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9・疱瘡鬼ー2
道をのろのろと這っている疱瘡鬼たちは鬼の行く手にいるすべての物を喰らいながら休むことなく進んでいた。 しかしその様子を見ることができるのは見鬼だけであるので市井の人々が見る事は無い。 だが、鬼たちが過ぎた後人々は倒れ、熱を出し、膿みを伴う発疹が出る病にかかって死んでいくのだ。
真佐良と夕深は御所の真北に位置する場所に来ると、そこへ座しておのおの自分の楽器を取り出した。
わらわらと二人を覆いつくそうとするように這いよって来る鬼たちに周りをぐるりと囲まれる。 そこへ夕深の龍笛の調べが密となった邪気を切り裂く。
それに続く真佐良の琵琶の音が龍笛と重なって竜巻のような渦となり周りの疱瘡鬼を巻き込んで空へ飛ばす。
「滅却」
激しい光と共に周りを取り囲んでいた疱瘡鬼が塵のように消えた。 二人が奏でる渡来の曲が目に見えない防壁を作って鬼たちの進攻を阻む。
「しかし後から後から止め処なく来るな。この結界も長くはもたない」
夕深が眉根を寄せて言う。
「持つだけ持たせて撤退しようぜ」
真佐良も気味の悪い疱瘡鬼に辟易して嫌そうに目の前の疱瘡鬼を見た。
幸也は東宮の表門を入る。
東宮配属の衛士も突っ立っているばかりで見えてないかのようだ。 寮にいる陰陽師が全員、印を組んで座して結界を張るべく呪を唱えている。 その間を幸也がするりと通りすぎるが誰も彼に気付かなかった。
寝殿の前庭に入った所でやっと気付いた者が現れた。
「何者ぞ」
その声に振り返った幸也の名をその男は呼ぶ。
「……幸也」
「陰陽大属、土御門陰親様。御久しぶりでございます」
「陰陽大属を拝命したことを存じておったか」
「はい」
庭に降りて来て土御門陰親は幸也に近づく。
「結界は張れていたか」
「恐れながら、あれでは何の役にも立ちませんね」
恐れながらとか言いながら幸也は辛辣に言い切った。
「ふん、やはりな。あれらは学はあるのだが技術が伴っておらぬからな」
「どうなさるお考えで?」
「おまえはそう聞きながら既に策を講じておるのだろう」
陰親の言葉に幸也は顔を背ける。
「やはりそうきましたか」 小さく言う。
「東宮様に高麗笛の『天上』を御借り願えないかと思い参じましたが陰親様、奏上をお願いできますか」
「『天上』か……。良かろう、ここで待っておれ」
衣を翻して陰親は駆けるように去っていった。
――相当追い詰められていたんだな。 ここで恩を売っておくのも悪くはないか。 幸也はうっすらと笑みを浮かべた。
前庭で待っていた幸也の前に息をきらせて陰親が紫の布に巻かれた笛を抱いて現れた。
「東宮様の御身をお守りするゆえ、お前に貸し出すのだからな。心して使えよ」
「承知しております」
両手で押し頂くように抱き取る。
「大事に扱いますとも。何しろこれはわたしの物だったのですから」
それは口の中のつぶやき。
「ではおいとまさせていただきます」
官位では影親と幸也では大きな差があり、楽を演奏する時以外は前庭以上先には幸也は進むことが許されていない。
その幸也が平伏することも無く頭を下げただけで、陰親より先にその場を下がる無礼に陰親は苦い顔を見せる。
「幸也、陰陽寮に帰ってこぬか。戻るなら博士の座を用意させるが」
「その気はありません」
葛城幸也は一言発して振り返らずにその場を立ち去った。
東の位置に陣取っている星辰が古琴の絃を弾くたびに目に見えない針が疱瘡鬼に刺さり、消していく。
その横には三の鼓を叩く季秋が針を飛ばす力を鼓の音で増幅させている。
「きりが無いな、手が疲れたよ」
早くも不平の出る季秋を星辰がたしなめる。
「無駄口をたたけばそれだけ疲れる。止めとけ、季秋」
星辰は石垣に右足を左足に乗せて座り、その上に古琴をのせている。
和琴より小さく、三尺六寸五分(120センチ)で一年の日数を表している。
肩の部分の幅は六寸、六合。 天地と東西南北の四方をあらわす。 腰部の幅は春夏秋冬、絃の本数は五本、これは木、火、金、水をあらわす。
琴の上部は半円をなして天、下部は平たく地をあらわす。 すべて陰陽の理にそって作られている。
それからつまびかれる曲に力があるのは必然のようにその音は琴を離れる刹那、針に変わる。
「幸也様」
そこへ幸也がやって来た。
「続けなさい、季秋。『雷輝』を休ませるな」
「はい」
懐から『天上』を取り出した幸也が星辰の奏でる『神人賜』に合わせるように節を付けて吹く。
見る間に針は剣の太さになり雷雨のようにそこら一帯の疱瘡鬼を殲滅した。
「後を頼むぞ、南へ行く。季秋、星辰」
幸也の声に答えて連続して古琴を鳴らす星辰の手元から大太刀が飛び出し、それに向けて季秋が鼓を打つ。 その大太刀にひらりと幸也は乗る。
「では参る」
季秋が続けて鼓を打つと太刀は幸也をのせたまま南に向けて飛び立った。
「いつも思ってるんだけど、幸也様ってどうなってるの?」
「さあな、しかし、幸也様が持っていた『天上』は幸也様が天帝から下された物とかいう、噂を聞いたことがある」
「――うそっ」
季秋はげっと唸って幸也の消えていった空を見上げた。
「幸也様?」
陽順が笙から口を外して空に向かって指をさすのに冷順も空を仰ぎ見た。
「楽を止めるな、陽順、冷順」
幸也は太刀から飛び降りるとその太刀を持って振りかぶる。
「はいっ」
異口同音に発した二人が笙と竜笛を口にあてて曲を奏で始める。
それに合わせて幸也が太刀をふるうとその太刀からすさまじい炎が噴出し、あたりの疱瘡鬼を焼き尽した。
「続きここを守れ、わたしは西へ参る。『朱雀』を、陽順」
幸也の言に陽順が一音高く、強く竜笛を吹くとそれは赤い大きな鳥になり、幸也はひらりと飛び乗る。
「『青龍』、風をおこせ」
冷順の笙の音が大きな風をおこして鳥を西の空へ飛ばした。
西を守っていた白眉が琵琶のばちをふるいながら古琴を演奏する朱影に話しかける。
「もうじき、幸也様がお見えになる」
「そうか」
二人の会話のすぐあと疱瘡鬼の群れの中に朱赤の巨鳥が舞い降りた。
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