ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
警告   この作品は<R-18>です。 18歳未満の方は移動してください。
  雅楽の夢 作者:蛙袋
8・疱瘡鬼ー1
 そしてさっきから携帯とにらめっこしていた。
 なぜかと言えば、紙に書いてある電話番号は携帯のものではない。 時刻は十時をとっくに過ぎている。
 ――こんな時間に電話してお父さんやお母さんが出たらどうするの? いや、取り次いでもらうだけなんだけど。 自分の携帯持ってないの? じゃあそっちが電話しろ、番号くらい教えますって。 しばらく尚もうじうじ考えていたが。
「よしっ、かける」
 千尋は気合一発で電話番号を押した。 相手が出るまでの死にそうな緊張感のあと……。
「はい、斉藤です」
 本人の声に千尋は長く息を吐いて座りこんだ。
「あのさあ、何で家の番号なわけ? 携帯持ってないの? まじで緊張したじゃん」
「あ、俺ん家今晩、俺以外誰もいないからいいかなあと思ってさ」
 あっさりとした返事が返る――だったら紙渡すときそれを言えってえの。
 さっきまでのあたしのどきどき返せっ。 体中からがっくり力が抜けたが言いたいのはそれじゃない、そういうことじゃ……。
「さ、斉藤……君が夕深でいいんだよね」
 恐る恐る千尋は聞く。
「ああ」
 斉藤の声にほっとし、先を続ける。
「何でわかったの? あたしのことが真佐良だって」
「だってそのままじゃんか、おまえ」
「はあ?」
 斉藤章の答えに千尋は首を傾げる。
 ――性格がどうだとかはこの際置いといて、根本的なもんが違ってるだろうがっ。 性別が違うだろ。落ち込む千尋に構わず、携帯からは斉藤の声が流れる。
「何で戻って来ないんだ? 幸也様が心配している。俺だって……心配して」
「自分でも分らない。前は寝ればそっちに行けたのに」
「行けない?」
 斉藤章の声を聞いているうち、――ああ、声は夕深のままかもしれないとふと思った。 目の前に斉藤章の姿があるとやっぱり違和感があるが。
 声だけだと夕深の姿を思い浮かべながら話すのでまるで例の夢の中のようだ。
「前と違うことをしたってことかな? 良く考えてみろよ」
「ごもっともな意見だけどそんな事、わかるわけないじゃん」
 ――そりゃ、こっちが知りたいよ。
「じゃあ、もうおまえ、あっちには行かないんだ」
 ――なんて寂しそうな声を出すんだよ、夕深。
 夢の記憶は何から何まで覚えてるのに夢の中に居る時はこちらの事は何も思い出さない。 消えてしまう自分。 面白かったよ、このゲーム。 でもそろそろ止めるわと、ログアウトするみたいに居なくなる――でいいのか。
「まあ、がんばってみる。明日は土日だし」
 つい言ってしまい、携帯の向こうからの返事を待った。 何をがんばるのかさえ分らないが何か言わないと収まりがつかない、そんな気がした。
 ふっと言う笑い声の後。
「来いよ、待ってるから。一人じゃダメなんだ、おまえいないとさ」
「わ、わかった」
 電話を切って今の斉藤章の、いや、夕深の言葉を反芻して周りに人がいなくて良かったと心底思った。
 やばい。違うんだけど限り無くやばい台詞だった。 違うんですよ、皆さん。 自分以外いない部屋で千尋は顔を赤くして挙動不信に陥った。


 どす黒い雲が空を隠して薄暗い。
 ――なんだこの禍々しい気の流れは?
 そしてやたら目に付く邪鬼の姿。
 ――これはまるで昔のような……。 そして、あたし、夢に行けたんだとほっとしたところに。
「真佐良、何してたんだっ」
 鋭い声の方へ顔を向けると陽順と冷順がこちらを見ていた。
「わからない……がこの有様はどういう事だ?」
「真佐良、居たんだ。良かった」
 そこへ一人息を切らせて夕深が走って来た。 夕深は真佐良の手を握る。
 ――夕深。俺がここにいるのは当たり前だろうに。いや、なんか違うのか? しかし頭に探りを入れた手はあっという間に何も掴めなくなっていた。
「流行り病だ」
 夕深の声にやっぱりと真佐良は今一度辺りを見回す。
疱瘡ほうそうだ、皆殺られている」
――そうか、あれはそういう名前だったのか。
「陰陽寮が動いているから俺たちは手出し無用と言われているけど酷くなるばかりだ。あいつら本当に調伏してるのかな」
 夕深が自分たちのすぐ脇を通り過ぎる邪鬼を気味悪そうに見ながら言った。
「土御門陰親?」
 冷順が皮肉っぽく名前を出す。
「あんな奴、サルと邪鬼の区別もつかない阿呆じゃないか」
 陽順がばっさり切り捨てた。
 ――陰陽寮が手をこまねいているのを笑いながら俺たちは見ていていいのか。 このままでは都は疱瘡鬼に埋めつくされてしまう。
「あいつら意思があるのかな」
 冷順の声にはっと真佐良と夕深は顔を見合す。
 再度、疱瘡鬼を見るとわらわら湧い出てきた鬼たちは一定の場所を目指して歩くような這うような格好でのろのろと移動している。
 目指している先は。
「東宮様がおられる東宮御所、幸也様に報告したほうがいいな」
 冷順が他の三人に言う。
 四人は急ぎ雅楽殿に向かった。 途中の渡り廊下で同じ方向に向かっていた若者と合流する。 大きな長方形の箱を背負った男に夕深が声をかけた。
星辰せいしん、鬼の件か」
「御所に向かっている」
 上背のある、片方の目が隠れるほど前髪を長くしているその男はそう言って足を速めた。
 そのまま五人は無言で回廊を我知らず走りだす。
 その前方、雅楽殿本社殿の入り口に葛城幸也が立っていた。
「幸也様」
 口々に話そうとするのを一旦手を挙げて止めると五人を中に誘う。
 薄暗い室内には他の三人もすでに控えていた。
「もう、知っておいでになられましたか」
「うむ、先程朱影(しゅえい)白眉はくびが知らせてくれた」
 幸也が真佐良の問いに答えて顔を二人に向ける。
 大柄な筋肉質の男、朱影と一度見たら忘れられない容貌の髪の真っ白な青年が軽く手を挙げた。 そして季秋きしゅうという少女のような美顔の少年がにまりと笑みを見せた。
「全員揃ったようだな」
 幸也はそう言うと室の戸を厳重に閉めると揃って膝をつく八人に向く。
「これからおのおの二人一組で四方向から疱瘡鬼どもを御所に近づかぬように結界を張って足止めしてくれ。陰陽寮に気兼ねしていてはもう手遅れになる」
 言っている幸也は心底苦々しい思いを抱いているのか、普段あまり表情を出す方ではないが今ははっきりと顔を歪ませていた。
 妖、魑魅魍魎、鬼の類、一日の吉兆の八卦までそれらは陰陽寮の領域なのだ。
 本来なら雅楽所が口出し、手出しなどしていい筈はない。
 身分的にも陰陽寮は中務省の直属で陰陽頭は従五位の位にあたる。 対して御所の楽舞を取り仕切る雅楽殿頭の葛城幸也は陰陽師と同じ従七位だ。
 しかし、この事で煩わしくなる陰陽寮との関係も帝や東宮様がご無事でおられてこそ。
「御所へは?」
 白眉の色素のない目が幸也を見る。
「わたしが参じる。陰陽師が出ているとなればやっかいだが仕方がない」
 こめかみを押さえて幸也が言った。 昔、葛城幸也が陰陽寮に居たということはあまり知られていないし、なぜ今は宮中の楽を取り仕切っている雅楽殿の頭、総取りになっているのかは真佐良たちにはわからない。
「真佐良は夕深と坎(こん、北)へ」
「陽順、冷順は離(り、南)、星辰は季秋と震(しん、東)、朱影と白眉は兌(だ、西)」
「はい」
 それぞれいつも組んでいる相手だった。 散っていく配下を見送って思い腰を上げるように幸也が呟いた。
「さてわたしも参内するとしよう」
蛙のブログ・蛙の隠れ家


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。