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9 新たな夢
俺は一人で日本に帰ってきた。
あいつの演劇の修行を邪魔しないためだ。
あいつは俺が帰ると言ったとき、意外そうな顔をしたが、俺の心を悟ったのか、ビルの前にも関わらず飛びついて来て、深いキスをした。
あいつは、俺の小説の映画化権を一億円で買い取る、と提案してきた。そんなものは要らない、映画化権をお前にやると言った。
この小説は俺とあいつのものなのだから・・・
その代わり、脚本の仕事をやらせてくれと頼んだ。原作者としてこればかりは我が儘を言わせて貰った。
ただ、オリジナルの脚本が、映画にそのまま使用されると考えたら大間違いだ。出資者達の意向で変更され、ひどいときは脚本家も変えられる。だが、俺の脚本が最終的に参考になればいい。日本的な『契り』の描写は、日本人の俺しか出来ないという自負もある。
俺は脚本代の前金で、長年住んだ下宿を出て、三浦海岸の駅の近くに瀟洒なマンションの一室を借りて、脚本書きに没頭した。俺の人生で今が最高の『華』なのだろう。著名な小説家だってこんな幸運にめぐり会うことは滅多にない。
映画が失敗しても俺は満足だ。
プロデューサーと監督を兼務するトムは各方面から金を集め出した。
小説の主人公の中年武士・小吉と少年の『今生の恋』を描くには、戦士として、命を捧げて共に戦う壮絶ないくさのシーンが必要だ。女性との恋ならばまた別の描き方があっただろう。
小吉の『恋人』は、彼と共に戦うことでその愛を成就する者なのだ。
戦国の世に生まれた奇形の愛なのだろうか?俺のただの『夢想』だろうか。
トムは何を気に入ったのだろう?
戦闘シーンを再現するには、人と物を確保するのに、気の遠くなる様な金が掛かる。
当時、いくさに赴いた武士達はそれぞれ守るべきものを持っていた。殆どの武士は、自らの『家』とその柱である『主君の家』のために戦ったのである。あるじを頂点として、足軽や軽輩、小者に至るまで同じ考えだっただろう。俺はそんな一人一人が集まったいくさを描きたかった。
もしそうではない人達、例えば年貢の代わりに駆り出された農民達だったら、初めから戦闘に消極的だろう。いくさを指導する者はそんな連中を当てにするはずはない。だから、敵方に突進していく連中は本当の戦闘集団の筈だ。
例えば、『ロード・オブ・ザ・リングス』の戦闘の描き方は、ファンタジーと思えないほど素晴らしい。そこには命を捨てて戦う意味と、人間が守るべき物がしっかりと設定されていたからだ。
ロスから帰る前に、俺達はトムとどんな映画にするか議論を重ねた。あいつがトムと俺の会話を同時通訳した。
「トム、あなたはどういう映画を作るつもりなのか?」
「ダイスケ、これは単なる同性愛ストーリーではない。遠い昔に存在した命を賭けた『契り』の物語だ」
トムは『契り』をチギリとそのまま言葉にした。
「コキチとアルジのケイジロウは信じ合い、生死を共にする友情と主従のチギリを結び合っている。それだけでも話になるが、リンタロウのような美しい少年の愛がこの物語を引き立たせるのだ」
「・・・驚いた。俺の小説の理解者が日本人ではなく外国人だなんて」
「ワタシは日本の中世の歴史を研究して、その時代の人々が、この世を魂の旅の一つのステップであると考えていたことが分かった。そしてこの世では信じるギ(義)のために命を賭けたことに感動した。キリスト教が弾圧された時には、信者は信仰のために死んでいった。しかし、武士は違う。信ずるものは自分自身の美学なのだ。そういう人間達が居たことを私は世界に示したい。何故ならば、現在の世界はいまだ信仰が支配している。自分の信仰だけが正しいとそれぞれが思っている。私は信仰を否定はしない。しかしジョン・レノンが歌った、信仰もなく信頼だけがある世の中であれば、人は争わない。少なくとも人間を憎まない。確かに武士達は争いをした。それは主従関係があり、領地争いがあったからだ。武士達は敵を憎まなかった。その証拠に勇敢な敵には敬意を払った。そんな人間達がいた。それがこの映画の隠された『主題』なのだ」
ああ、星の数ほど作成された映画の中でも本当に優れたものは、語られない『主題』を持つものが多い。後で再編集されたり、当事者の解説で、初めてそれが明らかにされる場合もある。
映画は小説とは全く異なる表現芸術なのだ!
俺はもうトムに意見することはないだろう。ここまで言われれば、原作者冥利に尽きるではないか。例え、この作品が失敗に終わろうとも。
トムは俺の小説を英訳したプリントを持っていた。あいつが知らぬ間に英訳してトムに送っていたのだ。なんて奴だ。
ビルは既にアメリカでの出版権について、出版社と交渉を始めていた。背後にトム・ボイッジがいるのだから出版社も乗り気だ。
俺は3ヶ月掛かって脚本を書き上げた。俺のこれまでの人生の中で最もハードな月日だった。
俺はまず、著名な映画のシナリオを端から端まで読んだ。そしてその映画のDVDを買って、気になった脚本の部分部分が、どのように映像化されたかを研究していった。それらが先入観になることが最も恐れるところだったが、脚本と映像化の関係を頭に入れた後、全てをさっぱり忘れることにした。そして自分の小説を読み返し、俺だけの情景を組み立てていった。
毎日殆ど眠らず、書き上げた時には俺の体重は数キロ減っていた。
原稿が出来た所で、それをロスにいるあいつに電子メールで送った。あいつは徹夜でそれを英訳してくれた。
毎朝、あいつからパソコンに電話が掛かってきた。インターネットを利用したIP電話と言われるもので、利用者同士が同じ環境を持っていれば、海外からでも電話代は殆ど掛からない。
あいつが夜、パソコンに向かう時間帯が日本にいる俺の朝と昼だった。色々質問してくるあいつと俺は楽しく話し、打ち合わせた。最後に必ず、他愛もない会話をした。
「お前の側に誰も居ないよな。浮気したらお仕置きだ!ひどい目に会わせてやるぞ」
「ふん、まだ恋人気分なんだ。そんなの怖くないね。・・・もしそうだったらどんな目に会わせるの?」
「こっちで結婚宣言してやる!お前と俺がキスしている写真を発表するんだ」
「はは・・・もうすぐ撮影で誰かさんとするから意味無いよ」
俺は歯ぎしりした。俺はあいつに乗せられて墓穴を掘っているのかも知れない。
あいつは1週間で訳し終わり、トムとビルに送った。
俺は再びハリウッドに招かれた。脚本の打ち合わせをするためだ。
ほんの少し前はしがない請負コピーライターだった俺が、懐の心配もなく晴れてハリウッドに赴くなんて、俺は信じられなかった。
昼過ぎにロスに着いた俺は、あいつのアクターズ・スクールにタクシーで急いだ。閑静な林の中にしっとりとした趣を持つ古代ローマ風の建物が見えてきた。
ハリウッド創生時から有名な舞台・映画俳優を輩出しているスクールだ。簡単に日本人が入学出来るとは思えない。あいつは唸るほどある資産を活用したのだろうか。
あいつのクラスの見学を受付で申し込み、案内された。驚いたことに、見学は随時自由なのだ。誰に何時見られようとも俳優修行を乱されることはない、と言ったところか。
大きな部屋に入ると十人ぐらいの役者志望者が円座を組んで、代わる代わる『ハムレット』を演じていた。老練な教授が指導していた。生徒同士も意見を言い合う。あいつは入ってきた俺を認めると微笑んだ。俺は窓の横の壁に背をもたせかけた。
あいつの番だ。
促されたあいつは、円座の中で座ったまま言葉を発した。澄んだ大きな声だった。そして立ちあがり中央に移動しながら母、ガートルードを呪った。あいつの演じるTシャツを纏ったハムレットは凄まじく美しかった。
始めたとたん、あいつの顔は愛憎に苛まれる類い希なる貴人になった。あいつの目は父の亡霊を見ていた。
教授もじっと見入っている。
ハムレットの日本語訳をどうにか覚えている俺は、あいつが台詞の順番を、この練習の寸劇用に自由に入れ替えているのを知った。
あいつは周りの内の一人を、ホレイショーに見立て声を掛けた。さすがは一人一人が役者の卵である、その男は平然とあいつと掛け合いをし出すのだ!
アメリカの役者層の、とてつもない厚さを俺は垣間見た!
俺には、あいつのイギリス訛りの台詞が高貴に感じられた。既に日本人の発音ではなかった。
俺はあいつが役者としても天才だということを知った。
なんと恵まれた人間なんだ。神に愛されたとはあいつのような者のことをいうのか!
「どうだった?俺の演技」
「よかったよ・・・」
もっと賛美の言葉が有ったはずだ。だが、それしか出てこなかった。それでも、あいつはうれしそうな顔をした。
ビルの家で俺たちにあてがわれた部屋で、俺たちは部屋に入るなり、インターフォンで夕食に呼ばれるまで口を貪り合い、着衣をずらせたままセックスをした。
いくらあいつを抱いても、俺のこの気持ちはどうすればあいつに届くのだ、という焦りが消えない。
『連理の枝を為す』という言葉がある。だが、それに到達するためには同性であるということがここまで深い溝となるとは!
俺の胸を割って俺の真っ赤な心臓を見せてやりたい!
翌日、映画会社の中のトムの事務所に俺達は赴いた。映画の方向性を決める重要な会議が始まった。
あいつが訳した脚本を前に、トムとアシスタント・プロデューサー達が激しくやりあっている。
俺の脚本の修正を提案する者、宣教師の役まわりを追加して、アメリカ人の配役を多くするように主張する者達が侃々諤々の議論を戦わせていた。プロデューサーそれぞれが出資者の利害を代表しているのだ。
最後にトムが言った。
「オーケー。もしこの脚本を書き直すのなら、俺は降りる!誰か代わりにやってくれ」
これで俺の脚本は採用決定された。ハリウッドで、日本人が書いた脚本がそのまま使用されるなど前代未聞だろう。
トムとあいつは役作りの議論を、暇があると戦わせていた。議論が伯仲するとあいつがすくと立って、突如、演技を始める。現役の役者でもあるトムはじっとそれを見て、自らの動きを入れて意見を言う。
見ていて羨ましくなった。映画を作るのが全く好きな連中だ。
トムは、デビュー前にも関わらず、役者としてのあいつに惚れきっている様だ。あいつと話すときは髭で分からないが、相好を崩しているようだ。
トムのスタッフになったビルは、俺と一緒に日本に戻って、日本人スタッフを集め出した。各映画会社を回って配給の協力や出資を募った。
そして、トムとそのチームが極秘来日をして、ビルが選んだ日本人スタッフや脇役のオーディションを行った。
少年刺客に恋する中年武士、『小吉』とその主人を誰にするかが問題だ。二人の中年俳優が候補に残った。
身の丈、185センチの体を有する炉端新納と175センチの渋い演技を評価されている陣博間だ。
小吉の主人は、『六尺豊か』と記録されている戦国末期の実在の人物、前田慶次郎なので炉端がオファーを出され決まった。トム・ボヤッジのプロデュースに、異論を言うものは普通はいない。
だが、陣は脚本を読んで、『小吉』の役を受けることを躊躇したようだ。
少年とのセックスシーンがあるということで消極的になった。
彼は下手をすると、役者として命取りになるかも知れないと考えた。しかも前はサッカー選手だった素人が相手だ。ゲイと聞いて、そちらの道で多少噂のあるトムをたぶらかしたに違いないと踏んだ。演技力など期待出来ないだろう。
悔しいが、俺は彼が適役だと直感していた。普段、鬼瓦の様な顔をしているが、笑うと間の抜けたような優しい顔になる。彼の出演した映画を見て、前から気に入っていた俳優だったのだ。
トムは陣に、実際に一場面を演じてそれから判断して欲しいと頼んだ。
陣が英語で言った。俺はこの数ヶ月、必死に英語を勉強したので、なんとか聞き取れるようになっていた。
「茶番劇になるようだったら、降ろして貰いますよ。そうなったら誰がやっても絶対にうまく行きませんよ!」
陣はトムに忠告したのだ。少なくとも演技が出来る役者に変えるべきだと。
トムは髭の口を結んで頷いた。目の横に皺が出来た。笑ったのだ。
「では、恋するリンタロウを川の中で追って、捕まえてキスをするまでやってくれ」
陣は苦笑した。よりによって、小説中で中年の古武士の小吉があいつが扮する少年の誘惑に落ちるところだ。自分はそうはならない、と陣は考えただろう。
テストの始まる前に、スタッフがそれぞれ挨拶をした。あいつは野球帽を被り、ガムをくちゃくちゃやりながら陣に握手した。明らかに陣は、あいつの挑戦的な態度に怒ったようだ。
俺は内心、彼が怒って止めると言いだすのを恐れたが、トムが主役に置くあいつを、どれほどのものか見極めてやろうと思った様だ。とんでもない演技をすれば、トムの顔にも泥を塗ることになる。
陣はあいつを睨んでいた。あいつは口を動かしながら、だぼだぼの釣りズボンのポケットに手を突っ込んで下を見ている。
スタッフ全員は、百戦錬磨の役者である陣が、あいつを試そうとしていることを感じた。俺はとんでもない事態になったと思った。
配役選びの段階で役者同士の戦いが始まっていた!
臨時スタジオに緊張感が満ちた。
トムはそれでも冗談を飛ばしている。この状況を楽しんでいるのだ。
トムが、陣とあいつに別々の化粧部屋で着替えさせた。本番に出来るだけ近い姿をさせた。
お互いに相手の様子はテストが始まるまで分からない。役者としての彼らの緊張感を持続させるために、トムが仕組んだことだった。
先に出てきた陣は、頭髪の七三分けを崩しポマードで後ろに流しただけだが、大刀を佩いた小袖、袴姿はすでに古武士の威厳を醸し出していた。
あるじの為にいつでも命を投げ出せる気概。義に生き、死ぬ武士の本分。うっかり前を通ろうものなら剣が一閃しかねない。もう役に入っているのだ!
トムがディレクター・チェアに座り、身を乗り出して肘をそれぞれ大きく開いた膝に突き、両手の指を組んでうれしそうに頷いている。
あいつがスタジオに入ってきた。
俺たちは息を呑んだ。
髻から背中まで垂れる長い髪の鬘を着け、袴なしの半袖小袖を細い帯で纏い、腿の半分からしなやかな足が見える。裸足の足を少し開いて背を伸ばし立つ姿は、若い女と見紛うばかりだ。地毛の前髪は額で別れ頬の横に垂れていた。
あの興福寺におわす少年阿修羅像を彷彿とさせる容姿。俺が小説の中に創出した究極の若さの美だ!
あっけにとられている陣にあいつは近づき、挑発する様に言った。
「さあ!小吉さん!捕まえてごらん!」
陣は現実に帰って咳払いすると、剣をすらりと抜き、あいつに向けて脚本通り宣った。
『刺客の分際でこのような処にいるとは大胆不敵な奴!儂はお前を捉えねばならん。捕らえて儂等を狙わんように懲らしめてやる!』
陣は大刀を下に置いて、あいつに向かってゆっくり歩を進めた。少年は陣に媚びを売るような表情で動かない。
陣が少年の腕を捕まえようとした。だが触れる寸前あいつはするりと陣をかわした。陣はまた捕まえようとする。今度は本気で手を伸ばした様だ。脚本に忠実である必要は今はない。捕まえて口づけをするまで、役者の本能で演じ切れば良いのだ。
だが、あいつはまたするりと身をかわした。
撮影小道具、大道具など何もないスタジオだが、姿だけは物語そのものだ。本番では川の中に入って鬼ごっこをする設定なのだ。
あいつは陣の手をかわすたびに、何かを彼の顔の近くで笑いながら囁いている様だ。陣の顔が真っ赤になってきた。
陣は回りで見ているスタッフがもう眼中にないらしい。本気であいつを追い出した。だが、あいつの身のこなしは素早くしなやかで無駄がない。演技のようだが、本当に陣があいつを捕まえられないことは明らかだった。
陣は両手を遂に上げてあいつを追い詰めだした。彼の骨張った大きい手の甲と指があいつを狙う。
陣の目は大きく見開かれ血走っていた。今や陣は中年武士、『小吉』になりきっていた。・・・あいつに一目惚れをしてしまった。しかし、主を狙う刺客のあいつを許すわけにはいかない。『小吉』の心は葛藤し、それが彼の顔を鬼瓦の様にしていた。
一番遠い壁にあいつを追って、じりじりと寄りだした。俺たちはびっくりして陣を追った。
陣もあいつも真剣に『演技』をしていた。いや、お互いにその力を見極めようとする『戦い』といった方が良い。
あいつの身のこなしは、現代の運動選手が演じているという様な興ざめはない。日本舞踊か歌舞伎の身の振り方を取り入れているのだろうか。脚本通りの暗殺剣の天才的遣い手らしい動きになっていた。右か左に動くだろうという事は分かっているが、それを全く予測出来ないのだ。そういえばあいつの祖父は古武道の師範だった。
あいつ自身が鬼ごっこを終わりにすべく、壁を向いて手を突いた。そのとき流れたあいつの鬘の長髪を、陣がしっかと握りあいつを後ろから捕らえ、左手を後ろに捻った。
あいつは膝を突き、はあはあ言いながら陣を下から見た。
小吉の心を鷲づかみにするにする瞬間!
端から見ていてもなんと艶めかしいことよ!
俺の一物は既に立っていた。生地の厚いカジュアルパンツにまた救われた。
陣は左膝を突き、あいつの肩を右手で抱き、左手をしっかりと捻ったままその口を吸った。捕らえた小鳥を逃がさぬ様に。あいつは目を閉じて受け入れた。
まるで最初から打ち合わせた様な演技だった!
俺には彼らが口を付けている数秒がもどかしかった。もう止めろ!と叫びたかった。陣はあいつの演技を認めたようだ。さらにあいつ自身をも!
小吉役は決定した・・・
戦場の場面を撮る候補地を探しに、スタッフが世界に散らばった。デジタル写真がメールで送られてきて候補地が挙がっていく。オーストラリアかニュージーランドが妥当だと思われたが、最後に北海道の荒地に決まった。駒ヶ根の戦国時代の映画にエキストラで出る村の人達と交渉が成立した。
撮影は秘密裏にクランク・インした。
最初に室内場面の撮影のため、役者とスタッフ全員がトリプル・スターの映画村に集結した。外国で日本映画を撮るというのも奇妙な感じだ。
マスコミは終始シャットアウトだ。まず、テストで使われた、中年武士が少年刺客と邂逅する場面を撮る。この場面が全ての出発なのだ。俺はオブザーバーとしてあいつを見守る。
少年が中年武士を誘惑して、主君を裏切らせようとする場面になった。あいつが妖艶に自分を代償にして、武士を心変わりさせようとする。
俺の嫉妬心が歯ぎしりする。俺があの役を出来たなら・・・
『小吉』は髪を掴んで捕らえた少年の両腕と髻を刀の下緒で縛った。獣に堕ちそうな小吉。その誘惑に耐え、大切そうに少年の肩をい抱き、顔を近づける。後ろ手に縛られたあいつと陣が口づけをする。
あいつは目を瞑って、うっとりとした『演技』をしている。陣も最初、男同士で長時間、キスをするのに抵抗があったようだが、今はあいつの小袖姿を見るとそそられるらしい。本気で口を吸っているようだ!
カットが済むと陣はあいつの戒めを優しく解いた。手を揉んでやる。それが終わるとあいつの腰を抱いて、楽しげに話している。
俺は、俺を敵視するような目で、ようやく離れる陣を見送りながらあいつに聞いた。
「何を話していたんだ?」
「・・・何って、次はどう演技するかさ」
あいつはいたずらっぽく笑いながら言った。
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