警告
この作品は<R-18>です。
18歳未満の方は
移動してください。
11 劇終
日本に帰ってから俺は居場所を隠した。そして一年後、映画は封切られた。俺は北越の町の映画館にこっそり見に行った。
大都市の映画館と比べるとスクリーンのサイズが小さな映画館だったが、そこに展開されたのはとてつもない戦闘シーンだった。
騎上の炉端が、陣が、そしてあいつが命を顧みず平原を疾駆した。
臂力のある炉端と陣は、長槍を振り回し、敵の武将を貫き、馬からたたき落とし踏みつぶした。リアリズムを追求した俺の原作と、トムの演出哲学が実を結んだ場面だった。
あいつ扮する剣の妙手の少年は、阿修羅の如く鎧を着た敵の急所を切り裂き、血飛沫を浴びた。その後ろに蠢き死力を尽くして戦う武者達。
トムはハリウッドの資金力にものを言わせ、物量的にも大迫力の画像を作りだしていた。
そして夕日を背に、いくさ場の草原に馬上のあいつが映し出された。長い黒髪を風に靡かせ、返り血を浴び、遠いインドの、美しくも残虐な悪神の如く。
俺は興奮のあまり体が震えた。
涙が出た。
そしてその美しい阿修羅と古武士、小吉との愛と契り。戦のない世界では女でも良かったかも知れない。しかし、この刺客として育てられ非情な戦士として生きる少年は最後まで小吉に連れ添い、主の前田慶次郎利益とともに戦う。
最期の刻が訪れるまで、彼ら主従と衆道の契りを結んだ者達はその信じる道を全うするのだ。
林太郎と陣の愛の戦いの場面、小吉がりんを自分のものとすべく犯す場面は限りなく激しく優しさに満ちていた。映画館のあちこちから女性の嗚咽の声が聞こえた。そして俺は拷問に耐え抜いた。
映画館を出ると、目眩がした。汗をびっしょりかいていた。
映画は大成功だった。日本の『契り』という概念が理解され、あいつの美しい容姿と演技力が評価された。陣との交合のシーンによって、艶めかしくも、絶対の愛の庇護を請う『いきもの』の存在を世に問うた。
あいつは主演男優賞(男優か?という声もあったが)にノミネートされ、トムの監督賞、陣の助演男優賞と共に受賞した。映画には日本人しか出演していなかったが、アメリカ映画と見なされたのだ。
俺の脚本もノミネートされたが、受賞しても辞退してくれとトムに書き送った。これは全てトムと撮影陣、演技陣の総力の勝利なのだ。
俺はHが持っている北越のログハウスを借りて住んだ。
Hには誰にも俺のことを絶対しゃべるなと頼み、外界からの連絡は新しい携帯だけになった。
あの出版社が俺の小説を出版した。海外語訳も出た。俺の銀行口座に勝手に印税が振り込まれた。俺がどこにいるのか分からないのに。
多額の印税のお陰で喰うには困らなかった。
あれから一年たった。
俺もあいつももう人の噂には出なくなった。俺たちはあの作品だけで引退したのだ。俺は俺の全てをつぎ込み、文字通り燃え尽きた。
あいつは俳優としてはもう活動しなかったが、歌を歌い出した。あいつの人気を当てにしたレーベルが、だめもとで話を持っていったようだ。
ロスに住み、テレビなどには一切顔を出さず、CDだけで作品発表した。あいつの透き通った声とアメリカの有名曲のカバーで、全世界でそこそこ売り上げている様だ。イギリスとアメリカの方言を使い分けていると、音楽誌が絶賛した。
あいつは本当の天才だった。
俺にとっては天から降りてきた身分不相応の者だったのだ。そういう者を俺が犯し抜いたのは、神様も残酷なことをする、という証拠だ。
ある初春の日、東京のHがあいつの来日コンサートのチケットを送ってきた。あいつからHへ送ってきたのだが、Hは仕事でどうしても行けなくなった、と書いてあった。
俺は躊躇したが、あいつが元気か知りたくなって、衝動的に東京のオペラシティのホールに赴いた。送られた上席のチケットをダフ屋で他の安い座席のものに交換した。
狡猾そうな顔をしたそいつは、はじめ驚いたように眉を上げて俺を見たが、にやりと笑って大きな手に券を隠して、親指の下から代わりの券の端を見せて俺に取らせた。俺は懸命に勉強していた英語で洒落たことを言おうとした。こんな仕事をしている輩に意味はないだろうが。
「サンキュー、ミスター・ボージャングル」
すると驚いたことに、そいつは流暢なイギリス調子で言った。
「モースト・ウエルカム、ミスター・シェークスピア」
シェークスピアは実は男色者だったと言われる。その証拠に美しい青年貴族か少年の役者に贈ったソネットがあるのだ。ダフ屋は、皆が欲しがるステージ近くの席を遠くの安い席に変える俺に、そんな臭いを感じ取ったのだろうか。
場内が暗くなり、あいつが登場した。
二十になっているはずだが、俺の知っているあのときの、あのままのあいつだった。黒髪は肩まで伸び、さらと場内の微風に舞う。満員の会場の女性達からため息が漏れる。
あいつはバンドをバックにイーグルスの『サッド・カフェ』(アルバム”ザ・ロング・ラン”所収)を歌い出した。
何故って聞いても意味はないよ
そうなってしまうしかなかったんだから
だから寂しい時は真夜中に来なよ
このサッド・カフェに・・・
切なくあいつは繰り返す。
学生時代にあいつと俺の悪友達としけ込んだ喫茶店。マスターがこの歌にちなんで店の名前をこう呼んだ。俺達はわいわいと口論し冗談を言い、喧嘩した。遠い懐かしい記憶・・・
悪友達は自分なりの夢を叶え、あいつと俺も金銭面では成功した・・・でも俺の愛は・・・その片隅にまだ残っている。
『トライ・アンド・ラブ・アゲイン』(アルバム”ホテル・カルフォルニア”所収)をあの透き通る様な声で歌い出したとき、俺の頭にはサンフランシスコへ向かうハイウエイの情景が浮かび上がった。
あいつの夢を奪おうとしてあいつに見放され、死ぬような絶望感に永遠に苛まれると思った。
あいつは俺のもとに戻ってきたが、以前のような愛をあいつは拒絶した。しかし肉体の疼きの癒しを俺に求めた・・・
そして愛する俺と愛を信じないあいつの奇妙な生活。ロサンゼルスへの旅。
コンバータブルの助手席で微笑むあいつ。市庁舎で口論したこと。ホテルのバスルームで野獣の様にあいつと抱き合ったこと。
・・・はじめてあいつのバイクの後ろに乗った日のこと。あれが始まり。
あの一瞬一瞬が、遠い過去のことのように思えた。
君が独りぼっちでいるとき、
あの時の記憶が巡ってくる
輪が回転するみたいに。
そして君は迷子になって彷徨う
全てを思い出すまで
一つ一つの思い出が
寂しさを増して行く
でも日が経つに連れ
段々と薄れていく
ああ、あいつが君を見た時
君はそこに何が映っているのか分からなかった
確かにあいつは踊っていた
あいつの姿が君には見える
音楽に包まれた美しいあいつが
僕は留まるべきだろうか?去るべきだろうか?
本当に知りたいんだ
僕は勝ち取ることが出来るのだろうか?失うのだろうか?
もしもう一度あいつを愛することが出来たら
俺は涙を流し、歌詞を呟いた。隣の男が気味悪そうに睨んでいた。
俺はコンサートの後、新宿のしょんべん横丁を飲み歩き、朝方に信州方面行きの始発に乗った。駅の駐車場に置いてあった車にたどり着いたとき、窓を開けて急いで吐いた。事故を起こさない様に、慎重に運転をしてログハウスに帰った。
ログハウスは、公道から山林に少し入った処にある。車を前に止めると、軒下にカバーを被ったバイクらしいものがある。雪に備え、すっぽり被せてあるが、酔った俺は気にしなかった。Hの仲間が時々来て別室に泊まるので、誰かが置いていったのかも知れない。
俺は上機嫌で戸口への木の階段を上がり、
君が独りぼっちでいるとき・・・
と『トライ・アンド・ラブ・アゲイン』を歌いながら鍵を開けた。
鍵は開いていた。
俺はいぶかしがりながら部屋に入った。Hの友達なら歓待してやろう。暖炉に火が入っている!その前のソファーに腰掛けていた誰かがこちらを向いた。
バイクスーツの前をはだけていた。銀色の・・・
あいつはソファーを立つと、にっこり笑った。
「やあ」
俺は持っていたバッグと鍵を落とした。俺は咄嗟に怒りを覚えた。あれだけ誰にも言うなと頼んだのに!よりによってあいつに!
「Hか!」
「・・・彼を怒らないで。俺が無理に頼んだんだよ」
「ずっと知ってたのか?」
あいつは頷いた。俺は再び俺の前に降り立った、美しい阿修羅を惚けて見ていた。どこも変わっていない。
あいつが近づいてきた。
俺は思わず逃げようと周りを見回した。
「もう・・・逃げられないよ。ちゃんと責任果たせよ」
あいつは上目遣いにかすかに微笑みながら言った。『責任』とは、あいつに性の奴隷として奉仕することか・・・天から降りてきた者を犯し、穢したことの報いで。
「・・・俺はもう勃たないんだ。あれから」
「俺の下着は?」
「・・・持ってる」
「それでも?」
俺は微笑んだ。
もうあいつを汚く穢す陰獣は死んだ。
あいつはつま先だって俺の口にキスをした。俺は思わずあいつの肩を抱いてしまった。
しばらくして口を離してあいつは言った。
「それくらいで身を引くなんて・・・俺のために鬼芦の指をへし折った、俺の『小吉』はどこへ行ったんだよ?」
「俺なんかじゃなくてもいいんだろ?・・・陣といい仲になったんじゃないのか?」
「陣さんは、俺を役者として認めてくれたんだ」
「あのときお前に挿れたんじゃ・・・」
「俺のすまたでいったんだ!俺もほんとのセックスみたいに感じちゃったけど。でも陣さんは俺が最高の演技をしたって言ってくれた」
あいつの目から涙が落ちた。
「お前が行っちゃってから、俺も映画を降りようと思った・・・でもみんなが今止めたら、それはお前が最も落胆することだ、と言ってくれた」
あいつの目から涙が零れ落ちた。
「・・・だから、俺、一生懸命やった!陣さんをお前だと思って!・・・お前を諦めようとしたんだ!確かに俺・・・いい気になってた。無意識にお前に仕返ししようとしていた」
俺たちは抱き合って崩れ、膝を突いた。俺は下腹に久しぶりに熱い感覚が戻ってきた。
「俺・・・陣さんと一年つき合った。そしたら陣さんは、俺のために家族を捨てようとしたんだ。だから、俺・・・別れてロスに行った」
「いつから俺がここにいることを知ったんだ?」
「去年、やっちゃん達と『サッド・カフェ』で会ったとき、教えてくれた。それからそっと大介の様子を聞いていたんだ」
俺たちは裸になって、ただ、抱き合った。俺はあいつをもう辱める気は無かった。俺はこのままで、あいつと語り合えればそれで良いと思った。
「あの歌・・・俺の好きな歌ばかり・・・」
俺ははっとした。あの歌をあいつは俺のために歌い続けた・・・?
あいつの目が笑った。
あいつが俺のものを口に含んだ。
「りん、いいんだ。俺は・・・」
「もう一度、抱いてよ!俺にもう気がなくても」
「そんなことあるもんか!俺はお前を・・・もう汚したくないんだ!」
あいつは俺を見上げていた。
絶対的な服従の目をして。
この美しい阿修羅が世に降りたのは、一人の凡人に仕えるためか!
「・・・俺、大介を愛してる・・・やっと分かったんだ・・・『結婚』してもいいよ。もう遅いかも知れないけど」
俺たちははじめて『一つ』になったような気がした。
あいつは俺に会って俺の異性として犯され、それを受け入れた。俺はあの世ではやはり地獄の業火に焼かれるのか、いや永遠の輪廻の中で俺はあいつを追いかけ回すのだろう。
新しい愛に刺激されてか、創作意欲が湧いてきた。
今度は現代の『俺たちの物語』を書こう。
そう思った。
11 了
あいつ 後編 了
この劇終までは2004年に上載した全編だったのですが、商用のサイトで販売したため、前編までに限定しておりました。年月が経ちましたので2011年3月20日に再度全編を公開しました。
お気づきのようにこの小説の中で語られる小説があり、その小説と二重の展開となっております。その小説とは、泊瀬光延著「前田慶次郎異聞 りんと小吉の物語」という小説で、彼の著者のオンライン小説として読むことが出来ます。
「11 劇終」に関しましては書き直した所があります。主にイーグルスの歌の翻訳ですが、この小説の流れはこれらの歌にかなりインスパイアされたことを記して後書きとさせて頂きます。
敬白
サー・トーマス & 泊瀬光延
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。
ついったーで読了宣言!
― お薦めレビューを書く ―
※は必須項目です。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。