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この作品は<R-18>です。
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17・婚礼
その頃、シャナンは少女達に両脇をしっかりと押さえ込まれた状態で、隣接する教会へと連れ込まれていた。
ミッション系スクールのため、女子寮の隣に教会が併設されていた。
教会の控え室に押し込まれたシャナンは、有無を言わさずガウンを剥ぎ取られ、白いドレスを着せられた。
それはウエディングドレスだった。
髪を結い上げて白いベールを頭に載せられたシャナンは教会の祭壇前へずるずると連れて行かれた。
「これは美しい花嫁だ」
パウル・バートリが黒の礼服を着て待ち構えていた。
「何の真似?」
「夫に向かってその言い方はいけませんね。笑顔の一つも見せなさい」
「あなたと一緒になんか――」
「おやおや、カナーンの命は私が握っているということを忘れたか」
シャナンは口をつぐんだ。
カナーンは少女達によって拘束されている。ここでバートリに逆らえば何をするかわからない。バートリはカナーンを消してしまうかもしれないのだ。
うまくやり過ごせば、カナーンは助かるだろうか。
シャナンは刺すような視線をバートリに向けた。
「必ずカナーンを開放してくれる?」
「儀式が滞りなく終わってあなたが我が花嫁になれば」
信用はできない。だが、いくらかの時間稼ぎにはなるかもしれない。
「……わかりました」
シャナンはそれに賭け、ゆっくりと頷いた。
「さ、我が元へ」
バートリが差し伸べた手にシャナンは手を添えた。
暖かい手。バートリの手は生身の手だった。シャナンは氷のようなカナーンの手が恋しくなり、唇をかんだ。
「シャナン、まずはあなたの決意を表してもらおう。私に口付けを」
憎むべき相手に自ら口付けをする行為。シャナンは重い足取りでバートリに身を寄せて、ぎこちなくバートリと唇を重ねた。
シャナンは嫌悪感と供に吐き気を催したのだが、拳を握って我慢した。
かつては婚約者だったこともある男のはずなのに、今はもう受け入れがたい存在となっていたのだ。
「よかろう」
バートリは満足そうに笑みを漏らした。
その美しい微笑みは昔と変わらず聖者のようだったが、今のシャナンには恐ろしい怪物にしか見えないのだった。
「血の契約を交わし、我が血でカナーンと供に生きる忌まわしい血を消し去るのだ」
朝方だというのに、教会内は薄暗かった。足元には魔方陣が敷かれて祭壇の奥にはイエスキリスト像ではなくサタンが奉られ、異様な雰囲気を作っていた。
祭壇に立てられた何本もの蝋燭が風もないのに揺らめき、それに合わせて二人の影も怪しく揺らめいた。
シャナンとバートリを囲むようにして十人ほどの制服の少女がうつろな瞳で立っている。
「この銀の短剣で小指に傷をつけなさい」
バートリはシャナンの手に細い短剣を手渡した。
――この契約をしてしまったら、もうカナーンのものでなくなってしまう。
短剣を持ったシャナンの手が震えた。
「さあ、やるのだ」
バートリがシャナンの手を掴んで強引に小指に短剣をかすめた。
赤い血が白いドレスに滴った。
バートリは同じ短剣で自分の小指を傷つけた。
「偉大なるサタンよ。我が血をシャナンに授け、生ける屍からシャナンを解放せよ!」
二人の流れる血を、バートリは銀の聖杯に垂らした。
「この血をサタンに捧げ、シャナンを我が妻に――」
そのとき、背後の扉が勢いよく開いた。
振り返るとそこには黒いマントを羽織ったカナーンが立っていた。
髪をなびかせて鋭い瞳をバートリに向けている。
シャナンはその姿を認めてほっとし、足の力が抜けて座り込んだ。
「シャナン、無事か」
シャナンはカナーンの問いかけにこくんと頷いた。
「何故だ。お前は娘達に捕らえられたはず」
「ふん、雑魚に私が捕まると思うか?」
カナーンはにやりと口の端で笑った。
「お前達、カナーンを捕らえよ!」
「もうその手は使えぬ」
少女達は誰一人としてその場を動かなかった。いつの間にかカナーンの下僕となった少女と入れ替わっていたのだった。
「婚礼の邪魔をするな。シャナンは既に私のものだ」
「それははったりであろう? シャナンこちらへ来い」
カナーンはじりじりと詰め寄った。
「シャナンはここから動けない」
バートリは慌てる様子もなく余裕たっぷりの態度だった。
「魔方陣があるの! ここから出られない」
「ちっ」
カナーンは小さく舌打ちし、瞬時に蝙蝠に姿を変えた。
「蝙蝠に何ができる!」
蝙蝠は追い払おうとするバートリの腕をかいくぐり、低空飛行で祭壇の蝋燭にぶつかって蝋燭を倒した。
「カナーン! 危ない!」
シャナンは見ていられなくて思わず両手で目を覆った。
火は浄化を意味する。吸血鬼にとって苦手とするものなのだ。
蝋燭は火がついた状態で祭壇から落ちた拍子に、床の魔方陣の一部が焦げて結界が破られた。
蝙蝠はそれを待っていたかのように、魔方陣のバートリめがけて飛来した。
「うるさい蝙蝠め!」
バートリは懐から短銃を取り出して蝙蝠に発砲した。
乾いた銃声が教会に響く。
「カナーン!」
シャナンは目を硬く閉じて両耳に手を当てたが、黒い影がばさばさと羽音を立てたのでシャナンはほっとして目を開いた。
「カナーン、無茶はしないで!」
シャナンの気遣う言葉に反して、蝙蝠はバートリのほうへ旋回してその足先に降り立ち、見る見るうちにその黒い羽を滑らかな漆黒のマントに変えて床を撫ぜるようになびかせ、大胆にもバートリの真正面で人の姿をして現れた。
「馬鹿な奴だ。敵の手中に飛び込むとは」
「それはどうかな」
歪んだ笑みを浮かべて短銃をカナーンの胸に押し付けたバートリに対し、カナーンは余裕でそう返した。
「強がりもここまでだ!」
バートリがそう言って、短銃の引き金を引こうとしたが、カナーンは素早く銃口に手を伸ばし、むんずと掴んで先を曲げてしまった。
カナーンは笑っていた。余裕の笑いというのではなく、楽しんでいて思わず漏れる笑みといった感じで。
すぐ傍で座り込んでいたシャナンでさえ、カナーンのその表情に恐怖を覚え、背筋が冷たくなった。
怖いものなど何もない。ここで消えてもかまわない。
カナーンからはそんな気迫が感じられたのだ。
カナーンはバートリの胸元を片手で鷲摑みし、自分の頭より高く持ち上げた。
「シャナンは……お前には、渡さない」
苦しそうにうめきながらも、そう虚勢を張ったバートリは、カナーンの腕に手をかけて必死に抵抗した。
「まだそのようなことを。お前はもう終わりだ」
怒りに満ちたカナーンの低い声が教会に響いた。
カナーンはバートリの体を持ち上げている手を大きく横に振って、教会の壁に叩きつけようとした。
「いいのか? この体は、山崎はるやのものだ。はるやが、死ぬぞ……」
「なに?」
カナーンはその手を止めた。
宙で静止された状態のバートリは、歪んだ笑みを浮かべた。
「この手を離せ……はるやが窒息してしまう」
「馬鹿な! はるやはお前が創り出した姿であろう?」
「カナーン、バートリは生身の人間だわ! 温かい血が通っているのよ!」
「なんだと?」
確かに温かかった。しかし、外見はかつての山崎はるやの面影は微塵も残っていない。
カナーンはバートリを凝視した。
黄金色のさらさらとした髪に見え隠れする、怪しい色を帯びた碧眼の青年。どう見ても東洋人には見えないこの青年が山崎はるやだというのか?
「山崎はるやは、確かに……存在するのだ。私が体を借りているに過ぎない」
カナーンとて、無用な殺生は好まない。まして、わずかばかりの期間とはいえ、人として生きた三神加奈を愛し、支えてくれていた人間の命を奪うことに抵抗を感じないはずがなかった。
カナーンには、まだ三神加奈の部分がほんの少しだが残っていた。
「どこからどう見てもパウル・バートリ以外の何者でもないように見えるが?」
自分の動揺を打ち消すように、カナーンが鼻で笑った。
「うう……では一瞬はるやを……呼び寄せてやろう。最期の別れでも惜しむがいい」
うめきながらバートリがそう言い終わると同時に、その頭はがっくりとうなだれた。
「バートリ?」
カナーンは思わずバートリを持ち上げていた手を下ろして離した。バートリは人形のようにだらりと不自然な形で床に仰向けに転がった。
「うう……」
ゆっくりと頭を起こしたその姿は、黒髪の東洋人、山崎はるやの姿だった。
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