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この作品は<R-18>です。
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かつての同級生が同棲……その淫靡なイメージから抜け出せずにいる、流架。
第九話 妊娠していた流架?
マリア、マリア……と……
休みの日―――私は区の中央図書館で調べものをしていた。これを機に、気になっていた事柄をまとめて調査してみようという気になったからだ。
まずは聖母マリアさま。例のアニメの影響で、私はマリアさまが大好きだった。その名前からしてとてもやさしそうな感じだし、親しみと愛情を感じずにはいられない。
たぶん、私はマリアにやさしいお母さんのイメージを見ているのだろう。本当のお母さんとは何となく疎遠なだけに……
検索の結果いきあたったのは、キリスト教の大事典。その分厚さに尻込みする私。難解な宗教的語彙に彩られたそれ―――果たして私に理解できるだろうか?
とりあえず真面目にメモを取りながら読み進める私―――もともと勉強は苦手じゃない。がんばれば読めるはず。がんばれ、私!
かなりがんばった結果、私はマリアの数奇な一生について、通り一遍のことを理解することができた。まあ、そのへんのことはカトリック教徒でなくとも、たいがいの日本人が知っている。
イエス・キリストのお母さんで、処女なのに妊娠してしまった不思議な人。人類の中でただ一人、原罪のけがれを免れた特別な女性―――いわば子供のまま大人になってしまったような、そのやさしくかわいらしいイメージ……
そして今のマリアは天国にいるらしい。困っている人の祈りを神さまに届けてくれるやさしいお母さん―――それが聖母マリアなのだ。
マリア神社なんてものを作って聖母崇拝を始めた恭くんたち。直接の動機はなんだったのだろう―――私は考えた。そういえばモヤシくんは言っていた。
聖母マリアは“悪魔祓い”に効果的―――とかなんとか。
そう、彼の言っていたことはまちがいではなかった。
マリアへの祈りである“アヴェ・マリア”の朗唱には、「悪魔」や「夢魔」を退ける効力がある―――事典には確かにそう書かれていた。
おめでとう、神のお恵みを受けたマリア。
主はあなたとともにいらっしゃいます。
神の母マリア、どうか私たちのために祈ってください。
今も、そしてこれからもずっと……
まるでおとぎの世界に引き込まれた少女のように、私は“アヴェ・マリア”の祈りの言葉に見入っていた。やさしくいとおしいマリアへの祈り―――それが悪魔をやっつけるだなんて……それが少し不思議でもあり、またおかしくもあった。
ところで、悪魔はともかく「夢魔」というのは何なのだろう?
夢魔―――私はもう一度、事典をひっくり返して「夢魔」の項目を開いた。そこで私の疑問に答えてくれたのは、かの有名な神学者トマス・アクィナス―――
彼によると、夢魔というのは人に官能的な夢を見させて精力を吸い取る悪霊のことで、まず人間の男と交わって精液を集め、ついで人間の女と寝て「悪魔の子」を産ませる―――とかなんとか。
トマス・アクィナス―――ああ、なんか覚えがある。たしか高校で習った人だ。そう、あれだ、スコラ哲学を大成した人―――
夢魔……この変態めいた中世神学の産物に、私はなぜか抑えがたい興味を惹かれていた。
なぜだろう? 私が夢魔に惹かれる理由―――
どうして、私はそんな悪霊に思い当たるものを感じるのだろう? まるで空想ばかりが先行する思春期の文学少女のように―――私の心は、夢魔に対する官能的な夢想でいっぱいになっていた。
もしかして―――私は思った。
ヒグチ先生が言うところの「私自身の身に起きたいろいろな問題」―――それは「悪魔憑き」と関係があるのではないだろうか?
マリア神社は「悪魔祓いごっこ」の神社。みんな完璧にエクソシストになりきって、聖水をまいたり、呪文を唱えたりと、かなり影響されていたのだから―――そう、なんとなくだけど、私には記憶がある。
そしてもう一つ―――これも不確かな記憶なのだけど―――私はその悪魔に取り憑かれたという被害者の一人だったような気がする。もしかしたら遊びではなく、本気でそう信じていたのかもしれない。
そう、それは、きっとモモセユラのコックリさんの影響なのだ。そして夜な夜な淫乱な夢魔に犯され、ついにはおぞましい悪霊の子を身ごもった―――とか。
あはは、まさかね―――私は思わずふきだした。
思いのほかに想像力豊かな私―――これはちょっとした驚きだ。
その時だった。
ピロピロピロー……
静かな館内に突如として鳴り響くケータイの音。
いったい誰かしら、こんなところで迷惑な―――って、私のだ!
私はケータイの入ったバッグを押さえながら、慌ててその場を立ち去った。そして玄関前のロビーまで走り、そこで電話を受けた。
「ハイ、雨澤ですけど……」
『あ、ルカちゃん? よかった、無事で……』
麻里子―――私は思わずケータイを持ち替えた。
『あの、あれからちょっと心配になって……なんかルカちゃん、血相を変えて出ていっちゃったもんだで』
「そ、その……ごめんなさい、麻里子ちゃん」
私は素直にあやまった。
そう、悪いのはぜんぶ私。いくらヌードのことを麻里子に知られてしまったからとはいえ、あんなふうに逃げ出してしまうなんて反則だ。
『うううん、あやまらなくていいだよ、ルカちゃん』
麻里子は言ってくれた。
『やっぱり……インターネットに出てたこと、あれ、本当にルカちゃんだったんだね』
「うん……」私は正直に告白した。
「麻里子ちゃん、ガッカリしたでしょ? 私があんな仕事してるなんて……それに今だっておっぱいがはみ出しそうな極小ビキニで大股開きとか、そんな仕事しかないのよ? バカヤローよね、私って」
『そんなことないわよう、ルカちゃん』
麻里子は切なげな声で言った。
『久しぶりに会ったけど、ルカちゃん、とってもキレイだっただよ? 私、応援してるから、そんな、あきらめたりしたらダメだだよう〜』
「ありがとね、麻里子ちゃん」
心の中に何かあたたかいものが込み上げる。
ああ、やっぱり麻里子は麻里子のままだ。
決して私のことを馬鹿にしたりなんかしない。
麻里子はいつだって私のことを励ましてくれる。たまに白々しく感じられることもあるけれど、私にとっては心を許せるたった一人の親友―――それが麻里子なの!
少しだけ心の重石を降ろすことができた私。
ああ、やっぱり麻里子に会いに行ってよかった―――私はしみじみとそう実感した。
あ、そうだ―――私は思い出した。
ちょうど麻里子に訊きたい事柄があったのだ。いい機会だから訊いておこう。
「ねえ、麻里子ちゃん。ちょっと訊きたいことがあるのだけれど」
『え、何がだだ? 私にわかることならいいだけど』
「実は―――」私は切り出した。
「駅前に“横内クリニック”ってあるじゃない? 私、なんとなくそこでお世話になったような気がするのだけど、あそこっていったい何科なのかしら? 私、耳鼻科は梅垣医院だったし、内科は栗田先生のところだったし……もしかして歯医者さんかしら?」
『もう、やだくって、ルカちゃんたら』
笑いながら否定する麻里子。
「横内クリニックは精神科と神経科と心療内科だだよ? 横内先生、今は山岸小学校のスクールカウンセラーもしてるだよ。前にも言ったずら? 私、いま市民病院に勤めてるもんだで、そういうのだったら何でも訊いて?」
横内クリニックが精神科―――そんな馬鹿な!
私にはどうしても信じられなかった。
もしそれが本当なら、私には精神科への通院歴があるということ?
だってそんなのありえない……!
やはり、私は何か勘違いをしているのだろうか?
「ごめんなさい、麻里子ちゃん。なんか変なこと訊いちゃって」
私は動揺を悟られまいとして言った。
「それともう一つ、いい?」
『うん、いいだよ、ルカちゃん』
麻里子はやさしく頷いた。
「モヤシ……じゃない、ハヤシくんから聞いたことなんだけど、むかし、私のことで学級会が開かれたっていうんだけれど……それって一体どういうことなのかしら?」
『それは……』
麻里子は一瞬、黙り込んだ。
「お願い、言って、麻里子ちゃん。私、何を言われても気にしないから」
『その、なんていうか……』
麻里子は意を決したように言った。
『ルカちゃん、その、五年生の時にその……妊娠したって噂が流れて……』
「えええっ!」
私は思わず叫び声を上げた。
『それがヒグチ先生の耳に入って問題になって……ルカちゃん、みんなからエロって呼ばれていじめられてたから』
「ちょ、ちょっと、冗談はやめてよ!」
私は反論の声を荒げた。
「私、そんな子じゃなかった……! なんで私がそんな妊娠なんかしなくちゃいけなかったのよう? 私、今だってそういうこと消極的なのに……!」
『ご、ごめん、ルカちゃん』
麻里子はあやまるように言った。
『あの……そう、あの子だよ、モモセユラが乙川くんと、その……』
「乙川くん?」私は言った。
「乙川くんって……乙川恭くん?」
『そ、そうだだけど』
たじろぐような麻里子の声。
『あのね、ルカちゃん。モモセユラが、ルカちゃんから乙川くんのこととっちゃったんだあ? たぶん、それだでルカちゃん、あんなことを……』
「は? モモセユラがなんなのよう? 恭くんのこととっちゃったって一体……」
『そのっ、私もよくは知らないだよ。だけどその、女子のボスだったアキちゃんたちがモモセユラをたきつけて、その……』
麻里子の言うことは、まるで意味がわからなかった。
最初のうちはいじめられっ子だったという転校生、モモセユラ。
そして、巧みなコックリさんで注目を浴びるようになったモモセユラ……
そのモモセユラが私から恭くんを奪いとった?
確かに私は女子の間では嫌われていた。
私は少し強情な性格で、女子のグループなどには入りたがらないようなところがあった。
その反動だろうか?
私は男子を誘惑することに楽しみを見出すようになっていた。そう、ちょっと肩をはだけて男子を呼び止める、あの遊び……
むろん、本心からの誘惑ではない。あんなのはただのイタズラ、エロでもなんでもないはず……
そして恭くん。
そう、確かに彼は私の初恋の相手だった。
バレンタインのチョコの受け取りを拒否され、私は泣き出してしまった。それも事実だ。
そして再びモモセユラ―――彼女はいったい何をしたというのだろう?
私はケータイを閉じた。
麻里子との会話の中で浮上したいくつかの事実。それは、私の記憶から失われた何らかの真実の実在を物語っていた。
それがいったい何なのか―――私はどうしてもつきとめずにはいられなかった。それに精神科の横内クリニックへの通院歴……
かといって、これらのことを直接両親に問いただすのには強い抵抗があった。
正直、私は両親のことがあまり好きじゃない。だから麻里子のおばさんにひどくなついていたのだ。そういった私自身の家庭環境からくる何かが、これらのことにあるいは密接に関係しているのではないか―――私の中で、そうした疑念が膨らんでゆく。
この問題が解決しないことには、私は決して前には進めない。こうなったら、再びあの町に戻り、横内クリニックを訪ねてでも―――私はそんなことを考え始めていた。
そしてもう一つ。
これらのことは、ぜったいに恭くんとマリア神社にも関係しているはず。そう、ただの遊びだと思っていた「悪魔祓い」―――もしかして、そのことには何かしらの秘密が隠されているのではないだろうか?
そう、麻里子は確かに言っていた。私が妊娠したのではないか、と……
そう、私は夢魔に犯されていだ。事実、私には小学六年の時の記憶が欠けている。スッポリと抜け落ちているのだ。まさか―――私は本気で考えた。
その一年の間、私は本当に妊娠をしていたのではないだろうか?
そして学校を休み、どこかの産院で密かに出産……
そんなストーリーが頭の中でグルグルと回り始めていた。
ハッ―――そのとき私は思い出した。
さっきのキリスト教事典、閲覧室の机の上に出しっぱなしにしたままだった……!
私は急いで二階の禁帯出コーナーへと駆け戻った。自分で出したものなのだから、自分の手でもとの書架に戻さないと何だか気持ちが悪い。そんなことを思いながら、改めて事典を手に取る私。
あれ―――そのとき私は気がついた。
何か小さな紙切れが栞のように事典の間にはさまっている。
なにかしら、これ? 私がはさんだものとは違うみたいだけれど……
私はそのページを開き、紙切れを取り出した。それがはさまれていたページは、キリストの伝記である福音書の作者「ルカ」に関するページだった。
ルカ―――不意に現れた私の名前。私は反射的に体を強張らせた。
いったい誰が? 誰がルカのことを調べていた?
私は紙切れに目を移した。それは書庫の蔵書を閲覧するための資料請求票だった。面倒なことに、書庫の本を持ってきてもらうためには、いちいちこのような用紙に住所と氏名を記入し、カウンターまで届け出なければならない仕組みになっていた。たぶん、その用紙を栞代わりに使ったのだろう―――私は何気なくそれを広げてみた。
その瞬間、
「ああッ!」
私は思わず驚きの声をあげた。
私がそこに見たもの―――それは私自身が求め続けていたあの子の名前……!
そう、そこにはこう記されていた。
乙川 恭 東京都世田谷区奥沢一丁目三〇七二 パミールハイツ二〇二号室
恭……恭くんが東京にいた?
私の全身に電流が走った。
まさか……まさかこんな形で彼の存在に触れてしまうなんて……
私は、恭くんが栞代わりに使ったと思われるこの用紙をズボンのポケットにしのばせると、そのまま足早に図書館を出た。
第九話 終
恭の住所を手にしてしまった流架。それに小学校時代の妊娠の噂……。
次回、「エロ流架」を知る意外な人物との再会。そこにも流架の裸が……。
【りさこの言い訳】
マリアさまに関する記述、ちょっと不正確ですね。たいがいの日本人の感覚だと思って読んで下さい。
詳しいことは神父さんまで……<(_ _)>
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