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【Chapter:02 Page2001】
■ □ 【Page2001///junk junkie】 □ ■
▲2247年 11月23日 PM14:23
△超人同盟・日本【ディストピア】エリア・カフェ【O-NEW】
りらりゆらり。
灰色の空からこぼれ落ちてくる白い雪。
まるで空が地面に触れようとしているかのように、いくつもの雪が地面に吸いこまれていく。
その先には――一軒の家。
正確に言うなら、それは家ではなくお店だった。
いわゆる喫茶店。名前は【O-NEW】
小さいながらも、なるべく壁を排してガラス張りにすることで開放感を出し、洒落たインテリアで飾られたその雰囲気は近くのオフィスビルの人々に癒しを提供している。
オフィス街という好条件のためか客周りも良く、お昼や仕事終わりにはたくさんの人がやってくるくらいだ。
――とはいえ、さすがにお昼過ぎでは人の数は少ない。
だが、いないわけでもない。
ほら、そこに人影が二つ……。
「……それじゃ、ここは巻き戻して、もう一回インタビューさせてもらうわね」
「いえ、こちらこそ」
会話からして、友達の談話という雰囲気ではなさそうだ。
テーブルに面と面で向かい合うようにして座っている二人の女性。
一人は、黒のビジネススーツを着こなした女性。
決して華美というわけではないが、身につけているアクセサリーや服の素材、そのすべてが高級品であることは間違いない。
長い金糸の髪を後ろにくくり、前髪は長く、彼女の顔の左半分を完全に覆い隠してしまっている。
さらしているもう片方で分かるのは、少し目尻のたれた紫の瞳に、時々浮かべる微笑。そして、程よくのせられたお化粧。――自分のキャリアをひけらかす性格ではなさそうだ。
もう一人は同じく金髪だが、こちらはウェーブのかかった髪をポニーテールにして束ねている。
猫みたいに釣りあがった――満月のような瞳の色は海。
化粧の痕跡はないに等しいが、彼女の野性的な美貌がそれを帳消しにしている。
ジーンズに着崩したブラウスとずいぶんラフな格好で、そなえつけのハンガーには動きやすさを重視したジャケットがかけられていた。
全身から自信があふれていて、自分の仕事に誇りを持っていることがうかがえる。
その彼女のテーブルには――ボイスレコーダー。
そして、さっき言っていた言葉――インタビュー。
つまり彼女の仕事は――
「それでは改めて――はじめまして、ジャーナリストのレイチェル=チェチックです」
レイチェルと名乗った女性は、口調を敬語に改めスーツの女性に握手を求める。
彼女は微笑んでそれに応えた。
「こちらこそはじめまして。沖野良子です」
それから始まるのは、いくつかの問答。
「沖野さんは、民間医療企業【OHTOMO】のご令嬢だそうですが?」
「会長に引き取ってもらったんです。今の私がいるのは、会長のおかげです」
「今では支部を一社任されているそうじゃないですか」
「普通の子会社ですよ」
良子は、まだ湯気が立っているカフェラテをそっと口にする。
ブラウスの袖から、かすかに見える金のブレスレット。派手ではなく、むしろ控えめなところが、スーツの黒と相まって華やかに見える。
「年間4500億も稼ぐ子会社なんてそうはないですよ。これはやはり――社長の【腕】ですか?」
「運営アドバイザーですよ。社長じゃありません。それと――腕でもありません」
「というと?」
沖野良子と呼ばれた女性は、レイチェルの問いに答えるようにして、細く白い指でとんとんとこめかみのあたりをつついてみせた。
「【頭】です」
「なるほど……」
レイチェルは肩をすくめる。
「【OHTOMO】はロボット技術を転用した人工臓器を人体に移植する――いわばサイボーグ手術を取り扱っている企業だとお聞きしましたが?」
「はい。人工骨から義手、さらには人工子宮まで取り扱っているんです。スポーツ選手にも評判なんですよ」
そう言って、良子は上唇をめくって品良く笑ってみせた。その振る舞いや口調から育ちの良さがうかがえる。
一方のレイチェルは、そんな彼女を見つめて――睨んでいるようにさえ見えた。まるで獲物を吟味する猛禽類のように。
その目線に気づいたのか、良子は少しだけ目を見開く。
「あの、どうかしましたか?」
良子の問いに、ジャーナリストはおもむろにため息をついた。
まるで、重くなったまま溜まった肺の空気を搾り出すかのように。
「訊きたいことがあるのなら、何なりとおっしゃってください」
微笑を浮かべたまま、良子は言った。
「テレビ出演と違って、ここにはカメラもありませんし観客もいません。それに――本 当 は 私 の 経 歴 な ん て 興 味 な い で し ょ う ?」
その言葉に、レイチェルはきょとんとした顔になってしまう。
「……気付いてたの?」
「人間は地球上でもっとも賢いウソつきだと教わっていますから」
「……あぁ、そう」
つまらなそうにレイチェルは言った。
「それと――ジャーナリストは常に真実を追い求めます。上っ面な肩書きなんかに騙されません」
「……あぁ、そう」
少し嬉しそうに、レイチェルは言った。
「それなら遠慮はいらなそうね。洗いざらいぶちまけてもらいましょ」
「お手柔らかに」
良子は指と指を軽く絡ませ、背もたれに身を預ける。さながら王座に座った主君と言ったところか。
レイチェルは、それに対峙する剣士のような面持ちで身構え、一間の静寂を作る。
そして――真実を求めた。
「あなた、人を殺したことある?」
「……ずいぶんとストレートですね」
言いつつ、良子はカフェラテを一口。だいぶぬるくなっている。
「あたし、砂糖もミルクも好きじゃないの」
白いマグカップに閉じこめられた黒い鏡が、レイチェルの顔を鮮明に映す。
「私、五寸釘を打つ人に見えます?」
「少なくとも銃は撃てるでしょうね」
「それを聞く理由は?」
レイチェルはしばらく押し黙り、そして口を開いた。
「――地球上のロボット普及率がどれだけか知ってる?」
唐突に、レイチェルは話題を変える。それを尋ねることもなく、良子は質問に答えた。
「……75パーセントです」
「経済先進国ではほぼ一人に一台。発展途上国ですら、軍政府にサポート用のロボットがついているわ」
そして、若きジャーナリストは、正面の淑女を見据える。
服ごしでも分かる、華奢だけど均整の取れたボディ。
まるで陶器のような白磁の肌。
ほっそりとした長い指。
形の良い鼻梁に、色味を落とした桃色の口紅で彩られた薄い唇。
ど こ か ら 見 て も 人 間 に し か 見 え な い 彼 女 を見つめて、レイチェルは告げた。
「あなたは最新鋭のロボットよ。――沖野良子」
「…………」
良子――世界最高峰を誇るロボットは、押し黙ったまま何も答えない。
「反ロボット協会は知ってる?」
「ええ。素敵なファンレターをたくさん貰ってますから。……爆弾や山羊の首とか、思い出に残っていますよ」
「……ロボットに反対する組織が、最新技術を投じたロボットを意識しないわけがないわ」
「まさか私は反ロボット協会に殺されていて、実は二号か三号か誰かだとでもおっしゃるんですか?」
「正当防衛をしたことはないの、って言いたいのよ」
「…………」
「…………」
二人は押し黙り、互いの眼と眼が交差し合う。
それはさながら、腹の内を探っているようにも、あるいは視線で殴り合っているようにも見えた。
眼の押し合いに最初に負けたのは、良子のほうだった。
だけど白状というわけではない。
「私は誰一人殺していませんよ。……これでも、ロボット精神鑑定の成績はいいほうなんです」
「……本当に?」
「ええ、ロボットは嘘をつきません」
絶対の自信を持って良子は女神のような微笑とともに答える。
しかし、それを見るレイチェルの眼は険しい。おそらくは、これまでに見てきたウソつきの顔と、良子の表情とを見比べているのだろう。
そして一旦良子から眼をそらし、すっかりぬるくなったコーヒーを一口すする。
「……分かったわ。そう言うことにしときましょ」
「ネタにならなくて申し訳ありません」
「それじゃ、もう少しぶしつけな質問していいかしら?」
「何でもどうぞ? 誕生日でも教えましょうか?」
「あなたって、人間に近いロボットなのよね?」
「はい。そうですけど」
「つかぬことを聞くんだけど――」
レイチェルは、神妙な面持ちで良子に顔を近づけて――声を潜めた。
「……セックスって、出来るの?」
まぁ、なんて上品な質問。
さすがの良子も驚かざるを得ない内容だ。
それでも微笑を崩さなかったのは、彼女の性格か性能か。
「……お昼に話す内容じゃありませんね」
「いいでしょ? 気になったんだから。――で、どうなの?」
「質問の答えでしたら――イエスです」
「あら、素敵」
「無用の長物ですけど」
「……どういうこと?」
「ロボットは、決して欲しがらないんです」
「……さすが神の子ね。高潔な考え方だわ」
「……神の子ですか」
沖野良子は微笑み、そして言った。
「そうかもしれません」
(それはどうでしょう)
心の中ではまるであべこべの言葉を紡ぎながら。
良子は貼り付けた笑みの下で、あれこれと質問を投げかけてくるジャーナリストに「ごめんなさい」と謝っていた。――何度も何度も。
沖野良子は、極限まで人間に似せて創られたロボットだ。
それはつまり――地球上でもっとも賢いウソつきにいちばん近い生き物だということでもある。
それと、もうひとつ。
ロボット開発において、反対派の人々からこんな陰口を叩かれたことがある。
――悪魔の所業だと……。
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