警告
この作品は<R-18>です。
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2・性(さが)
手をつなぎ、シャナンに引っ張られるように加奈は歩いた。雪道が寒く感じないのは胸がどきどきしているせいだろうか。
シャナンといることで夢見心地の加奈は、ぼんやりした頭でそんな風に思った。白いさらさらとした粉の上か、雲の上を歩いているような、ふわふわした、安定感のない感じだ。
「あの、私の家知っているの?」
シャナンと呼びたかったが、そんなに親しくもないのに変だろうかと加奈は躊躇して、そう声をかけた。
「シャナンでいいわよ、私も加奈と呼ぶから」
加奈の考えを見透かしたように、シャナンは眼鏡の奥で笑った。思っていたことを言われた驚きと、自分を見てにっこりしたシャナンの優美さに鼓動が高鳴った。
「もう体は大丈夫ね、私の家にいらっしゃい」
「これから?」
「そう、何か用事でもあるのかしら」
「いいえ」
シャナンは微笑むと、加奈の腕にごく自然に腕を絡ませてきた。少しくすぐったく感じた加奈だったが、意識しすぎていると思われるのも嫌で、シャナンの腕を振り払わなかった。
高い塀が続く門の前でシャナンが立ち止まった。
緊張しながら歩いていた加奈は、自分が町外れまで来ていたことに、このときようやく気づいた。知らず知らずのうちにだいぶ歩いていたのだ。それは、近所の人がお化け屋敷と噂している建物だった。
お化け屋敷にまさかシャナンが住んでいたとは。うっそうとした木々と、重々しい高い塀に囲まれたこの屋敷に、人が住んでいるとは誰も思わないのではないだろうか。
「どうぞ」
シャナンが加奈の腕から離れて古い木の門を押し開けた。ぎぎぎと耳障りな音が無気味に響く。暫く開かれたことのないような重い響き。この門は普段本当に使われているのだろうか。 玄関まで続く小道は雪が深くて足首まで埋まってしまう。ひょっとしてシャナンは空き家に入り込んでからかおうとしているのではないか。
そんな加奈の疑念も、こちらを振り返って微笑んだシャナンと目が合った途端にどこかへ飛んでしまった。
シャナンといられるのであればどこでもかまわない。加奈はうっとりとシャナンの後姿を見つめながら、冬枯れの木々が生い茂り、雪が一面を覆い尽くしている寒々とした庭を進んだ。 少し行くと、木々の間から古びた洋館が見えた。それは和洋折衷の建物で、雪が屋根に重くのしかかり、長いツララが軒を連ねているような状態で、かなり傷んでいるようだった。
二人は洋館の中央、支柱が二本並んでいる重厚なポーチにたどり着いた。シャナンが重々しい両開きの扉を開けたとたん、ひんやりとした空気が加奈の頬を撫ぜた。
真冬のこの時期に、外より寒い家があるだろうかと、なにか異質なものをこの洋館に感じた加奈だったが、シャナンが「どうぞ」と、眼鏡越しにとろけるような笑みで、中に入ることを促したため、加奈のその不吉な感覚はさっとかき消えてしまった。
冷え冷えとした長い廊下は、人の気配どころか火の気が感じられなかった。
加奈は薄暗がりの廊下をシャナンの後について歩き、突き当たりの居間に通された。正面に見える赤々と燃える暖炉が、唯一、人が住んでいることを証明しているように思えた。
そこは吹き抜けの高い天井で、暖炉を囲むようにして一人掛けの大きな椅子が二つと、三人掛けソファがおいてあった。暖炉の反対側にはマホガニー製の、使い込まれて飴色になっているどっしりとしたサイドボードが置いてあった。年代物のアンティーク家具のようだ。
ここは本当に日本なのだろうか。西洋のマナーハウスにでも紛れ込んだようだった。
加奈は気後れして今の扉の横で立ち止まった。
「今お茶を淹れるわ。座っていてね」
そうシャナンに促されて、加奈はおずおずと一人掛けのソファに浅く腰掛けた。
シャナンがいない間、加奈は居心地が悪く、ぱちぱちとはぜる暖炉の薪をじっと眺めるしかなかった。暖炉が近くて加奈の顔は炎の熱で熱くなった。
「お茶をどうぞ」
加奈は不意に背後から声をかけられ、どきりとした。足音がしなかったため、シャナンが傍に来たのが全くわからなかったのだ。
シャナンは優雅な仕草で、サイドテーブルに紅茶を置いた。
うっとりと、つい見とれてしまう美しさ。
「あ、ありがとう」
加奈は場違いのところに来てしまったと後悔していた。
この紅茶を飲んだら帰ろう。そう思いながらアンティーク風のカップを口に運んだ。
その途端、くらくらするような、なんともいえぬ甘い香りが鼻を刺激して、今までの居心地の悪さがすうっと消えた。
「いい香り、なんていう紅茶?」
「ふふ、私の特製のお茶よ。さあ飲んで」
言われるままに加奈は紅茶を口に含んだ。今度は体中に血がみなぎるような感じがした。
「なんだか元気になる」
「そう? ……私にもその元気を分けてほしいわ」
「え?」
加奈の背後に立っていたシャナンは眼鏡を取り、その青く沈んだ瞳を見開き、加奈の顔を見つめた。
体の奥深くまで見られているのではないかと思わせる、強烈な視線。眼鏡越しに見た瞳とは違う、強い意志。
加奈はその瞳から目が離せなくなった。
首筋にひやりとしたものが触り、加奈はびくりと肩をすくめた。シャナンの白い指先が加奈の首筋に吸い付くように這っているのだ。
払いのければいい。頭ではそう思っても、加奈は抵抗できなかった。抗いがたいシャナンの視線。その瞳に囚われて、一時も目を背けられないのだ。
執拗なシャナンの指。加奈は呼吸が荒くなり、何も考えられなくなってしまった。ただ恍惚とした表情で、シャナンの行為を受け入れるしかないのだった。
「美しい加奈……私はあなたのその輝きでまた生き続ける」
シャナンの囁き声が加奈の耳をくすぐり、加奈の体は足先までそれに反応してざわついた。
そんな状態の加奈の首にシャナンはそっと唇を押し当てた。
「あ……」
言葉にならない吐息交じりの声が自然ともれる。
シャナンは構わず、今度は加奈の首筋に舌を這わせた。
「シャナン、嫌……女同士でこんな……」
加奈は辛うじて、か細い声で抵抗した。
「本当に嫌かしら」
青い瞳が鋭く光ったように感じた。獣のような鋭い目つきに加奈は恐怖を覚え、何も言い返せなくなった。
「素敵な夢を見せてあげる」
シャナンの力は強く、抵抗は無駄だった。
恐怖の中で、濃厚な口づけをされ、何も考えられなくなるほどの恍惚が加奈を襲った。
シャナンの唇は首筋を這い続けていたが、少しの痛みとともに加奈の恍惚は最高潮に達した。加奈の意識は薄らぎ、柔らかな首筋に一筋の血が流れた。
「加奈、可愛い人。あなたが私を誘惑する、生と言うしがらみから抜け出せないよう、からみ獲られる。私の本能を呼び起こさせてしまう加奈」
シャナンは寂しそうな瞳で椅子にうなだれている加奈を見つめ、柔らかな髪を撫ぜた。
山崎はるや
「加奈、最近どうかしたのか。メールも返事がこないし」
「ごめん、ちょっと体の調子が悪くて……」
携帯電話から聞こえてきた山崎はるやの声は、少し苛ついていた。
「昨日も会おうってメールしたんだけれど、携帯にもでないし」
「ごめんなさい、疲れて家に帰ったらそのまま眠ってしまったの」
「……俺、加奈の家にも電話かけて、おばさんがでたけれど、まだ帰っていませんって言われた」
「……」
「俺の他に、誰かいるのか?」
「違うわ」
「とにかく、会いたいから。加奈の学校の校門前で待っている」
「わかった、じゃあ授業始まるから」
加奈はそう言って携帯電話を切ったが、とてもけだるくてはるやに会う気には全くなれない。何もかもが面倒な気がした。
――どうしちゃったんだろう、私。あんなに優しいはるやくんのことを一瞬でも煩わしく思うなんて。それに、昨日のことがなかなか思い出せない。
貧血で倒れた後、シャナンが保健室に来て、えーと、家においでって。シャナンに見つめられると嫌と言えなくて、違う、そう言ってほしいと待っていたんだ私。
シャナンのことを考えると、脈が速くなるのがわかった。体中の血が騒ぎ、火照る。
――シャナンに何かされた? 甘い香り、紅茶? いいえ、あれは血の匂い、シャナンの。血ってそんなにいい香りがしたかしら。
加奈は取り留めのないことが次々と頭に浮かび、授業は全く上の空のまま、気がつくと放課後だった。
気が重いまま、のろのろと教室を出ると、廊下にはシャナンがいた。
「加奈、今日も遊びにいらっしゃい」
「はい」
考えるより先に、その言葉が口をついて出た。
考える必要はない。ただ、従うだけ。心地よい服従、加奈にとってシャナンの口から発せられた言葉は絶対の権力となっていた。
――これは恋なのだろうか。いや、それ以上の何か、生きていく為の根源となるもの、シャナンがいないと私は存在しない。シャナンは私が存在する為に必要なひと。
導かれるように、シャナンの後ろをついて歩き、校舎を出た。
まだ夕方には早い時間だが、雪が降っているせいか空は薄暗かった。
「加奈」
校門を出てすぐ、はるやが声をかけてきた。
「加奈のお友達かしら?」
シャナンははるやに近づいて微笑んだのだが、加奈が気づかないくらいの一瞬、突き刺さるような鋭い視線をはるやに向けていた。
「加奈とは付き合っている」
威圧感と敵意を感じ取ったはるやは、そうきっぱりと言い放った。
「付き合っている?」
小馬鹿にしたようにシャナンはそう言うと、値踏みするようにはるやをじろりと見た。
「加奈はこういう男性が好みなの?」
そう真っ直ぐに訊かれ、加奈は言葉に詰まってはるやの顔を見た。加奈のその態度に、はるやの表情が曇った。加奈はまずいと思ったのだがはるやのことを彼氏だといえなかった。
「加奈に会いに来たのでしょう? じゃあ、私のところへはこの次の機会に」
シャナンは軽く二人に会釈し、背を向けた。
「シャナン! 待って」
シャナンは気を悪くしたのだろうか。加奈は急に不安でいっぱいになりシャナンを追いかけようとしたが、はるやがその腕をしっかりと掴んだ。
「加奈、なんだよ、いいじゃないかあんな奴。感じ悪いし」
「シャナンのことを悪く言うのはやめて」
「あいつの肩を持つのか、最近変なのはひょっとしてあいつのせいか」
「おかしなことを言わないでよ」
むっとして加奈は歩き出した。
「何処へ行くんだよ、怒ったのか。心配しているのに」
はるやは慌てて加奈の後をついて行く。
「ありがとう、確かに最近体の調子は悪いのよ。でもシャナンといると気分もいいし、すごく体が軽くなるし、何でもできてしまいそうな感じまでするの。きっと相性がいいのよ」
「そうか、でも俺はなんだかあいつが……」
「なあに?」
「いや、なんでもない」
「シャナンは私を元気にしてくれるの」
「あんまりシャナン、シャナンって言うなよ、焼けるだろ。俺のことは……」
はるやは雪が降り積もり誰もいない公園の前で足を止め、すねたようにそう言った。
「はるやのことは……好きよ」
ちょっぴりかわいそうになり、はるやのことは眼中になくなっているのに加奈はそう答えてしまった。
「加奈……」
はるやは加奈を抱きしめ、冷えた頬に手を添えるとそっと唇を近づけてきた。
「いや!」
力いっぱい、はるやを跳ね除けた。恥じらいというより、嫌悪に近い感情が加奈に込み上げてきたのだ。
「加奈?」
「だめっ、近づかないで」
加奈はそう言うと、その場を逃げるように走り去った。
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