警告
この作品は<R-18>です。
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4・訪問
葵あさこの顔から血の気が引いていた。
制服のネクタイに手をかけたまま、その手を震わせている。
どうして葵あさこはわかってくれないのだろう。怖がらせる気なんてないのに。何故そんなに震えているの。ただ、一緒にいたいだけなのに。
南さやは苛立ちと同時に悲しさもこみ上げてきた。
わかってくれない。
目頭が熱くなった。涙が落ちそうになり、手の甲で目頭を押さえた。
「さや?」
葵あさこは恐る恐るこちらに片手を伸ばした。
いやだ、泣いている顔なんか葵あさこに見られたくない。
「触らないでよっ!」
南さやはその手を振り払った。
「早く、言うとおりにしなさいよ!」
もう何がなんだかわからなかった。とにかく叫んでこの場をやり過ごしたかった。南さやはこの陰惨な気分をどう処理していいのかわからなかった。
「あさこの馬鹿!」
南さやは視聴覚室を飛び出した。
自宅まで息が切れるほど全速力で走り続けた。
苦しい。苦しくてどうにかなってしまいそうだ。
今頃、葵あさこはほっとしているのだろうか。そして彼のところへ行ったのかもしれない。
悔しい。
男だというだけで葵あさこを手に入れる権利があるなんて不公平だ。
今の自分を変えることなんてできない。男にはなれない。
こんなに好きなのに。
自宅へついた南さやは、階段を駆け上がり部屋に飛び込んで勢いよくドアを閉めた。
「さや、帰ったの? ただいまくらいしなさい!」
階下から母の声が聞こえた。
ベッドにうつぶせに寝転がって、枕に顔を押し付けた。
――うるさい! それどころじゃないんだから!
南さやは心の中で叫んだ。
――馬鹿。馬鹿。馬鹿。南さやは馬鹿だ!
自分が嫌だった。消えてしまいたかった。
優位な立場にあったはずなのに。自分からそれを放棄してしまったのだ。
葵あさこは、おどおどした南さやなど相手にしてくれないに違いない。
こんなに好きなのに。ただ、あのすらりとしたしなやかな腕に抱かれたいだけなのに。
泣けてくる。悲しいのか悔しいのかわからない。ただただ涙が溢れてきた。
「さや、お友達が来たわよ」
階下から、母の声がした。
――誰だろう。
南さやは枕に涙をぬぐってもそもそとベッドから立ち上がった。
のろのろと階段を下りたさやは体を硬くした。
玄関に立っていたのは葵あさこだった。制服のままの彼女は学校から真っ直ぐここへ来たようだった。
「さや」
さやは逃げ場をなくしてその場から動けなくなった。
葵あさこは同情したような瞳をさやに向けていた。
「何しに来たのよ」
やっとの思いでさやは声を絞り出した。
声が震えていた。
「さや、お母さんちょっと出かけてくるから。そんなところで話していないでお部屋に上がってもらいなさい」
「お邪魔します」
葵あさこは、さやの言葉を待たずに上がりこんだ。
「あ……」
さやはそれを止めようとしたが何と言っていいのか言葉が出なかった。
葵あさこはどんどん階段を上っていった。
さやもぎこちなく足を動かしてそれについていった。
「ここがさやの部屋?」
何を言われるのだろうと不安に顔を歪めながら、さやはこくんと頷いた。
「可愛い部屋ね」
以外にも、葵あさこは爽やかな笑みを漏らした。
ベッドに無造作に腰を下ろした葵あさこは腕組をして、突っ立ったままでいるさやを見上げた。
葵あさこは笑顔が消えて、真顔になった。
「今日こそ聞かせてもらうから」
冷たい口調にさやの背筋が凍った。
「あの……」
「逃げないでね」
そんなことを言われなくても、さやは逃げられなかった。
葵あさこの瞳に囚われてしまったのだ。
どんな理由であれ、葵あさこが自分の部屋のベッドに座ってこちらを見つめている。
このシチュエーションに自分がおかれている立場を忘れてさやはのぼせていたのだ。
「ねえ聞いているの?」
いらだった葵あさこの声が、さやを現実に引き戻した。
「はい……」
さやは神妙に返事をした。
「あなたって、何を考えているのかわからない」
「それは……」
――それは、葵あさこのほうだ。
そう言いたかったが言葉にはならない。
さやは葵あさこを恨めしそうに見つめた。
「なに? 言いたいことがあったらはっきり言えば? でも、私のほうが被害者なんだからね。どうしてそんな目で見られなきゃならないの!」
葵あさこは苛立ちを隠さずにさやに言葉をぶつけた。
長い足を組みなおした。さやは思わずそれに目を奪われた。
「何見てるの!」
「ご、ごめんなさい」
さやは慌てて謝った。
「ふうん……」
葵あさこはじろじろとさやを見た。そして、いきなりさやのほうに手を伸ばしてさやの腕を鷲摑みし、さやをベッドに押し倒した。
「怯えているの? 私も、そうやって怯えていたの。あなた、それを面白がっていた」
「違う……」
――面白がってなんかいない。葵あさこを手に入れたかっただけ。
仰向けに転がされたさやに覆いかぶさるようにして、葵あさこはさやを睨みつけていた。
「じゃあ何だって言うの。何とか言いなさいよ」
さやはどきどきしていた。葵あさこを身近に感じる。柑橘系のシャンプーの香りがする。
「あなたのしたことは犯罪なんだからね!」
「許して……」
葵あさこの剣幕は怖かったのだが、吐息がかかるほど身近にいることでさやの心臓のどきどきは止まらなかった。どうにかなってしまいそうだった。
「許さない」