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この作品は<R-18>です。
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10・疱瘡鬼ー3
幸也の高麗笛の高い旋律が琵琶と古琴の音色と合わさって竜巻を起こし、それは周囲の疱瘡鬼を巻き上げながら移動する。 あらかた疱瘡鬼を退治した頃。
「北へいらっしゃいますか」
白眉が色素のない目を幸也に向けるのに幸也はうなずく。
「白眉、朱影、たのむ」
白眉が弾く五絃の琵琶の音がまるい円盤を形作り、幸也がそれに乗ると幸也ごと朱影が重さを感じていないかのように高々と持ち上げた。
「白眉、『玄奘』を」
「畏まりました」
白眉のばちが激しく打ち鳴らされる中、朱影が円盤を空高く放り投げ、琵琶の音は北の方角へ幸也を飛ばした。
「――もう、無理かも」
真佐良がばちを下ろして夕深を見る。
「おれも疲れた」
がっくりと真佐良と背中合わせに腰を降ろした夕深が疱瘡鬼の大群にため息をついた。
「そろそろ退却する?」
真佐良の言葉に応えたのは――。
「あきらめるのが早すぎるぞ、夕深、真佐良」
「幸也様」
ぺろっと舌を出した真佐良に夕深がわき腹をつついて礼をする。
「二人ともわたしの援護を」
幸也の声に真佐良は座ってばちを下ろし、夕深が竜笛に唇をあてる。
二人の奏でる曲が円盤の姿を変える。 それを疱瘡鬼の群れに幸也が投げ入れるとそれは光の輪になって円を描きながら鬼たちをなぎ倒していく。
「ひとまず、収まったな」
幸也があたりを見回した。
「二人とも雅楽殿に戻りなさい」
「幸也様は?」
「これを……『天上』を返しに行ってくる」
そのまま『天上』を口にあてて音取りの曲を吹きながら幸也は歩み去った。
「美しい音色だな。主人の元で『天上』が喜んでいる」
「ああ、良い音だな」
真佐良に相槌をうって、よっこらしょと夕深が立ち上がる。
「でも何で『天上』を東宮様がお持ちになっているんだろう」
「さあな」
真佐良は幸也のように辺りを見回したが疱瘡鬼がいなくなった街並はいつもとなんら変わる事は無く、人々が行き来している日常が広がっていた。
「ここらの人には何かあったのかさえ、わかんないままなんだろうな」
「ん――まあさ、結局何もなくて良かったんじゃない?」
「そうかな、誰かに見ててもらってうんと褒めてもらいたい気もする」
「ちょっと、そうかも」
真佐良の不満に夕深はあははと大きく笑い、その横で真佐良も笑った。 それから他愛ない話をしながら雅楽殿に近づくと人が争うような声が聞こえて来る。
「能無しだから能無しって言ったんだっ」
声の主は季秋で周りを取り囲んでいるのは雅楽殿の年上の者ばかりだが季秋が怯んでいる様子も無い。
「この小童が、どうせ幸也様に稚児扱いされておるのだろう」
「ぎゃあ」
稚児発言をした男が大声を上げた。 その男の脛を蹴り上げた季秋は他の男に襟首を掴まれて手を振り回している。
「季秋、大丈夫か」
真佐良と夕深が走り込んで来るが、その一寸前に季秋の襟首を掴んでいる男の手を大男が握り込んだ。 ぎりぎりと骨の軋む音がする。
「うわああ、やめてくれ、手を離してくれ」
男は痛みと手を壊されるかもという恐れに泣きそうに叫んだ。 無言で男の手を握り潰そうとする大男の横にもう一人の長身の男が並んだところで自分たちが不利になったのを感じて一人、また一人と散っていく。
「奴の手を潰したのか、朱影」
星辰の問いにいや、と朱影は応じた。
「あれでも楽所の一員だからな、しかし当分は箸も持てないかもな」
「何があった?」
後方から心配げな白眉の声がした。
「あいつら、おいらに飯屋で酌をしろと言ってきたから、楽も満足に出来ないおっさんの相手などまっぴらだと言ってやったら怒りだしてさ」
鼻息荒く言う季秋に朱影がこぼす。
「もっと上手くかわすやり方があるだろうに。まったく、口ばっかり達者で困る」
「そんな事ができる奴ならいつもこんな騒ぎにはなるまいよ」
星辰がむっつりと言った。
「やれやれ、ただでさえ我々は他の楽所の連中にとって煙たい存在なんですから、季秋も気をつけてくれないと。まあ、何もなかったのなら――入りませんか、中に」
白眉の声に一同うなづいて雅楽殿の本殿に入っていった。
葛城幸也は東宮御所の前庭で待っていたように立っている土御門陰親の姿を認めると眉根を寄せた。 彼には鬼が見えている。 見鬼ではあるのだ――すべてを見る力があるが……その先がない。
「歯がゆいだろうが才が無いのでは仕方ない」
幸也はそっと呟く。
「終わったようだな、幸也」
「はい、おわかりで?」
「無論」
「『天上』をお預けしてもよろしいですか」
「うむ、東宮様にはわたしから今日の仔細もご奏上申し上げる」
「はい、有難く存じます」
ふっと笑った幸也の表情を目ざとく見つけて陰親は固い声を出す。
「何だ?」
「いえ何も。失礼いたします」
また陰陽寮の手柄にすり替えるのだろうかと思ったが、幸也はそのまま頭を下げておく。
「それはそうと、もう鬼たちは始末できましたし、あそこで一心不乱に呪を唱えておられる方々にお声をかけて下さい。いつまでもああしていても通るものの邪魔ですしね」
「幸也……おまえ」
顔に朱をのぼらせて自分の名を呼ぶのを背中で聞き流して、留飲を下げた幸也はにこやかに立ち去った。
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