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この作品は<R-18>です。
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6話から8話までの粗筋(看護師)
10年後、看護師として働いている加奈。
加奈は体の異変に気づきながらも、平静を装うが、再びシャナンが目の前に姿を現す。
時折、加奈の記憶がなくなる。
血に誘われ現れるもう一人の自分。不安が増す加奈。
徐々に自分の遠い過去を知らされるのだが。
6・時の流れの中で
深夜零時半。三神加奈は深夜勤務の看護師に引継ぎを済ませ、更衣室で私服に着替えていた。
静まり返った一人きりの更衣室は、暖房が入っているのに、空気がひやんりと感じられた。
これから春に向かうというのに、北国の三月はまだ寒さの中にあった。
顔を上げると、高い位置にある、小さな窓のブラインドの隙間から、満月が覗いていた。
こんな寒い夜には、加奈は決まって高校時代のあの日を思い出した。
あの雪の日。
あの日から、加奈の中で何かが変わったのだ。
森羅シャナンに出会ったあの日。
あれから十年が経ち、三神加奈は看護師になっていた。三交代勤務で働いていた職場を辞め、今は、夜勤専門のパートとして勤務していた。
陽の光が辛かったのだ。
最近特に、辛く感じていた。あの焼け付くような日差し。体に突き刺さる光。
耐えられなかった。
一ヶ月前に夜勤のみの勤務を始めてから、体調はすこぶる良くなった。理由は三神加奈自身、よくわかっていた。
森羅シャナン。
彼女の洗礼を受けてしまったからだ。
加奈は最近、眠りにつくと、よく同じ夢を見るようになった。
濃い霧の中、誰かが自分の名を呼んでいる。その声は女性のか細い声のようで、いつも哀しげに聞こえてくる。聞き覚えのある、懐かしい、愛しい声。手を伸ばしても何もつかめない霧の中、声のする方へ、闇雲にたださまよい続ける夢。
繰り返し見るその出口のない夢は、目を覚ました時、満たされない思いだけが残り、加奈を憂鬱にさせた。
加奈は就職してから間もなく、一人暮らしをしていた。家族と住んでいたのだが、生活サイクルが全く違ってしまい、親に心配をかけさせたくなかったのだ。
今夜もはるやは部屋に来ているのだろうか。
山崎はるやとの付き合いは続いていた。
会社勤めの彼は、休みが全く合わなくても、週に二、三度はマンションを訪ねてくる。勤務表を渡してあるので、起きていそうな時間を見計らって来るのだった。
夜勤専門の勤務に変えてから、この一ヶ月は大抵、加奈が仕事から帰ると、はるやがいるような状況だった。
今年初めには、合鍵も渡していた。
付き合いは長くなり、既に親公認の仲となっており、結婚はいつかとせかされるような状況だった。
山崎はるやは、そこそこの大学を卒業し、高校時代の面影をそのままに、爽やかな好青年になっていた。申し分のない、親公認の彼氏。順風満帆。傍から見れば、そんな言葉がぴったりと来るような境遇。だが、山崎はるやから去年のクリスマスにプロポーズをされた時も、加奈は嬉しさより、戸惑いと不安ばかりが先に立ち、何も言葉を返せずにいたのだった。はるやは加奈の反応を予め予想していたかのように、笑って、いつまでも待つからと言った。
これ以上、はるやに甘えているわけにはいかない。はるやの人生を滅茶苦茶にしてしまう。
加奈は追い詰められていた。
はるやは常に優しすぎた。こんなに長く付き合い、社会人となった今も、無理矢理加奈を奪うことはなかったのだ。
加奈はまだ彼を、一度として受け入れていなかったのだ。
二人で過ごした就職祝いの夜、加奈は彼を拒んでしまった。ごめんなさいと泣きながら言う加奈を、はるやは無言で優しく抱き締め、ただ髪を撫ぜて一夜を過ごしたのだった。それ以来、はるやは加奈を抱こうとしなかった。加奈がイエスというのをじっと待ち続けているのだ。
加奈は山崎はるやが嫌いではなかった。一緒にいて安らげるし、自分のことを理解してくれる。しかし、追い詰められた加奈は、はるやと顔をあわせることが、次第に苦痛に変わってきていた。
別れの言葉を、いつはるやに切り出そうか。気がつけば、加奈はいつもそんなことを考えていた。
はるやの悲しい顔は見たくない。
踏ん切りがつかない堂々巡りの考えを繰り返しながら、加奈は重い足取りで病院の裏玄関を出た。
冷たい夜風が頬に当たる。
コートがはだけないよう襟元を手で押さえた。体の芯から冷え込むような寒さのはずだったが、加奈にはその感覚がなかった。
マンションまでは歩いて五分ほどだった。
頭上から満月に照らされる。妙に大きく見える月。降り積もった雪が、宝石のようにきらきらと輝いて見えた。
満月の夜は外にいてはいけない。いつの頃からか、加奈はそう思うようになっていた。体の変調が進んでしまうような気がしたのだ。
加奈は足早に歩き出した。
――加奈。
加奈は名前を呼ばれた気がして、足を止めた。しかし、見回しても辺りには人影はない。
しんと静まり返った真夜中。
――加奈。
再び聞こえた声。
幻聴ではない。確かに聞こえた。
「シャナンなの?」
思わず、口をついて出た名前。
十年も経っているというのに、昨日のことのように鮮やかに蘇る記憶。
黒い鳥が視界を一瞬遮った。
小さな竜巻のような風の渦が加奈の目の前に現れ、降り積もっている雪が宙に舞い上がった。そして、舞い上がった雪が、はらはらと落ちる中、あの時の姿そのままに、黒髪を波打たせた彼女がそこに姿を現したのだ。
「シャナン……」
間違いなかった。時が止まった、年を取らない彼女。
「加奈、あなたは今、幸せ?」
黒いロングコートをまとったシャナンが、探るような瞳をこちらに向けていた。
加奈はどう答えていいのかわからなかった。
幸福だといえば嘘のような気がする。だが、不幸なのだろうか。
加奈が黙っていると、シャナンは悲しそうに目を伏せた。
今すぐシャナンの側に駆け寄り、抱き締めたい。
加奈はそう思ったのだが、足がすくんで動かなかった。
恐怖。
十年もの間、姿が変わらないものに対する恐れ。頭ではわかっていたつもりだった。シャナンは吸血鬼だと。だが、その姿を目の当たりにし、人間ではないものへの恐怖が、駆け寄ることを思いとどまらせていた。
「加奈、私が怖いの?」
「そんなこと、ない」
「まだ、いにしえの記憶は戻らないのですね。私と過ごした大切な記憶。今のあなたには、人間の記憶しかない」
シャナンの言っていることの意味がわからなかった。
「いにしえの記憶? 人間の記憶しかないって、まるで私が……人間じゃ、ない?」
母から生まれたはずだ。出産直後の写真も自宅にあり、産婦人科も何処なのか聞いたことがあった。生まれる時、時間がかかって次日になってしまい大変だったと母から聞いた。嘘だ!
加奈は混乱し、咄嗟に思いつく限りのありとあらゆる記憶を総動員した。
「確かに加奈は、今の母親から生まれた」
加奈の心中を読み取ったように、シャナンは言い、そしてこう続けた。
「だが、三神加奈には、本当の加奈が眠っている」
「うそ! 私は私だわ」
加奈は両手で耳を塞いだ。
そんなことがあるはずがない。本当も何も、三神加奈はそれ以外の何者でもないのだから。そうではないとしたら、今までの二十六年間は一体なんだったのか。
シャナンの思いもよらない言葉が、加奈を混乱させた。
思いもよらない――。いや、三神加奈は、心のどこかでシャナンの言葉に納得していた。
やっぱりそうだったのか、と。
シャナンに初めて出会ったときの、突如沸き起こった恋焦がれる感覚。魔物の魔力のせいだけでは説明のつかない、強く惹かれる気持ち。延々と待ち続け、出会えた。そんな気がした。 己の半身といっても過言ではない存在、シャナン。だが、加奈は認めたくなかった。人としての生き方を捨てたくなかったのだ。
「ごめんなさい。あなたが目覚めるのをじっと待つつもりだったのに。たった十年しか黙ってみていられなかった。やっと見つけた加奈。一時でも早くあなたに触れたくて……許して」
シャナンは加奈にするりと近づいて、足元にひざまずき、手の甲にうやうやしく口付けをした。
次の瞬間には、彼女は雪と共に消えていた。
後には、自分は何者なのかという疑問と、舞い落ちる雪を残して。
こんなにもシャナンに恋焦がれているのに。
気持ちとは裏腹に、加奈はシャナンを受け入れられなかった。
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