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4・約束
放課後、山崎はるやは女子高を訪れ、校門で三神加奈を待った。
「岸村さん、加奈は?」
「お休みよ。はるやくん最近加奈とうまくいっていないの?」
 会ったことのある加奈の友達、岸村志麻きしむらしまに声をかけると、彼女はミディアムショートの髪をなびかせて振り向き、大きな目を見開いてはるやを見るなり怪訝そうな顔をした。
「そういうわけじゃないけれど。加奈、最近おかしいんだ」
「そう言えば変だったわね、いっつもボーッとしていて元気がないの。でも、嬉しそうに笑うの『今一番楽しい』って、青い顔をして」
 岸村志麻は細い眉を寄せ、心配そうに言った。
 山崎はるやは何故か背筋が寒くなり、嫌な感じがした。
「ここに、シャナンていうこいる?」
「あの地味な留学生? シャナンがどうかした?」
「加奈がよく一緒にいることがあるみたいで、シャナンと関わってからおかしくなった気がするんだ」
「大人しい感じの目立たない娘よ。病気がちでよく休むけれど」
「そう……シャナンの家わかる?」
「例のお化け屋敷よ。街外れに古い洋館があったでしょ」
「えっ、あそこに住んでいるの?」
「そうみたいよ」
「ありがとう、行ってみるよ」
 山崎はるやは胸騒ぎがして、綿雪が降る夕暮れの薄暗い道を、白い息を吐きながら、急ぎ足で真っ直ぐ洋館へ向かった。
 はるやが洋館の門扉を開けると、うっそうとした木々に隠れている洋館の入り口までの小道には、足跡は無く、人の気配が感じられなかった。
「本当にここでいいのか? なんだか空き家みたいだけれど」
 降り積もった雪を靴でかき分けながら、古びたドアにたどり着いた。やや緊張しながら重く大きな金の輪でドアを二度ノックした。カツンカツンと洋館に乾いた音が響き渡ったが、誰かが出てくる気配は無く、しんと静かなままだった。
「こんにちは、誰かいませんか」
 返事は返ってこない。はるやが重いドアに手を掛けてみると、以外にもドアはすっと開いた。
「こんにちは、誰かいませんか」
 暫く待ったが、静まり返り誰も出てこない。
「お邪魔します」
 いるかわからない家の主に声をかけ、玄関ホールに上がりこんだ。見上げると高い吹き抜けがあり、居間に続く廊下の壁には蝋燭がつくようになっていたが、明かりは灯っておらず、廊下は薄暗くて火の気が無く寒々としていた。
「加奈? いるのか」
 廊下の奥の扉が半開きになっている。その部屋は一層薄暗く、人がいるようには思えなかったが、はるやは暗い部屋のほうへ向かった。
 暗い部屋に入るとソファが手に触った。薄暗がりの中で高い天井からつるされたシャンデリアが、月明かりで時折光って見えた。徐々に暗がりに目が慣れてきて、居間のようだとわかった。
 コトリ。
 ソファの影で何かが動く音がした。はるやは音のしたほうを注意深く凝視した。
「はるや……くん」
「加奈!」
「だめ、来ないで」
 駆け寄ろうとしたはるやを加奈は制止した。はるやは仕方なく、二、三歩歩み寄ったところで足を止めた。
「どうして?」
「もう会えない。シャナンと、長い旅に出るの」
「言っている意味が分からないよ」
「分からなくてもいい、ただ……ごめんなさい。もう会うことはできない」
「加奈……俺のこと嫌いになったの?」
「そうじゃないわ……」
 少しずつ加奈に近づこうとしていたはるやの目の前を、シャナンの腕が遮った。
「加奈は私を選んだ」
「お前は一体何者なんだ」
「私は私……邪魔するのであれば生きては返さない」
 ただの脅しのようには聞こえなかった。
 薄暗がりの中、シャナンの口に鈍く光る鋭い牙が見えた。
「まさか、吸血鬼?」
 半信半疑のままその言葉がはるやの口をついて出た。映画の中のフイクションだと、この世にはありはしないものだと思っていたそれが、目の前に立っている。
 まさか。
「そう呼ぶ人間もいる」
 眉一つ動かさずに、シャナンはあっさりと肯定した。
「人間じゃ、ない?」
 シャナンの青い瞳が闇の中で光って見えた。
 人ではないのだ。
 冷たいものがはるやの背中を駆け抜けていった。
「永遠を漂うようになってからどのくらい経ったのか、もう数えるのを止めてしまった」
 青い瞳が陰る。薄暗がりの部屋の中で、少女の顔が冷めた大人の顔のように見えた。
 だめだ。魔物に加奈を渡すわけにいかない。
 はるやは堂々と立ち向かったつもりだったが、
「加奈をかえしてくれ」
 と言った声は情けないほど震えていた。
 シャナンが薄闇の中でくすりと笑う声がした。
「さっき言ったでしょう。私が無理につれて来たわけではない、加奈が私を選んで来たのだと」
「違う、加奈はお前の力でそうなっているだけだ、熱病にかかったように。正気に戻ったらお前の所へは行かない」
「随分自信があるようだけれど。何があっても、おまえはずっと加奈への気持ちは変わらないと言えるのか」
 強気のはるやに、シャナンは少々苛立ったような口ぶりになり、はるやは後ずさりしそうになるのを我慢した。
「付き合い始めたのは最近だけれど、入学した時から加奈を見ていた。誰にも渡さない」
「私はずっと何年も探し日本でようやく見つけた。加奈は私の恋人の血を継いでいる。いや、あの人そのもの」
「その人とは別人だ。加奈は身代わりにはならない」
「うるさい!」
 シャナンは頭を抑え強い口調でそう言ったが、はるやにはシャナンの声が震えていて、泣いているように見えた。
「シャナン……」
 側で黙っていた加奈が、シャナンの頬をぎこちない仕草で撫ぜた。
「……まだ、私をわからないの?」
 薄暗がりの中でシャナンは切なそうに加奈の顔を覗き込んでいる。
 加奈の表情は硬く、人形のようだった。今の加奈は、はるやの言うようにシャナンの魔力で意のままになる状態なのだ。
 シャナンはそんな加奈を暫くじっと見つめていた。そして、何かを決心したように青く光る瞳をはるやに向けてこう言ったのだった。
「山崎はるや、お前に加奈を預ける。お前の言うように加奈の意思を確認しよう。だが、加奈が泣くようなことがあればお前の命をもらう」
 シャナンは中世の騎士のように加奈の手の甲にうやうやしく口づけをすると、加奈は糸の切れた操り人形のようにどさりとシャナンの腕の中に崩れた。
 シャナンはぐったりとした加奈を軽々と抱きあげ、はるやの側にあるソファに寝かせて、暗闇に吸い込まれるように姿を消した。
 ここへ来て、どのくらい時間が経ったろうか。
 はるやには数時間にも思えたが、一瞬の出来事のようにも思えた。
 加奈の髪をそっと撫ぜながら、はるやは張詰めていた緊張が解けてぺたんとその場に座り込んだ。
「夢じゃ、ないよな……」
 窓の外には、雪に紛れて黒い鳥の影が見えた。こうもりだった。


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