警告
この作品は<R-18>です。
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7・覚醒
山崎はるやは三神加奈の予想通り、マンションに来ていた。
「お帰り」
はるやは待ちくたびれてソファに横になり、明かりをつけたままうたた寝をしていたようだが、目をこすりながら眠そうに起き上がった。
「寝ていたらよかったのに」
「それじゃあ、いつまでも加奈の顔を見られない」
はるやは微笑んでいたが、加奈には暗に、夜勤専門の仕事なんか辞めたらいいといっているように聞こえた。
十畳のワンルームの部屋は整然と整えられていた。加奈が出掛ける時、散らかっていたはずの新聞も、綺麗に束ねられている。白で統一されたシンプルな部屋を、加奈は気に入っていた。ベランダの窓にかかった青いカーテンだけが、際立っている。
「夜食でも食べるか?」
はるやはシチューまで作っていたらしい。彼は料理が好きなようだった。週に三、四回は作ってくれる。
「ありがとう。でも、夜食にお弁当が出たから。ごめんなさい」
嘘だった。準夜勤務で夕食を食べただけだった。
ここのところ加奈は食欲がなく、はるやのそうした料理は、彼が帰った後に手をつけることなく処分することがほとんどだった。
加奈はそのことを言えないでいた。
「ねえ、はるや君、私の生活に無理に合わせなくていいのよ? 体を壊しちゃうわ」
はるやと向かい合わせに絨毯に座って加奈は極力、優しく言った。
「加奈は? 加奈はこんな生活を続けて、体を壊さないのか? もう一ヶ月も続けているんだぞ」
「私は……大丈夫よ」
「見ていられないよ! どうして夜勤専門の勤務先なんかに変えたんだ?」
はるやには一言も言わずに、加奈は職場を変えていた。後で伝えたのだが、そのときには、はるやは「そうか」とだけ返事をしただけだったのだ。
きっと、言いたいのを我慢していたに違いない。はるやは怒りというより、悲しみに満ちた表情をしていた。
どうして何も相談してくれないんだ。何故、夜の仕事にしてしまったんだ。俺と会う時間は君には必要ないのか? 俺はいつまで待てばいいんだ?
加奈が黙っていると、はるやの瞳がそう言って加奈を責めているように思えた。
もう潮時なのかもしれない。はるやにきちんと話しをしなければ。
加奈は自分の気持ちを、はるやに伝える決心をした。
「私はやっぱり何かおかしいのかもしれない。これ以上、はるや君を巻き込めない。もう、私にかかわらない方がいい」
「それは、別れたいって言う意味なのか?」
重々しい空気が流れた。
「……ごめんなさい」
はるやを直視できず、加奈は俯いて自分の膝に視線を落とした。
「俺、ずっと待っていた。加奈が俺を見てくれる日を。……まだ、シャナンを引きずっているのか? あれは、夢だ。現実じゃない。あんなことあるわけがないじゃないか。この現代に、吸血鬼だなんて! 加奈! 目を覚ませ! 加奈を愛しているんだ!」
はるやは話しているうちに、興奮し、感情があふれ出したようだった。
「加奈、黙っていないで何か言ってくれ」
はるやに抱き締められた。加奈は抵抗もせずにされるがままになっていた。
どうすることもできないのだ。気持ちは変えられない。はるやを好きになろうと思っていた。でも、できなかった。
加奈はかすれる声でつぶやいた。
「私が全て悪いの。はるや君、ごめんなさい」
「俺は別れない!」
はるやはその言葉が引き金になったように、加奈を乱暴に押し倒した。
「だめ、やめて! はるや君!」
加奈の声は、はるやに届いていなかった。怒りと悲しみの感情に押し流されたはるやは、自分を制御できる状態ではなかった。
セーターを捲し上げられ、はるやの大きく暖かい手が胸を探り、唇は加奈のうなじを這った。
「加奈、誰にも渡さない」
はるやの片手で加奈は簡単に両腕を押さえ込まれた。学生時代から鍛えられたはるやに、加奈が腕力で敵う筈もなかった。
自分がいけないのだ。今までずっと、はるやの優しさに甘えて、ずるずると過ごしてしまったのだから。はるやは悪くない。悪いのは自分だ。はるやがこれで気が済むのであれば、何をされてもかまわない。
加奈は抵抗を諦め、体の力を抜いた。
そのとき、ふと、加奈の視界にはるやの首筋が目に入った。
どくんと、加奈の体の奥で何かが波打った。はるやの首筋がなんともいえぬ、なまめかしさを感じさせたのだ。
首筋に、脈打つ動脈。はるやの若い首筋に静脈が浮き出て見えた。
加奈はうっとりと見つめ、無意識にその首筋に唇を寄せた。
加奈の首筋への口付けに、はるやはびくりと体を震わせた。
「加奈?」
それまで抵抗していたはずの加奈が思わぬ行動をとったので、はるやは手を止めて加奈を見つめた。
今までの弱々しい加奈とは全く違った、眼光鋭い加奈がそこにいた。
「加奈、だよな?」
「はるや君、素敵……」
思わず、口をついて出た言葉。加奈は不敵な笑みを浮かべ、赤い舌を覗かせて唇を舐めた。加奈の異変に怯んだはるやは、上体を起こそうとしたが、加奈が両腕を首に絡ませて放さない。
「はるや君……ほしい……あなたの……血」
低い声で唸り、加奈はカッと口を開いて鋭い牙を見せた。
「止めろ! 加奈!」
はるやは加奈の腕を振り解こうとしたが、加奈の力は並みのものではなかった。
そのとき突如、窓が開いて青いカーテンが風にはためいた。
「だめ。はるやを下僕にしたいの? やめないと後悔するわ、加奈」
穏やかにいさめる声。暗闇のベランダに、黒いコートのシャナンが立っていた。
「シャナン……私、今、何を……」
シャナンの声で、我に返った加奈ははるやから両腕を離して体を起こした。
今、自分がしようとしていた行為、それが何を意味するものなのか。
まさか。加奈は咄嗟に自分の唇に指先をあてた。あるはずのない鋭い牙が触る。
嘘だ。加奈は頭の中が真っ白になった。
「まだ記憶が封印されたまま、あなたは本来の姿を呼び覚ましてしまったの」
「本来の姿って、私……私は」
加奈は顔を強張らせ、ただ青ざめるばかりだった。
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