれなければならないのか・・・修理に他の男に抱かれたと嘘を付いて、その本心を確かめたあの一夜を思い出した。
「あーあ!静音はん、別に色子の話してるんとちゃうで!」

 静音は顔を上げた。
「この頃、流行はやりは阿国芝居と言ってな、そりゃ身体を売る者もあるが、蒲生氏郷様の御家来だった名古屋山三郎なごやさんざぶろう様が阿国と始めた槍踊りは、京中のおなごが集まってえらい繁盛や。山三さんざ様は別に春をひさいでまへんで。抱いておくれと女衆が押しかけるほどや」
「槍踊り?」
「へえ、それは煌びやかな衣装で勇壮な踊りでっせ!それに水も滴るいい男!」
 斗升屋は思わずじゅると涎を垂らして拭った。静音は気持ち悪そうに斗升屋を見た。


「捨吉さん!手伝うよ!」
 捨吉は、早朝に部屋から出てきた静音を見てたまげた!
「し・・・静音はん!その格好は!」

 静音は捨吉の古着の小袖に黒の帯を巻き、袴は着けて居なかった。膝小僧が出て、すべやかな脚が伸びている。
「俺、捨吉さんから、飯の炊き方や料理の仕方、家の賄いを習いたいんだ。いつかは修理にしてやれるように!」

「静音・・・はん、あんたそこまで・・・本気か?」
 捨吉は涙を拭った。武士なんかどうでも良いと静音は言い放った。だが、捨吉は良家のぼんぼんが本気じゃあるまいとたかくくっていたのだ。

 楽しそうに手伝いをしている静音をしばらく見ていて、考え直す。
(・・・じゃが、期待しすぎるのも危険じゃな・・・移り気な静音はんやからな・・・)
 やはり歴戦錬磨の中間だった。



最後まで読んで頂き有り難う御座いました。「京の夏、風吹く」はここで完了とします。この二人の行くところ血風が必ず吹く筈ですので、お次をお楽しみに・・・

ここで出てきます実在の人物に関して。

角倉素案:洛中三筆の一人。実業家。嵯峨本と言われる民衆向けの「源氏物語」、「伊勢物語」の出版を本阿弥光悦とともに行った。

名護屋山三郎:戦国三大美童の一人。槍の名手。出雲の阿国の愛人だったという伝説がある。何故かというと、山三郎が仕官後、斬り合いで死んだ後、阿国の念仏踊りに山三郎の幽霊の役を追加したから。

前田慶次郎:ご存じ漫画「花の慶次」、その隆慶一郎の原作「一無庵風流記」で超有名になった戦国武将。彼が『傾奇者』であったと喧伝したのは隆慶一郎氏。その名に恥じない武勇伝は今に伝わる。
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