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【Chapter:02 Page2007】
■ □ 【Page2007///腐る月】 □ ■
再統合教団にはルールがある。
曰く、人間と深くかかわってはならない。
沖野良子を含むIyesシリーズのロボットは存在そのものが極秘事項であり、人間にその機能を知られるのは非常に都合が悪い。
よって、人間と深く接することを禁じているのだ。
沖野良子が勤めている会社も社員こそ人間だが、あくまで仕事上の関係を保っており自宅に呼んだことはあまりない。パーティなどのような、みせかけの社交辞令なら別だが……。
大久保勝利という名の猫を拾った沖野良子。
彼女は今、禁を破ろうとしていた……。
▲▽▲
▲2247年 11月25日 AM8:33
△超人同盟・日本【ディストピア】 【OHTOMO】支社・67階
「おはようございます。社長」
部下の声に、良子は穏やかに笑んで挨拶を返した。
近代的なオフィスビル。
吹き抜けの通路を歩いている良子の隣に、スーツ姿の男が同じ歩幅でついてくる。彼女の第一秘書だ。
「新薬開発が進まないことに、株主が不満を漏らしているようですが……」
「開発をしているのは第一スタッフでしたね。なら第二スタッフを回してあげてください。主任の今崎さんが新しいことをしたいと言っていましたから」
「それと、サイボーグ技術の件ですが、こちらの予想よりも早く解決しそうです」
「それならスタッフに金一封を送りましょう。たぶん梅岡さんは喜びますよ。新婚で家を買ってたはずですから」
「あと――」
「臨床実験は慎重に。実験用のマウスだって生き物なんです。あまり粗末にしないように言ってあげて下さい。吉野さん、ノイローゼ気味になっていましたし」
「……さすがですね」
「何がですか?」
「社員の名前を良く覚えていらっしゃる」
【OHTOMO】の社員は、支社ですらゆうに千をこえる。その社員の名前を全て暗記しているというのはすごいというものでは言い表せない。
「朱桓は一万人の部下の名前を覚えていたと言いますからね」
「……三国志ですか?」
「この商売、何でも浅く広く知っていないと生きていけませんから」
そう言って、良子は穏やかに微笑む。
社長いう立場にしてはいささか控えめすぎる態度。それは人に従うロボットとしての矜持か、はたまた彼女の性格か。
社長室の扉まで来たところで、良子は手で軽く秘書を押しとめる。
「私一人にしてもらえますか? ――あと、今日は残業しなくていいですよ」
「……それはまたどうして?」
秘書の疑問に、機械で出来た社長は機械らしからぬ悪戯っぽい微笑を浮かべた。
「今日はあなたの誕生日でしょう? 彼女とディナー、楽しんでくださいね」
「…………。……本当に、良くご存知ですね……」
唖然としたように秘書が目を丸くする。いつも鉄面皮であることが多い分、これは貴重だと良子は内心で楽しんでいた。
良子は人差し指でとんとん、と自分のこめかみをつついてみせた。
「記録には自信がありますから」
そう言って悠然と微笑んでみせる。
【記憶】ではなく【記録】と称するあたりが、彼女がロボットである所以だろう。
「私服にはスカーフを巻くとお洒落ですよ。男性は毛嫌いしがちですけど、意外と見栄えがいいですから」
高身長のわりには小さな手をひらひら振りながら、良子は社長室の扉をくぐっていった。
扉を閉じて、良子は社長室――自分の仕事場を歩いていく。
白と黒で統一された空間。
外とのつながりこそないが、壁一面をカラス張りにしているためか閉塞感はない。
申し訳程度に飾られたオブジェこそあるが、己を誇示するような賞状や額縁が一切ない、とてもシンプルなつくりであった。
「…………」
良子は椅子に腰を下ろす。彼女の体型に合わせて作った特注品だ。
続いてガラス張りのデスクに指を添える。
瞬間、天板に光が灯った。いくつもの正方形が浮かんだそのイメージは、まるでキーボードのように見えなくもない。
その光で描かれたキーボードを軽くなでると、今度は空中に光が灯る。
長方形のプレート――テレビ映像がそのまま空中に浮かんでいるような、そんな印象を受けた。それが良子を取り囲むかのように、何枚も何枚も浮かんでいる。
さらに彼女はキーボードを撫でていく。まるで仔馬を愛でるように。あるいは楽器を奏でるかのように。
ここで彼女は言葉をつむぐ。
「【大久保勝利】で記事を検索」
彼女の呪文に応えるように、 空中の画像が切り替わっていく。
表示されていくのは、たくさんの情報。
それを一つ一つつぶさに目を通しながら、良子は【彼】のことを少しずつ拾い上げていく。
『ナノテクノロジーの第一人者』
『機械工学の博士号と生物学の修士号を取得』
『ロボット工学にも貢献』
どうやら、なかなかの才能の持ち主らしい。
そして、中でも目を引いたのは――
『三年前から行方不明』
(清廉潔白とは言いがたいですね)
それからもう一つ。
『愛称は【ショーリ】 大学時代に友人からそう呼ばれており……』
もう少し読みあげようとしたところで、いきなり通信が割りこんでくる。
再統合教団――五十嵐清花からだ。
まずい。良子はすぐに回線を切断した。ネット検索の履歴を消去しておくことも忘れない。
全ての痕跡を消したことを数瞬で確認してから、良子は通信に答えた。
「おはようございます」
焦りなど微塵も感じさせない声色で。
『コンマ7秒反応が遅かったわね』
「お昼寝してまして」
目ざとい清花に対して、笑顔と冗談で受け流す。
『日本は朝じゃなかったかしら? さっきおはようってあんた言って――まぁいいわ』
いろいろ気になる様子だったが、清花は些細なことだと判断したようだった。
助かった、と心底良子は思う。もちろん内心で。
『確かあんたの系列の病院に、小此木京一って男が入院してたわよね?』
「ええ、精神病棟の患者でしたけど……それが何か?」
『そのカルテと収録したボイステープを貸して頂戴』
「……何に使うおつもりですか?」
『彼、ロボット法案を扱ってる政治家なの。ロボットのエネルギー触媒を値上げする法案を可決させようとしてるみたいだから、脅迫のネタに使いたいのよ』
「患者のプライバシーを守るのが、ここのルールなんですけど」
『ルールなんて曲げるためにあるのよ。そのためには弱みを握るのが手っ取り早いわ』
何ともロボットらしからぬ発言だが、これが五十嵐清花なのである。
政治に長け、不都合な情報をもみ消し、人間を金と弱み――時には脅迫で――で懐柔させる。
心を手にしたロボットは純粋だが、知恵を手にしたロボットはひどく悪辣になるものらしい……。
「…………」
良子はしばし考え、そして告げる。
「……一つ【貸し】ですよ」
何かを諦めたような、そんな口調だった。
『恩にきるわ』
患者のプライバシーを明け渡すのは良心が痛むが、奇麗事だけではこの世の中やっていけない。ここで上司の機嫌を損ねたって、得なことなど何一つないのだから。
「今度何か奢ってください」
良子がそうつぶやくと、遠い海を隔てた先にいる上司に鼻で笑われた。
『奢る? ロボットが何を食べるの? いくらお酒を飲んだって酔えもしないのに』
「気分ですよ」
『私はね、人間のフリなんてしないの。……ひょっとして怖いの?」
「【人間】がですか?」
『【独り】がよ』
「…………」
『……良子』
「はい?」
「寂しいからって、変なことするんじゃないわよ」
その言葉が、良子の胸に鋭く突き刺さる。
彼――大久保勝利を拾い、あまつさえ隠しているという気まずさがそうさせるのかもしれない。
「……そんなことしませんよ」
動揺を抑えられていたかどうか不安だった。ひょっとしたら声が震えていた気もする。
『…………』
どうしたことか清花は返事をすることなく沈黙していた。
その沈黙が、良子に重くのしかかる。
やがて清花は口を開いた。
『……まぁ、そうでしょうね』
どうやら言葉どおりに受け取ってくれたらしい。良子は胸の内でほっと息をつく。
『食事は遠慮願うけど、ライバル企業を黙らせたいならいつでも言ってちょうだい。根元からぶった切ってあげるから』
「……それはありがたいですね」
物騒な提案をやんわり受け流しつつ、良子は別れ言葉とともに通信を切る。
ふと思ってしまう。
まるで親から赤点を隠す子供みたいだ、なんて。
それから彼女は、いつものように微笑んで仕事をこなし、いつものように微笑んで仕事から帰り、いつものルートから――外れて、誰にも知られないように買い物を済ませる。
男性用の衣服、下着、軽めの食事が作れる程度の材料、石鹸にシャンプー――どれもロボットには必要のないものばかりだ。
そんなことしないと言ったその口で、彼女は必要な品々を店員に尋ね、そして購入していく。
人間と深くかかわってはならない。
そのルールを、良子は破ろうとしている。
――ルールなんて曲げるためにあるのよ――
清花が言ったその言葉を思い出しながら、良子は心の中で謝罪し、そして口の中だけで小さくつぶやいた。
「これで貸し借りなしですよ。清花さん」
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