警告
この作品は<R-18>です。
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第20話 近付く距離
真っ暗な視界の中、唇に柔らかな感触が伝わる。それと共に人肌の温かさも感じた。汗が僅かに混じってはいるが花の香りのような匂いが鼻孔をつく。
驚きで柊は目を開けた。
それでも視界が開けない。いや、目の前に何か――百萌が居る。
唇に触れているのは、百萌の唇。
何が起こったのかわからない。
混乱と共に、柊は更に目を見開いた。
一歩、大きく前へ、百萌は踏み出した。それが勇み足になるかどうかはこれから決まる。
キスの仕方なんて百萌は知っているつもりだ。でも緊張やら動揺やらで息を止めてしまっていた。
苦しい、でもそれ以上に離れたくない。
(シュウくんは初めてかな?)
そんな事をボンヤリと考えながら、ファーストキスを本当に好きな人と無理矢理ながらも交わせたことを嬉しく思う。
名残惜しいも百萌は限界が来て、ソッとその触れ合うような軽い交わりを解いた。
百萌は飛び退くように身体を離れさせる。
「百萌……」
大きく目を見開き呆然とする柊が言葉を漏らす。呼吸を止めていた息苦しさと緊張のせいで乱れた心により、はぁはぁ、と強張った表情で荒い息をつく。
ここまですればあの柊でも気付くはず、そういう思惑だが、この沈黙は嫌われてしまうかもしれないという不安感が募っていくばかりだ。
(やっぱり……嫌われちゃうのかな)
柊は今だ固まったままだ。何か考えているというより、ただ抜け殻になっているような感じに見える。
今更ながら自分の思い切った行動に赤面しつつ、百萌はその瞬間を待つ。
その瞬間はすぐに訪れた。柊の引き攣ったままの頬が緩み笑みを作った。いつもの微笑にしようとしたつまりなのだろう。しかし苦い笑みになっている。
「ちょっと流石に笑えないよ」
「えっ……」
まさか、ここまでしても気付かないのか? それとも惚けているのか? まさか遠回しの拒否なのか?
落胆や絶望ではない、百萌は唖然とする。それだけでは収まらず、勝手な感情だがここまでしても、もしや、とも思わない柊に怒りを覚えた。
罪の意識は消し飛んで、百萌は言った。
「わ、笑えないってまだ気付かないの!?」
「えっ? 何が……?」
意を決した行動は何ももたらさなかった。嫌われなかった、そんな事がもうどうでもよくなっていた。悔しいやら悲しいやら……。修羅場のような空気を想像した百萌は肩透かしで拍子抜けした気分だ。
「あ~もう……シュウくんのバカッ! バカバカ!」
「えっ? ええ!?」
涙を浮かべ、百萌は困惑する柊を睨み付けた。
「ワ、ワタシが本気だって教えてあげるんだからっ!」
百萌は自由の利かない柊をベットの上に押し倒した。普通に考えて、逆のような気がするがそんな事はどうでもいいのだ。
ほぼ勢いでやってしまったが、心臓が高鳴り、緊張が加速する。
腹の上辺りで、跨る様にして百萌は柊の上へと乗っている。急に身体を動かされ、柊は痛みに呻いていたが、すぐにハッとし、
「百萌? 動けないから、どいて欲しいんだけどな」
あくまで冷静な対応をしてきた。その余裕がある態度に百萌は憤慨した。
「ど、どかないよっ!」
「ん~……」
取り乱さず、ただ考え込んでしまっている。
(やっぱり、これも――)
表情を曇らせて百萌はただ泣きたくなった。何もできない自分。これまでの努力はすべて無駄だった。そして、これからも無駄になるのだ。だから、少しでも近付きたい。柊の真実を、本当に求めるものを。
それが自分であることを祈って。
更なる決意を固め、百萌はいつものあのはち切れんばかりの元気な笑顔を柊へと向ける。
「これならっ!」
「え、ええ!? うわっ!」
上と下、百萌に主導権はあった。覆い被さる様にして身体を倒す。両足を横に大きく開き、足以外は柊へと密着した。わざと胸を擦り付ける様にし、柊へと揺さ振りをかける。
感じる心臓の音が一つ増えた。
重みが増したことにより負担が大きくなって柊は「うっ」と短く呻いた。そのまま、痛みで引き攣った笑顔をキープする。
「ちょっと、百萌、どうしたの?」
「もう逃がさないから」
「えっと、意味がわからないんだけど」
「シュウくんが……悪いんだからね」
と言って、百萌は顔を近付ける。
何がなんだかわかっていない様子の柊の唇と、再び重なった。今度はもっと深く、長いものだ。
「……んく……んん」
心地良い息苦しさ。淡い口付けは二人に世界を忘れさせた。
今度こそ、一線を超えた。柊にもわかるぐらいに……。
瞳を閉じている百萌に対して、柊は突然の行動に驚き再び目を見開いたまま硬直していた。
だが、今度は別の混乱だった。何故こんな事をするのかではなく、何故僕にするのかというものだった。
ソッと唇が離れて行く。
「百萌……?」
「これで……もう、わかった……よね?」
百萌が熱っぽい息を漏らしながら、覗き込むように柊を見て言った。
コクリ、と少しだけ首を曲げて肯定してきた。
「そ、それだけ?」
今度は首が横に曲がる。そのまま、静止した。
(全部言わないと、わからないのかな?)
普段とは逆の立場だ。こういう事だけは、ちゃんと説明しないと理解できない柊の頭の仕組みは不思議でならない。
「ワタシと……その、キス……して、なんとも……思わなかった?」
直接的に言うのは急に恥ずかしくなって止めた。普段から好き好き、と連呼していることが災いして、真面目な場面で言うのが逆に言い辛くなった。
何も答えてこない。考えているような、考えていないような、よくわからない顔。百萌にとって悪く取れば、そのだんまりは拒否を暗黙のうちに示しているようにも考えられる。
それが、しばらく続けば尚更だ。
ポタッ……ポタッ…………。
二人だけの部屋に、いやに大きくその音は響いた。
柊の制服に小さく点々と、水の跡がつく。
「うっ……うぅぅぅ……」
百萌が泣いていた。嗚咽を漏らし、静かに涙は頬を伝い、顎のラインを流れ、中心に達し、いくつかの涙の粒が集まって、雫となって柊へと降り注ぐ。
無言をNOと受け取った百萌は、グタリと柊にもたれかかり柊の胸に蹲った。
「百萌、どうして泣いてるの?」
対応に困る柊が申し訳なさそうに尋ねた。
「だって……だって……シュウくん、何も思わなかったんでしょうっ……」
「あっ、えっと……何も思わない……とか、そういうんじゃなくて……だから、その」
柊はヘタレの境地へと至った。
「どう言っていいか……その、よくわからないけど……ごめん」
「よくわからないなら……謝らないでよぉ」
「うっ……ごめん。そ、その、キス……別に嫌とかではなかったから」
へタレが一歩踏み出す。
「えっ?」
ずっと蹲ったままの百萌が、顔を上げる。
「うん、嫌とは思わ……なかった、かな。なんだか、変な気がして……」
「変な気……?」
「百萌だから。ずっと……冗談だと思ってたから」
やっと届いた、そう百萌は安堵するような気がしたが、重要なのは柊の返答だ。
「それで、シュウくんは……ワタシのこと」
「わからない」
そこでキッパリと言われるのも複雑だ。スパッと、そういう対象には見れないと言われるのは苦しいけど、曖昧なのは曖昧で辛い。
「シュウくん、男ならビシッと!」
ここまで至れた自分を褒めながら、百萌は柊に決断を迫る。
「う、うーん……。そう言われても……」
また考え込む柊。
もうもどかしい思いが募り百萌は実力行使に出ようか、と考え始めた。キスが嫌ではないのならそれ以上のものを与えて……。間違ったやり方かもしれないが、それだけ百萌は必死であった。
その後も、柊の煮え切らない態度は続いた。ハッキリとした答えを出さず、曖昧に答えたり、先伸ばそうしたり、話を変えようとしたり、ある意味必死になっていた。その時点で、NOという返答と捉えていいのかもしれないが、何せ相手があの柊ではそれもわからない。
柊の数分の足掻きの末、百萌は心の中で呟く。
二人っきりの部屋。家には他に誰も居ない。すぐに帰ってくる予定は無い。ドアは鍵を閉める事が可能。二人ほど乗れる大き目のベッド。
(シュウくんは抵抗する力無し。ワタシのやる気OK。心の準備も大丈夫っ!)
百萌は少しだけ悪戯な笑みを覗かせた。
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