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時代剣豪小説一口(蘊蓄)メモ:
天寧寺:もとは会津にあり、戦乱で焼失し、曇吉大和尚が京都の天台宗の寺を曹洞宗天寧寺として再建した。第三世(四世とも)の善吉和尚は天真正自顕流三世嫡伝であったが、父の仇討ちの後出家した。1588年(天正16年)に東郷重位にその流れを伝え、重位は薩摩に帰り薩摩示現流を創始した。中村半次郎などが使った、幕末に怖れられた野太刀(薬丸)自顕流はこれから別れた流派である。
一之太刀:『いちのたち』とは香取神道流を学んだ塚原卜伝の新当流の技の一つにあるのが有名であるが、作者の考えでは右肩上に刀を構える『八艘』の構えから左下(順)に袈裟切りする形である。人間工学的に極めて自然で破壊的な斬り方であるので、各流派に同じ形はある。ただ必殺の心で土壇まで打ち下ろす示現流、薬丸自顕流の形は、凄まじく究極である。
一 残り香 (時代小説一口メモ付き)
修理は、庄左右衛門の屋敷に居候をしている。
庄左右衛門は、何時まででも逗留してもよいと言ってくれた。
京に出てきたは良いが、行く宛もなくしばらく厄介になるしかない。さて、これからどうしたものかと、修理は濡れ縁で、山茶花の生えている庭を見ながら、ぼんやりと考えていた。
静音はどうしているだろうか・・・静音の顔に万作の顔が重なった。
あの時、修理と万作は青巌寺の講堂で最後の別れを告げた。
柳の間からは見えない角で、秀次に許しを得てしばしの間を頂いた。
懐に抱いた万作の肩は震えていた。修理の背に廻した万作の腕が、今生の力を入れて二人の身体を合わせていた。
「修理様・・・一度だけのお情けでしたが、私は幸せでした」
「万作殿!・・・儂も・・・」
万作は修理の言葉に、幸せそうにこっくりとした。
三人の処刑人達の骸を隅に整えて、修理は抜け穴の上の床の戸を開け、下に降りた。柳の間を見やりながら降りると、まだ息のあった主膳が、万作に手伝われて腹に脇差しを突いた所だった。関白が言った。
「主膳!見事じゃ・・・すぐ我等も逝く!待って居れ」
そして四人は修理の去った暗がりの方に頭を下げた。
最後に万作は懐から出した小さな匂い袋をくれた。
修理はその小袋を嗅いだ。・・・確かに万作の匂いじゃ・・・
このよにて
にほいのこせしひとのかを
おもいおこせしときもあるかも
修理にとって、万作とのことは夢の様な事であった。静音という愛しき人がいるのに。
万作は修理を翻弄して一瞬のうちに通り過ぎていった春雷だった。
(静音に会うことはもう無かろうが、会ったとしても黙っていよう・・・)
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